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アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

張道陵の物語-2

2025-07-02 03:01:02 | 浅い霊感から神人合一まで

◎青城山の魔物退治

さて道陵は、盟威秘籙を身に帯び、青城山の頂に琉璃の高座を設けて自らその上に座し、左の方には大道文始天尊を控え右の方には三十六部の天将を安置し、座の周りに雲幡を立てひらめかせ、鐘を鳴らし鼓を叩き龍虎の神兵を備えて、魔神の軍今や来ると待ち構えて居ると、やがて、数万の魔兵一時にどっと押し寄せて来て、道陵目掛けて進み寄ると、道陵少しもひるまず手を挙げ一本の指を翳すと、それがたちまち一つの大きな蓮花と化して彼の身を防ぐ。

魔軍再び炬火数千把を持って来て、彼の身を焼き殺そうとすれば道陵また手を挙げて指すと、件の炬火は逆に風に煽られ、鬼軍の方へ向かって燃え広がるので、見る間に数千の鬼兵どもは焼死してしまった。この時魔軍は初めて彼の神通宏大なるに恐れを抱き、今は身を危ぶんで近く寄りかからず遠くから言葉をかけて、仙聖は峨嵋山に住んでいらっしゃると聞いていたが何が故に今ここにいて我らの住居を侵されるのであるか、その理由を承りたいと詰った。

この時道陵故意と声を荒らげ魔鬼どもよく承われ、汝ら日頃から罪ない人民に害をなして、世を乱し人を苦しめるにより、我今度忝なくも太上老君の命によって汝らを懲らさんためにわざわざここに到ったのである。罪を悔い、過ちを改めなばよし、さもなくば天罰たちどころに汝らの身に報い来らんと言って、ハッタと睨みつけた。

魔王劉元達らこれを聞くと、大いに怒り、数万の鬼兵を率いて一時に攻め寄せんとした。この時道陵は丹筆をとって空中に一個の円陣を描くと、不思議や数万の鬼兵俄かに頭を抱いて苦しみ出し地に倒れて悲鳴が天に響くかと思われた。これを見てさすがの八大魔王もついに降伏し、叩頭三拝して各その罪を謝した。そこで道陵再び丹筆を以て逆に空中に描くと、鬼兵どもの苦痛はまた元の如く治った。


その時道陵は彼の八人の魔王を近く呼び寄せ、今日からここを引き払って遠く立ち退き、以後再び疫病を放って人民を苦しめることないように、くれぐれも戒めると、件の魔王どもは顔を曇らせ、自分らが人民どもに災いをなすことは祖先からして許されていた特権である。それを今悉く放棄してしまえとは残酷である、お慈悲に半分だけ許してくれと嘆願したけれど、道陵は頑として少しも聞き入れなかった。

そこで魔王どもも道陵の言葉に服せず、次の日になると、またもや鬼軍を率いて攻め寄せて来た。道陵これを見てまた件の丹筆を以て空中に描くと、鬼兵ども再び前の如く苦しみ、哀れみを乞うた。しかし道陵は少しも手を緩めず、再び丹筆を以て地の上に一線を描くと、山はたちまちそこから二つに裂け、鬼兵どもが彼方の山からこの方の山へ渡ろうとしてもがいたけれど、それが出来なかったので、今は力及ばず大声をあげて泣き叫び、今日からここを引き払って遠い西方の娑羅の国へ赴き、再び人民に仇をなさないようにするからこの苦痛を止めてくれと嘆願した。』

青城山は、今は道教の聖地だが、張道陵は、いわば魔物退治をやって山開きをしたわけだ。同様の事績は、チベットのパドマサンバヴァが先住土着の鬼神を退治し、広島県三次市の稲生物怪録の稲生平太郎は、筑波山の悪霊を封じ込めた(出口王仁三郎による)例などに見られる。

このような話は勧善懲悪の冒険活劇と見られることが多いが、それは国家、地域レベルでの大祓、浄化であって、本来意義の大きなものだが、一般の人には評価されることは少ない。

一見何気ない話が伝わっている場合は、その意味を考えてみるのがよいと思う。一つの言葉が三通りの意味

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張道陵の物語-1

2025-07-01 03:05:42 | 浅い霊感から神人合一まで

◎道教の大立者張道陵の軌跡

 

『張道陵

 

張道陵、字を輔漢といい、張子房八世の孫である。身長九尺二寸、眉濃く広 く、頭頂は赤く、瞳の色は緑である。鼻は高く秀でていて、顔は角張り、左右 に長く伸びて、手を垂らせば膝の下まで届き、伏犀額の上に起伏して深く頭頂の上 まで切り込み、眼光鋭くして見る時人を射る 。

 

彼は後漢の光武帝の建武十年、天目山において生まれたのであるが、初め彼の母がある 夜夢に北斗星から身長一丈余、身に錦箔した衣を着た一人の偉人が降りて 来て、自分に薔薇香を授けると見て目が覚めた。その時着ていた衣服も居間も異 様の香気が満ちていて、一か月ばかりも散らなかった。さてその月から彼の 母は身ごもったのであるが、いよいよ彼を生むという時になると、瑞雲が室を立ち込め て瑞気が庭に満ち、室の中には一種の光明満ちて夜も昼のように明るく、また 以前のような異様の香気がして一日散ら なかったそうである 。

 

道陵生まれて七歳の 時道徳経を始めとし、 天文地理、河図、洛書、 緯の諸書を読んで皆 その蘊奥を極めてあっ たが、その後官に召し上げら れて役についた 。

 

しかし彼は元来仙術を究めるの志が深かったので、間もなく官を辞して北邙山に隠 れて居た 。その時一頭の白虎がいて、口に符文を含み、それを彼の傍に置いて何処へか立ち去ったと伝えられて居る 。

 

時の天子和帝が太傅の官に任じ侯に封ずるからと言って、三度ばかり詔を下して彼を徴されたけれど彼はついに応じな かった 。その後彼は蜀の地に行ったが、美国の深徹という山が深秀の趣に富んで居るのを見て大いに喜び、ついに鶴鳴山の奥に地を卜してここに隠れて居た 。この山に昔から一個の石鶴が在って、道を得た人がこの山に上る毎に必ず鳴くと伝えられて居たが、 彼がこの山に入った時、やはりこの石鶴が高く鳴っていたという 。

 

彼の弟子に深く天文の学を究め、黄老の道に通じた王長という者がいて、師の道陵と一緒に龍虎の二丹を練っていたが、 一年経つと、紅の光があって室に満ち、二年経つと青龍と白虎とが現れて交わる丹を練る鼎を守護し、 三年になった時に仙丹がようやく出来上がった 。その時道陵は年六十歳であったが、その丹を服して俄かに若返り、あたかも三十ほどの人のようになり、そして気力も往昔に増して、走 っている馬に追いつくことが出来た 。

 

その後彼は弟子の王長と共に北嵩山に上った時、一人の繍衣を着た天帝の使者 に会いこの山の中峰にある石室の中に三皇の内文と黄帝の九鼎と、外に太清丹経 とが収められて居る 。もしこれらを得て修業するならば昇天することが出来るであろうと告げられ、七日ばかり、斎戒沐浴した後、静かに件の石室の中へ入って見る と、今踏んだ地の下でコトコトと怪しい響がするので、そこを掘ってみると、それは 果たして使者が告げた丹経であった 。そこで件の丹経を反復繰り返して読み、ついに仙術の妙味を悟ることを得、また空中を自在に飛行し、あるいは種々の物に身を変化する の術を得た 。

 

その後彼は専ら山川の間に放浪吟歩して精神を養い、あるいは仙客に応接して長閑 に日を送って居たが、その時たまたま西城房陵の間に一個の白虎神がいて平生人の血を 吸うことを好み、毎年その郷人が人を殺して祭壇に供えなければ田畑を荒らして 無辜の人民に害を与えるということを聞いたので、早速その神を呼び寄せ、厳しくその心得違いを戒めて 永く人民の害を除いた 。

 

また梓州に一頭の大蛇がいて身を動かす毎に山岳振動し、そしてその吐くところの毒霧にあたって日に倒れるもの幾百ということを 知らぬと聞き、早速そこへ赴いて符を以て件の大蛇を禁縛し、二度と人民に 害をなさせぬようにした 。

 

時はあたかも順帝の壬午の歳正月十五日の夜である 。道陵独り鶴鳴山の頂に立って居ると何処ともなく鳴鶴の音がして、洋々たる天楽の響き聞こえ、香花地に布き 紫雲空に満ちる 。怪しんで東の空を眺めると雲の中に五頭の白龍に素車を見せて数千の天兵が車の前後左右を取り囲み、旌旗風に乱れて、月に輝く佩剣の光は秋の 夜の霜のようである 。熟々見れば件の車中に一人の神人が座して居る 。身の丈け一丈余、手に五明の扇を執り、頂に八景の円光があって、容貌玉の如く、神光 人を照らして正しく観ることが出来なかった 。その時一人の従者恭しく車の前に進み

