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日産スカイラインRSの燃料噴射革命と「未来産業のつくり方」

2017-09-12 00:44:57 | 自動車から見える日本と世界

日産スカイラインRS(1981年~85年)

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昨年世界中をびっくりさせたドイツの自動車メーカーVW(フォルクスワーゲン)の、ディーゼル排気ガスデーター不正問題に引き続き、メルセデス・ベンツも、VW同様のデーター不正が行われていました。

まぁ私、実はかなり以前から、「ヨーロッパのディーゼルエンジンは怪しい。」と睨んでおりました。

ディーゼルエンジンは高圧縮比が特徴なので、有害物質窒素酸化物(NOx)の排出量が多いのがネックなんですが、VWといいメルセデスベンツといい、性能を向上させながら、年々厳しくなる窒素酸化物規制をクリア続けている現状には、一定の疑念がありました。

と申しますのも、高圧縮だと大量に出るディーゼルエンジンの排気ガス対応は、日本のマツダや三菱のように、低圧縮のディーゼルエンジンを開発しないといけないのに、ヨーロッパでは相変わらず、高圧縮エンジンで対応し続けていたので、「これは無理なんじゃぁないか?」と思っていたわけです。

するとやはり、排気ガステストのときだけ、排気ガスクリアの燃焼となるエンジンコンピュータープログラムがあったというから、かなり作為的な不正ですね。

 

ヨーロッパはかなり以前から低成長経済ですので、日本と違い、GDPの消費が占める割合が滅法低いです。

ですので、排気ガス基準や安全基準などを定期的に創出して、新たな産業や市場を、政治的に創出しようとする傾向があるらしい。

しかし肝心のメーカー側の技術が、基準クリアに対応できなかったり、基準クリアに伴う膨大なコストに耐えられなかったりと、政治の思惑を超えているところがあります。

つまり、政治の思惑とは裏腹に、企業の技術力が追い付かない現実があるわけです。

VWやベンツも、その例外ではなかったということ。

これは何も、今に始まった現象ではなく、もう40年以上も前には始まっていたことなんですね。

それは石油ショックと排ガス規制開始という、自動車業界の危機のとき、それに真っ向から挑んだのが日本勢で、欧米の業界は、日本の後追いに甘んじたという歴史的背景があるわけで、その時から日米欧の、工業製品における技術的アドバンテージは逆転し、多少の経営的な逆転とかはあっても、大きな意味での技術的優位は、日本の方がはるかに上だと思います。

排気ガス規制にしても、世界で最初に基準クリアしたのはホンダであるし、現代に通じる方法論の確立は、日産の力が大きかったのですね。

 

今世界はヨーロッパを中心に、ダウンサウジングターボとか、小排気量ディーゼルエンジンが取だたされているけれども、これなどは昭和50年初期には、日産やダイハツで市販されていたわけで、これなども完全な、日本の後追い技術なんです。

それは日本の自動車メーカーにとっては、排気ガスをきれいにしつつ、落ちた性能を回復するために、血のにじむような努力の結果でした。

しかしなかなか、排気ガス対応以前の性能には至れなかったのですが、それがいつの間にか、排気ガスをクリアしつつ、性能的にも規制以前を取り戻し、なおかつ低燃費なものとなっていました。

そして80年代~90年代には、「日本車最速時代」を迎えるのですが、どうしてもそのポイントとなる製品が分からなかったのです。

しかし、最近になってやっとわかりました。

それがどうやら、TVドラマ「西部警察」で大活躍した、日産スカイラインRSだったと思われるのです。

スカイラインRSと言えば、久しぶりの日産DOHCエンジンだし、何と言っても4バルブということで、歴史的にも注目度が高いのですが、それだけだと「高回転が得意となる」というだけで、多少パワーは上がるんですが、だからといって段違いに高性能になるわけではないんです。

事実、スカイラインRSは2000㏄で150馬力と、当時としてはかなりの高性能ですが、大排気量のソアラは170馬力ですし、他にもターボチャージャー付エンジンで、日産スカイラインRSと同等の出力を持つものは結構ありました。

ではスカイラインRSの何が、その後の最速時代を切り開く分岐点となりえたのかというと、それはやはり、日産お得意の、燃料噴射装置システムにあったということ。

それは何かと申しますと、シーケンシャルインジェクターシステムというものです。

結局、これが大きかったと思います。 

日産FJ20エンジン トヨタ18R‐GEUエンジン

シーケンシャルインジェクターというのは、要するに「インジェクター(燃料噴射装置)が、シリンダー(気筒)と同じだけある」ということです。

厳しくなる排気ガス規制に伴い、各自動車メーカーは、それまで主流の気化器(キャブレター)による燃料供給を諦め、より緻密な燃料制御のできる、燃料噴射装置付エンジンに移行しつつありました。

ですから日産スカイラインRS登場以前にも、当時は既に、多くの燃料噴射装置付きエンジンはあったのですが、スカイラインRS以前のエンジンには、燃料噴射装置は、エンジン1台につき、一つしかついていなかったのです。

それを、世界で初めて各シリンダーに一つずつ付けたのが、スカイラインRSのエンジン「FJ20」だったのです。

FJ20は4気筒ですから、燃料噴射装置が4つ付いていたわけです。 

各シリンダーに燃料噴射装置があれば、何が良いかと言いますと、吸気干渉が防げるわけです。

つまり、エンジン1台に燃料噴射装置1個だと、4気筒以上のエンジンでは、複数のシリンダーの間で、燃料が混ざった空気(混合気)の取り合いが起こっているのです。(3気筒以下のエンジンでは、基本的に吸気干渉はありません。)

ですが、燃料噴射装置を各シリンダー専用で構えることができれば、吸気管を自由に設計できて、混合気の取り合いが起こらないわけです。

FJ20エンジン画像の左側に、赤い筒が4本まっすぐ突き出ていますが、これが吸気管です。

同時期のトヨタ18R‐GEUエンジンだと、吸気管が左端の黒い「EFI]と書いた箱に向かって伸びています。EFIとは、エレクトロニックフエールインジェクション、つまり電子制御燃料噴射装置で、これに向かって吸気管が伸びています。これが当時世界中で主流の形式です。

日産スカイラインRSのようなことをやっても、エンジンの最高出力は、ほんの少ししかUPしないのですが、最高出力を発生する回転数までの時間が、大幅に短縮されるのです。

つまり、レスポンス(反応)が良くなって、加速が抜群に良くなるわけです。

それまでの燃料噴射装置エンジンは、確かにカタログ上の最高出力は高いのですが、なかなかエンジンの回転数が上がらなくって、もっさりとしていて、「やっぱり、排気ガス規制前の性能が良かった」と、全世界の人が思っていたわけですね。

排気ガス規制前の時代は気化器時代ですけれども、その昔は、気化器を2つ搭載する、つまり、ツインキャブレターにすることで、同じ効果が得られていたのです。

しかしスカイラインRSの当時、まだ、ただでさえ高価な燃料噴射装置を、各シリンダーに搭載する英断を、日産はしたことになります。

事実、スカイラインRS登場以降、世間から、ツインキャブレターへの憧れは消え、時折販売されていた、ツインキャブレター搭載車も、その後は順々に消えてなくなりました。

最後のツインキャブエンジン車ホンダプレリュード2代目(1982年~87年)

また、シーケンシャルインジェクターシステムは、一つの燃料噴射装置で、ダラダラと燃料供給するそれまでのシステムと違って、燃費がとても良かったのです。ピュッピュッと、爆発の必要性に応じて燃料を供給することで、無駄な燃料供給が減ったからでしょう。

それが効いてか、他のメーカーも、次々とシーケンシャルインジェクターシステムを搭載するようになり、結果的に、燃料噴射装置の大量生産効果によるコストダウン現象が起こりました。

つまり日本車は、日産の「各シリンダーに燃料噴射装置搭載」という勇気ある決断によって、世界で初めて排気ガス規制とオイルショックのダブルパンチを克服するに至ったのです。

FJ20エンジンの生産期間は5年余りで、商品として成功したとは言えませんが、スカイラインRSによる日産の決断は、まさに、世界に革命をもたらしたと言って差し支えないと思います。

ということで、日本の先人は頑張ったし、先人たちの描いた未来の上に、我々は生きているのだけれど、「最善を尽くす」とか、「未来に向けて、決断すべきは決断する」とか、その先人たちのエッセンスは誇りたいですし、我々今を生きる私たちも、未来の子孫たちに対して、誇れる決断をしていきたいものです。

ということで本日は、トヨタグループ創始者、豊田佐吉霊言『未来産業のつくり方』(幸福の科学出版)から、神さまに捧げるものつくりの精神を感じる、超一流のエッセンスをお届けしたいと存じます。

             (ばく) 

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幸福実現党の経済成長戦略

御法話 「自らを人材に育てるには」 

日時:   9月17日(日)開催時間日中(予定決定次第報告します)
本会場: 新居浜(完全予約制)
 
衛星会場:四国内の支部・精舎・拠点・衛星布教所  

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=67

まあ、「ものづくりをしているから唯物論になる」って言うんだったら、ちょっと考えを変えないといけないね。
いわゆる唯物論の世界っていうのは、ものがない世界なんですよ。

旧ソ連もそうだし、毛沢東時代の中国もそうだし、北朝鮮もそうだけど、唯物論の左翼のところは、ものがなくて困るし、並ばなければ買えないね。

配給制なので、ソーセージ一本を買うのにも、一時間も並ばなきゃいけない。

需要・供給の分からない官僚なんかが生産量を決めてたら、まあ、そうなるよね。

だから、「ものが豊かになる世界が唯物論の世界だ」というように考えるのは、間違っていると思いますよ。ものの豊かさが、精神の豊かさや心のゆとりを生むほうに行かないかんですね。私はそう思うね。

トヨタは、ものづくりをしているかもしれないけれども、労組が唯物論のほうに行くんやったら、それは、ちょっと、叱らないかんね。

私の時代は、まだまだ信仰心がある時代でしたからね。だから、これは、いかんですよ。

「メーカーが発展したら信仰心が薄れる」っちゅうのは、いかん。絶対いかんね。

もうちょっと精神性を高めないといけませんね。その精神性が、やはり、「国を発展させたい」という気持ちとつながってるんじゃないかな? 私はそう思いますけどね。(中略)

そう、トヨタ労組ね。まあ、

「地獄に堕ちたくなかったら、幸福実現党を応援しなさい。そうしたら、あなたがたの今までの宿業は消されて、天国に入れる。そして、豊田佐吉の講演会に来れるようになるぞ。地獄に行ったら、私の講演会は聴けんぞ」ということだわな。

そういうことを、ちゃんと教えとかないといかんわ。

やっぱり、神様を信じなきゃ、発明なんてできませんよ! 基本はそこなんですよ。だって、インスピレーションちゅうのは、天上界から来るものですからね。

そして、未来に発明しなきゃいけないものを、天上界から、いち早く引いてきた企業が、メーカーとしても成功するんですよ。だから、神様のご加護が要るんですよ。

私だって、経済界・経営界では、神様の一人なんです。今、松下幸之助さんと、どちらが偉いか競争しているところで、企業業績によって、上がったり下がったりするんです(会場笑)。

トヨタの業績がよくなったら、私のほうが上になり、悪くなったら、向こうが上になるようなところがあって、為替のように、この世と連動するところがあります。だから、赤字が続いたりすると、霊格が下がってくることもちょっとはあるんですけどね。

まあ、私は、経営界というか経済界では、神様の一人に入ってるから、信仰心を持つことを勧めるな。私は、地獄に行っている唯物論の指導者とは違うから、トヨタもそうであってほしいな。(中略)

しかしだな、自動車だって、みな交通安全のお守りぐらい、ぶら下げとるじゃないか。お祓いもするじゃないか、なあ? 

