(承前)
裁判員制度が間もなく始まろうとしているこの時期に、状況証拠だけで死刑を確定させた判決が下ったということに、重く暗い空気をひしひしと感じましたので、ちょっとみなさんに考えていただきたいと思い、以下の情報を紹介しようと思います。マスコミによる人権蹂躙暴力に注目していただきたいと思うのです。
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1998年に67人がヒ素中毒に陥り、4人が死亡した和歌山カレー事件。
直接証拠はなく、自白もなく、動機も未解明にもかかわらず、林眞須美被告人に対する一審、二審の死刑判決に疑問を投げかける声は最近まであまり聞かれなかった。
その最大の原因は、当時の熾烈な犯人視報道が世間に与えた、「林眞須美=毒婦」という強烈な予断であろう。
事件発生当時には、眞須美被告人が保険金目的で夫や知人にヒ素や睡眠薬を飲ませていた疑惑が洪水のように報じられていた。保険金詐欺などの容疑で眞須美被告人が別件逮捕されてからは、本人のカレー事件の有力な証拠が見つかったかのような報道も相次いだ。
が、しかし、公判記録などをもとにこの事件の初期報道を検証したところ、事実誤認の記事や、裏づけ取材を怠ったことが明白な「飛ばし記事」が実に多い。眞須美被告人に関する10年前の犯人視報道がいかにデタラメだったか、以下、具体的に提示してゆく。
■三大紙の報道も嘘まみれ
公判で検察は、眞須美被告人が、
夫の健治さん(63歳)、
友人の田中満さん(58歳)、
知人のI氏(46歳)、
D氏(56歳)、
M氏(46歳)、
Y氏(享年27歳)
…の6人に対し、死亡保険金目的でヒ素や睡眠薬を飲ませた事実がカレー事件以前に23件あったと主張した。
このうち、健治さんと I氏に対する6件の疑惑が一審、二審では、眞須美被告人の犯行、もしくは関与があったと認定されたうえでカレー事件の状況証拠とされ、有罪の認定の材料になっている。
しかし、上記6人のうち、眞須美被告人と共謀のうえで3件の保険金詐欺をはたらいていたとして懲役6年の実刑判決も受けた夫の健治さんは、公判で「ヒ素は自分で飲んでいた」旨を証言し、今も妻の無実を訴えて活動中だ。08年夏からは田中さんも眞須美被告人の無実を訴え、その支援集会に参加するなどとしている。刑事事件で「被害者」とされた人物がふたりも被告人の無実を訴える前代未聞の展開になっている。
以上をふまえた上で、検察の主張のなかで「カレー事件以前の被害者」とされた6人のうち、健治さんと田中さん以外の4人に関する初期報道の誤りを指摘してみよう。
4人のうち、初期報道にもっとも頻繁に登場したのが I氏とD氏だ。検察の主張では、二人は「被告人夫婦の保険金詐欺の協力者だったが、被告人にヒ素や睡眠薬を飲まされていた」という被害者だったため、公判では本当に被害者なのか、単なる共犯者なのかが激しく争われている。そんな二人に関する誤報はとくに多く見つかった。
「毎日新聞」は98年8月30日付け朝刊で、I氏が同年3月に起こしたバイク事故の原因について、「ヒ素中毒による可能性がきわめて高いことが29日、和歌山県警の調べでわかった」と書いたが、完全な誤報だ。公判で I氏本人が事故は故意に起こしたものだと認めているからだ。
林夫妻が詐取した保険金の多くの受取人だった法人について、D氏が「従業員」だと書いた「朝日新聞」98年8月26日付け夕刊や、「読売新聞」同日付け夕刊の記事も重大な誤報の一つだ。正しくは、D氏は問題の法人の「代表取締役」。保険金詐欺に使われていると知りながら、D氏は会社の名義を林夫妻に貸していたのである(つまり、詐欺の加担者ということ)。しかし、D氏が「従業員」だと書いた記事を見た人は、D氏が被害者だという予断を抱いただろう。
I氏とD氏の二人がカレー事件以前にヒ素中毒や、ヒ素による中毒症状に陥った事実があるとした報道は多かったが、これもデタラメだ。D氏には、ヒ素中毒にもヒ素中毒に似た症状にも陥った事実はない。D氏に関する眞須美被告人の疑惑は、「睡眠薬を飲ませ、自損事故を起こすなどをさせた疑惑」があったのみのうえ、この疑惑は裁判では事実とは認められなかった。D氏のヒ素中毒の罹患の有無については多くのメディアが複数回、誤報を飛ばしている。