出て、道陵に向かって、ここに在します君こそ即ち太上老君であると告げたので、道陵 も大いに驚き敬虔な威儀を正して礼拝すると、老君は道陵に向かって、近頃聞けば蜀の国 の青城山に八大魔王がいて人民を苦しめるそうであるが、これを退治せんものは 今の世に汝を置いて他に適当な者が居ない 。よって大儀であろうが、この大任を汝に命ずるほどに、随分身を粉にして彼ら魔神を征服してくれ、よろしく頼むぞと仰 せられて、正一盟威秘籙三清泉経九百三十巻、符籙、丹竈の秘訣七十二巻、外に雌雄 の剣二振、都功の印一個、衣冠、朱履等各一対を賜り、かつ言葉を継いで、もし件の魔 神を退治するにおいては、それは全く汝一人の大功であって、汝が名は長く丹台に 記録されて、未来永劫までも輝くことであろう、必ず身を軽くして過つような ことないように気を付けよ、今日から千日を期して、再び相見て汝に対面する であろうと言って、再び天上に昇られてしまった 。

 

そこで道陵はそれから毎日彼の秘文を玩味して、冥想、仙術を練り、邪神を降伏するの法を修めてその奥妙に達した ので、彼ら六大魔神征服のために青城山へ向かうこととなった 。

 

ここに八大魔王というは、青城山を根城として各数万の鬼兵を領し、広く人 間界に横行して天下の善民を悩まして居たが、この八大魔王というのは、第一は劉 元達といいて諸の疾病を掌り、第二は張元伯といいて瘟病を掌り、第三は趙公明 といいて下痢の病を掌り、第四は鐘子季といいて瘧を掌り、第五は史文業とい いて寒疫を掌り、第六は花巨卿といいて酸瘠を掌り第七は姚公伯といいて五毒(石肝、丹砂、雄黄、礬石、磁石)を掌り、第八は李公仲といいて人心を魅惑することを掌って居る 。』

 

張道陵は、天帝の使者から三皇の内文と黄帝の九鼎と、外に太清丹経を得るまでは、大悟覚醒の手がかりがなかった。

それ以外の事績は。、現世利益と奇跡譚ばかりで、見るべきものはないが、青城山を開いた部分は評価すべきだろう。

特に中国では、修行場を荒らされるのを恐れてか、修行場は秘密にしておくのかもしれない。

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中国の帝王の享楽と道教

2025-06-30 03:32:05 | 浅い霊感から神人合一まで

◎むしろ享楽をむさぼり尽くす

 

今の中国は、いわば赤い帝王と赤い貴族。今は宗教禁止だが、過去中国の帝王は、究極の悟り(白日昇天、タオ)をあらゆる享楽に別れを告げることで得られると知りつつ、むしろあらゆる享楽をむさぼりつくすために、道教から房中術、外丹、養生術を取り入れた。

 

結局帝王たちは、死によってすべてを失うなどということは考えないように、周囲の取り巻きに追従、洗脳され一生を終えたのだ。

そうでなければ、享楽は二の次でまず道教の静坐に打ち込んでいたはずだからである。

 

『歴史を通観すると、万寿無疆の帝王は一人もいないし、万代まで永続した王朝も一つもない。秦の始皇帝の海上求薬、漢の武帝の泰山封禅、唐帝国の老子尊崇、宋朝の黄帝奉祀など、帝王の求仙はすべて水泡に帰し、歴史のお笑い種になった。神仙家からみると、仙を学ぶには修道しなければならず、修道するには恬愉淡白で嗜欲を取り除かなければならないのに、帝王は嗜欲を極め、音楽と女色にふけり、また心を労し思いを尽くし、殺伐を好んでいるのに、どうして成仙することができるであろうか。

帝王についていえば、修道成仙すれば、帝王の楽しみと王朝の支配を放棄しなければならず、その成仙の代価は求仙の目的とともに矛盾する奇妙な輪を構成するが、その奇妙な輪を突破しなければ、神仙になることができないことはいうまでもない。帝王は成仙の代価も受け容れないし、求仙の目的も放棄しようとせず、酔生夢死の好仙遊仙の道を残すだけであ る。その結果、若死にしてしまい、王朝が転覆することは容易に想像することができる。』

(中国遊仙人文化/汪涌豪P111-112から引用)

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東方朔の物語

2025-06-29 03:44:54 | 人と神の「実際のところ」

◎西王母の友人にして天下御免のトリック・スター

 

『東方朔

東方朔は字を曼倩といい、平原類次じ)の人である。永らく家を出て帰らなかったので、その兄が彼の無情を責めて、「お前は永らく家を留守にして今帰ってきたが、何一つ自分を慰めるような土産物も持っていないとは、あまりにひどいではないか」と恨み言を言うと、東方朔はさもいぶかしそうに兄の顔を眺め、「自分はしばらく紫泥に行っていたのだが、そこの海中に紫の水があって自分の衣を汚したから、ちょっと虞淵へ立ち寄って洗濯してきたのだ」と答えた。彼は今日の朝出発して帰ってきたのだから、少しも家を長く留守にしたわけでも何でもないと答えていたが、しかし仙界の一日は即ち俗界の三年に当たると昔から言い伝えられている 。

彼が漢の武帝へ上奏した文は、実に自らを高く称賛して少しも忌憚するところがなく、いかに彼が自信に堅かったか分かる 。その文の大要は以下のようである。「私は幼少の時父母に別れ、兄に養われて漸く成長することができた 。年十二の時書を学び、三年で広く経史に通じ、十五の時剣術を習い、十六の時詩書を学んで、二十二万言を暗誦し、十九の時孫呉の兵法及び戦陣に用いる鉦鼓等の名を学んで、二十万言を悉く暗誦することができた 。

臣今年二十二歳、身長九尺三寸、口は珠を連ねたように美しく、歯は貝を編んだように綺麗で、勇気は昔の孟賁を凌ぎ、戦いに臨んで敵を破ること慶忌にも劣らない 。そして清廉は鮑叔に等しく、信義は尾生にも優れている 。このようにして自分は天子の臣となるだけの資格は充分備えていると思う」云々 。帝はこれを見て大いに喜び、早速彼を召し抱えて侍中という役に任じた 。

彼が天子の御前において陪食を仰せ付けられた時に、彼は食いついてから残った肉を全て懐中へしまい込んだので、その汁が流れて全て衣服を汚したことがある 。時々皇帝から彼に練帛(ねりぎぬ)が下されることがあったが、すると彼はその品を携えて家へ帰り、前回に贈られた古い練帛を長安の商家に売って、その金で容貌のよい少女を買い入れては家に連れ込んでいたが、それも一年経つと追い出して更に新しい者を連れ込み、天子から下された贈物は皆女のために費やしていたので、当時の人々は皆彼を嘲り罵っていた 。

しかし彼は自分は「いわば朝廷の間に世を避けている隠者のようなものである」と言って、世間で何と言っても平気で通していた 。彼は酒を飲んで気も大分高ぶる頃になると、常に声高らかに歌い、そして自分は今俗間に埋もれて朝廷の内に世を避けているが、この立派な宮殿は自分の一生を託するに全く不足がない、それならば何も苦しんで深山の奥や蓬蒿(雑草の生い茂った場所)の下に身を置く必要があろうかと言っていた 。

その後、彼がまさに瞑目しようとした時、同名の者たちに向かい、「天下の人々誰一人として自分を知っている者はいない、ただ自分を知っている者は大伍公一人だけだ」と言われたので、その後武帝は右の大伍公を召してこの事を問われると、彼はただ知らない旨を答えた 。しかし帝は彼が歳星の精であると聞かれたので、彼を天文台に連れて行き、天を仰いで今諸々の星がそれぞれ皆その位置にあって一つも欠けているものがないか如何かと問われると、彼は熱心に星座を眺めて、「諸々の星はそれぞれその地位に備わっていて一つとして欠けているものはない 。ただこの間、一つ不思議なのは、四十年ばかり以来見えていなかった太白星が、只今再び現れていることである」と答えた 。

帝はこの時、東方朔が前後十八年の長い間自分の側にいたにも関わらず、自分は今まで彼が歳星の精であることを知らなかったのは、何と愚かなことであろうと言われて、ひどく気落ちされたということだ 。』

