幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
日々の活動や、イベントのお知らせをいたします。

重さは速さ! 三菱パラドックス

2017-01-03 22:28:34 | 減税・産業創出

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

歴史というものは、普通言われている常識が通用していないところが多々あります。

人はレッテルを張り勝ちでございますので、よくよく精査してみないと、本質というものを見逃し勝ちなところもございます。

そして通常の常識とは違う歴史的な結果を、得てして「そんなの、ただの偶然さ」的な評価をしがちであるのも、これまた人間でございますが、何事も原因あって結果ありの、大宇宙の法則因果律の元では、偶然と言うものはあり得ないのです。

そして何事も、精査なしで本質が見えてくることはないのでございます。

のっけから話が大きくなっておりますが、今年最初の自動車関連記事です。(笑)

「ええ、もう自動車記事か!」というお声が聞こえそうですが、すみません、アクセスが結構あるもんで。(爆笑)

今中軸においているのは、苦境に立たされている三菱自動車ですが、ここほど世界に影響を与えたメーカーはございません。世界のトレンドメーカーこそ、三菱の本質なのです。そういった意味で、私は三菱に大きく期待しているのです。

三菱ギャランは1972年に、サザンクロスラリーという国際舞台で優勝しています。これは、日本車としては初めての快挙でした。

(三菱 コルトギャラン サザンクロスラリー車)

有名な、ランチアストラトスのようなラリー専用車ではない三菱ギャランの優勝は、本当にただの小型車での優勝でした。ではなぜ、三菱ギャランは優勝できたのか。

前回、前々回記事で触れた、フロンとミッドシップ構造という、ハンドリングに優れた機能と、ロングストロークエンジンという、トルク重視の実用性に飛んだエンジン。それに加えて、今回注目するのが、ギャランのボディーの重さです。

私は、1970年代に言われていた、三菱最速伝説の秘密は、ボディーの重さにあるのではないかと睨んでいるのです。

そう、三菱車は、重かったから早かったのだと。

通常ですと、ボディーは軽ければ軽いほど、運動性能が上がりますが、1960年代後半から80年年代当時の三菱車の特徴は、総じて同じクラスの車種より、車重が重いのですね。この頃の三菱コルトギャランと、ほぼ同じサイズのカローラと比較すれば、100㎏ほど思いのです。

「ギャランは重かったから、速かった」というのも、この当時の日本の小型車には、サスペンション革命が起きていたからです。

そのサスペンション革命とは、前輪の主流が、ダブルウィシュボーンからストラットサスペンションに大転換したのが、この三菱コルトギャランの時期なのですね。


ストラットサスペンション


ダブルウィッシュボーンサスペンション

自動車をまっすぐ走らせ、向きを変える主役は前輪で、自動車で前輪と後輪とどちらが大事かと言われれば、それは間違いなく前輪です。

後輪を部品が少なくコストの安い、固定式サスペンションで済ませる事例はいくらでもありますが、前輪はそうはいきません。丈夫さを求められる軍用車以外は、すべてがコストのかかる独立式なのです。

でなければ、しっかりと路面に、タイヤを密着させることができないからです。




1970年代までの日本車は、その前輪のサスペンションに、ダブルウィッシュボーンサスペンションという形式を使っていました。ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、前輪を2つのV字型のリンクでつなぐ形状です。

今でもスポーツカーでは主流ですし、レーシングカーと言えばこの形式以外存在しません。

この形式の大きな特徴は、路面にタイヤを、しっかりと密着させることができることと、部品が多いので、自由に動きを調整できるところです。欠点とすれば、部品が多く、コストが高いことと、大きく横に張り出しているので、スペースを取ることです。要するに、ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、とても贅沢な形式なわけです。

70年代以前は、トヨタパブリカや日産サニーなどの大衆車においても、前輪はダブルウィッシュボーン独立サスペンションでした。そして70年代前後、日本車はストラット式のサスペンションの導入を図り始めました。日本車第1号は、トヨタのカローラ(初代)です。


(日本のストラットサス第1号 トヨタ カローラ)

ストラットサスペンションは、部品が少なく、コストが安くて軽量です。また踏ん張りが強い構造なので、タイヤの接地力も強く、縦に長いので横スペースを取りません。また縦に長いので、悪路にも強い構造です。ダブルウィッシュボーンサスペンションは、舗装路ではしっかりとしているのですが、悪路では伸びきる難点がありました。

ラリー用に開発された ランチャ ストラトス 後輪がストラットサス

良いことずくめ、特に小型車にとって、もってこいのサスペンションが、ストラットサスペンションです。なぜストラットサスペンションが、カローラまで日本で採用されなかったかと言うと、特許期間中だったからです。

1969年にストラットサスペンションの特許が切れたので、日本の自動車メーカーは、こぞってストラット採用に踏み切ったのですが、ストラットサスペンションには、大きな大きな落とし穴があったのです。

その、ストラットの落とし穴に気づいていたのは、70年代初頭の日本では、三菱だけだったと私は思っています。では、ストラットサスペンションの落とし穴とは何か?