■愛人説のデタラメ
検察の主張では、眞須美被告人にヒ素入りのお好み焼きを食べさせられたとされたM氏に関しても、ひどい誤報が多かった。
「週刊宝石」98年12月3日号には、「M氏は入院中、体重が減り、髪の毛が抜けるという症状がでた」という旨を語るM氏の「知人」が登場したが、M氏がそんな症状に陥った事実はない。
「週刊ポスト」98年12月11日号の「M氏の体内からヒ素が検出された」という旨の報道も事実無根である。
ちなみに、M氏も退院後に独自に2000万円の保険金を手にしていたことなどから、公判では本当に被害者か否かが激しく争われた。結果、M氏に関する(ヒ素を盛ったという)眞須美被告人の疑惑も事実と認められなかった。
検察の主張では、85年に眞須美被告人にヒ素を飲まされ、殺害されたとされたY氏に関しても、ひどい誤報や飛ばし記事があった。
「サンデー毎日」は98年10月4日号で「Y氏が死亡する直前、病院関係者に『林家で腐ったような味の麦茶を飲んだ』と話していた」という旨の話を紹介し、この「腐ったような味」が「ヒ素の味」であるかのように思わせぶりに書いている。だが、ヒ素は「無味無臭」なのである。なおY氏に関する眞須美被告人の疑惑も裁判では、事実と認められていない。
このY氏や前出のD氏、M氏に関する眞須美被告人の疑惑を事件発生当時に書き立てていたメディアがそろいもそろって、それら記事の疑惑が裁判で事実と認められなかったことをきちんと報じていないのも問題だ。
また、眞須美被告人に愛人が存在する疑惑もよく報じられたが、目だったのが「前出D氏が眞須美被告人の愛人」ではないかとする報道。
「FOCUS」98年10月21日号、
「サンデー毎日」98年10月25日号、
「女性セブン」98年10月29日号、
「週刊現代」98年10月31日号
…の4誌が匿名人物に語らせる形式などで、{D氏のアパート(もしくはマンション)の “ベランダ” で眞須美被告人が洗濯物を干していた」旨の記事はとくにひどい誤報である。現地を確認したところ、そのアパートにはそもそもベランダがないのだ。
この「ベランダがないアパート」は林家から徒歩数分のところにある。事件発生当時に林家を一日中取り囲み、犯人視報道合戦を展開した記者たちが、些細な裏取り取材も怠っていたことをこの4誌そろい踏みの誤報は示している。
■次々報じられた架空の証拠
次々に飛び出した「有力証拠発見」の報道にも、ひどい誤報が多かった。
「週刊ポスト」は98年11月27日号で、林家の台所の流し台下から「亜ヒ酸の付着した空き缶」が発見されたように報じたが、そんな物証は存在しない。この記事には、この架空の空き缶と同じ場所から発見され、ヒ素反応が検出された「タッパー容器」に眞須美被告人の指紋が付着していたとも書かれているが、この容器から眞須美被告人の指紋など検出されていない。
目撃証人が存在するかのような報道もあったが、いずれもデタラメであり、架空だった。
「週刊ポスト」98年9月25日号で、「ある人物がカレー鍋に何か混入する決定的な現場を目撃したという女子小学生が存在する」旨の「警察庁幹部」名義のコメントを載せているが、そんな目撃証言は存在しない。
「週刊文春」98年10月15日号が、「眞須美被告人がカレー鍋の周りをうろうろし、周囲を見渡すような素振りをしていたと複数の主婦が証言している」旨の「さる捜査関係者」名義のコメントを載せているが、そんな証言は法廷に提示されていない。
「週刊新潮」98年10月29日号で、「眞須美被告人本人がカレー鍋の見張りをしていたとき、自分の子どもから “何か” を受け取り、ゆっくりした動作でカレー鍋に近づいていった」という場面を目撃した女子高生が存在する旨の「捜査関係者」名義のコメントを載せているが、この女子高生はそのような証言はしていない。
また、実際に存在する目撃証言に関しても事実誤認の報道が多かった。