さらに、
『東方朔は、武帝の近臣でありながら、西王母の蟠桃園から桃を3回も盗んで食べた』という逸話があります。

東方朔は、西王母の蟠桃園から桃を3回も盗むように、天下御免のトリックスターだが、女性の扱いは、冷淡である。

他方、自分は「いわば朝廷の間に世を避けている隠者のようなものである」と、社会的に大活躍するタイプの聖者でなく、居ながらにして霊で働くタイプの聖者であることがわかる。

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意識の隙間、想念の隙間はニルヴァーナで、それに気づくことは悟り

2025-06-28 03:58:22 | 覚醒のアーキテクチャー

◎隙間理論について簡単なまとめ

 

隙間理論により、人類は科学的に悟りを理解する。

1. 前提
(1)人間の七つの身体のうち、時間のあるボディは、第一身体肉体から第五身体コーザル体まで。一方時間のない身体は、第六身体アートマンから第七身体ニルヴァーナである。
(2)時間には 3種あって、「時間的」時間、「心理的」時間、「現実的」時間。「現実的」時間が大悟覚醒者の時間だが、過去も未来もなく現在だけある。理由は、過去と現在、未来と現在をつなぐ時間がないから。これは、理屈でなく、体験とはいえない体験を経ないと納得できないのだろう。

2. 基本
(1)人間の意識の連続の間には隙間がある。

(2)隙間はニルヴァーナである。

(3)隙間理論では、現象の一刹那は、人間は、『隙間』『現象』『隙間』『現象』『隙間』『現象』と流れている。『隙間』がニルヴァーナであって君自身の側、『現象』が有であって君の頭の側。現象は第六身体であってすべての空間、時間、物質が一枚鏡になっているが、これが一刹那に挟みこまれている。これぞ一刹那の戯れ。

(4)意識の隙間、想念の隙間は、ニルヴァーナ、究極であって、それに気づくことは悟りである。

(5)「私たちは連続性を見ているのは、単にその間の隙間を見ることができないからに過ぎない。」(OSHOバグワン)

(6)私たちは全体の時間を知ることができないから、私たちは小さな隙間から外を見ているのです。だからこそ、一度に一瞬しか見えないように思えます。それはあなたの限界であり、時間の区切りではありません。なぜなら、時間全体をありのままに見ることはできないからです。なぜなら、あなたはまだ完全ではないからです。(OSHOバグワン)

(7)意識の連続と連続の間の隙間が何秒かという疑問も重要。
意識は生であり、隙間を無意識とみれば隙間は死である。こういうのをもって刹那の間に意識も生滅ありと見たのかもしれない。
また時計などで、デジタル計測できない時間をどう図るのか。エーテル体という半物質は半物質だから物質による計測の手段はあるかもしれない。
だが、アストラル体以上の非物質を物質で計時することはできない。
そうするとアストラル体以上を計時する手段は、非物質である精神か意識に万人に共通のものがあって初めて計時できるのだろう思う。

(8)世界全体の現象を語るには、それに加え、第一身体肉体、第二身体エーテル体から第六身体アートマンまで全層において、個々の静止画像と静止画像の間には空白があると見なければならないと思う。それにより現象は、瞬間と瞬間の間に『隙間』『現象』『隙間』『現象』『隙間』『現象』と流れていると見る。
人間は、どういう状態になれば、それを目撃できるかと言えば、「三種のグナの変容の最終的な終わり」つまり今ここにいる場合であると思う。
「三種のグナの変容の最終的な終わり」とは、グナが無に消滅していく時であって、それは第七身体ニルヴァーナ(カイヴァリヤ)に到達した時。つまり、最終解脱しなければ、現象は、瞬間と瞬間の間に『隙間』『現象』『隙間』『現象』『隙間』『現象』と流れていることを確認できないのである。その場合の『現象』とは、なにもかもなしに転ずるのではないか。

(9)隙間理論でいけば、人間は平常の一瞬に神を見るし、一生の始めに神を見ているから、神を自分を深く深く深く知っている。

(10)OSHOバグワンによると、
息が入り、息が出ていく。そこには息のない隙間が2種ある。一番目の隙間は内側、二番目の隙間は外側。
息が入り息が出る。この間が一番目の隙間。
息が出て息が入る。この間が二番目の隙間。二番目の隙間を意識する方がより難しい。

 (11)ヴィパッサナーによると、〈呼気〉〈隙間〉〈吸気〉〈隙間〉〈呼気〉〈隙間〉〈吸気〉〈隙間〉になる。人間は、〈呼気〉で死に、〈吸気〉で再生を繰り返している。ただし、厳密に見ると、これらは、連続しているわけでなく、〈隙間〉で分断している。〈隙間〉には何もない。これぞ色即是空の実態。

(12)隙間をマインド・コントロールで埋める。

スマホは、隙間埋めマシーン。

 

3. 想念と隙間との間の移動
OSHOバグワンは、前後の想念から隙間に進むことには連続性がなく、爆発だと表現する。彼の口ぶりでは、爆発とは、「個なる想念・夢」から「隙間である全体に」、連続性なく一足飛びに進むことをいう。そして前後の想念の方が夢であって、隙間の方が現実。現実とは、永遠不壊であるという意味。 』
(YouTube想念の隙間とその深度/ジェイド・タブレット-04-05)
ここで、隙間と爆発の関連が述べられる。無想定から有相三昧へ行くのが、爆発。

爆発後は、これ。
『私は、絶対無の光明とあらゆる多様多元の宇宙が、何もかもが私だったことを生きていたことを知った。
・・・そして、それも忘れ果てることだろう。』
(格言3-12見性においては/老子狂言/ダンテス・ダイジから引用)


4. OSHOバグワン
OSHOバグワンは、【かれの生の一瞬一瞬は死の瞬間でもある。瞬間ごとにかれは過去を死なせて、みずみずしくとどまる。なぜなら、過去を死なせたとたんにあなたは現在を生きるようになるからだ。】と語っている。
『神秘家はみずから進んで死ぬ。神秘家は実際の死のまえに死ぬ。かれは瞑想のなかで死ぬ。
 
恋人たちがいくらかそれを知っているのは愛の五〇パーセントが死であるからだ。愛が瞑想に酷似しているのはそのためだ。恋人たちは瞑想性がなんであるかを多少とも知っている。かれらは知らないうちにそれに行き当たった。恋人たちは沈黙を、静寂を知っている。恋人たちは時間というものがないことを知っているが、かれらは偶然にそれに行き当たった。それはかれらが最初から追求していたものではなかった。
 
神秘家はそれのなかにきわめて意識的に、意図的に入ってゆく。瞑想は全面的な死、みずから進んで迎える死だ。
 
人はみずからの自己のなかに死ぬ。
まだ死がやってこないうちに神秘家は死ぬ。
かれは日々死んでいる。
 
瞑想するたびにかれは死のなかに入ってゆく。かれはそれらの高み、それらの深みに到達し、そして、じょじょにゆるやかに、瞑想が自然なものになるにつれて、かれは死を生きるようになる。
 
かれの生の一瞬一瞬は死の瞬間でもある。瞬間ごとにかれは過去を死なせて、みずみずしくとどまる。なぜなら、過去を死なせたとたんにあなたは現在を生きるようになるからだ。』
(不滅の言葉(ダンマパダ2)/和尚OSHO/メルクマールP354から引用)

『言葉は図であり、沈黙は背景です。言葉は来ては去り、沈黙は残ります。あなたが生まれたとき、あなたは沈黙として生まれました。ただ間隔と間隔、隙間と隙間だけでした。あなたは無限の空虚とともにやって来て、人生に無限の空虚を持ってきました。その後、あなたは言葉を集め始めたのです。』OSHOバグワン

5. クリシュナムルティ
クリシュナムルティは、以下の文で【生きているあいだ、どの瞬間にも死ぬのです。】と語る。
『『死ぬというのはどんなことなのでしょう?
あらゆるものを諦めること。死はとてもとても鋭い剃刀で、あなたをあなたの執着するものから、あなたの神々から、迷信から、安楽を願う望みから――――次の生などから、切り離すのです。
 
私は死が何を意味するかを見出そうとしています。なぜならそれは生と同じく大切なことだからです。ですから、理論的にではなく実際的に、死が何を意味するかをどうしたら見出せるのでしょう? あなたもそう望むように、私は実際に見出してみたい。あなたのために話しているのですから、眠らないようにしてください。
 
死ぬということはどんな意味ですか? 自分自身に訊ねてみなさい。若い頃も、齢をとってからも、この質問はいつもそこにあるのです。それは、人間が積みあげた、あなたが積みあげたすべてのものから完全に自由に、無執着になること――――全的に自由になることです。
 
どんなことにも執着せず、神も、未来も、過去もないことです。あなたはその美しさ、その偉大さを見ないのです。その途方もない力強さを――――生きながら死ぬことです。その意味がわかりますか?
 