そりゃあ、人命にかかわることやから、信仰心を失ったら、事故がたくさん起きるわな。悪霊に入られたら、どこで事故を起こすか分からんもんね。

そりゃ、非常に大事なことやけども、「近代的なメーカーが、信仰心とか、宗教や神社のことを言うのは、格好が悪い」という世相があるわけや。(中略)

そりゃ、「会社で、宗教をやってるように見えるのが、格好悪いんだろうなあ」とは思うんだけど、基本的には、何ていうかなあ、うーん……。

わしが、創業者といえるかどうか、自動車の創業者ではないので、創業者といえるかどうか分からんけれども、まあ、「トヨタの祖」であることは間違いない。

まあ、そういう信仰心に基づく、何ていうかな? 勤勉? 二宮先生のお話にもあったけどなあ、そういう……。「資本主義の精神」だよ。君ぃ! やっと出てきた。わしは、この言葉を言いたかったんや。

要するに、「創業者は、資本主義の精神を持っとる」ということね。そして、資本主義の精神というのが、単に、この世の金儲けだけで終わったら、それはもう、天国も地獄もないんや。それだけではな。

その資本主義の精神が、「神様のために、この世を明るくし、よくするために、頑張っとるんじゃ」というようになることが大事なんだな。(中略)

まあ、今、「社是で信仰心を掲げる」っちゅうのは、ものすごく勇気の要ることやろうから、なるべく引っ込めたいやろうなあとは思うけどな。

いや、もう、「豊田佐吉の霊言」を出すしかないで! それ以外、方法はないわ。「豊田佐吉の霊言」を出して、本の扉か帯のところに、「やっぱり信仰心が大事だ。これがなかったら、会社の発展はない」と、こう豊田佐吉の言葉を入れて、売らないかんやろうね。

ちょっと、引き締めんといかんかもしらんな。ま、幹部に要求するのは、ちょっと無理はあるかもしらん。今は、どっちか言うたら、「個人個人の問題だ」と考える気があるからね。「そうするのが現代的だ」と思うところがあるからね。

ただ、私みたいに、インスピレーションっちゅうか、ひらめきをたくさんもらっとった人間は、神様を非常に近く感じておったのよ。うん。そういうところは、あるわなあ。(中略)

世界に出て、世界一の企業になるためには、やっぱり、信仰心が必要や。「無宗教・無神論の企業が世界一になる」ちゅうのは、恥ずかしいことだよ。そんなの世界に通じません。先進国にも後進国にも通じません。ええ。(中略)

やっぱり、信仰心があるのが、世界標準で、今の日本がおかしい。

アメリカの企業なんて、利益の一パーセントぐらいだっけ? よく、宗教とか、慈善団体とか、NPOとかに寄付をして、活動を支えてるよな。

そのように、しっかり儲けて、儲けた利益の一部を「分福」していく気持ちかなあ。それは持っていないといかんと思うな。
『未来産業のつくり方』(幸福の科学出版)P76~108
 

書籍 「未来産業のつくり方」 大川隆法 (2010年8月) 幸福の科学出版


【スカイライン・ジャパン】世界の空気をきれいにした『人類の選択』

2017-07-30 01:33:29 | 自動車から見える日本と世界

5代目日産スカイラインGT(通称スカイライン・ジャパン)

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久しぶりに、自動車関連のコラムを書かせていただきます。

今花形産業の自動車ですが、この分野には、社会全般における数多くの学びがあるので、定期的に書かせていただきたいと思っているのですが、話題の多い幸福の科学布教ブログといたしましては、なかなか書く枠がないところがございます。

さて何事も苦難や困難はあり、その解決を通して、文明を進化させていくのですが、そのプロセスの中には、

1.解決策を見出す人 2.解決方法を確立する人 3.確立した解決方法を普及させる人 4.解決方法を定着させる人 

がいると思います。

日本は技術大国ですが、何が得意かと言えば、2の「解決方法を確立する」ということではないでしょうか。

1970年代に世界的規模で起こった石油ショックなどのエネルギー問題、そして排気ガス規制への対応という、自動車業界存亡の危機があったのですが、この大危機を世界で最も早く克服したのは日本でした。

世界最初の排気ガス規制適応車は、ホンダのシビックです。

そしてシビック以降、日本では年々強化される排気ガス規制を、続々とクリアしていくのですが、その決定打となったのは、日産の技術でした。

そう、日本の日産自動車は、排気ガス規制の分野で、その問題解決策を確立したのであり、その貢献は、世界的なものであったと思うのです。

初期段階における排気ガス対応は、各メーカーで様々な対応がありましたが、基本的には、ホンダのCVCC方式の流れにある技術で、つまり、「薄いガソリン混合気を、素早く燃焼させる」という考えのもとに構築されていました。

排気ガスの有毒成分には、一酸化炭素(CO)炭化水素(HC)窒素酸化物(NOx)というものがあり、COとHCは不完全燃焼物質ですが、NOxは高温高圧で発生するものです。

つまり完全燃焼すればするほどCOやHCは減りますが、反対に今度はNOxが増えるので厄介なわけですね。

当時欧米の企業などは、とっくに排気ガスへの対応は諦めていて、燃焼を悪くして、落ちた馬力は、排気量UPでお茶を濁していました。

この、石油ショック&排気ガス規制の向き合い方の違いが、結局その後の、日本自動車産業の躍進へと、つながっている要因だと私は思います。

日本メーカーと違い、欧米メーカーは、その後自信を失いました。それは未だに、欧米人の心に尾を引いていると思います。

もとい、できるだけ薄いガソリンで燃焼温度を低くして、燃えにくい環境ではあるが、なんとかそれを効率よく燃やそうと、各メーカーは苦慮していたのですが、さすがにそれでは限界があるわけです。

CVCV方式だと、排気ガスの基準が上れば上げるほど、燃焼温度をどんどん下げないといけません。つまり、性能の低下や燃費の悪化を招くのです。

日産が行ったのは、CVCC方式とは全く違っていて、その後ECCSと呼ばれるようになる、コンピューターによる、空気とガソリンの混合比率を保つ方法論でした。

大まかな説明ですが、空気14:ガソリン1の比率で燃やすと、ちょうど良いころ合いに不完全燃焼状態となって、COとHCとNOxが、ちょうど良いあんばいで排出されるんですね。

14対1で燃やした混合気の排気ガスを、三元触媒という酸化還元装置の中で、NOxから酸素を奪い(還元)、そしてCOとHCを酸化させて、COをCO(二酸化炭素)に、HCをHO(水)とCOにしてしまうシステムでした。

 キャブレターと燃料噴射装置(インジェクション)

この方法論自体は、それ以前からあったのですが、それを使って、排気ガス規制に取り組もうとするメーカーは、当時日産以外にはなく、日産の決断は、営利企業として、とても勇気ある選択だったのです。

なぜならばこの方法は、厳密な燃料噴出制御システムが必要で、それは安い機械式キャブレターでは不可能だったので、当時とても高価だった、電子制御燃料噴射装置(日産名・EGI)を使用する以外なかったのです。

実は、電子制御燃料噴射装置の存在は、それ以前からあったのですが、それは、ほんの少しだけ最高出力が上がるので、性能UPに用いられていたのです。

しかし日産はこの高価な燃料噴射装置を、直接販売に関係ない排気ガス対策に使い、それをスカイラインなどから始め、小型車や大衆車まで範囲を広げていきました。

もしもスカイライン・ジャパンなくば、そして「排気ガス規制対応に、高価な電子制御燃料噴射装置で挑む」という、当時の日産の「選択」がなければ、今も人類は、汚染された大気の中で生きていたかも知れません。

なぜなら日産方式により、自動車業界での排気ガス問題解決の方法論が確立され、その後はすべて、日産方式の進化系で世界中で対応できているからです。

ただ当時の電子制御燃料噴射装置は、高コストのみならず、まだ十分な性能を発揮できる環境になく、それで随分と日産は苦しい企業運営をしておりましたが、日産自身でその苦境脱却を図ったのは、やはり「技術の日産」と言われるだけのことはあります。

それは、後に出てくるスカイラインRSのシステムで、その後の日本車最速伝説の幕が上がるのですが、文字数制限がそろそろなので、この話はまたいつかの機会にでも。

とにかくも、排気ガス浄化に関しての、日産の貢献は世界に誇れると、私はとても尊敬しているところです。

さて、布教に話を戻しますが、今宗教戦争や無神論国家の横暴など、諸問題で混迷を深める現代社会において、これを成そうとしているのが、大川隆法幸福の科学グループ総裁であろうと思います。

常人では、

1.解決策を見出す人 2.解決方法を確立する人 3.確立した解決方法を普及させる人 4.解決方法を定着させる人 

の中で、どれか一つやるだけでスゴイことなのですが、大川隆法幸福の科学グループ総裁は、4つ全部やろうとなさっているように思います。

まぁ仏陀や救世主と呼ばれる方は、今と言う時代や、現前の社会にだけ責任を負っているわけではありませんので、地上ご存命中に「必要なことはやらなければ」という責任感がハンパないのでしょう。

私なんぞは、ただの凡人、究極の凡人でございますので、やれることは少ないですが、せめて空いた時間を使って、当ブログお越しになった方々に、少しでも仏陀の再誕や、救世主の降臨の事実の、一片たりともお伝えできればと願う次第です。

本日は経典『常勝思考』(幸福の科学出版)より、一部抜粋をお届けいたします。

              (ばく)

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【C210】 愛はたぶん / RAJIE

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短期的に儲けることは可能です。商売をしている方であればおわかりでしょうが、短期的に儲けることは簡単にできます。

たとえば、他の人が売っていないような品を仕入れて売ったり、おまけをつけてみたり、あるいは新発売の製品を出したりと、短期的には、いろいろな商売の仕方があります。

それは一時期は当たります。しかしながら、長期的にはだめになっていきます。

アイデア商品などでヒットして、一時期ものすごく儲かったりすることがありますが、そうしたものというのは必ずライバルが出てきます。真似する者が出てくるのです。

そして競争されると、だんだんだめになっていきます。

あるときまで景気のよかったものが、競合者が出てくると落ちてくるということがあるのです。

たとえば、(中略)地の利がよく、まったくホテルがない所に、「いい場所だ。ここに建てれば儲かる」と思って、ホテルを建てたら、案の定、儲かったとします。それで、「うまくいった」と思っていると、競争相手が参入してきて、すぐだめになっていきます。

このように、目新しさだけで勝負した場合には、やがてどこかで失敗をして、衰退していくことがあります。

したがって、他の人ができないような目新しいビジネスに挑戦するということは大事ですが、それが成功した段階において、心しなければならないことがあるのです。

ホテルにおいて大切なことは何かというと、やはり、何度も同じお客さんに来てもらうことです。

一回泊まったお客さんを、また来たいという気持ちにさせるためには、サービスのよさ、内容のよさが必要です。

「周りには、ほかにホテルがないから、たまたま来た」というのではだめで、それで「儲かった」などと言っていたのでは、だんだんと客足は遠のいていきます。

やはり、何度も来たいと思わせるようなサービスをしていくことが大事です。

ホテルがほかになければ、そうした工夫をしようがしまいが、全客室の八割ないし九割にお客さんが入るわけですが、やがて同業者が参入してきたときに、真の実力が明らかにされます。もっとサービスのいいところが出来れば、とたんに採算がとれなくなって潰れていきます。

一見、非常に好都合なこと、便利なこと、自分にとって神風が吹くようなことというのはあります。

そうしたものに出会うことも、実際、考える以上にあります。

しかし、それに頼ってはなりません。

そうした幸運というものは、あることはあるので、それは受け入れてもけっこうですが、その幸運がきたときには、すでに次なる備えをしていかなければなりません。

そして、根底において、基底においては、環境がよかろうが悪かろうが、景気がよかろうが悪かろうが、やはり一定以上の打率を維持することができるように、内容を充実していく必要があるのです。