「毎日新聞」は98年12月7日付け夕刊で、眞須美被告人がカレー鍋の置かれたガレージに一人でいたのを目撃した女子高生が「鍋周辺で白い煙のようなものが上がった」と証言しているとしたうえで、「亜ヒ酸粉末が風で飛散した可能性も」と書いたが、その可能性はゼロだ。この目撃証言におけるカレー鍋は、正確には「現場に二つあったカレー鍋のうち、ヒ素が入っていなかった鍋」だからだ。「毎日」以外でも、この女子高生の証言におけるカレー鍋を「ヒ素の入っていた鍋」と誤認した記事は多かった。
これも、この事件の初期報道のデタラメ振りを如実に物語っている。
このような嘘まみれの報道によって10年前、眞須美被告人はカレー事件の犯人と思い込まれ、その予断が解消されないままに裁判で判決が下されるのだとしたら、メディアはどう責任を取っていくつもりなのか。
(「週刊金曜日」2009年2月13日号)
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このような事実というものに対して不誠実で、より多く販売するために、ドギツイ、扇情的な記事を垂れ流し、明らかな誤報であることが判明しても訂正も謝罪もしない、マスコミの流す情報を鵜呑みにして、予断を作ってしまったところへ、裁判員として招集がかかったら、どうなるでしょうか。とくにわたしたちは憲法についてきちんと教育されておらず、人権について誤まった見方が形成されています。人権派弁護士などという言葉で、民主的な裁判を守ろうとする弁護士たちを攻撃さえするのです。それは結局のところ、自分たち自身を害することであるのに。林眞須美さんが保険金詐欺をはたらいたのは事実です。ならば保険金詐欺で裁かれるべきでしょう。ヒ素混入カレー事件では、眞須美さんが犯人だという確証は何一つないのです。状況証拠だけで、あろうことか死刑判決が下されていいはずがないのです。もし間違っていたら、取り返しがつかないじゃないですか。
4人も死者が出たことはたいへんな問題ではあります。では実際にはやってもいない人が罪に定められて死刑にされてしまうのは、カレー事件で殺害されることよりも程度が軽いからいいのでしょうか。そんなことはないでしょう。何の罪もない人が殺された、遺族の悲しみは測り知れない、じゃあ、無実の罪で死刑にされていった人の遺族の悲しみも測り知れないんじゃないですか。無実だったということが分かれば、じゃあ、死刑判決を下した裁判官、死刑を求刑した検察官、誤まった捜査をした警察官たちは、無実の人を殺害した罪に問わなくていいのですか。わたしは、人が人を裁くということは本質的に不可能なことなので、死刑制度には大反対です。それ以上に、こんな状況証拠だけで人を死刑に定めてしまうことには、まともな感覚では理解できない異常な事態だと言いたいのです。これはもう魔女裁判まであと数センチというところまで来ています。こんな判決には絶対に承服できないし、承服してはならない、さもないと、恐怖体制の社会が実現してしまいます。もはや日本はそんな社会建設に片足を踏み出しているのです。
次に、「冤罪ファイル」№5から情報をご紹介します。メディア批判の月刊総合誌「創」の編集長篠田さんの特別寄稿文です。
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眞須美さんは、保険金詐欺とカレー事件に関わったとされて、殺人、殺人未遂、詐欺で起訴されていたのだが、死刑判決となったのは、カレー事件で4人を殺害したと認定されてからだ。
彼女には「平成の毒婦」などという悪罵のレッテルが貼られ、この事件はもう決着がついているかのように思いこんでいる人も少なくないが、ことはそう単純ではない。
後述するが、裁判での争点は幾つもあるが、一番大きな問題は、一体何を目的に住民を大量に殺害するという犯罪が行われたのかという、事件の骨格とも言うべき「動機」が未だに解明されていないことだ。どう考えても、眞須美さんに近隣住民を無差別殺害するような積極的動機があったとは思えない。
実は、裁判官もその点は同じと見えて、判決文でも動機が解明されていないと書かれているのだ。その意味では「和歌山カレー事件」とはいったい何だったのかというのは、いまだに明らかになっていないのである。なにか新しい事実が見つかれば、この事件は根本からひっくりかえるかもしれない可能性を持っている。