生きているあいだ、どの瞬間にも死ぬのです。ですから生を通して何にも執着しないのです。それが死の意味なのです。
 
したがって、死ぬことは生きることです。おわかりですか? 生とは、自分の執着しているあらゆるものを日ごとに放棄することです。できますか?まことに単純な事実ですが、意味するところは途方もないものです。
 
ですから毎日が新しい日なのです。毎日死んでまた受肉するのです。すると凄まじい活力とエネルギ一が生まれます。恐れるものは何もないからです。傷つけられるものは何もないからです。傷つくことがありえなくなるのです。
 
人間の積み上げたあらゆるものは、全的に放棄されなくてはなりません。それが死の意味なのです。』
(クリシュナムルティ・開いた扉/メアリー・ルティエンス/メルクマール社P251-252から引用)』

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ネガティブ予言と霊がかり

2025-06-27 03:43:00 | 浅い霊感から神人合一まで

◎霊に襲われるなど

出口王仁三郎の随筆から、

『山上の家

 

山の上に掘っ立て小屋などを建てた時には、その周囲に三尺の間隔をもって、縄をぐるりと一廻ししておかねばならない。そうしておかないと、霊に襲われる。また普通の人家でも、縁側などに寝てはならない、必ず家の礎から三尺内側に寝るべきものであって、そうしないとこれまた霊に襲われる。石は悪魔を防ぐものであるから、礎から三尺以内に寝れば大丈夫である。』

(出口王仁三郎の随筆集水鏡から引用)

これは、結界ですね。

さらに

『面会のこと

 

私はどういうものか昨年来から(昭和元年、すなわち大正十五年)人に面会することが嫌になってきた。近頃はそれが一層ひどくなって、未信者はもちろんのこと、役員信者といえども面会することが極端に嫌になったのだ、近侍といえどもあまり大勢が長く傍にいられることは苦痛なので、用事があって呼ぶ時来てくれればよいと言い渡してある。

私は肉体としてできるだけ辛抱しているのであるが、神様が嫌われるのだから仕方がない、特に朝早くから来られると、それっきり神様の御機嫌が悪くなって、その日一日の仕事が駄目になってしまうことがある。だから面会時間は午後の五時から六時の間に定めてあるので、その頃になると、為すべき仕事が一段落つき、夜の仕事との間にちょっと一服する間があるから、あまり邪魔にならない。

かく定めてあっても、今日は早く帰らねばならぬとか、綾部にお参りせねばならぬとか、特別をもってとか、自分の都合のために、朝から面会を強いられるのは苦痛でたまらない。私は神様に使われているのである。人間の都合のために神様の御用を左右させるのはあまりではないか、私はそのため命が縮まるような気がする。私に長生をさせようと思うなら、少し気をつけてもらいたい。

早くから信仰している人たちはこういうことがよく分かっていなければならぬはずであるのに、旧いゆえに特別の権利があるように思って、規定を無視して自分の知己を連れてずんずん押しかけられるのにも困る。遠方から来たのだから、十分や二十分時間を割いてくださってもよさそうなものだと思う人がいるかもしれないが、私の十分間は他人の十分間と違う。

十分間あれば約百五十枚の短冊を描くことができる。一時間も邪魔されると、九百枚も駄目になるのである。それにまだそれよりも困ることは、各自がいろんな霊を連れて来て、それを置いていくことである。非常に気分がよくて、これから大いに仕事をしようと思っている所へ、ちょっと人が来てその人が、悪霊でも背負って来ていたら、すぐ頭が痛くなり、気分が悪くて一日何もできぬことがある。のみならず甚だしい時はうんうんとうなって寝なければならぬことになる。私の体は人並にゆかないのであるから、それを察してもらいたい、用がある場合はこちらから呼ぶことにしたいのである。』

(出口王仁三郎の随筆集水鏡から引用)

 

これは来客が悪霊を連れて来て困るということ。

 

『他神の守護

 

私は常に「上帝一霊四魂をもって心を造り、これを活物に賦(あた)う。地主三元八力をもって体を造り、これを万有に与う。ゆえにその霊を守る者はその体、その体を守る者はその霊なり。他神あってこれを守るにあらず。すなわち天父の命永遠不易(ふえき)」と説いている。「他神あってこれを守るにあらず」ということは、自分の天賦の霊魂以外に他の神がかかって守護するということはないというのである。

よく狐や狸が憑依(ひょうい)して守ると言うけれども、それは守るのではなくて肉体を害するのである。祖霊さんが守ってくださるとか、あるいは産土の神が守られるとかいうのは、自分の精霊が祖霊あるいは産土の神と相感応してそう思うだけのことである。私の幼時、囲炉裏(いろり)に落ちたときに祖父が現れて私を助けてくださったというのは、私の霊が祖父と見せているので、私が祖父と感じて見ていただけでる。』

(出口王仁三郎の随筆集水鏡から引用)

他の神霊が守ってくれるというものではないということ。

 

さらに

『悪霊は人の空虚に入って害悪を及ぼす。つまり滝に打たれたり、あるいは断食の修行などをすれば、肉体が衰弱して空虚ができるから、そこに悪霊が感応するのである。空虚があっては正しい人ということはできない。四魂すなわち天賦の勇親愛智を完全に働かせることが大切である。産土の神が守るというのは、村長が村民の世話をするようなもので、決して人間に直接産土の神が来て守るということはない。』

(出口王仁三郎の随筆集玉鏡から引用)

他の善神は上述のとおりだが、悪霊は人の空虚に入って害悪を及ぼす。

 

以上霊がかりの話ばかりだが、古代中国の費長房は、悪鬼、悪霊を追うエクソシストもやっているが、ダンテス・ダイジは、そういうのを勧めない。

『心霊科学的能力によって、邪悪な霊的波動を感知して、それを追い払ったり支配したりするよりも、もともと邪悪な霊など実在しないという正覚の中で、あるがままの人間生活を生きる方が、より豊かな 霊的生活のあり方ではないだろうか。』(冥想非体験(性愛冥想)/ダンテス・ダイジから引用)

ネガティブ予言に右往左往するのもそういうのに似た部分がある。

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出口王仁三郎の一口の水

2025-06-26 03:40:16 | アヴァターラ神のまにまに

◎一滴の水のとうとさを思う

 

出口王仁三郎の高熊山の洞窟修行は、一週間断食で、たまさかの水が甘露だった。その際の歌。

 

『二十八歳の頃

 

四十八宝座の右手に一筋の滝ちよろちよろと落つるを認めし

 

むらむらと木漏れ陽ゆらぐ谷川の清水掬(むす)びて咽喉をうるほす

 

旱天に雨を得たるのここちして谷底ふかき溜り水飲む

 

一口の水に甘露のあぢはひを覚えたりけり初夏の真昼を

 

珍宝(うずたから)黄金(こがね)白銀(しろがね)何かあらんと一滴の水のたふとさを思ふ

 

渇きたるときに一口飲む水の味は甘露にまさるおもひす

 

ちよろちよろと落つる滝水の溜りたるを掬ひて飲めば殊更(ことさら)味よし

 

夏草のしげる山腹わけのぼり宝座のまへに復(かえ)りて端坐す

 

谷水に咽喉うるほして更生の気分ただよふ高熊のほら』

(歌集霧の海 生命の水/出口王仁三郎から引用)

 

海外では、日本のように毎日入浴できるほど水の供給がある国は多いものではありません。

大晦日に徹夜するのは、水の神様に謝するため。

高層ビルは、防火用の何トンもの水をビルに保有するため、さながら水タワー。

仮想通貨のマイニングや半導体製造、原発稼働でも大量の水が必要となっている、この火力文明最終盤の先進文明たち。

 

水を大切に。

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霊を込める、心を込める

2025-06-25 03:03:26 | 人と神の「実際のところ」

◎何の仕事にも霊をこめる

 

出口王仁三郎は、心を込めると霊を込めるとを区別している。霊を込めるの方がより深い。

 

『霊と記念物

霊というものは、込めれば込めるほど深くなるものである。私は茶碗を一つひねるにもいちいち性念を込めてやるのであるから、深く霊が入っている。それ故、この器で毎日湯でも茶でも飲んでいると、相応の理によって、おかげを頂けるのである。私がやろうとも思わないのに、くれくれと言って貰っても、おかげは少ない。またやろうと思うものを辞退するのもおかげがなくなる。めったに人から記念物を貰うのも良くない事である。霊が反対していると、品物を貰ったが為めに、とんだ災難を受ける事がある。生前お互いが好意を持ち合っていたものの記念物でなくては貰うものではない。また自分が一番愛していたものに一番霊がこもるものであるから、昔はその一番愛していたものを御神体として祀ったものである。但し、心を込めると言うのと、霊を込めると言うのとは意味が違う。』

