Luna's “ Life Is Beautiful ”

その時々を生きるのに必死だった。で、ふと気がついたら、世の中が変わっていた。何が起こっていたのか、記録しておこう。

トリビア 10

2007年09月30日 | トリビア
1.
拉致問題政策の失敗と大手マスコミの偏向報道



安倍晋三首相はやはり政権を投げ出した。無責任を絵に描いたような突然の辞任の理由の一つは、政権最重要項目の拉致問題の行き詰まりにあったはずだ。しかし、その可能性を指摘していた大手マスコミは、ほとんどない。

たとえば、モンゴルのウランバートルでの日朝作業部会が、9月5,6日の日程を終了したが、新聞各紙は「拉致進展なく閉幕」と、具体的な成果がなかった点ばかりを強調した。社説などでも「『拉致』重視の姿勢を貫け」(産経新聞)、「日本は原則堅持を」(読売新聞)、「期待裏切られた拉致問題」(山陽新聞、各紙9月8日)など、従来の論調が主流を占めた。

さらに、日本政府は従来からの経済制裁を継続させるとし、北朝鮮の水害被害に対する緊急人道援助も見送られた。「拉致問題に進展が見られなかったことに対し、世論の反発が強まっている」ためという(「産経」9月9日)。

しかし、今回の日朝交渉では、 “対話と圧力” を標榜しながら事実上は圧力一辺倒だった安倍政権の拉致問題政策の破綻が明確にされた。小泉首相(当時)の二度目の訪朝時頃から、安倍氏の強硬路線批判を強めていた蓮池透氏は「安倍首相よ、強硬路線だけなら時間のムダ」(「サンデー毎日」07年3月8日号)と明言。元NHKアメリカ総局長日高義樹氏は「『北朝鮮に脅威なし』とするアメリカに『拉致解決』を懇願する無知」(「リベラルタイム」07年8月号)と酷評していた。

それでも「産経」は伊藤正中国総局長発の特ダネとして、北朝鮮の金総書記が昨年10月に「米国のパートナーになる」とブッシュ米大統領にメッセージを送ったのが事態を変えたのだと伝えた(8月10日)。しかしその伊藤記者が、9月1日の署名記事では、それより先にブッシュ大統領が金氏に親書を送ったのであって、日本は「拉致敗戦」(「中央公論」07年8月号)の状況にあることを認めた。

ここにいたって、安倍政権も核開発問題の進展を阻害しないように、との米国の意向を受けて、強硬路線からの転換に踏み切らざるを得なくなった。それが「過去の清算」を拉致問題より先に協議するという北朝鮮側の提案受け入れだった。日本側強硬路線にとっての “拉致敗戦” は明白なはずだった。

今さら「乗り遅れ論、孤立論などに惑わされることなく、腰を据えてかかる必要」(「東京新聞」9月7日)などない。とりわけ深刻なのは、前出の緊急人道支援を見送りにした件だ。米国は政治と人道援助を区別している。

これも横田滋氏などが中・高校生から拉致問題でどのように協力すれば良いかを問われ、日本政府に食糧援助をしないように働きかけてほしい、と明言している(「北朝鮮による拉致を考える=中学生・高校生に知ってほしいこと」明成社、06年)ことと無関係ではない。

05年新潟中越地震の折には、北朝鮮がすかさず国際赤十字などを通じて計13万ドルを支援したが、この事実は報道されなかった。

日本には「鬼の目にも涙」のことわざがある。その鬼も逃げ出したくなる社会となっているのでは「美しい国」どころではない。

「読売」新聞は今年2月27日の時点で、拉致問題の行き詰り状況に関し、「いかに素晴らしい目標を掲げようとも、『出口戦略』を描けなければ、政治指導者としては失格だ」と決めつけていた。

安倍首相の辞意表明は遅すぎた。 “拉致敗戦” を明確に指摘せず、人道支援を主張できない大手マスコミに、今後どれだけ的確な拉致報道ができるか疑問だ。



(「『拉致敗戦』を受入れない大手マスコミ/ 緊急人道支援の声もなく-各紙2007年9月「日朝交渉」関係報道」/ 高嶋伸欣・琉球大学教授 週刊金曜日07年9月21日号より)






2.
「山口県光市事件」の指し戻し審は、5月24日に広島高裁で初公判が開かれ、6月下旬と7月下旬に三日連続で集中審理、9月18日から三日間審理が行われ、実質的な審理がほぼ終了した。