この点で、現在の弁護団が08年、集会などで興味深い意見を披露している。08年7月20日の集会での安田好弘弁護士の発言を紹介しよう。
カレー鍋に入っていたヒ素は135グラム、ということになっています。ヒ素は耳かき一杯分が致死量ですから、これはたいへんな量です。カレーの鍋は直径30センチ、高さも30センチ程度の大きさですから、ここに135グラムの砒素を入れたら、濃度もたいへんなことになります。
となると、この事件の犯人は、ヒ素の怖ろしさや毒性を知らない人が、もしかすると自分がカレー鍋に入れた粉がヒ素だということ自体を知らなかった人だという可能性も考えられるわけです。つまり、カレー鍋にヒ素を入れたのは、ヒ素に関する知識のない人だと考えるのが合理的なんです。
ところが眞須美さんはヒ素の怖さを知っている人です。夫の健治さんがカレー事件以前、保険金目的で耳かき一杯分のヒ素を飲んでひっくり返ったことを知っているんですから。こうしてみると、眞須美さんは犯人像から外れます。
そして重要なのが、犯人が四つの鍋のうち、一つの鍋にしかヒ素を入れていないことです。殺人を目的とするなら(ターゲットを決めていて、住民もろとも殺そうと企てたのなら、という意)四つの鍋すべてにヒ素を入れるのがふつうですから、一つの鍋にしかヒ素を入れていないとなると、特定の誰かを殺そうとしたわけではないんです。
すると、この事件の犯人が企てたのは無差別殺人か、あるいは被害規模こそ大きいですが、実際は(真犯人の本来の目的は)イタズラやイヤガラセ(の類)だったという可能性もでてくる。しかし、無差別殺人は通常、先日の秋葉原事件のように「開かれた場所」で起こるものです。カレー事件のように地域の夏祭りといった「小さなコミュニティのなか」で起こるようなものではないんです。
また犯人がヒ素をガレージに持ってくるのに使ったとみられる紙コップは、ガレージに置かれていたゴミ袋から発見されています。こんな重要な証拠が無造作に現場に残されていたということは、犯人は自分の行為が、多くの人の亡くなられる事件に発展するとは思っていなかったのではないか。
こうしてみると、この事件の真相は「ヒ素に関する知識のない人」によるイタズラやイヤガラセだったと考えるのにも合理性がとてもでてくるわけです。
残る問題は、イタズラやイヤガラセに走った動機ですが、それを考える上で重要なヒントが、この事件が発生当初は「集団食中毒」として報道されていたことです。ここで結論をいうと、われわれ弁護団はこの事件が「食中毒偽装事件」ではないか、と見ています。
実はこれはわれわれが言い出したことではなく、現地を調査した際に住民に言われて気づいたことです。事件現場の住民の方々の中でも、地域の中心にいる方々がこの事件の真相を「食中毒偽装事件ではないか」と口をそろえるんです。それを聞いて、われわれは目からうろこが落ちたんです。
この事件が食中毒を偽装したものであり、犯人がヒ素の毒性を知らない人なら、和歌山カレー事件は無差別殺人ではなく、傷害および傷害致死ということになります。
実際、このあたりでは、トイレや庭にヒ素が殺虫剤としてまかれていて、多くの家庭にヒ素がありましたから、犯人が家にあったヒ素を殺虫剤か何かだと思ってカレー鍋に入れたのだとしても何も不思議はありません。
そして、この事件の真相が傷害および傷害致死となると、重要なのがこの08年7月25日に時効が成立することです。
(「冤罪File」№5 より)
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ヒ素の毒性を十分意理解していなかった人が、殺虫剤程度の毒だと思って、イタズラ目的でカレーに混入した、ということですね。それでも、普通殺虫剤なんか食べ物に入れたら人が死ぬかもしれない、ということくらい分かるのではないかと、素人のわたしなどは思ってしまいます。安田弁護士のお話は、わたしたち素人から見ると、なんだか論理を複雑に操作しているようで、難解なんですが、要するに、この事件は「無差別大量殺人目的のテロ」的な思い込みで捜査する警察の解釈だけでなく、傷害致死という意図で行われた犯罪であるというようにも解釈ができる、ということを言おうとしているのだそうです。
つづく