(水鏡/出口王仁三郎から引用)

 

『御手代と国替

 

国替をすると、御手代や、楽焼のお茶碗やお盃などをその人の所有として埋めてやれと聖師様がおっしゃったという怪宣伝があるそうだが、そんな事は決してない。それでは折角私が霊を込めて造ったものが、皆地中に埋もれてしまうことになる。そんなつまらない事をしてはならぬ、後に取っておいてお祭りの度に供えるようにしたらよいのである。』

(水鏡/出口王仁三郎から引用)

 

『何の仕事にも霊をこめる

 

どんな仕事にも霊を込めてやらねば良い結果を得られるものでない。田圃でも花園でも主人が毎日見回って霊を込めねば決して良くできるものでない、小作人や下男にのみに投げかけておいて、良くできるはずがない、天恩郷の植物は、松でも、萩でも、アカシアでも何でも皆非常な勢いで成長する、それは私が毎日見回って霊を込めて育てるからである。』

(水鏡/出口王仁三郎から引用)

 

現代に最も欠けているのが、この霊を込めるというもの。

社会全体で、本気でやるということを無視したり、軽視したりするから、外注や、業務マニュアル全盛の、労働を時間で切り売りして“霊を込める”、“心を込める”を頭の片隅にも置かない人まで出て来ている。

霊を込めて仕事をすることで神仏に至る道もある。それも冥想の道、水平の道。

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暗黒の三日間あるいは72時間について

2025-06-24 03:45:26 | メインストリーム予言と先行モデル

◎暗黒の三日間は、聖書には三か所ある

 

暗黒の三日間に相当するものは、古事記では、天照大御神の岩戸隠れや、出口王仁三郎のいう大峠だが、三日間とはされていない。

 

西洋では、暗黒の三日間は、ヨハネの黙示録には記載されていないが、聖書には3か所ある。また19世紀の聖アンナ・マリア・タイギによって語られたとされる予言もある。

 

1.「出エジプト記」のモーセによる濃い暗闇の三日三晩。

奴隷状態にあったイスラエル人を救出する際、神はエジプトに対し十の災をもたらしたが、その9番目が「暗黒の三日間」。

「出エジプト記」(10章21:23節)

三日の間、人々は互に見ることもできず、まただれもその所から立つ者もなかった。しかし、イスラエルの人々には、みな、その住む所に光があった。

 

2.旧約聖書「ヨナ書」ヨナが、神の命令に背いてニネベから逃れようとした際に、大魚に飲み込まれ、その腹の中で過ごした三日三晩。

 

3.イエス・キリストが十字架で亡くなり、墓に葬られてから復活するまでの三日三晩。

 

いずれも、死から再生の期間として3日をみている。

 

暗黒の三日間で、悪は滅ぼされ、善が生き残るわけだが、自分が悪ならば滅ぼされ、善ならば生かされる、ということになるので、本日只今より本気で悟りを開く覚悟が必要であると思い至らしめられる。

人は、髪の毛一本白くも黒くもできない。

神の御心のままに。

 

※(GEMINIから)聖アンナ・マリア・タイギ(Blessed Anna Maria Taigi, 1769-1837年)は、カトリック教会で列福されたイタリアの神秘家であり、数々の予言を行ったことで知られています。彼女の予言の中で特に有名で、一部のカトリック教徒の間で広く語られているのが**「暗黒の3日間」**です。

これは、ヨハネの黙示録に直接記述されているわけではなく、主に彼女を含む複数の聖人や神秘家の「私的啓示」として伝えられているものです。教会は、これらの私的啓示を信仰の必須事項とはしていませんが、信じることは禁じていません。

聖アンナ・マリア・タイギが予言したとされる「暗黒の3日間」の主な内容は以下の通りです。

  1. 世界全体を覆う激しい暗闇:
    • 全地球が3日3晩にわたって深い闇に包まれるとされています。
    • 何一つ見えず、人工的な光(電気、通常のランプなど)は機能しないとされます。
  2. 疫病と悪魔の活動:
    • 空気が疫病に満ち、主に(しかしそれだけでなく)信仰の敵を滅ぼすと言われています。
    • 悪魔があらゆる恐ろしい姿で現れ、空気を汚染するとも伝えられています。
  3. 安全を守るための指示:
    • この期間中は、家の中に留まり、窓を閉めておくことが強く推奨されています。
    • 好奇心から窓を開けたり、家から出たりする者はその場で死に至るとされます。
    • 唯一の光となるのは、祝福されたロウソクの炎であると言われています。このロウソクは、神を信じない者の家では点灯せず、信仰の恵みの状態にある者が点火すれば、3日間燃え続けるとされています。
    • 人々は、家の中でロザリオを唱え、神の慈悲を乞い、悔い改めるべきだとされています。
  4. 浄化と新たな時代の到来:
    • この「暗黒の3日間」の間に、教会の敵や神を冒涜する者たちが滅ぼされ、地球は浄化されるとされています。
    • この大いなる浄化の後、世界には平和と信仰の新しい時代が訪れると考えられています。

解釈と注意点:

  • この予言は、人類が神に立ち返り、悔い改めることを促す警告として捉えられています。
  • 具体的な時期については言及されていません。
  • 繰り返しになりますが、これはカトリック教会の公式な教義ではなく、私的啓示の一つです。信じるかどうかは個人の判断に委ねられています。

聖アンナ・マリア・タイギは、その生涯において神秘的な「太陽」を常に視界に持っていたとされ、その「太陽」を通して過去、現在、未来の出来事を見ることができたと言われています。彼女の生活は困難に満ちていましたが、信仰と慈善に生きた模範的な母親であり妻でした。

 

※ユダヤの過越の由来について(GEMINI)

神はエジプトのファラオがユダヤ人を解放しないため、エジプトに様々な災いをもたらしました。最後の災いは、「エジプト中の初子(長子)を死に至らしめる」というものでした。しかし、神はユダヤ人に対し、子羊の血を家の戸口の柱と鴨居に塗るように命じました。神の使いがエジプト中を巡る際、この血が塗られた家は「過ぎ越して」、災いを免れたとされています。 

この出来事の直後、ユダヤ人は急いでエジプトを脱出しました。その際、パン種を発酵させる時間もなかったため、種なしパン(マッツァー)を焼いて持っていったとされています。

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九月九日に高いところに登る

2025-06-23 07:19:27 | 道教neo
◎災難を避ける
(2007-04-06)

『後漢の費長房は、あるとき弟子の桓景にむかって、
「九月九日にはお前の家に大きな災難がふりかかる。だから急いで家族に赤い袋を作らせ、そのなかに、茱萸(はじかみ)をいっぱい入れておき、当日それをもって山にのぼって菊酒を飲め。そうすれば、災難を避けることができるだろう。」といった。

そこで桓景は、いわれたとおりにして、九月九日に一家こぞって山にのぼった。日が暮れてから家に帰ると、飼っていた鶏、犬、牛、羊などがみな死んでいた。今のならわしは、この故事に基づいている。
(『歴世真仙体道通鑑』巻二十、壺公)』
(道教百話/窪徳忠/講談社から引用)

この故事に基づいて、平安時代の人も9月9日には高いところに登って菊酒を飲む習慣があった。

この話のモチーフは、ノアの方舟や、過越の祭と共通したところがある。いつまでもこんなろくでもない暮らしぶりをしていれば、いつかは災難がふりかかることがあるだろうという直観は誰にでもあるものだろうと思う。けれども、それをきっかけに、何かに向き合ったり見つめたりということは、日々の生活の中に取り紛れているせいか、なかなかできている人は少ない。
 
 
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陶弘景の物語

2025-06-23 03:14:40 | 人と神の「実際のところ」

◎白日昇天のタイミングが遅れた理由

 

『陶弘景

 

陶弘景、字を道明といい、秣陵の人である 。彼が母の胎内にいたとき、一頭の青龍が懐の中から躍り出て、二人の天人が香を持って、自分の傍に立っているのを夢見たそうである 。

彼は幼い時から才智が人に優れ、十歳の時、葛洪の『神仙伝』を読んで、日夜これを研究したが、これより彼は養生の術を究めようという志を起こし、ある日人に向かって、人間が心を一つにして励めば、道を得るのは左程困難なことでもあるまいと言ったことがある 。

彼は身長七尺七寸、色白く眉秀で、顔は細長く額広く、耳は聳えていた 。そして耳の穴に七十本の毛が生えていて、外部に二寸ばかり出ていた 。右の膝には数十の黒いイボがあって、その形が七星の形に似ていた 。