それは、「ボディーが強くないと、ちゃんとした動きをしない」ということです。

ストラットサスペンションは、モノコック構造のボディーのサスペンション連結部に、直接ダイレクトにつながっていますので、ペラく弱いボディーだと、サスペンション連結部がグニャっと動いてしまって、タイヤの接地どころではなくなるのですね。

当時日本のメーカーは、ダブルウィッシュボーンに慣れ切っていました。ダブルウィッシュボーンサスペンションは、部品が多いので調整が容易です。ですからペラいボディーでも、何とかタイヤを接地できるんです。

しかし、部品の少なく、ボディーに直接連結しているストラットサスペンションは、そういったごまかしが効きません。

ロータリーエンジンの記事でも言いましたけれども、部品が少なければ少ないほど、構造がシンプルであればあるほど、基礎的な技術、土台の技術があらわになるのですね。三菱以外の自動車メーカーで、このことに気づいていたと思われるのは、マツダとホンダと日産の一部(旧プリンス系)だけだと思います。

しっかりと当初から認識し、対応できていたのは、三菱だけなのではないでしょうか?それは昔の自動車雑誌の、走行インプレッションを見ればわかるのです。

日本車の多くが、コーナーでのハンドリングに困っていました。アンダーステアが出るからです。

アンダーステアとは、ハンドルを切った分だけは曲がらない現象で、これに、多くの日本メーカーが悩まされていました。



ですから日本のドライバーには、「ストラットサスペンションより、ダブルウィッシュボーンサスペンションの方が優秀」というイメージがあるんですね。そうではなくて、強みが違う、特徴の違う形式なんです。

トヨタは初代ソアラ登場まで、このアンダーステアに悩んでいました。

トヨタ ソアラ初代 1981年発売開始

日産は、スカイラインジャパンまでは、アンダーステアに悩んでいました。

日産 スカイライン 通称ジャパン 1977年発売開始


マツダは初代サバンナでは、この現象を克服していました。

マツダ 初代サバンナ 通称RX-3 1971年発売開始

ライバルスバルは、レガシー登場まで、アンダーステア克服を要しました。


スバル レガシーツーリングワゴン 1989年発売開始

これらの車種の前輪サスペンションは、すべてストラット型ですが、各メーカーはこれらの車種で、ストラットの落とし穴を克服したということです。要するに、「ストラットサスペンションには、しっかりしたボディーが必要だ。」という、メーカーの見解に達することができたのですね。

つまり、しっかりとしたボディーがなければ、ストラットサスペンションの、本来の性能が発揮できないことに、この車種まで気付いていなかったか、気付いていたけれども、それまでは対応できていなかったということになります。 

このストラットサスペンション独特の、ボディーの弱さからくる悪性のアンダーステアが最初からなかったのが、1969年発売の三菱コルトギャランだったのです。つまり、三菱コルトギャランのボディーは、とても強かった ということです。

要するに、ストラットサスペンションを使いこなすには、それなりの強いボディーが必要であり、そのために、十分なボディー補強をしていたために、コルトギャランはライバルたちより重かったのです。これが、三菱ギャランのあなどれない速さの根源であり、サザンクロスラリー優勝の要因と思われます。

つまり三菱は、購入時の商品価値の基軸となるカタログデーターにこだわらず、やるべきことはきっちりとやっていたということです。

しかし、他の国産メーカーのことを攻められません。当時の世界で、三菱と同じ見解に達していたのは、西ドイツのメーカーだけだったからです。他の国では、相変わらずダブルウィッシュボーンが、80年代後半まで主流だったのですから。

つまり、「三菱の見識畏るべし」なのです。

何事も、ぱっと見でレッテルを張ったり、思い込みをしていると、本当の姿は見えては来ません。

仏教では「正見」と言って、代表的反省項目、八正道の最初に出てくるのでございます。

今月1月9日(月・祝)には、新春講演会が開催されますので、真理のご縁に多くの方が触れられますよう祈念いたします。

                (ばく)

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

 

Mitsubishi's Colt Galant Is Japan’s GTO

「伝道」

2017年 第1回講演会

御法話  大川隆法総裁「未来への扉」 

 

本会場  パシフィコ横浜

 

衛星会場 全国の支部・精舎・衛星布教所 

 

開催日  1月9日(月・祝)18時00分~  

 

高知支部精舎〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11   

 

TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎〒781-1202 高知県高岡郡越知町2519-7   

TEL:0889-26-1077 

高知朝倉支部〒780-8062  高知県高知市朝倉乙988-11   

TEL:088-850-7774 

高知東部支部〒781-5232  高知県香南市野市西野       

TEL:0887-56-5771 

高知四万十支部〒787-0012  高知県四万十市右山五月町2-22 

TEL: 0880-34-7737  

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 『あなたにも「再生パワー」... | トップ | 「伝道の法」は、未来の扉。 »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
あけましておめでとう (高知県民)
2017-01-04 19:17:37
ばくさん、久しぶりじゃのう。
がんばっちょるようで、なにより。
おおそうそう、あけましておめでとう。
自動車記事、面白いのう。
オスプレイの意見もそうじゃが、こういう視点、どこの自動車雑誌でも聞いたことないのう。
徳大寺さんより、面白いわあ。いやまっことお見事じゃと思うぞ。
そう、昔の三菱車は涼しい顔して走るんで、不思議に思うちょったがよ。トヨタだるまセリカに乗ちょったがやけど、ギャランGTOに置いてけぼりさらたが、そうか、そういうことやったか。
それと、通常の常識とは違う歴史的な結果を、得てして「そんなの、ただの偶然さ」的な評価をしがちであるのも、これまた人間か。
そうじゃの。新年からええこと聞かせてもろた。
これからもがんばってよ。
おめでとうございます。 (ばく)
2017-01-05 17:44:47
高知県民さん、明けましておめでとうございます。
お久しぶりです。お声をかけてくださって、本当にうれしいです。
高知県民さんは、セリカに乗っていたことがあるんですか。
そしてギャランGTOとやりあったことも。

ギャランとセリカは、昔のカー雑誌では、かなり対決していましたが、リアル体験のある方のお言葉は、とても貴重です。

また私なりにギャランVSセリカを書いてみますので、またご意見頂戴したいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。