これは地味ですが、きわめて大事な考え方なので、みなさんもどうか学んでいただきたいと思います。
『常勝思考』(幸福の科学出版)P224~228

【C211】 I Love Japan / 財津和夫

 

幸福実現党チャンネル


名車ソアラと、知って得する「心の法則」

2017-04-14 02:01:08 | 自動車から見える日本と世界

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日本周辺において、アメリカと北朝鮮の緊張が高まってきました。

何が起こっても不思議でない状況ですので、大好きな自動車記事は、書けるときに書いておきたくなりました。

今日の主役は、1981年に発売された、トヨタソアラです。

このソアラは、当時の日本人にとって、何から何までもが仰天そのものでございました。

スタイルは、現代的視点からすれば、「普通」の感覚かも知れませんけれども、当時としては、超先進的でした。

また性能も超一級品で、2800㏄でDOHC6気筒エンジンを搭載したもので、170馬力は、当時の日本車で最高の数値でした。

そしてスタイルや動力性能だけでなく、贅を尽くした内装や、優れた乗り心地と高い静粛性、当時の日本車としては、コーナーリング性能も優秀でした。

ベンツやBMWを目標に、当時のトヨタの最先端技術を全部入れこんだ作品で、トヨタが発表した作品の中でも、最も力の入っていたものの一つであることは確かです。

車両価格は300万円ほどだったと記憶しているのですが、当時としては破格の高級車で、クラウンとどっこいどっこいのお値段ではありましたが、しかし、破格過ぎないというか、一般的な国民目線で言えば、「頑張れば、手に入れられそう」なポジションではなかったかと思います。

過去のトヨタ2000GTのお値段が、現在の物価基準で言えば、2000万円クラスであったらしいですし、最近でも、レクサスLFAだと、3500万円ほどですから、ソアラは高嶺の花で、憧れの存在ではあっても、「縁のない存在」ではなかったはずで、ソアラは爆発的なヒット作となります。

 

日本に「ソアラ現象」が起こり、その後の日本車は高級化&高性能化していくのだけれど、ソアラが偉大であったのは、日本人を勇気づけたことだと思うんです。

ソアラ出現以降、「日本も、やればできるじゃないか!」と思ったんですね。

というのも、ソアラ以前の日本人というか日本の車好きでは、「日本車は、ヨーロッパ車にはかなわない」というのが常識だったんです。

70年代後半にスーパーカーブームが巻き起こって、その後ブームが終わった後も、外国車には引け目を感じていたのが当時の一般的な日本人だったと思う。

しかしトヨタソアラは、当時ピカ一の商品性を誇る、ドイツのBMW6シリーズに、性能やその他の分野で、全く引けを取らなかったのです。

初代ソアラは国内専用車で、海外に輸出はされませんでしたが、自動車雑誌などがドイツのアウトバーンに持ち込み、お手本にしたであろうBMW6シリーズと、ソアラを比較する企画を盛んにやっておりました。

スーパーカーブームで、当時の日本は自動車大好き国家になっていましたので、トヨタソアラの優秀性を目の当たりにして、戦後の日本が持っていた、何とも言えない劣等感みたいなものが、一気に吹き飛んだと思うんですね。

少なくとも、私はそうだったんです。

そして、「頑張ったら買えそうな価格」であったことが、「ソアラに乗ってみたい」と、多くの日本人に思わせた要因ですが、それもソアラの大きな歴史的功績の一つではないかとも思うんです。

というのも、ソアラ出現以降日本は、その後「バブル景気」と呼ばれた超大型好景気に向かって、まっしぐらに高度経済成長を続けるんですね。

多少強引かも知れませんけれども、時系列的に言うと、「ソアラへの憧れが、日本を経済超大国に押し上げた。」と言えなくもないんです。

その後、バブル景気の終焉と共に、ソアラも自動車商品としての使命を終えるがごとく、ネームバリューを小さくしていったのですが、私が思うに、ソアラは時代の申し子的なところがあったと思うんですね。

そしてひょっとしたら、ソアラ以前の日本人と、ソアラ以降の日本人では、考え方や価値観や「当たり前」が違っているのではないかとも思います。

ソアラ以降の日本人には、戦後抱いていた、何とも言えない劣等感がなく、「経済大国日本の国民」という意識が基本的にあると思う。

ソアラは、まぁ単なる自動車製品と言えばその通りなんですが、それを超えた、人が持つ「心の力」の歴史的証明者的な位置づけができるんじゃないかと。

「憧れ」や「夢」や「悟り」と言った心の力が、実は現実に力を持っている。

これは宗教的真理ではありますが、幸福の科学では、そのメカニズムまで論理的に説明するところがすごいところ。

本日は、経典「黄金の法」から、少し難しいけれども、知っていて絶対に得する「心の法則」部分を、抜粋してお届けしたいと思います。

                 (ばく)

聖書の真実@YouTube イエス・キリストの復活 The Resurrection of Jesus Christ

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2017年第3回講演会    

演題     人生を深く生きる 

本会場    高知県立県民体育館        

衛星会場   全国の支部・精舎     

開催日    4月23日(日)13時~    

高知支部精舎〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11   

TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎〒781-1202 高知県高岡郡越知町2519-7   

TEL:0889-26-1077 

高知朝倉支部〒780-8062  高知県高知市朝倉乙988-11   

TEL:088-850-7774 

高知東部支部〒781-5232  高知県香南市野市西野       

TEL:0887-56-5771 

高知四万十支部〒787-0012  高知県四万十市右山五月町2-22 

TEL: 0880-34-7737 

 関連記事 【号外】4/23(日)大川隆法総裁が、高知に来るぜョ! 

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人間の「心」というものは、単に道徳的な存在ではなくて、「仏光(ぶっこう)物理学」に基づいてつくられたものだと言えます。

この「仏光物理学」とは、大宇宙は仏の意志によって存在し、大宇宙の法則は、仏の光の物理学的法則によって支配されるということです。つまり、三次元宇宙空間とそれ以降の多次元空間を支配する法則を、仏の光の性質に帰そうとする考え方なのです。

そして、この考え方は、実在界の物理学者たちの多数の支持を受けております。

仏光物理学には、三つの基本命題(テーゼ)があります。
第一のテーゼは、仏の光は、親和的性質を持ったものに出合うと増幅され、排他的性質を持ったものに出合うと、それを避けて通るというものです。
これは、イエスが、「持てる者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われるであろう」と語ったことの真意なのです。つまり、仏の光と親和性のある人には、ますます、仏の光、恵みが与えられ、仏の光を排斥する性質を持つ人には、だんだん、仏の光が射さなくなる。これが真相です。

(中略)

第二のテーゼは、仏の光は、その凝集・拡散というプロセスによって、創造と破壊を行なうということです。つまり、念のカによって、仏の光が目的性を持って凝集すると、そこに、霊的実体が現われる。さらに、その波動を緊密なものにしてゆくと、物質が現われる。その逆に、念による目的意識が解除されると、物質はその形態を失う。霊的実体も、仏の光が拡散を始めると、別なものになる以外は存続しえなくなる。こういう物理法則があるのです。

そして、人霊創造のプロセス、人体創造のプロセスは、この仏光物理学のなかの、光の凝集・拡散の法則によって、明らかにされるのだと言えます。

第三のテーゼは、仏の光は周波性を持つということです。つまり、高周波は高周波と通じ、低周波は低周波と合うということです。多次元空間をも含めた大宇宙空間には、仏の光のなかに伝達の意識を込めた念波というものが飛び交っています。しかし、この念波も、同波長のものしか通じ合わないのです。

(中略)

ここで考えなけれぱならないのは、人間の実体も光子体であり、仏の光の性質をそのまま内包しているということです。
第一のテーゼにより、愛、善、美、真といった、仏の光に親和性のある心の状態を保てば、幸福な人生が待っています。しかし、憎悪、怒り、嫉妬、猜疑心、愚痴、利己主義などの心の状態を保てば、仏の光を排斥し、やがては不幸を招来することとなるのです。

第二のテーゼにより、光明思想を持っていると、霊的に健全になるのはもちろんですが、肉体も健康です。逆に、心に悪想念を持っていると、それが病念をつくり、やがて、肉体的にも病気となって現われます。

第三のテーゼにより、心を高級霊と波長の合う性質に変えてゆくことによって、幸福がもたらされます。しかし、低級霊と同調すると、だんだんに不幸になってゆくことは明らかです。
(黄金の法 P25~31)

 

トヨタ ソアラ& スープラ CM集


【小さな巨人】ダイハツの、偉大なパイオニア精神

2017-04-09 01:12:22 | 自動車から見える日本と世界

  

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何事も、先駆者は大変です。

当然ながら始めてやることには前例がありませんし、方法論が確立していませんし、予想外の困難もありますし、トラブルに対応するのに手引きがありません。

しかしパイオニアが頑張って築いた価値観が、その後の、新たな判断の基軸となったり、文明の駒を大きく進めたりします。

それは偉大な人類にとっての一歩です。

しかし、こと前例主義が強い日本においては、レーダーや飛行機の原理、はたまたテレビジョンの原理など、世界に先駆けて理論構築されていたにもかかわらず、むざむざと世界に先を越された先端技術が数多くあります。

とてももったいない話ですが、これは日本の先見性のなさというよりは、前例主義を重視しすぎる考えがもたらした、「日本の失われた富」ではないかと思います。

しかしその後、飛行機のない社会や、テレビのない社会などは考えもつかないわけで、先駆者が頑張って築いた偉大な一歩がもたらすものは、とてもとても大きいと思います。

宗教・思想・教育その他諸々の分野で、先駆者をし続けているのが、大川隆法幸福の科学グループ総裁。

宗教において、「神仏がいる」とか「あの世がある」とは、数千年の有史以来、世界中の宗教家が言い続けていることですが、大川隆法総裁のパイオニアの所以は、「あの世があることを、実際に証明しようとしている」ところ。

この宗教における文明実験が成り、「神仏はあり、あの世は存在する」という価値観が世間に定着すれば、個々の人生観が変化するだけでなく、それは即ち、国防にもなるんですね。

それは中華人民共和国や北朝鮮などが、無神論・唯物論を思想的基軸とした共産主義国家だからなんです。

人権の根拠は、「人が神仏の創造物」ですので、無神論・唯物論国家で、あのようなひどい人権侵害があるのは当たり前ですし、かれらが最も恐れるのは、論理性が高く、科学的思考を持つ現代人にも理解しやすい宗教なんです。

なぜならば、そういう宗教は、一見すると科学的に見える無神論・唯物論を、論理の根底から瓦解させるから。

宗教はどれだけ政治的に押さえつけても、広がるものです。

というのも、信仰心を持つ者は、無神論者や唯物論者のように、やみくもに死を恐れたりしないからです。

 

さて横道に話がそれていると、文字数制限が。(笑)

今世界で定着している技術などは、日本発のものが多いのに驚きます。 

一般的には地味な印象のある自動車メーカーダイハツが、世界に築いた偉大な一歩とは何か。

それは、3気筒エンジン搭載車を世界で初めて市販化したことです。

それはちょうど40年前の1977年発売の、シャレードであり、シャレードは現代の自動車に与えた最も偉大な先駆者と言えます。

というのも、軽自動車の全ては3気筒エンジンであり、世界の小型車のエンジンも、どんどんと3気筒化している現在、シャレードは小型車の原点とも言える、偉大な作品なのですね。

今ヨーロッパを中心に、小型車が3気筒エンジンを盛んに搭載し始めていますが、これは日本の40年前の技術なのです。

 

3気筒エンジンというのが、なぜそれまで作られなかったかというと、振動がえげつなかったからで、これを実用レベルまで封じたのも、これまた日本発、三菱のサイレントシャフトです。