彼の父は妾のために殺害されていたので、彼はひどく女色の害に懲りたものと見え、終身独身で暮らしました 。

彼は書を読んで学識が高かっただけでなく、琴に堪能で書道にも巧みで、すること全て何事においても尋常な人に優れていたから、幼少の頃より早くもその名が天下に聞え、斉の高帝に召されて諸王子の侍読に任じられました 。そして暇があれば門を閉じて書を読むことを楽しみ、古聖賢を友として、一人ひそかに精神を養っていました 。

家が非常に貧しかったので、皇陶(彼の父か?)に令とならん事と奔走したけれど、皇帝はその才智を惜しんでその願いを許しませんでした 。

そこへ彼は永明十年、ついに職を辞し官を辞めました 。朝廷ではその功労に報いるために、毎月茯苓(ぶくりょう)五斤と白蜜二斤とを賜り、諸々の公卿は盛んに送別の宴を張り、その席に列なることを非常な名誉としていました。そして当時人々は宋斉以来、このように優渥な朝廷の待遇を受け、このような名誉ある送別を受けた人は他に一人もいないと絶賛していたそうである 。

 

陶弘景は官を辞して故郷に帰ると、やがて句容の茅山に上ってそこに暫時留まっていましたが、ついにそこに一つの館を建て、華陽の隠居と称していました 。

彼は初め東陽の孫遊に師事して道を学び、符図経法を授けられましたが、その後諸々の名山を歴訪して薬草を尋ね回りました 。

 

風景のよい場所に出会えば、必ずそこに滞在して吟詠に日を送り、心長閑にその日を送っていました 。

その時、ちょうど沈約が東陽の領守となっていて、彼の名を聞き、その志節の高いのを愛して、書を寄せて彼を呼び迎えましたが、彼はついにその招きに応じませんでした 。

 

永元の初年、彼は三層の楼閣を築いて、自分は常にその上層で起居し、弟子はその中層に住まわせ、賓客は一番下の層に居させました 。そして彼は普段人に対面することを嫌い、唯一人の家令以外は、誰にも自分の部屋に出入りすることを許しませんでした 。

彼は幼時から騎射に巧みでしたが、晩年には一切それらを廃し、ただ平生笙を吹いて楽しんでいました 。また彼は常に松風の音を愛し、庭園には全て松を植え、風の朝、月の夕べ、その間を逍遙し、またはその颯々たる松籟の響きに耳を傾けて、一人恍然として物外の妙趣に神を遊ばせていました 。

彼もまた性質が著述を好み、学問は最も陰陽五行、山川地理、医術本草、帝代の年歴、地文星学、鉱物工業などの諸学に精通していました 。著述には『学苑百巻』、『孝経論語集註』、『帝代年暦』、『本草集』、『効験方』、『肘後百一方』、『今古州郡記』、『圖像集要』、『王匝記』、『七曜新旧術疏』、『占候合丹法式』の諸書があり、今も世に行われています 。そして平生常に張良の人物を崇拝していて、古来この人に及ぶものはないと言っていました 。

 

武帝はまだ太子であった時から陶弘景と親しかったのですが、位に就いてからは一層親しく彼を礼遇して、折々は努めて官に就かせようとの意思を示すこともありました 。その時、彼は毎回一匹の牛が愉快そうに水沢の間に彷徨い、もう一匹の立派な身装をした牛が、御者に連れられてどこかへ曳き行かれるところを描いて、帝に示していました 。

帝もまた彼が仕官する意思がないことを知って、深く彼に迫らず、ただ国家に関わる大きな事件が起こった場合には、即ち彼を呼んでいちいち啓問をなさるのみでした 。それで世間では当時彼を呼んで山中の宰相と解していました 。

 

そして八十歳以上になったけれど、容貌は少しも変わらず、少壮の人と同じように壮健でした 。その後、簡文帝が南徐州に行幸された時、彼の名を聞いて御前に召し、種々語られました 。その時、彼は頭に葛巾を戴いて帝に謁見し、数日道のことを談じてそして立ち去りました 。

彼の弟子に桓闓(かんかい)という者がいて、道が成就して昇天しようとしたとき、陶弘景は自分はこれまで長い間道を修行していて、自分ながらも大いに得る所があるように思われ、かつまたこれまでこれといった過失もないと思っているのに、自分だけはいつまでもこの世に留め置かれて、いつ昇天できるのか見当がつかない、これは果たしてどういう道理であるのか是非一度探って見てくれるようにと桓闓に依頼していました 。その後、桓闓はある日彼の元に帰ってきて、彼の陰徳はかなり大きなもので、すでに昔に昇天すべきはずだったが、ただ道を行い術を施す際に、多くの虫や魚などを用いて生物の命を傷つけたために、昇天の時期がちょうど一紀だけ遅れたのだと伝えました 。そして彼は昇天後は蓬莱山にあって、その仙都の水上監督の重任に就くように、おおよそ決まっている旨を彼に告げ知らせました 。

 

そこで陶弘景は仙薬を練る際、虫や魚などの生物を用いずに、単に草木だけを用いることを研究し、『別行本草』という書を三巻著して、多少自分の罪過を償うことができましたが、ある日自ら死期が近づいたことを悟り、その日を定めて辞世の詩を作り、大同二年八十五歳で亡くなりました 。顔色は平常の通り少しも変わらず、身体も別に硬ばるようなこともなく、伸縮も自由でした 。そして一種の香気が彼の住んでいた山に満ちて、久しい間消え去らなかったそうである 。』

 

陶弘景は、白日昇天時期が遅れた理由を、道を行い術を施す際に、多くの虫や魚などを用いて生物の命を傷つけたためとしているが、これは文字通りではないと思う。

人間は、善を行い、悪を行わないで生きるべきだが、肉体がある以上は、生物の命を傷つける側面は必ずあるものだと思う。

よって白日昇天すべきタイミングは、積善あるいは徳が満ちた時であるという説明は、如何にもカルマ・ヨーガだが、それでは、今生で白日昇天できる人は稀になってしまう。ここは、白日昇天を今生で狙っていくなら、必ずしもカルマ・ヨーガ的でなくて、イエス・キリストの信者になったパウロのように真実の回心が起こればよいのではないだろうか。

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出口王仁三郎の輪廻転生論

2025-06-22 03:50:23 | 吉凶禍福、占い、癒し

◎そういうものに決着はつくものではない

 

出口王仁三郎の随筆月鏡から

『輪廻転生

 

およそ天地間の生物は、輪廻転生の法則をたどらないものはありません。蚕が蛹となり孵化して蝶となり産卵するのも、ガット虫が蛹となり、糞虫が孵化してハエとなり、瀬虫が孵化してトンボとなり、エンドウが蛹となり羽を生やして空中を駆け、麦が蝶と変じ、米はコクゾウムシと変化し、栗の木からクリムシが湧き、クヌギのアマハダから甲虫が発生するなどは、いずれも輪廻転生の道をたどっているのです。

 

ある老人の話に、田舎の寺の高い梁の上にスズメが巣を組んでヒナをかえしていたところ、ヘビがそのヒナを飲み込もうとして、寺の柱を這い上がり、巣に近づこうとして、地上に転落し、庭石に頭をぶつけてもろくも死んでしまいました。それを寺男が、竹の先に挟んで裏の竹藪へ捨てておきました。四、五日経って、スズメのヒナがけたたましく鳴き叫ぶので、寺男が訝りながら近づいて調べてみると、数万の赤蟻が列をなし、柱から屋根裏を伝わってスズメの巣に入り、ヒナの体を取り巻いています。蟻の列をたどって行ってみると裏の藪の中に、縄を渡したように赤蟻が続いていました。その出発点を調べてみると、四、五日以前に捨てたヘビの死骸が残らず赤蟻に変化していたというのです。

 

執念深いヘビの魂が凝り固まって赤蟻と変じ、生前の目的を達しようとしたのです。実に恐ろしいものは魂の働きです。

 

またそのおじいさんの話に、ある夕暮れ、イタチとヒキガエルとが睨み合っていましたが、ヒキガエルは三、四間もある距離から、イタチの血を残らず吸い取ってしまいましたので、イタチはその場に倒れてしまいました。そうすると、ヒキガエルのやつがのそのそとイタチの死骸の傍へ這い寄って、足をくわえ雑草の中へ隠してしまいました。それから四、五日経つと、イタチの死骸が残らずウジとなっていました。それを執念深いヒキガエルのやつ、またものそのそと夕暮れ近く這い寄って、一匹も残らず、そのウジをぱくついてしまったと言います。

 

このように生あるものは必ず転生し、かつその魂は恐るべき魔力を持っていることが悟られます。いわんや人間の霊魂においては、一層その力が発揮され、輪廻転生の道をたどって、あるいはヘビと変じ牛馬となり、犬猫となり生前の恨みを報いようとする恐ろしいものなのです。

