飛騨の山猿@飛騨MAVERICKマーベリック新聞・小沢アレルギーと共産党アレルギーを捨てて明るい未来を志向しよう。

●オリーブの樹(野党連携)●原発廃棄●憲法九条厳守●そもそも日米安保を根底から見直す時期では?●たまには演歌

◎激論クロスファイア 最新 2018年6月24日

2018年06月24日 22時30分32秒 | ●政治と市民運動

激論クロスファイア 最新 2018年6月24日

激論クロスファイア 最新 2018年6月24日
司会進行役は田原総一朗氏です
出演 郷原信郎 弁護士 青木理 ジャーナリスト
 
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◎辺野古の海を土砂で埋めるな!

2018年06月24日 11時36分32秒 | ●政治と市民運動
辺野古の海を土砂で埋めるな!
辺野古の海を土砂で埋めるな!
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◎辺野古問う慰霊の日 沖縄戦終結73年

2018年06月24日 10時55分21秒 | ●政治と市民運動

辺野古問う慰霊の日 沖縄戦終結73年

写真

沖縄戦犠牲者の名前が刻まれた「平和の礎」の前で、手を合わせる人たち=23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園で(沢田将人撮影)

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2018062402000083.html

沖縄県は二十三日、太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった二十万人超をしのぶ「慰霊の日」を迎え、最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」(県など主催)が営まれた。翁長雄志(おながたけし)知事は平和宣言で、朝鮮半島の非核化や平和体制構築について共同声明が出された米朝首脳会談に言及。政府が進める米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設を「アジアは緊張緩和に動いている。流れに逆行する」と批判し、阻止へ改めて決意を示した。七十三年前のこの日、旧日本軍による組織的な戦闘が終わったとされる。来年四月末に退位される天皇陛下は六月二十三日を、八月の広島や長崎への原爆投下日や終戦の日とともに「忘れてはならない日」としてきた。式典では、戦没者遺族や翁長氏、安倍晋三首相らが正午に黙とう。計約五千百人が参列した。沖縄県浦添市立港川中三年の相良倫子(さがらりんこ)さん(14)は自作の「平和の詩」を朗読し、反戦を訴えた。普天間飛行場は、周りに住宅や学校が密集し世界一、危険な米軍基地とされる。翁長氏は一期目最後の宣言で「二十年以上も前に合意した辺野古移設が、普天間問題の唯一の解決策と言えるのか」と疑問を投げ掛け、日米両政府に方針転換を要求。「辺野古に新基地を造らせないという決意は揺るがない」と強調した。首相はあいさつで、負担軽減へ全力を尽くす考えを示したが、式典後の記者団の取材に「移設を進める」と述べた。政府は早ければ八月十七日にも辺野古沖に土砂を投入し、埋め立てを本格化させる。公園内の石碑「平和の礎(いしじ)」には、敵味方の区別なく戦没者の氏名を刻んでいる。今年は五十八人を加え、総数は二十四万一千五百二十五人となった。熾烈(しれつ)な地上戦となった沖縄戦では民間人が多数、巻き込まれ県民の四人に一人が犠牲になった。戦後、沖縄は本土に復帰する一九七二年まで米国が施政権下に置き強制的な土地収用で米軍基地が次々と建設された。今も国内の米軍専用施設の約70・3%が集中する。

↑そもそも日米安保を根底から見直す時期ではないだろうか???


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◎≪孫崎享のつぶやき≫少年老いやすく学なりがたし・・・

2018年06月24日 10時32分09秒 | ●YAMACHANの雑記帳

今日の引用、素敵な随筆。17年7月13日 読売新聞 編集手帳 国語学者の金田一春彦さんに初恋の回想。恋文をしたため、少女宅の郵便箱に託した。父親から「私の娘は、まだ女学校の一年生」の手紙、その後「今日出征する人の見送りには必ず参列しなさい」

国語学者の金田一春彦さんに初恋の回想がある。
旧制浦和高校に入ってまもない初夏のこと。
学生寮から東京に帰省したとき、
近所の道で可憐(かれん)な少女ににっこり挨拶(あいさつ)された。
〈魂が宙に飛ぶというのはこういうときだろうか〉(東京書籍『ケヤキ横丁(よこちょう)の住人』)。
恋文をしたため、
少女宅の郵便箱に託した。
やがて返信が届いた。
〈私の娘は、
 まだ女学校の一年生である。
 貴下の手紙にお返事を書くようなものではない。
貴下は立派な学校に入学された前途ある方である。
どうか他のことはしばらく忘れて学業にいそしまれよ。
 少年老い易(やす)く…〉
何年かして応召するとき、
見送りの人垣のなかに少女の顔を見つけた。
金田一さんが少女と初めて言葉を交わしたのは、
それから30年余り後のことである。
「あの日、
 理由は何も告げず、
 父は言いました」。
きょう出征する人の見送りには必ず参列しなさい、
と。
かつての少女は、
「うたのおばさん」として親しまれる童謡歌手になっていた。
安西愛子さんの訃報(ふほう)(享年100)に接し、
金田一さんの失恋談議を読み返している。
謹厳にして情けあり。
昔は立派な父親がいた。

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http://ch.nicovideo.jp/article/ar1589839

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