3気筒エンジンの振動がえげつないのは、他のシリンダー(気筒)の爆発が重ならないからで、4気筒だと、一回転する間に、必ずどこかと爆発が重なるようになって、その振動で振動を緩和できるし、直列6気筒だと、理論上爆発によって振動を消すことができるんですが、爆発が重ならない3気筒以下のエンジンは、振動がそのまま発生してしまいます。

しかし4気筒エンジンよりコンパクトで、軽量で、一気筒少ない分、摩擦も少ないので、燃費に優れるのが3気筒エンジンの特徴です。ですので、「日本よりも二酸化炭素温暖化への意識の高い(?)ヨーロッパでは3気筒化が進んだ」と言われますが、日本は軽自動車を入れれば、50%近くが3気筒だし、なんでも舶来モンを高く評価するクセとか、そういうのをありがたがる風潮は、そろそろ卒業するべきだと私は思う。

 

なぜダイハツが3気筒エンジンを作ろうとしたかというと、熱効率の高い小型車を作りたかったかららしい。

それもそのはず、当時はまだ、石油ショックの影響が大きく、少しでも燃費の良い動力源を発表しないと生存競争に勝てなかったです。

当時のダイハツの見込みでは、一気筒当たり300㏄くらいが最も熱効率が良いと。そしてそれで1000㏄エンジンを作ろうとしたら3気筒になったと。ダイハツって、結構原理主義的というか、理系なんだなと思うエピソードです。

しかしこの3気筒シャレード、たった1000ccしかないので、絶対的パワーがあるわけはないのですが、これが結構速かった。

というのも、エンジンが3気筒だったから。

なぜ3気筒だと速いかと言うと、排気干渉がないから。

排気干渉というのは、排気ガスが排気管の中でぶつかり合うことですが、3気筒エンジンには、この排気干渉という現象が起こらないんですね。(ちなみに理論上は、吸気干渉もありません。)

ですから、排気ガスの抜けが良いので、3気筒エンジンは早く回転数を上げることができるわけで、走行が、加速と原則の繰り返しである自動車にとって、エンジンの回転上昇が早いことは、実質的な走行では大切なことなんです。

昭和50年前後の排気ガス規制対応で、エンジン回転上昇もっさりしていた当時の自動車の中で、この小っちゃなシャレードは、すいすいとミズスマシのように走り抜けていたのです。

3気筒以外のエンジンで、この厄介な排気干渉を解決するには、シリンダーごとに排気管を出す必要がありますが、自動車の床下にそれだけのスペースがあるはずもなく、どうしてもまとめざるをえないので、どこかで排気ガス同士が当たってしまいます。

3気筒エンジンの欠点はえげつない振動ですが、その原因は、各気筒の爆発が重ならないからでしたが、欠点と裏腹に、爆発が重ならないがゆえに、排気ガスもぶつからないということですね。

そしてこの3気筒エンジンは、イタリアのスーパーカーメーカーが目をつけました。

パンテーラで有名な、デトマソ社が子会社のイノチェンチ社の新小型車のエンジンに、ダイハツの3気筒エンジン搭載したのです。

私は子供心に、「スーパーカーメーカーが採用するなんて、誇りぜョ!」と思いましたが、今思えば、当時のヨーロッパには、排気ガス規制をクリアしつつ、優れた性能を発揮する新エンジンを開発する力は、もう残っていなかったんですね。

  

さて、この3気筒の優れた排気機能は、エンジンルームの更なるコンパクト化にもつながります。

排気機能が良いということは、排気管もコンパクトにできるということなんです。

下の画像が今のダイハツの軽自動車用3気筒エンジンですが、縦に長くほっそりとしていて、なんだか薄っぺらいですよね。

排気管などは、エンジンブロック内にあって、外からは見えないくらいコンパクトですが、4気筒だとこうはいかないんです。

 

スカイアクティブテクノロジーというフレーズで、しゃれたデザインのマツダ車でなどは、この4気筒エンジンの排気干渉を最小限にするために、エンジンルームを広く設計しているのだとか。

下の右画像が、マツダアテンザのエンジンですが、排気管がうねっていますね。これを納めるには、エンジンルームを大きくしないと収まりませんが、なるほどロングノーズな、しゃれたデザインには、そういう事情もあるわけなんですね。

  

ともあれ、日本は先見性は優れているのはダイハツに限らずなので、実はとてもあるんだと思うんです。

しかし判断の責任を回避しがちというか、前例主義が横行したりして富を失う傾向があるので、論理性があって「これは正しい」とか、「これはやるべきだ」というものを判断し、勇気をもって決断するようにするべきだと思うんですね。

前例のある分野というのは、安全領域なのかも知れませんけれども、前例のない分野にこそ、新時代の芽はあるし、そこには膨大な富はあると思うんです。

そういう判断とかから逃げないこととかが大事だし、神仏やあの世などを知ることは、同じ数十年単位で見ると、圧倒的に、「人生を深く生きる」ことにもなるのではないかとも。

ということで、大川隆法総裁の高知講演会「人生を深く生きる 」のお知らせ(笑)と、経典「不滅の法」のおすそ分けです。

                               (ばく)

CM ダイハツ NewシャレードTURBO 1983年

人は、何のために生きるのか-【特報第2弾】映画「君のまなざし」

      

2017年第3回講演会    

演題     人生を深く生きる 

本会場    高知県立県民体育館        

衛星会場   全国の支部・精舎     

開催日    4月23日(日)13時~    

高知支部精舎〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11   

TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎〒781-1202 高知県高岡郡越知町2519-7   

TEL:0889-26-1077 

高知朝倉支部〒780-8062  高知県高知市朝倉乙988-11   

TEL:088-850-7774 

高知東部支部〒781-5232  高知県香南市野市西野       

TEL:0887-56-5771 

高知四万十支部〒787-0012  高知県四万十市右山五月町2-22 

TEL: 0880-34-7737 

 関連記事 【号外】4/23(日)大川隆法総裁が、高知に来るぜョ!  


「あの世がある」、「あの世はない」

この二つの選択肢のうち、どちらを選ぶかということには、
賭けのような面があるかもしれません。

しかし、「信じるか、信じないか」ということは各人の自由ですが、
「死後の世界はない。人間は魂ではない」ということを証明できた人は、過去、一人もいません。
それを私は指摘しておきたいのです。

あの世や魂の存在について、「私は信じない」と述べた人は大勢います。
しかし、「あの世の世界の存在を、まじめに真剣に訴えかけている人もいる」ということを、どうか忘れないでいただきたい。

この世に生きているかぎり、目には見えない霊的世界、あの世の世界を信じるのは難しいことですし、それを人々に信じさせる仕事も難しいことです。

その難しい仕事をなしているのが宗教家です。
宗教家は、本来、人々から尊敬されるような立場になければいけないのです。

日本人が、教育やマスコミ宣伝などによって、それを悪しき者のように何十年も教え込まれていたならば、その壁を破るのも、また、私たち幸福の科学の仕事であると思っています。

霊界の存在は、「やがて来る、その人の最期の日」に明らかになる事実ではありますが、私たちは、同時代に生きている人たちが、将来、苦しみの世界に還っていくことを、よしとはしていないのです。

私の「大悟」より、すでに三十年近い歳月(当時)が過ぎました。
この間、一貫して、私は自分の使命を果たし続けてきたつもりです。
されど、「まだ本来の使命までは届いていない」ということを強く強く感じている次第です。

「不滅の法」より

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=7 

世界のナベアツ オモロー電卓 3の倍数のときアホになる音声電卓


VWゴルフを止めた赤い刺客、マツダファミリア(323)の物語。

2017-02-11 21:52:47 | 自動車から見える日本と世界

マツダファミリア(323)5代目 BD型(1980年 - 1985年)

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いやぁ、このブログで医療従事者らしく、今猛威を振るうインフルエンザ予防の記事をいくつか書きましたけど、あはは、うかつにも、私、インフルエンザにかかってしまいました。(苦笑)

ということで、本日あった大川隆法総裁御法話には参加できず、ご報告とかは、後日になろうかと思います。

ということで、今日は得意の自動車記事を書かせていただこうかなと。

ホントは、今このブログの話題の中心が三菱VSスバルですので、ランサーエボリューションの時代に入る予定だったんですが、その前に、忘れちゃぁならねぇ超大物革命児が、日本にはいたのでございます。

それが上の画像、マツダファミリア5代目、通称「赤いファミリア」でございます。

「赤い」とか「革命児」とか言いますと、「ばくは、共産主義暴力革命肯定に転じたか⁉」と揶揄されそうですが(爆笑)、いやいや、私は平和主義者でございます。ファミリア革命も、赤色のXGがメチャンコ売れましたので、そう呼ばれております。

マツダ初のFF車 ルーチェロータリ―クーペ(ロータリーエンジン縦置き)

この赤いファミリアは、マツダの最初の横置きエンジンFF車です。

マツダ最初のFF車は、ルーチェロータリ―クーペですが、超少量生産で歴史を閉じております。

ただ世の中の小型車は大幅にFF化の波が押し寄せており、マツダファミリアが日本車では最後のFF車でありました。

で、今の自動車製品の99.9%は、ジアコーサタイプの横置きエンジンのFFで、そのきっかけは三菱ミラージュ(初代)だったのですが、そのジアコーサFFが、もっと大きなエンジンを積む自動車にまで普及できるようになるには、同じく日本の、マツダの赤いファミリ登場を、世界人類は待たなければならなかったのです。

マツダファミリアが何を世界に与えたのか。

それはジアコーサFFの欠点である、通称「FFの癖(くせ)」がなかったからです。

技術的には、それまで不等長だった左右のドライブシャフトの、等長化をしたからなんです。

赤いファミリアは、優秀なデザインがもてはやされて、丘サーファーを生んだとか、どうも軟派なイメージがありますが、世界に誇る名車中の名車でございます。

さて、ジアコーサFFだと、エンジンはボディ正中にはありません。

つまり、重いエンジンが左右のどちらかに寄らざるを得ないジアコーサでは、左右の重量バランスは絶対に取れません。

また、何よりタイヤに駆動力を伝える、ドライブシャフトの長さが違ってしまいます。

これだと、左右に伝わるトルク(回す力)も違ってしまいます。

これでハンドルが取られることを、トルクステアと言います。

自動車雑誌敵に言うと「FF車の癖」というやつです。

トルクステアは走り出せば問題はないのですが、自動車というのは加速と減速の連続です。

またカーブやコーナーでは減速しないわけにはいかず、ジアコーサFFは、走っている間に、しょっちゅうトルクステアに悩まされていたのです。

しかし赤いファミリアは、発売当初から、厄介なトルクステアが全くなかったのですね。

これには、世界が驚きました。

 

なぜ赤いファミリアにトルクステアがなかったかというと、長短2種類の長さを持つジアコーサFFのドライブシャフトをの長さを、短い方に統一して同じ長さにしたのですね。

長さが同じになれば、左右の車輪に伝わる伝達トルクは理論上同じですので、トルクステアは理論上なくなるのです。

そして赤いファミリアは、日本国内だけでなく世界で売れまくりました。

世界でも特にヨーロッパでは、このマツダ323(ファミリアの輸出名)は旋風を巻き起こしたと言えます。

当時の100万台生産最速記録はマツダ323ですから、メガヒット中のメガヒット作が赤いファミリアだったのです。

ヨーロッパで売れるには、ハンドリングが良好でなければ売れません。

今ある自動車製品は、ハンドルを切ったら切った分だけ曲がれますが、その始まりは、日本の赤いファミリアからなのです。

赤いファミリア以前のジアコーサFF車のコーナーリングは、どちらかと言えば不愉快だったはずです。

赤いファミリアの優秀なコーナーリングに危機感を覚えたのが、フォルクスワーゲン(VW)だったろうと思います。

赤いファミリアのころのベストセラーカーと言えば、泣く子も黙るゴルフでした。

  

当時の小型車のお手本と言えば、ドイツのVWゴルフⅠで恐らくマツダの赤いファミリアも、当然のごとくゴルフの影響は受けているんでしょうけど、赤いファミリアが性能や販売で猛追したので、ゴルフは世界基準車入りが遅れたと思うんですね。

