くらげのごとく…

好きなことを考えてふわふわ漂ってるような
時間が心地良かったりする。
たとえ時間の無駄遣いだったとしても…。

2011年07月30日 | 観劇

  

作:井上ひさし
演出:栗山民也
出演:市川亀治朗、永作博美 他
新国立劇場

観劇したのは少し前のことだが、私にとっては、身につまされる部分もあり、衝撃作だった…。
同じく井上ひさしさんの初期の作品である「たいこどんどん」の裏バージョンのようにも思えた。地方から江戸へ向かう「たいこ」に対して、「雨」は江戸から地方へ向かう。「たいこ」の清之助は夢を見続ける本物の若旦那だが、「雨」の主人公徳は拾い屋から紅花問屋の主人になりすまそうとする。「たいこ」には希望が見えるけど、「雨」は破滅だった。

徳は似ていると言われた紅花問屋の“主人”になるために、必死に方言を覚え、今までの人生をひた隠し嘘を重ねていく。周囲に翻弄されながら、嘘がばれないために罪を犯し、いつしか本当の自分を見失ってしまう。そして、そこに利権が絡んだ政治の罠が仕掛けられる。知らぬうちに、本物の“主人”に仕立て上げられて、気付いた時は死罪にされてしまうのだ。必死で装ってきたことを暴露し、どんなに違うと叫んでも救うものは誰もいない。

偽の夫と知りつつ…、口裏を合わせ、淡々と白装束を着せていく妻が恐ろしい。罪とわかりながらも、夫と店と自分の故郷を守ることが彼女の正義なのだ。命果てた徳を憐れみ母のような微笑みを浮かべながら懐に抱く姿がまた恐ろしかった。

数年前、職場を異動になった時のことをふと思い出した。トップから、前の職場のことを持ち込むなと言われた。そういうことで人間関係がぎくしゃくするからというのだ。果たしてそうだろうか?そんなんで人間関係は崩れるだろうか?だったらなんで異動なんかさせたんだろう?お互い良いところは情報交換しあって高めていけばいいのにと疑問を感じつつも、私は、保護色になった。やっぱり…、受け入れて欲しかった。ここの仲間と上司と上手くやっていきたかったから、すべて従おうと覚悟を決めた。だけど…、ちょっとしたトラブルがありそれを全て自分のせいにされた。私としては、忠実に従っただけなのに…。ま、融通が効かず上手く処理できなかった点は反省しなきゃいけないけど…、こんなに一生懸命やっているのに裏目に出てしまったことがショックで受け入れられるどころか溝が出来た。

過去を捨てて、新しい自分になって生きて行こうした徳が他人事とは思えなかった。そして、世の中にはそんな必死さを逆手にとって落し入れようとすることが多分にあるものだ。冷静になってちょっと客観視すればいいのだろうけど、一度、走りだしてしまうと止まれなくなる。気がついた時はすでに遅かったりする…。
 
自分を偽っちゃいけない。そこまでして上に媚びる必要もない。どこへ行ってもいろいろあるけれど、あの頃に比べれば、とても自由になれた気がする。白装束を着せられる前に、自分であることを見失わないようにしなければね…。

「だっちゃ、だっちゃ」の東北弁の永作博美さん、ポーカーフェイスの妻がハマっていた。最初からわかって突き進もうとする凛とした強さや、それに乗ってきた徳を包み込む母性もあって、鈴木京香さんとは正反対の違った魅力を感じた。ラストシーン、紅花畑の中に無言で立ち尽くす村人の姿が、中央に抗う福島の人達に重なる。「たいこどんどん」で津波を演出した蜷川さんに対して、栗山さんの切り口もずしんと強く心に響いた。