 

犬に噛まれたり、馬に蹴られたり、牛に突かれたりして、命を捨てる者、皆それぞれの恨まれるべき原因を持っているので、自業自得と言うべきです。

 

神様は愛と善の徳に満ちていらっしゃるので、いかなる悪人といえども罰するようなことはありませんが、人間の怨霊ほど恐ろしいものはありません。ゆえに人間は人間に対し、たとえ仮にも恨まれるようなことはしてはなりません。どこまでも愛と善とをもって地上の一切に対すべきです。人間の怨霊が、猛獣毒蛇となり、その人に仇を報いたり、あるいは牛となって恨みの人を突き殺したりして、災いを加えるのであって、神様が直接に罰を被らせるようなことは全くないものです。

 

仁慈無限の神様は、すべての人間が、私利私欲の念により争い合い、殺し合い、恨み恨まれて修羅、餓鬼、畜生道に堕ちていく惨状を憐れんでいらっしゃいます。そして、至善至愛の惟神の大道を、智慧の暗い人間に諭してその苦しみを救おうとするために、神柱をこの地上に降ろし、誠の道を説かせていらっしゃるのです。実にありがたい大御心です。』

 

神様は、バチを当てないが、人同士がバチを当て合って輪廻転生を繰り返す。そういう人間ドラマに愛想が尽き果てた人が、初めて道を求めるものなのだろう。

 

現代日本人は、表面的には 他人の悪意に寛容だが、この随筆の書かれた昭和5年の日本人同様に、表面的には 他人の悪意に寛容に見えても実は怨みをいつか晴らそうと思っている人が多いのだろうか。

そういう成れの果てが世界戦争。日本の周辺に反日教育国が多いのも、そういう成れの果てか。

ダンテス・ダイジは、そういうものに決着はつくものではないから、と、冥想から悟りを推薦していた。悟りにより九族昇天するのだ。

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愛国心と外国人と仲良くすること

2025-06-21 03:10:43 | 時代にFace it

◎悟りを開いて初めてわかること

 

LGBTの影響か、日本人と仲良くするよりも外国人と仲良くすべきだと思っている人が少なくない。

ところが、自分には本当に好きな異性がいて、それが魂の伴侶だとわかるには、どうも大悟覚醒せねばならないようだということがわかって来た。

悟りを開いて初めて、自分の本当に好きな異性が誰かわかり、自分の本当に好きな国がどれであって、自分に本当にふさわしい宗教がわかるようになる。そうなって初めて愛国心である。

 

その辺は、自分本人の抵抗感も強いだろうから、ダンテス・ダイジも性愛冥想の中でちらっとしか触れていない(男女の霊的因縁をふまえた相手)。

国家意識のある宗教のことも出口王仁三郎は、あまり強弁していない。どちらも自分でわかってもらう類のことなのだから。

 

誰もが悟れるチャンスだが最悪のピンチでもある

 

参考までに出口王仁三郎の愛国の極みは、国のために死ねるということで、恋愛の極みで相手のために死ねるということと同じ。

 

以下は、出口王仁三郎の「大本史料集成 2 第2部 昭和期の運動 第1章 運動の概要 第4節 随感録 (一)八面鉾 第3章 至聖殿落成所感」をGEMINIで当用漢字と現代仮名遣いに修正しました。

『尊皇という事ですが、日本の国民は生まれながらにして、尊皇の心を持っていない者はいません。どんな者でも陛下に敵対する者は一人もなく、皇室の尊いという事を知っています。ただし愛国心という事は日本人特有のものではありません。外国人も皆自分の郷土、国家を愛するという事は知っています。この愛国というのは世界普遍的な魂で、ただ尊皇という事は日本人特有の魂であります。しかし尊皇だけではいけません。

 

なぜかというと、明治元年三月十四日の御宸翰に、

 

前略、汝億兆、旧来の陋習に慣れ、尊皇のみを朝廷の事となし、神州の危急を知らず。朕一度足を挙げれば非常に驚き、種々の疑惑を生じ、万口紛紜として朕が志を為さざらしむる時は、是れ朕をして君たる道を失わしむるのみならず、従って列祖の天下を失わしむるなり。汝克く朕が志を体認し、相率いて私見を去り公議を採り、朕が業を助けて神州を保全し、列聖の神霊を慰め奉らしめば、生前の幸福なれ。

 

と仰せられておりますが、尊皇は一般的なものです。これは何をしても敬神勤皇報国でなければいけないのです。尊皇の精神というものは、ただこれを尊重するばかりではいけません。一旦緩急ある時は、「海行かば水漬く屍、山行かば草むす屍、大君の辺にこそ死なめ、長閑には死なじ顧みはせじ」というように、大君の馬前に屍をさらすという魂が無ければなりません。皇室の安泰のためには生命はいらない。これが即ち勤皇という事であります。どうしても尊皇だけではいけません。勤皇の大精神でなければ臣子の本分を良く勤める事はできません。国民は元々勤皇でなければならないのです。

 

皇道大本は敬神勤皇報国の団体でありますが、勤皇という事を今言いますと、明治維新の際に勤皇の志士が起ってきて、時の政府即ち徳川幕府を叩き潰したのですから、大本教が勤皇という事を唱えますと、一部の人は現政府を叩き潰すのであるとか、或は現政府に反対の為に言うのだなどという位に、神経過敏な政府は感じるかもしれません。それが為に我々は勤皇と言いたいけれども、言う事はできない。しかし行いは勤皇である。口で唱えている事は尊皇であるけれども、行っている事は勤皇であります。ここは良くお考えを願わなければならない所であります。

 

前に申しましたように愛国は一般的なもので、報国という事は国恩に報ずる、国家に報いるというのであって、一生懸命に国家の為には身命を投げ出さなければなりません。これでなければ敬神報国はできないのです。愛国という事は、どこの国でも国を愛している、けれども報国という事はありません。この報国には生命があり、働きがあるのです。』

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人工的に作られた心はエゴイズムだけから生まれる

2025-06-20 03:31:41 | 覚醒のアーキテクチャー

◎人間は、すでに手に入れたものを、わざわざ求めているためにほとんど狂っている

 

OSHOバグワンの“ヨガ: アルファとオメガ、第 10 巻第1章 ”人工的な心を落とす”から。

 

冒頭1~5がヨーガスートラの本文です。

『(仮訳)

第10 章

人工的な心を捨てる

1976年5月1日午前、仏殿にて

 

パタンジャリの経典「カイヴァリヤ パダ」の最後のセクションが始まります。

  1. 力は生まれつき現れるか、薬物、聖なる言葉の繰り返し、苦行、あるいはサマディ(三昧)を通して獲得される。
  2. ある階級、種、あるいは種類から別のものへの変容は、潜在的なるものの自然な傾向の溢れ出しによるものである。
  3. 偶発的な原因が、自然な傾向を活動に駆り立てるものではない。それは単に障害物を取り除くだけである。まるで畑を灌漑する農夫のように。彼は障害物を取り除き、すると水は自ら自由に流れるのだ。
  4. 人工的に作られた心はエゴイズムだけから生まれる。
  5. 多くの人工的な心の活動は異なりますが、唯一の源となる心(オリジナル・マインド)がそれらすべてを制御する。

 

人間はほとんど狂っている – すでに手に入れたものを求めているために狂っている。期待し、願い、そして最終的に、失望を感じるから狂っている。失望は必然的に訪れる。なぜなら、探求によっては自分自身を見つけることはできないからだ。あなたはすでにそこにいるのです。探求はやめなければなりません、探索はやめなければなりません。それが直面しなければならない、立ち向かうべき最大の問題です。

 

問題は、あなたが何かを持っているのに、それを探しているということです。さて、どうやって見つけられるでしょうか?あなたは探すことに夢中になりすぎて、すでに持っているものを見ることができません。すべての探求が止まらない限り、それを見ることはできないだろう。探求はあなたの心を未来のどこかに集中させ、あなたが求めているものはすでにここに、今、この瞬間に存在しているのだ。あなたが求めているものは、探求者自身の中に隠されている。探求者こそが、探されているものなのだ。それゆえ、これほどの神経症、これほどの狂気が存在するのだ。

 

一度あなたの心がどこかに集中すると、そこには何らかの意図がある。するとすぐに、あなたの注意はもはや自由ではなくなる。意図は注意を麻痺させる。もしあなたが何かを熱心に探しているなら、あなたの意識は狭められている。それは他のすべてを排除するだろう。あなたの欲望、希望、夢だけを取り込むだろう。そして、あなたであるものを実現するために、いかなる意図も必要ない。必要なのは注意、ただ純粋な注意なのだ。どこへ行こうとする意図もなく、焦点の定まらない意識、今ここにあり、他のどこにもない意識。これが根本的な問題だ。犬が自分の尻尾を追いかけているようなものだ。それは苛立ち、ほとんど狂ってしまう。なぜなら、一歩進むごとに、何も手に入らないからだ。ただ失敗、失敗、失敗の連続なのだ。

 

つい先日、あるサニヤシンが私に、今や失望を感じていると語った。私は非常に喜んだ。なぜなら、失望を感じるとき、あなたの内側に何かが開かれるからだ。本当に失望を感じるとき、未来は消え去る。未来は期待、欲望、意図の支えがあって初めて存在しうる。未来とは、意図性そのものに他ならない。私は、一人の人間が失望したことに非常に喜びを感じたのだ。』

 

ポイント1.