そしてまぁ、カローラの時代が延長されたところがあると思うんです。

また赤いファミリアがヨーロッパで大ヒットしたことも、圧倒的な地位にあったゴルフ1が、ゴルフⅡを早く投入するかたちでモデルチェンジしてしまった背景にあるんじゃないかとも。

歴史的モデルVWゴルフⅠとゴルフⅡ、サイズがちょっと違うだけで、「モデルチェンジする必要あったの?」という違いですが、そこには日本から来た赤い刺客(ファミリア)からの影響、つまりシャーシや各種パーツを洗練させて、ハンドリング等を高級にして、寿命を延ばしたのではないかと。

透視図が見つからなくてはっきりしないのですが、ゴルフⅡは、ファミリアのような等長ドライブシャフトではないと思うのです。モンスターモデルがありませんから。

そしてゴルフⅢからは、等長下されていると思うんですね。なぜなら、ゴルフⅢからは大パワーのモンスターモデルが出てくるからです。

昔ながらの不等長ドライブシャフトだと、大パワーだとトルクステアが出て、まともに走れないからです。

ということで、赤いファミリアから今主流のエンジン横置きFF自動車は、私たちが知る、「ハンドルを切ったら切った分だけ素直に曲がる」ようになり、だからこそ、大型の強いパワーを持つ大きな車体の製品まで、FF化できるようになったんですね。

「日本って、けっこうやりよるわい。」と、日本車大好きな私は、いっつも思うちょるがです。

日本って、案外、始まりのところにいるような気がするんですよね。

とにもかくにも、様々なことが絡み合って。世の中も歴史も出来上がっているんだなぁと思う次第です。

これを仏教用語で、「重重無尽(じゅうじゅうむじん)」と言うそうです。

今日は病みあがって間もないので、ここで筆をおきますが、赤いファミリアの後継の6代目が、ドエライ歴史を持っていたことを、いつか書かせていただければと思います。

                   (ばく)

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みんなで学ぼう「重重無尽」

 

マツダ ファミリアCM 1982年

 


ミラージュが導いた、多様なる社会。

2017-02-06 22:43:06 | 自動車から見える日本と世界

 

レクサスLC500(10段AT変速)

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毎度、宗教布教ブログなのに、自動車記事が得意な編集長でございます。(笑)

今年の幸福の科学の基幹経典は、「伝道の法」ですので、多くの方に受け入れていただくサムシングが必要と思います。

余り知られていないのですが、今の自動車商品の主流の形態の形成には、日本の三菱自動車の実績が大きく、そこからマーケティングとイノベーションといった、総合マネジメントの成功理論を抽出できるのではないかと思うのです。

では、現代の主流商品の元となった偉大なる珍発明(笑)、笑撃の・・・いや失礼(爆笑)、全世界に衝撃と新たなニーズを提供した、偉大なる発明品の話です。 

前回記事でご紹介した、三菱ミラージュのスーパーシフトなんですが、これは当時の様々な事情で、手持ちのFR用エンジンを、ジアコーサFF用に逆回転させるためのギアでした。三菱自体、これがその後、全商品の99.9%ジアコーサ式FFのきっかけになると考えていたとは思えず、あくまでジアコーサFF用エンジンができるまでの、一時的なつなぎ的な発想だと思われますが、その現実性の高さから、業界のトレンド形成に貢献しました。

(関連記事 ミラージュが切り開いた、スーパーな逆転の未来。

エンジンを逆回転させる三菱ミラージュのスーパーシフト方式だと、他の自動車メーカーは、今ある部品を使って商品開発のためのデーター収集ができるので、大幅な開発コスト削減になるからです。

現代の自動車の99.9%は、三菱ミラージュ(初代)から始まったと言って過言ではなく、ミラージュは言わば、自動車産業の中興の祖と言えるのです。

 

三菱ミラージュ(初代)とスーパーシフト(4速×2の8段変速)

スーパーシフトはエンジンと変速ギアの間に小さなギアを入れ、駆動回転を逆にすると同時に、Hi&LOWの2段構えとし、通常の何の変哲もない4段変速機と連結することで、安いコストで8段変速機を作ったんですね。

これは、燃費性能では、無敵の強さを発揮しました。当時の乗用車での燃費競争では、三菱ミラージュが圧倒的な強さだったのです。

実は、エンジンというのは、効率良く力が発揮できる回転数というのが、それぞれ決まっているんですね。レースなど、最高出力がものを言うエンジンだと、その効率の良い回転数を高回転領域に設定します。

しかしそれだと、通常市販品で使うような、日常的な使い方だと、エンジンは力が出ないんですね。

 

 

これを解決したのは、後のホンダのVTEC(ブイテック)ですけれども、この、「得意の回転領域が決まっている」というエンジンの宿命を、何とか実用的なものに変えているのが変速機です。いわゆる、ギアチェンジですね。

スーパーシフトは、当時の通常の4段変速機に2種類のギアをはめ込んだ4×2の8段変速だったんですが、このエンジンの得意領域、つまり最も熱効率の良い回転数を維持して、変速機で速度を調整して走ることができたんですね。 つまり通常のドライブのイメージですと、速度を上げ下げするのに、アクセルの踏み具合で調整するんでしょうけれども、ミラージュは、ギアチェンジで速度の上げ下げができ、熱効率が最も良い回転だけを使って走ることができたのです。

当時は、どのメーカーのエンジンも、排気ガス規制によって、熱効率が落ちていました。それは三菱も同様です。

しかし三菱ミラージュのスーパーシフトは、熱効率の良い回転領域を使って速度調整することで、無類の燃費性能を稼ぎ出すことができたんです。

大体、17㎞/Lほどでしょうか。実用20㎞/L以上・・・という、当時の記事もありますので、これは相当なものです。現代でも、これだけの数値を、実走行で稼ぎ出せる製品は少ないです。

「日本車は、燃費が良い」というイメージは、実は初代ミラージュから来ていると思います。

このころ他の商品での実用燃費は、それほど褒められたものではなく、ミラージュの低燃費性能は、8段変速のスーパーシフトが要因です。

しかし、そんな三菱スーパーシフトは、普及しなかったんですね。なぜでしょうか?

すべては流れやすい方向に流れます。これは真理です。 

万事、すべてのものは、流れやすい方向に流れる。水も、風も、電気も・・・、そして人の心も・・・(爆笑)

 そうなんです。8段も変速操作を、当時のマニュアルミッション、つまり、手動操作でやるのが、めんどくさかったんです。(爆笑)

教習所で習った、変速のたびに、クラッチを踏んで、ギアチェンジをしてという、あの一連の操作、これが8つもあったら、めんどくさいんですよね。変速ギアなんて、街中走行だったら、3速もあれば事足りますし。

たとえて言うなら、8段変速機のスーパーシフトは、8階建ての高層建築のようなものです。

「8階も使えて、さぞ楽しかろうな。」と購入時は考えたとしても、いざそこに住んでみたら、「階段上るのが大変だった。」みたいな感じでしょうかね。(笑)

8階建てなら屋上で、掃除をするのも、洗濯物を干すのも、人によってはお風呂やトイレだって重労働になりますよね。

しかしその高層建築に、エレベーターが付いていたら、さあどうなるでしょうか?(^^) 

そうです。エレベーターなしなら、たとえ3階建ての建物でも、毎日だと嫌になるかも知れませんが、エレベーター付ならば、20階だろうが、50階だろうが、いくら高くても、階段を上る苦労がありませんので、俄然商品価値が上がるわけですよ。

 そして世界の自動車メーカーが、スーパーシフトから、インスピレーションを受け、その後、大イノベーションを果たしたんです。 

そうなんです。三菱ミラージュの三大発明の残りは、自動変速装置の劇的な変化です。 

ひとつは、AT(オートマティックトランスミッション 通称オートマ)の多段化であり、もうひとつは、CVT(無断変速装置)です。

ギア数が少ないと、どうしても効率の悪い回転領域を使うことになるので、燃費が落ちるんですね。「多段化することで、効率の良い回転領域を、できるだけ使おう」というのが、ATの多段化の流れなんです。

1970年代のオートマ車の変速機は、高級車で3速でした。ただ走るだけなら、3速で十分なんです。

それがミラージュ以降、急激な多段化が始まります。トヨタが4速、日産が5速と、多段化し始め、今は10速まであります。

 

4速AT最初の搭載車 トヨタ セリカXX(初代)

 多段化すれば大型化し、重量増がATでは必須でしたが、最近マツダから、小型の6段AT搭載車が生まれました。 

6段ATの、マツダ デミオ 

大型車を中心に、ATの多段化が進み、小型車ではCVT搭載車が増えました。日本初のCVT搭載車は、な・・・なんと、スバルです。(爆笑)

スバルはその後も、CVT技術向上に尽力しています。強いエンジンには相性が悪かったのですが、スバルや日産の努力で、それを克服できています。

 

1987年スバルジャスティー(初代)とCVTの構造

CVTの構造は、三菱ミラージュのスーパーシフトの、エンジンの得意に回転領域を使って走る・・・という原理。

つまり、エンジン回転数を保ちながら、ギア変速でスピード調整をする原理を、純粋化したものと言えます。

CVTの自動変速装置としての原理自体は、もっと以前よりありましたが、1980年ころ特許が切れて、自動車にも搭載されるようになりました。 

ともあれ、エンジンの得意領域を使って走れば、劇的に燃費が良くなるというのを、世界の自動車業界は、ミラージュのスーパーシフトで知ったのです。つまり今の自動車は、ほとんど自動変速ですけれども、その根底にあるのは、熱効率の良い燃費のツボを使って走りたいからなんです。その始まりは、日本の小さな三菱車だったんですよ。

三菱のやったこと、やろうとしていることが、世界の主流になるの法則。略して、世界のトレンドメーカー三菱の法則です。

それは大がかりなプロジェクトがやりにくい小メーカーであるが故の実用主義であり、現実主義でありますし、メンタル面ではスバルなど旧中島飛行機への対抗意識であるのですが、それゆえに、普遍性を持つところが面白いですね。

                             (ばく)

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【CM】『伝道の法』

3度の倒産にも負けなかった成功への情熱

 

  

2017年第2回講演会 

演題     大川隆法総裁「信じる力」  

本会場    大分別府ビーコンプラザ・コンベンションホール(完全予約制) 

衛星会場   全国の支部・精舎・衛星布教所  

開催日    2月11日(土・祝)13時20分~  15時  

高知支部精舎 〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11    

TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎 〒781-1202 高知県高岡郡越知町2519-7   

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TEL:0887-56-5771 

高知四万十支部 〒787-0012  高知県四万十市右山五月町2-22 

TEL: 0880-34-7737  


ミラージュが切り開いた、スーパーな逆転の未来。

2017-02-02 00:02:10 | 自動車から見える日本と世界

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「ここ最近、記事が自動車ブログ化しとるんちゃうかぁ?」というご指摘を、メッセージでいただくことの多い今日この頃ではありますが(笑)、幸福の科学の地元布教ブログなのに、時折書かせていただいている自動車記事が大好評で、感謝感激雨アラレの代表管理人でございます。

何事も、「点」で見たら真実は見えてきません。「点」の段階で、うかつに結論を出すことは、ともすればレッテルを貼ってしまいがちです。何事も、「点と点」をつないで、「線」や「面」や「立方形」で見ることが大切だと思うのです。

何事も「始まり」というものがあり、「過程」があり、「今」があります。その一例として、日本の基幹産業と頑張り続ける日本の自動車産業の、偉大なる創意と工夫の歴史のひとこまを、ご一緒に楽しんでいただければ幸いです。

今回の主役は、三菱ミラージュ(初代)です。

「おいおいばくちゃん、スーパーカーうんちくとかやった方が、お客さん、来るぞョ!」と仰るかも知れませんが、ここで取り扱っているテーマは、「世界に与えた影響」でございますので、あしからず。