上告審で一・二審の弁護人と代わった新弁護人は、新たに22人の弁護団を編成。初公判で、事件は検察が主張する「計画的な強姦殺人」ではなく「精神的に未熟な少年が起こした偶発的な傷害致死事件」と意見陳述した。

この事件で検察は「被告人は女性の首を両手で絞めて殺害し、女児の後頭部を床に叩きつけた上、紐で絞殺した」と主張した。

これに対し、上告審で新弁護人は「検察主張の犯行態様は遺体の実況見分調書や鑑定書と矛盾している」と指摘、「女性の頚部には両手で絞めた跡がなく、女児には床に叩きつけられれば生じるはずの後頭部の損傷や、紐で強く絞めた跡もなかった」とする鑑定書を提出した。

新弁護団は差し戻し審で、これを精密に裏づける新たな鑑定書と、検察側主張、弁護側主張の「犯行態様」による再現実験結果報告書を提出。新鑑定書は「被害者の声を封じるために口を押さえ続けた結果、窒息死に至った」との弁護側主張が「遺体所見とよく一致している」と結論。

また再現実験の結果、女性の頚部に残った「4本の蒼白帯」は、「右手を逆手にして被害者の声を封じた」という被告人の説明とぴったり一致した。

さらに弁護団は、新たに犯罪心理鑑定書・精神鑑定書を提出。事件は「性欲による計画的なレイプ事件」ではなく、「幼児期からの父親による虐待、11歳のときの母親の自殺(遺体目撃)による精神的外傷で、精神的発達がとまった少年が、ストレスを受け、『退行状態』のもとで起こした不幸な連鎖の結果」として、鑑定人2人の証人尋問・被告人質問で立証に努めた。





だが、初公判から9月20日まで10回にわたる公判の報道は、弁護側の主張・証人尋問内容を冷静・客観的に伝え、読者・視聴者にこの事件・裁判について考える材料を提供するものではなかった。

とりわけTV番組の多くは、弁護団の主張を無視、または遺族の言葉によって(感情的に興奮し)否定し、被告人・弁護団を一方的に非難・糾弾した。





この間、TV番組に危惧を抱いた人たちが「『光氏事件』報道を検証する会」を作り、約100本の番組をチェック、結果を「人権と報道・連絡会」9月定例会で報告し、番組ビデオ5本を上映した。

報道には共通のパターンがある。

被害者・遺族の写真を大きく映し、当日の公判内容を「遺族の感想」を中心に伝える。「弁護団は裁判を死刑は医師運動に利用している」、「弁護団は被告人にウソを言わせている」、「被告は差し戻し審で突然供述を変えた」、「弁護団・被告人は支離滅裂な主張を繰り返し、遺族を二重に苦しめている」…。

弁護団の主張や会見内容は、遺族の言葉に即してカット・編集され、遺族の感想がそのまま「公判の事実」とされる。それを前提に、スタジオのキャスター・コメンテイターたちが「意見」を述べる。

読売TV「たかじんのそこまで言って委員会」(5月27日放送)。冒頭、やしきたかじん氏が「21人も集まりやがって、ばか者が」と怒鳴り、宮崎哲弥氏が弁護側主張を「こんなものだれが信じますか」と切り捨てた。出演者が「死刑廃止運動は外でやれ」「被害者への第二の陵辱だ」「人間として最低レベル」「こいつら全員精神鑑定にかけろ」と次々に発言し、橋下徹弁護士が「この弁護団を許せないと思うのだったら、懲戒請求をかけてほしい」と呼びかけた。

スタジオが「被害者参加」「被告人・弁護人抜き」の法廷と化し、コメンテイターが「裁判員」となって「極刑」を宣告する。弁護団の主張や会見内容は、遺族の言葉に即してカット・編集され、遺族の感想がそのまま「公判の事実」とされる。それを前提に、スタジオのキャスター・コメンテイターたちが「意見」を述べる。
法廷の公開リンチ。「殺せ、殺せ」の合唱が大音量で流されている。

もし、こうした報道で形成された「極刑要求世論」に裁判官が動かされたら…。
刑事裁判は死ぬ。


(「公開リンチと化す“TV法廷”」/ 山口正紀 週刊金曜日07年9月28日号)




参照していただきたいブログの記事。

「署名運動」/ 週刊日記
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