『あなたが求めているものはすでにここに、今、この瞬間に存在しているのだ。あなたが求めているものは、探求者自身の中に隠されている。探求者こそが、探されているものなのだ。それゆえ、これほどの神経症、これほどの狂気が存在するのだ。』

これは、理屈ではわかっていても、そこを本当に納得することができないから探究する。

だからと言って、社会全体が狂っているとSNSでつぶやいても大した反響はない。現代社会では、狂っている人が正常とされ、正常な人が狂っているとされるからだ。

 

ポイント2.

OSHOバグワンは、『内側に何かが開かれる』ことが何かよいことのように思わせるが、簡単に白状はしない。クンダリーニについて、興味本位なことを何を言わなかったように。

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解放・カイヴァリヤは同一化から起こる

2025-06-19 03:28:34 | 覚醒のアーキテクチャー

◎だが、特定されてはならない。決して何にも同一化されてはならない

 

OSHOバグワンの“ヨガ: アルファとオメガ、第 9 巻第9章 ” 絶対的な孤独: 解放”から。

 

※存在の4つの層は
(1)ヴァイハーリ(果実)、物事。
(2)マディヤマ (木、「中間」)感情、経験。
(3)パシャンティ(何かを経験する前に  内部では種子の形で動きます。)
(4)パラ(すべてが生まれる根本的な存在)

 

 

『(仮訳)

1.経文「プルシャサットヴァの純粋さが等しいときに解放が得られます。」

しかし、どうやって解放を達成するのでしょうか?

まずあなたはサットヴァの純粋さ、知性を達成しなければなりません。  それでさらに奥へ進みます。ヴァイハリは知性の現れです。マディヤマは、世界に対してではなく、あなただけに現れる知性です。パシャンティは種子の形をした知性です。そしてパラは意識です。

 

徐々に自分自身を切り離し、識別し、身体を道具、媒体、住居として見始めます。そしてできるだけ覚えておいてください。やがて記憶は定着します。それから心に働きかけ始めます。あなたはマインドではないことを忘れないでください。  この思い出は、あなたが分離するのに役立ちます。

  

2.ひとたびあなたが身体とマインドから離れると、あなたのサットヴァは純粋になります。そしてあなたのプルシャは常に純粋でした。物質との同一性だけが、物質を不純に見せるのに役立っているのです。両方の鏡が純粋になると、何も映らなくなります。向かい合った 2 つの鏡。何も映らず、空のままです。

この絶対的な空の点が解放です。解放はこの世からのものではありません。  解放は同一化から起こります。特定されてはなりません、決して何にも同一化されてはなりません。  あなたが証人であることを常に忘れず、証しするという点を決して失わないでください。そしてある日、何千もの太陽が集まって昇るように、内なる意識が高まります。  

 

3.これをパタンジャリはカイヴァリヤ、解放と呼んでいます。

カイヴァリヤという言葉を理解する必要があります。  

インドでは、さまざまな預言者がその究極の事柄についてさまざまな言葉を使ってきました。マハヴィルはそれをモクシャと呼んでいます。モクシャは「絶対的な自由」、束縛がなく、すべての投獄がなくなったという意味に正しく翻訳できます。仏陀は涅槃という言葉を使いました。涅槃とは「自我の停止」を意味します。あなたが明かりを消すと、炎が単に消えるのと同じように、エゴの光が消えるのと同じように、あなたはもはや実体ではありません。その一滴は海に溶けてしまいました。あるいは海が水滴に溶け込んでいる。それは解散、消滅です。  パタンジャリはカイヴァリヤを使います。この言葉は「絶対的な孤独」を意味します。それはモクシャでも涅槃でもありません。それは絶対的な孤独を意味します。あなたは自分にとって他に誰も存在しない地点に到達しました。他には何も存在しません。あなただけ、あなただけ、あなただけ。実際、「私」は「あなた」を参照しており、「あなた」は消えているので、自分自身を「私」と呼ぶことはできません。すべての束縛が消え去ったとき、自由とは何の意味があるのでしょうか?

 

4.カイヴァリヤ、ただ孤独。しかし、この孤独感はあなたの孤独とは何の関係もないことを覚えておいてください。孤独の中で「他者」が存在し、感じられ、他者の不在が感じられる。だからこそ、孤独は悲しいものなのです。あなたは「孤独」です。それは、あなたが他者の必要性を感じていることを意味します。 「ひとり」:他者の必要性がなくなったとき。あなたはそれで十分です。

 

5.自分自身、自分にとって絶対的なもの、必要性も欲望も、行くところもない。これがパタンジャリの言うところの「あなたは家に帰ってきた」ということです。これが彼の説明では解放です。これは彼の涅槃またはモクシャです。

あなたにも垣間見ることができます。静かに座って自分自身を切り離したら… まず、対象から自分を切り離してください。目を閉じて、世界を忘れて、たとえそれが存在したとしても、ただそれを夢として受け止めてください。次に、アイデアを見て、あなたがアイデアではなく、浮かんでいる雲であることを思い出してください。それらから自分を切り離してください。彼らは消えてしまった。

そのとき、自分は無執着であるという考えが浮かび上がります。それがパシャンティです。さもなくば、そこにぶら下がってしまいますので、それも落としてください。  それも捨ててください。あなたもこのアイデアの目撃者になってください。突然あなたは爆発して何もなくなってしまいます。それはほんの一瞬かもしれませんが、タオの味、ヨガとタントラの味を味わうことができるでしょう。あなたは真実の味を味わうでしょう。そして、一度それを手に入れると、それに近づくこと、それを許すこと、それに対して脆弱になること、利用できるようになることがますます簡単になります。毎日、どんどん楽になっていきます。道を進めば進むほど、道はより明確になります。  

 

6.ある日、あなたは入ったまま二度と出てこない...カイヴァリヤム。これがパタンジャリの言う絶対的な解放です。これが東側のゴールです。

東側の目標は西側の目標よりもはるかに高い目標に達します。西側では天国は最後のもののようです。東洋ではそうではありません。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ人、彼らにとって天国は最後のものであり、それを超えるものは何もありません。しかし、東洋では私たちはより多くの仕事をし、現実をより深く掘り下げてきました。私たちは最後まで掘削しましたが、突然ドリルが空虚に直面し、もう何も掘ることができなくなります。  

天国は願望、幸せになりたいという願望です。地獄とは恐怖、不幸になることへの恐怖です。地獄は蓄積された痛みです。天国は蓄積された喜びです。しかし、それらは自由ではありません。自由とは、苦痛も喜びもないときです。自由とは二元性が捨てられたときです。自由とは、地獄も天国もないとき、つまりカイヴァリヤムです。そのとき人は究極の純粋さに達するのです。  

これは東洋の目標であり、全人類の目標でなければならないと思います。』 

(以上で第9章は、終わり。)

  

カイヴァリヤを起こすには、

1.あなたが身体とマインド(頭)から離れると、あなたのサットヴァは純粋になる。そしてあなたのプルシャは常に純粋だった。

2.両方の鏡が純粋になると、何も映らなくなります。向かい合った 2 つの鏡。何も映らず、空のままです。この絶対的な空の点が解放です。

3.解放はこの世からのものではありません。

解放は同一化から起こるが、特定されてはなりません、決して何にも同一化されてはなりません。

 

4.あなたが証人であることを常に忘れず、証しするという点を決して失わないでください。

5.そしてある日、何千もの太陽が集まって昇るように、内なる意識が高まります。  

 

このステップは、ダンテス・ダイジのアートマンのブラフマンへの突入シーンを思い起こすと、説明されていない重要ポイントがまだ多数あるんだろうと思う。

 

西洋人に天国と地獄を超えるというのは理解されにくいかもしれないが、その点、現代日本人も大差ないか、西洋人より鈍いかもしれない。

その辺が、OSHOバグワンもクリシュナムルティも来日しなかった原因かもしれない。

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