今日取り上げる三菱ミラージュこそ、現代の世界の自動車の原型に当たると考えられる偉大な作品なのです。
今の世界の自動車製品の99.9%は、ミラージュなくして存在しないと思います。

さてこのミラージュですが、1978年発売ですけど、超いかしたデザインですね。日本の小型車として歴代トップのデザインだと思います。

 

 

さてミラージュですが、三菱最初のFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車です。つまりエンジンが車体前方にあって、前輪を駆動するタイプです。エンジンは横置きです。

実はFF車の種類には色々ありまして、大きく分類すると、エンジンを縦置きにする方式と、横置きにする方式があります。

1978年当時はFR(フロントエンジン・リアドライブ)車もたくさんあり、FF車も少なかったですが、FFのエンジン搭載方法も、縦置きもあり横置きもありと、ずいぶんと混在していました。
 
今世界の自動車製品の販売台数では、99.9%横置きFFです。しかもジアコーサ方式というタイプです。今これ以外の方式では、スバルの水平対向エンジンを使った縦置き方式しか、FFには存在しません。
 
「当時はまだ方法論の選択で、皆、迷っていた時期だった。」というのが通説です。それは何か、「進化論的淘汰」を感じさせる表現で、一見すると「説得力があるかも」と思ってしまいますが、私は「見方が甘いぜョ!」と思うのです。(笑)
 
「ジアコーサ方式というのが一般的になった発端は、三菱ミラージュだった。」と言うのが、偏屈自動車評論家(爆笑)のばく説なんですね。
 
 
前輪の前に縦置きに、全長の短い水平対向エンジンを載せているスバル1000

三菱がFF車を作るにあたり、なぜエンジンを横置きにしたか?私が思うには、「中島飛行機であるスバルのFFが、縦置きエンジンだったから」ではないでしょうかね。(笑) 

戦前から、三菱と中島飛行機はライバル関係でしたので、時代の流れでFFの開発は致し方ないにしても、スバルと同じ方式には、絶対にしたくなかったのではないでしょうか?(爆笑)

それ以外にも、三菱はことごとく、反スバル方式を貫いていますので、FF車を開発するに際しても、三菱的には、エンジン搭載は横置きしか選択肢がなかったと思います。(爆笑) 

そしてメンドクサイ話なんですけれども、横置きエンジンの搭載方法も2種類あります。 

イシゴニス方式と、ジアコーサ方式です。

 

イシゴニス方式というのは、エンジンとギアとの2階建て方式です。

代表例は、ミニクーパーですね。

ミニ 前輪の前に空間がなく、2階建てイシニゴス以外では不可能なデザイン

イシニゴスFFは、とにかく前後左右のスペース効率に優れますので、ホンダN360など、日本車の初期のFF車はイシゴニス方式が多いんです。

前輪の上にエンジンが乗っかる形ですので、前後のスペースは要らないですし、FR車のエンジンがそのまま使えますが、エンジンから下の変速ギアなどは、どうしても専用の設計が必要です。

重心が高くなるのと、エンジンとギアとが同じオイルを使うため、オイル管理を怠ると、エンジンを痛めるのが欠点です。
 

ドライバーがズボラだと、走っている途中で、いきなりエンジンが壊れる可能性があるんですね。エンジンとギアでは、オイルに求められる特性が全く違うので、イシゴニス方式のFF車だと、オイル管理は重要です。

ちなみに、この方式で、エンジンを横置きにした、ミッドシップのスポーツカーの代表が、ランボルギーニミウラです。
 
 

ランボルギーニ ミウラ 2階建てイシニゴス方式ミッドシップ

一方ジアコーサ方式は、エンジンとギアボックスを横並びにして、最終的にデフという駆動ギアにつなぐ方式です。重心が低いのと、ギアなどを専用設計する必要がないのが特徴です。 

またエンジンとギアとで、潤滑オイルを分けられますので、オーナーがずぼらでも、オイルによるトラブルは少なくなります。

ただ横に長いので、エンジンルームには余裕はありません。またタイヤの前に、エンジンを載せる空間が必要です。
 

今の主流はジアコーサ式ですので、FF車には、軽自動車など、超小型のエンジンでなければ、前輪の前に、もっさりとした空間があるはずです。

顔が突き出ているというか、アゴが出ているというか、エンジンを載せる空間が特別に必要なのがジアコーサFFです。

現代のミニ ジアコーサ方式なので、前輪の前に、エンジンを積む空間がある。

また横に長い関係上、どうしても左右が非対称で、左右の重量バランスが取れません。
そして、タイヤを駆動するシャフトも、左右で長さが違ってしまいます。これは、左右の駆動輪で、回す力が違うことを意味します。
 

走ってしまえば問題はないのですが、最もタイヤにまわす力がかかる発信時に、ハンドルが取られるという現象が起こります。これをトルクステアと呼びます。これを克服したのは、後年のマツダですが、それはまたの機会に。

ちなみに、ジアコーサ方式でミッドシップにした事例は、日本のトヨタのMR2や、イタリアのフィアットのX1/9など、小型の作品に大変多いです。

 

このように技術や方式というのは、進化論的に「何のこんなところが優れているので、時代の流れでこうなった」的なものではなく、すべて、何か良いところがあれば、それと同じだけの欠点があるものなのです。そのネガを、克服していくところに進化があるんですね。
 
技術的に淘汰されたと思われている縦型FFやイシニゴスの方が、前輪に掛かる荷重は大きく、また左右のバランスも良いので、運動面に限れば、現代主流のジアコーサの方が劣る部分も大きいのです。

で・・・ミラージュが採用したのは、今主流のジアコーサ式のFFです。なぜミラージュが、ジアコーサを採用したか?おそらくそれは、ミラージュ以前に、日産チェリー(初代)が、イシニゴス方式のFFだったからだと思います。(笑)

実は、初代日産チェリーを開発したのは、日産と合併した、旧プリンス自動車のメンバーなんですね。旧プリンス自動車の前身は、スバルと同じく、中島飛行機なんですね。(爆笑)

三菱はやっぱり、旧中島飛行機(プリンス自動車)が開発した、チェリーと同じ方式には、絶対に!、したくなかったのではないでしょうかね?(さらに爆笑)

三菱技術者の意地が、初のFF車ミラージュのエンジン搭載方法を、横置き横並び方式(ジアコーサスタイルのFF)に導いたに違いないのです。
 
日産 チェリークーペ 初代 前輪の前空間はほとんどない。典型的なイシニゴス方式のFF
 
三菱の発想の根底には、対中島飛行機意識があると私は思います。
 しかし当時のジアコーサスタイルには、運動面の他にも、とても大きな欠点がありました。

ジアコーサには、専用エンジンが必要・・・と思われていたんです。実は、当時主流のFR車のエンジンを、ジアコーサスタイルで横並びにしますと、車が逆走してしまったんですね。(爆笑)

なぜならば、当時は燃料供給システムが、気化器(キャブレター)時代でして、前向きにキャブレターを向けますと、冬場にキャブレターが凍ってしまって、動かなくなることがあったんです。

ですから、どうしてもキャブレターを運転席側に配置する必要があったのですが、そうすると、回転の関係上、車は後ろ向きに爆走し始めちゃったんですね。

 

ホンダ シビックのエンジン。 灰色の円形の物体はキャブレターにきれいなエアを送るエアクリーナー

今では、燃料噴射装置という便利な道具がありまして、(これを普及させたのは日産です。)そういう心配は全くないんですけれども、当時は主流のFR車用のエンジンでは、ジアコーサスタイルが取れなかったんです。
ホンダシビックなど、それまでもジアコーサスタイルのFF車というのはありましたが、皆、社運を賭けた専用開発のエンジンだったんですね。
 
エンジンを一から開発するとなると、100億円以上の出費を覚悟しなければなりません。
ですから、それまで主流のFR車を作ってきた多くのメーカーは、空間効率の悪い縦置きエンジンで、仕方なくFFを作ってきたと思います。
それは、大トヨタでも同じでした。
当時、縦置きエンジンのFFというのは、売れなければ破産する自動車業界では、当然のリスク管理だったんです。

イシニゴススタイルでも、ギアから先は専用ですから、開発費は巨額です。 

トヨタ初のFF車 ターセル 縦置きエンジン独特の、顔が突き出たスタイルですね。 

でも三菱は、それまで使ってきたFR車のエンジンとギアで、ジアコーサFFのミラージュを作ってしまったんです。

では三菱は、どうやって、横置きジアコーサの逆走を克服したか?(笑) 

もう傑作です。現実主義、実用主義、あっぱれです。

エンジンとギアの間に、もうひとつ小さなギアを入れて、エンジン回転はそのままに、タイヤへの駆動回転を逆転させたんです。

それで、エンジン開発なら100億円かかるところを、ほんのわずかな出費で済ませたんですね。(大笑) 

おまけに、その小さな逆転ギアを、Hi&Lowの2段にして、ごく普通の4段変速ギアを、4×2の、8段変速ギアにしてしまったんですよ!これを三菱は、「スーパーシフト」と銘打って、ミラージュに搭載し発売しました。 

 

スーパーシフト 4×2の8段変速

開発費は安いし(笑)、当時5段変速でも、「すごい!」といわれていた時代です。

今でも、オートマでなければ、7段変速が最高だと思います。 

それが、いきなり8段変速ですからね。それは、すごい商品価値です。

変速数の多さに目が行きがちなのですが、三菱の開発側の思惑とすれば、「タイヤの回転を逆転させたかった」ということです。

 そしてこのスーパーシフトを見た、全世界の自動車業界は、「あ”~~~~~~~~~~!」と叫んだに違いありません。 

三菱ミラージュは、実に簡単な真理を、世界の自動車産業に提示してたからです。 

それは・・・、 

「な~んだ。今あるエンジンでFF化するには、エンジンの回転を、逆転させればいいんだぁ。」ということです。(爆笑)

そう、エンジン新開発なら、巨額の投資が必要ですが、エンジン回転を逆転させるだけなら、一部の部品を代えれば良いだけなんです。(笑)
 
 それで、今まで巨大な投資が怖くて、FF車開発を試すことができなかった、世界の多くの自動車業界の、出費や心理面におけるハードルを、三菱が大幅に下げたのですね。FF車をテストするのに、まず、専用のエンジンやギアをつくるという必要がなくなったんです。
 
三菱のスーパーシフト自体は、それほど普及せず、三菱も自ら逆回転の新エンジンを開発した時点で、スーパーシフトを止めていますが、このスーパーシフトのアイデアは、世界の自動車製品のFF化を一気に広めると共に、その主流・・・というか、全てがジアコーサFFになるきっかけとなったんです。 

イシニゴス方式でも、ギアは新たに専用に作らないといけませんから、ジアコーサ方式の方が、遥かに安く作れるようになったのです。

 三菱のやったことや、やろうとしたことが、世界の主流になる。

この三菱が持つ、世界のトレンドメーカーとしての一端が、このミラージュスーパーシフトなんですが、それが、中島飛行機(スバル&プリンス)に対するライバル心という動機なのが、私にはとても面白いんです。(爆笑) 

そしてこのスーパーシフト。この三菱の現実主義が生んだオモシロ製品(失礼)から、他にも超意外な発明がなされていて、それが今の主流になっています。 

今回は、また随分と長くなってしまいましたので(爆笑)、いつかまた、それについてお話できればと思います。

                               (ばく)

初代 MIRAGE ミラージュ 1400GLX 1978

 

   

講演会            大川隆法総裁「信じる力」  

本会場    大分別府ビーコンプラザ・コンベンションホール(完全予約制) 

衛星会場   全国の支部・精舎・衛星布教所

日時     2月11日(土・祝)13時20分~ 

高知支部精舎    高知県高知市高須           TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎  高知県高岡郡越知町     TEL:0889-26-1077 

