三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

ナスカ展

2008年02月10日 08時50分36秒 | 歴史探訪

きのうは国立博物館の展示体験記でしたが、
あんまりオススメではありませんね、ということでしたね。
ですが、もう一方の科学博物館での「ナスカ展」はすごい正解!
っていうか、こっちのほうは「アンコール」にお応えしての催事なので、
ほぼ、正解は理解できるところではあります。
とにかく、世界最大の謎と言ってもいい、ナスカの地上絵の謎解き展ですから
まぁ、盛り上がりが全然違うわけですね。
展示は、ナスカの人々のDNA分析やら、
先行する文化の特徴の紹介などなど、立体的に直感的にナスカ文化を体感できる。
とくにミイラの分析からナスカの人々が、バイカル湖周辺で誕生した
モンゴロイドの流れを汲む民族であり、
わたしたち、日本人と遠い親戚関係にある、というあたり、
「そんなこともわかってきたんだ」と現代科学を見直す思い。
地上絵については基本的には謎とされていますが、
デザイン自体は、ナスカの人々が800年前後という長い歴史期間、
かれらが育んできた世界観や、描写手法そのものであり、
また、地上絵を描く手法の解説なども開示されていて、
宇宙人説などへのおだやかなニュアンスでの否定が感じられます。
描き方は、まず小さく描きたい絵を地上に描いて、
そこから、放射線状にロープなどで、距離と角度を特定しながら、
「測量」的に描いていく方法が示唆されていました。
「なるほど」という説明ですね。
また、世界各地に地上絵の伝統はありますよ、という例示も示されています。

こういう表側のテーマとは別に、
わたし的に強く考えさせられたのが、DNA的に近いかれらの首狩りの風習。
戦国期など特徴的なように、わたしたちの文化でも
歴史というのはまさにお互い同士の殺し合いの連続そのもの。
ナスカの人々もたいへん戦闘的な民族だったようで、
繰り返し、首狩りへの執着心が語られています。
首狩りを文化的な、たとえば陶器などのデザインにまで登場させたりしている。
生と死、戦争というものの概念世界が現代世界とは違うので、
即座に野蛮と決めつけられないけれど、やはりすごいものがある。
そうした世界観のなかで、一方で頭部への開頭手術なども技術が進んでいる。
こうした手術の成功確率も高かったという調査結果。
信長は、宿敵・浅井長政の首級・骸骨を酒杯にして
家臣に回し飲みさせたというような逸話があるけれど、
やや、近いような感覚世界にかれらの世界観はあったと想像される。
わたしたちにも、似た感覚世界のDNAはあるということなのでしょうか。

というような、独特の異種世界を体験したような気がした展示。
最後にはバーチャルリアリティのナスカ地上絵空中見学体験もできました。
どうも、ああいうの、苦手気味なのですが、
なんとか、最後まで気分が悪くならないように注意しながら、
見学を終わった次第です。
面白かったです、文句なしです。
こういう展示として、構成なども素晴らしかった。
アンコール開催というのも、むべなるかなです。
東京に住んでいる人は、やっぱりずいぶん、トクしていると思います。
いいですよね、こんな大予算を使った展示のたぐいが
それこそ、毎日のようにどこかしこで行われているのですから、
そうしたメリットの地域間格差って、すごいものがある。
所得税というような「富裕税」は存在しているけれど、
こういう「文化接触格差」の税の概念って、取り上げられることは少ない。
こういう点、「都市の快適性」という側面から、論議すべき時期に来ている。
少なくともこういうことについての格差はまったく放置・無視されている。
ひとつの考えとしては「文化税」などを創設して、、こういう展示を見に行くのに
地方の人に必然的に掛かってくる旅費交通費などをキャッシュバックする。
その経費負担を「文化税」全体で考えていく、というのは無理なのでしょうか?
わたしだけかなぁ、こんなこと考えるのは?
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 宮廷のみやび | トップ | 青いライオンのシーサー »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史探訪」カテゴリの最新記事