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ポルシェを救った大発明!(三菱サイレントシャフト)

2017-01-28 00:01:57 | 自動車から見える日本と世界

ポルシェ944(左)&924(右)

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このブログは高知の幸福の科学の信者たちによる布教ブログサイトですが、最近、自動車関連記事もご好評頂いております。

通常の自動車関連ブログとは違って、「〇〇という作品は、その後の世界にどう影響を与えたか」という観点が、オリジナリティーとしてあるとは思っております。

今苦境に喘ぐ三菱自動車の歴史を振り返ることで、三菱が世界のトレンドメーカーであることに着目しています。

三菱から学ぶ、トレンドメーカーになる方法とは、世界のトレンドメーカーとなるには、資金も、大げさなプロジェクト立ち上げも必要なく、何事も、本質を見抜くこと、そしてその本質を磨くこと、また、その本質を、きちんと分かりやすい方法で提示していくことが重要ではないかと思うのです。そして可能な限り、現実的な方法論でやってみせることではないかとも。

「やろうと思えば、誰でもできそうな気がすること」ここが、世界のトレンドメーカーへの道ではないでしょうか。

そして世界は変わるのです。

ここで書かれていることは、日本で現実に起こった歴史です。技術という分野ではありますが、それが現実に起こり、そして今があるのです。これは一種の革命なのです。

 

 

 

(赤い部分が、サイレントシャフト。エンジンと同じ振動を発生させて、「振動」を消す。)

かつて三菱自動車では、とても有用で、三菱らいし実用的な発明をしました。サイレントシャフトです。

自動車にはエンジンが必須ですが、エンジンというのは、必ず「振動」が伴うのですね。

爆発でピストンを縦方向に動かし、それを円運動に変換させて動力を取り出すのがエンジンですが、ピストンが縦方向に動くときに、どうしても振動が発生してしまうのです。

自動車だけでなく、すべての工業製品にとって厄介なものこそ、この「振動」なのです。

なぜなら振動は、利用者の疲労を溜め、健康を害するだけでなく、製品を痛めてしまうものだからです。

また振動によってネジが緩み、またボディーは常に痛められ、溶接なども常時影響を受けるからです。

エンジンにとって、大敵である振動。これによって、かつての技術者は悩みました。

ロータリーエンジンの回転の様子。

実はエンジンでも、理論上、振動のないものもあります。

それが、ロータリーエンジンであり、水平対向エンジンであり、直列6気筒orV型12気筒エンジンです。

ロータリーエンジンは、エンジンの行程は全て円運動です。振動を発生させる、ピストンの直線運動が存在しません。

ですから理論上、振動が発生する要因そのものがありません。

水平対向エンジンは、ピストンが向かい合って回転力を得ますが、お互いのピストンが、衝撃を打ち消しあう構造なので、振動が出ないのです。

水平対向エンジンの、ピストンの動き

 

直列6気筒エンジンは、動力を得るクランクが1回まわる間に、他のピストンの動きで、燃焼爆発による振動を消す効果があります。

6気筒エンジンの主流がV型に変わった今でも、直列6気筒(直6)エンジンにファンが多いのも、直6だと振動がないからです。

またV12気筒エンジンは、直6を組み合わせたものですから、振動はありません。

直列6気筒エンジン 理論上振動がない。

これらのエンジンの共通点は、全て高額商品であることです。

ロータリーエンジンは、技術面での克服するハードルが高すぎです。日本のマツダ以外、市販には成功していません。

水平対向エンジンは、部品も多く、組みつけが難しく、同じ性能のエンジンの、2倍の価格になってしまいます。ボクサーエンジンは、価格のハードルが高いのです。

直6エンジンは、全長が長いです。直6では、エンジンの置き場所を作るために、車体を大きくしないといけません。

直6の連結型である、V12気筒ならなおさらで、車体を大きくするなら、高級車を作る以外、商品価値はありません。

日本で唯一の、V12エンジンを積む、トヨタ センチュリー

 

これが実は、「振動のない自動車製品=高級車」という、思想面での刷り込みなのです。

その他の機種のエンジンでは、理論上、どうしても振動が発生してしまうからです。

この「振動」というエンジンの宿命を解決したのが、日本の三菱自動車なのです。

 

三菱が1974年に、軽自動車ミニカで発表した、エンジンにおける画期的な発明であるサイレントシャフトとは、どうしても振動が発生してしまうエンジンに、同じ振動を与えて消してしまう装置なんです。

 

歴史的発明サイレントシャフト搭載第1号 三菱 ミニカアミ

オンサとオンサを同時に鳴らすと、オンサの音は消えますよね。

音とは、空気の振動によって発生しますけれども、この同じ音と音とをぶつけることで、空気の波が消えて音が消えるわけです。これを三菱は、振動でも同じ原理を用いて、実際にエンジンの振動を消してしまったんですね。

これで、世界は変わったのです。

なぜならば、直6エンジンなど高額で、技術や商品としてのハードル高いエンジンを、搭載する必要性そのものがなくなってしまったからです。

まずは、ポルシェが三菱の特許を所得しました。

ポルシェは、アウディ製の4気筒エンジン搭載の、ポルシェ924の振動に頭を悩ませていたはずです。

なぜならポルシェは、それまでずっと、水平対向エンジンを搭載していたからです。

 

ポルシェ 924

「924は、ポルシェに非ず。」歴代のポルシェ愛好家から、924が厳しい評価を受け続けましたが、それは924がFRだったことや、安価なアウディ製4気筒エンジン搭載車だったからだけではないと思います。それまでのポルシェ製品には、ありえなかった不快な振動が、924にはあったからではないでしょうか?

それが証拠に、ポルシェ製エンジンを搭載した944は、ポルシェ愛好家からも高い評価がありました。「ポルシェ製エンジンは、やっぱり違う。」と言われたのです。ポルシェ944のエンジンは、サイレントシャフト付だったのです。

 

ポルシェ 944

通常同じ気筒数ならば、排気量の大きなエンジンほど、振動は大きいのです。力強い印象がありますけれども、それは振動が大きくなっているからです。

ポルシェ924は、4気筒2000cc、一方の944は、同じ4気筒2400ccです。理論上、振動では不利なはずのに、944には振動がありませんでした。それによってポルシェは、「さすがポルシェ。」という評判を得、944はその後も968シリーズに移行し、1994年まで生産されました。

基盤のポルシェ924が、1975年発売ですから、このシリーズは、20年の超長寿製品なのです。

最終的な排気量は、ポルシェ968で、4気筒で3000ccまで行きました。

 

ポルシェ 968

今、メルセデスベンツですら、主力は4気筒エンジンです。それを、ダウンサイジングと評して売っています。

でもそれは、三菱のサイレントシャフトなしでは実現不可能なのです。

ベンツ製品のクオリティーは、サイレントシャフトなし4気筒では、かもし出すことができないからです。

昔は、エンジンに振動があるのは当たり前でした。

振動がないエンジンが良ければ、価格の高い製品を買うのが当たり前だったのです。

振動がない・・・ということが、高い商品価値だったのです。

今ヨーロッパでは、ダウンサイジングは進み、1500cc以下の小さなエンジンでは、3気筒エンジンが主流になりつつあります。

3気筒エンジンを自動車で最初に市販化したのも日本メーカーですが、それはさておき、本来振動がえげつない3気筒の普及にも、三菱発祥の、サイレントシャフトなしだと、強烈な振動があるので不可能だったのです。

 

BMWのハイブリッドスポーツカーⅰ8 エンジンは3気筒


しかしその振動は、今の自動車商品ではありえない、過去の遺物となっています。それは、日本発祥の技術が可能としているのです。

ではなぜ三菱は、エンジンの振動を、消すことに挑戦したのでしょうか?

それは、戦前からのライバル、スバル(中島飛行機)が、水平対向エンジン搭載車だったからではないでしょうか?

ロングストローク=高トルクの三菱エンジンは、振動面ではスバルにかないません。

ですから、「中島(スバル)何するものぞ!」と、果敢に技術的克服に挑んだ結果が、サイレントシャフト開発だった・・・。

私には、こういう風に見えるんですよね。

三菱の技術的貢献というのは、全てスバル製品への、別の方法論での克服方法だからです。

三菱=ゼロ戦 VS スバル(中島飛行機)=隼 決戦は、今でも世界を進化させ続けているのです。

それが、日本の本当の姿です。

             (ばく)

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三菱自動車CMいろいろ 80年代

 

「善因善果、悪因悪果」

 

 


【珍説】ポルシェ924のモデルは三菱車にあり⁉

2017-01-22 22:34:22 | 自動車から見える日本と世界

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日本人の多くは、ともすれば、「外国製品の方が立派」という印象を持っていないでしょうか?また、「日本人は模倣が得意で、外国の真似ばかりしている。」とも思ってはいないでしょうか?

もしそうお思いでいらっしゃたら、これはとんでもない偏見だと思うのです。日本製品に厳しく、外国製品をひいきすれば、何となく物知りのように思える風潮は、もうそろそろやめにした方がよろしいかと思います。それが正しい観察から得られる、正しい見解であり、韓国お得意のウリジナルではないのです。

まぁ日本も負けじと、オレ(俺)ジナルをしてもかまわないとは思いますが(爆笑)、それはさておき、日本の花形産業と言われる自動車社会を掲載していますが、自動車産業のみならず今世界は、日本の後追いをやっていて、その現象は、昨今始まったことではなく、40年前にはもうその流れは始まっていたはずなのです。

私は「ドイツのスポーツカーメーカーポルシェは、1970年代には三菱に着目していたはずだ。」という、一般的な常識で考えるならば、奇想天外以外何者でもない見解(爆笑)を持っています。それは1975年発売の、ポルシェ924のエンジン搭載位置が、1969年に販売されている、三菱のコルトギャランと同じだからです。

 

(1975年発売 ポルシェ 924 ドイツ)

(1975年発売 ポルシェ924のエンジン 模型)

 

(三菱 ギャランGTOのエンジン。 1969年発売の、コルトギャランと同じ構造)

完全なフロントミッドシップではなく、前輪の上にエンジンが載っている、セミ・フロントミッドシップとでも言いましょうか?両者とも、そういう形式なんですね。一方、924の後に発売された、ポルシェ928という大型の4人乗りGTカーは、完全なフロントミッドシップなんです。

(ポルシェ928透視図 エンジンは前輪の後ろ側にある。924とは、別のつくり)

完全なフロントミッドシップは、長大なエンジン搭載スペースを要しますから、車両寸法の短いポルシェ924には無理と思われますが、924のエンジンルームには結構なスペースがあります。

ポルシェ924のエンジンルームには、エンジンの後方に、不可解なスペースがありまして、私は924はおそらく本来は、「ポルシェプロデュースの、アウディのスポーティーカ-」として企画されたのではないかと考えています。924のエンジンやギアボックスは、ポルシェと同じフォルクスワーゲングループのアウディ100のものですし、縦置きFFのアウディ100のエンジンを、前後逆にすれば、フロントミッドシップのFF車になりますから。

つまりポルシェ924は、本当はFFの、なんちゃってスポーツカーだったのではないかと。。。

(ポルシェ924のエンジン後方には不自然なスペースがある)

924のフロントサスペンションは、後のフォルクスワーゲンゴルフ(初代)と同じですし、リアサスペンションは、古いビートルからの流用ですが、当初から本格的なFRスポーツカーとして企画されたのなら、何もかもが余りにも貧弱すぎるのですね。

FF(前輪駆動車)だと、リアサスペンションへの負担はほとんどありませんから、ビートルのもので十分です。

(アウディ100 ドイツ車 縦置きFF車なので、前輪から前が異様に長い。)

 

(フォルクスワーゲン ゴルフとビートル ドイツ車)

ポルシェ924の特徴のひとつである、トランスアクスルの構造にも、ある疑念が存在します。トランスアクスルというのは、エンジンの次に重いギアボックスを、最終ギアであるデフと一体化させることです。

通常FR車では、エンジンとギアボックスが連結されていますが、それを分離させてギアとデフを一体化させ、後輪の上に置き、前後の重量バランスを均等にする仕組みです。(ちなみに、FF車はすべて、トランスアクスルです。)

 

(代表的なトランスアクスルFR車 マセラティーグランツーリスモ 後輪の上に、重いギアボックスが乗っている。)

 

トランスアクスルFR車は、結構存在します。ポルシェ924や928、アルファロメオアルフェッタ・ジュリエッタ、フェラーリのFR車、最近では、マセラティーの作品、日本では、日産GTRと、レクサスLFAがトランスアクスルです。

 

(アルファロメオ アルフェッタGTV イタリア車)

(フェラーリ デイトナ イタリア車)

 

(日産 GTR)

 

(レクサス LFA)

前後の重量バランスに優れると同時に、後輪にしっかりと荷重がかかります。画像をご覧になってお分かりかと思いますが、トランスアクスルFR車は、スーパースポーツカーなんですね。発表時の924の出力は、たった100馬力しかありません。

ポルシェ924だけが、お買い物にも使える、超実用的なスポーツカーで、トランスアクスルFRは、超オーバークオリティーです。そして通常のトランスアクスルですと、上から見た場合、エンジン→ギアボックス→デフ(最終ギア)となり、唯一ポルシェ924だけは、エンジン→デフ→ギアボックスという配置になっているんですね。

一旦動力を伝えるシャフトが後輪の後ろに回って、減速した後、前方に折返す形で、前にあるデフに戻るんです。この方法は、ポルシェ924だけが採用している方式です。

簡単に言うと、ポルシェ924のトランスアクスルは、ギアがデフの上に載った、2階建て構造なんです。

(通常のトランスアクスルFRの構造。画像はフェラーリ)

FFのアウディ100の部品を使ったからこうなったのは理解できますが、これだとスポーツカーにとって、とても不都合なことが起こるんですね。というのも、重心が異常に高くなってしまからです。

自動車には宿命があって、車軸、つまりタイヤの中心より、エンジンの回転軸を下げることができないんですね。

この宿命を克服した例は、後のレクサスLFA(日本)のみですが、それはまたの機会として、ギアボックスが後輪車軸の上に乗っかる形にならざるを得ない924は、エンジンが恐ろしく高い位置にあったと思われます。

 

(ポルシェ924のレイアウトと恐ろしく傾いたエンジン)

何が言いたいかと申しますと、なんとなく後付け感が漂う924(笑)は、急遽、規格変更されたのではないかと思うし、急いで、今あるパーツを使って作った感が、ものすごく漂うんですね。

つまりアウディ100の駆動方式を前後で逆転した、フランスのシトロエンDSやSMのような、フロントミッドシップのFF車になる予定だったのを、三菱のコルトギャランの方式を見て、急に変えたんじゃないかと。。。

というのは、時系列的には、それが一番しっくりくる説明になってしまうからです。

(アウディ100 代表的な縦置きFF車 前からエンジン→デフ→ギアボックスの流れです。顔が前に突き出ていますね。前輪にしっかりと駆動力が伝わります。)

 

 

(フロントミッドシップFF車の代表 シトロエンDS アウディとは逆の構造で、前からギアボックス→デフ→エンジンの流れです。重量配分に優れ、流麗なフォルムが可能です。)

924のエンジンは、アウディ100のものですし、ギアボックスもデフもアウディ100の流用です。これらをエンジン搭載位置変更に伴って、理想的な配分でのトランスアクスル新規開発するには、膨大な費用と時間が必要です。ですから、本来使う予定であった、アウディ100のFF用トランスアクスルを、そのまま使用したのではないでしょうか?

だから、通常のトランスアクスルの流れとは、前後が逆転した構造になっていると推測できます。

なぜ三菱のコルトギャランが参考にされたか?それはこの何の変哲もないただの小型セダンが、並々ならぬ実力を持っていたからです。とにもかくにも、この、「やろうと思えば誰でもできる。(笑)」ところが三菱流であって、それが技術の普遍性を持つと思うのです。

そしてその普遍性が三菱の、世界のトレンドメーカーたる所以だと思います。

(三菱 コルトギャラン 前輪から前のスペースがほとんどなく、典型的な近代的フロントミッドシップ)

ではなぜ、スポーツカーの大御所ポルシェは、三菱レイアウトを取り入れる必要があったのでしょうか?

それは、スバルによって高性能RR車ポルシェ911の、スポーツカーとしての道を絶たれ、スポーツカーメーカーとして追い込まれていたたからだと思います。

ポルシェ911はRRで、水平対向空冷エンジンです。ポルシェは、RRや空冷や水平対向エンジンの辛さを知り尽くしていました。

今もRRの911は存在しますが、駆動系の電子制御技術がなければ、高性能すぎる現代の911を、安全に走らせることはできません。この電子制御駆動システムも、後の三菱考案ですが、文字数制限が近いので、それもまたの機会に。

もとい、だから924では、水冷直列4気筒エンジンの、フロントエンジン車を模索したはずなのです。

ポルシェは、三菱と同じエンジン搭載方法を選択することで、新たなスポーツカーメーカーとしての旅を再開することができた・・・としたならば、「日本ってすごいぜ!」って、十分言えるんじゃぁないでしょうかね。 

次回は、この時期にポルシェが、三菱に着目していた証拠にチャレンジに挑戦(笑)してみます。

それは、三菱世紀の大発明の物語でもあります。

               (ばく)

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「智慧」

 


【ギャランΛ(ラムダ)】三菱のデザイン革命で変わった、世界の街並み。

2017-01-17 22:47:32 | 自動車から見える日本と世界

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何事にも、正しい観察ということが重要だと思います。

病気だって、正しい診断をしないと、治る病気も治らないです。

私は自動車大好き人間ですが、同時に宗教的な人間でもあります。

仏教には八正道という修行項目があり、「その八正道を駆使して、私の好きな自動車界を見ると、こういう見解になります。」というのが、一連の自動車関連記事なんです。

そういう八正道的視点で見たときに、今苦境にあえぐ三菱という、ひとつの自動車メーカーを見れば、「次代のトレンドメーカー」という側面が見えるのですね。

これは何も、私が高知県人なので、土佐藩出身の岩崎弥太郎の三菱グループをひいきにしているからではありません。三菱自動車が世界に与えた影響は、技術面だけで、少なくとも7つはあろうかと思います。

そして今ある自動車製品の99.9%、フェラーリやランボルギーニなどのスーパースポーツカー以外の技術的な根源を探ると、なんと三菱車にたどり着いてしまうのです。

ある意味で自動車製品の歴史というのは、「一時的に絶滅し断絶していて、三菱車のDNAを受け継いだ製品だけが残っている。」と言っても過言ではないのです。

三菱がトレンドメーカーなのは、三菱というメーカーが、突飛な物珍しいことをするからではありません。

むしろ実直で原理原則に忠実だからなのです。そして何より、「本当に大切なのは、ここだ!」という、ものごとの本質を見抜き、なおかつそれを実現するための、技術的技能的な下地があるからなのです。だから三菱がやったこと、また、やろうとしていたことの後に、時代が付いてくるのです。

それだけの技術的背景があるからこそ、何度も窮地に陥った経験のある三菱は、そのたびに助け舟が現れるのではないでしょうか?

三菱の7大発明というのがあるのですが、今回は、わかりやすい形で三菱が次代のトレンドメーカーになった事例をご紹介します。

三菱ギャランΛ(ラムダ)です。

(1976年発売開始 三菱ギャランΛとギャランΛの内装。 1本ステアリングホイールが衝撃的)

この時期の三菱自動車の自動車デザインは、すばらしいものがあります。

(1976年 三菱ギャランΣ(シグマ) 

(1978年発売開始 三菱ミラージュ)

(1975年発売開始 三菱ランサーセレステ)

まるでデザインの神が、三菱に降臨していたかのような、優れた作品ばかりですね。

その中でも特に異彩を放っていて、その後の自動車デザインに、決定的な影響を与えたのがギャランΛ(ラムダ)です。

なぜならば、その後に発売されたすべてのメーカーのデザインが、このギャランΛ(ラムダ)の影響下にあるからです。

つまりそれだけ、ギャランΛ(ラムダ)はかっこ良かったんです。(笑)私は当時は小学生でしたが、「日本に、スーパーカーが生まれた。」と思いました。(爆笑)

それは決して私だけの感想ではなくて、当時の日本人全員がびっくりするような、衝撃的な自動車デザインだったのです。

角型ライトで、スラントノーズ。

ギャランΛ以降の日本車は、どれもこれもΛにあやかろうとしました。

その結果、日本車のデザインから、丸型のライトが消えたんですね。丸型ライトは、古典的なノスタルジーを意味し、過去の自動車の代名詞となりました。

角型ライトが、似合っていたものばかりとは限りませんが。(爆笑)

どう見ても、「あかんやろこれは・・・。」というのも、結構ありました。(さらに爆笑) 

(いすゞ フローリアン)

いすゞさん、ごめんなさい。 でも・・・これはあかんです。(^^;

それは日本車だけではありません。外車でもそうなんですね。

スーパーカーの特徴であった、点灯時にホップアップするライト(リトラクタブルライト)も、丸型から、どんどんと角型に変わっていきました。 

(1974年 フィアットX-9 イタリア車) 

(1989年 フェラーリF355 イタリア車)

三菱伝統のデザインは、Λとは逆の、逆スラントノーズです。僕の説では、逆スラントノーズは、高いフロントノーズを低く見せるためのデザイン処理です。フロントノーズが高いのは、前輪が前に来ているからで、それはフロントミッドシップを意味します。

Λ(ラムダ)は、スラントノーズですので、フロントミッドシップをやめてしまったかと言えば、決してそうではありません。

ラムダの元となっているΣ(シグマ)は、デザインだけが違う同型車ですが、立派な逆スラントノーズです。つまりラムダは、シグマの前輪から前(フロントオーバーバンク)を伸ばして、スラントノーズにデザイン処理したものです。

その証拠写真がありました。

わかりにくいですけれども、重いエンジンが、前輪の上に載っかっているのがお分かりでしょうか? 現代的なFR自動車製品は、すべてこのスタイルです。

それが前回記事でご紹介した、トヨタカローラレビンだとこうなるんですね。左右をつないでいる棒の下が前輪ですので、エンジンが前方に突き出ているのです。これが当時の主流のエンジン搭載方法です。

ですから、カローラシリーズが遅れていたとかではなくて、三菱が進んでいたというか、理に則った普遍的な方法を採用していたのです。これは三菱車が、かなり以前から、重量配分に気を配っていた証拠です。 

ラムダも、1969年発売のコルトギャランやGTO(70年)などの、良き伝統を受け継いでいて、考え方が、40年以上進んでいたと言えますね。

このΛ(ラムダ)やGTOのエンジン搭載位置を見て、僕はある車に似ていることに気付きました。

ドイツのスポーツカーメーカー、ポルシェの924です。

(1975年発売開始 ポルシェ924 ドイツ車) 

当時スバル1000によって、高性能RRを完全否定されたポルシェは、その後の主軸車種としてFRを模索していましたが、その924の開発モデルとなったのは・・・ひょっとしたら・・・三菱コルトギャランだったのかも知れません。 

いやそうでしょう。時系列的には、そうに違いありません。 

ポルシェはラムダ以降、急速に三菱に接近してきました。当時のポルシェは、三菱に着目していたはずなのです。何せスポーツカーの大御所ポルシェは、三菱の7大発明の一つによって窮地を脱したことがあるからです。 

その三菱とポルシェのヒストリアは、また後日。(笑)

            (ばく)

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1978 三菱ギャランΛ cm (1978 Mitsubishi galant Λ commercial)


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