Luna's “ Life Is Beautiful ”

その時々を生きるのに必死だった。で、ふと気がついたら、世の中が変わっていた。何が起こっていたのか、記録しておこう。

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2014年12月31日 | 一般







来年より、またぼちぼち書いてゆこうと計画しています。



超ヒマがあれば見に来てくださいね。





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秘密保全法採決強行:アメリカ・CIAは、すべてをまるっとお見通しだった…

2013年11月27日 | 一般






日米安保の問題が浮上したとき、だれもが反対をした。1952年にサンフランシスコ講和条約が発効するときに、日米安保条約と講和条約はセットにされていて、アメリカは、安保条約を結ばない限りは、講和条約を結ばないと言ってきた。安保条約を結ぶということは同時に地位協定をも結ぶということだった。それを結んでアメリカは何をしたかったかというと…、


講和条約締結・発効で、日本を占領していた進駐軍は90日以内に撤去しなければいけない。これはポツダム宣言でもそう決まっていました。ところが講和条約発効後も進駐軍の駐留は延長される。講和条約で変わったのは、「進駐軍」という名称が「駐留軍」という名称になっただけだった。


これについて当時の政治家は、「こんなことでは、これ(講和条約発効)をもって国家の独立達成とは言えない」と、実際に宮澤喜一さんは苦言を呈していて、当時の自由党の吉田茂首相も、「こんなのはおかしい」と、異議申し立てをしている。


ところが、安保条約(⊃ 地位協定)を日本が結ばないなら、アメリカは講和条約を決して結ばない、と言われて、しぶしぶ安保条約にもサインをする。そのとき、講和条約は吉田首相ほか日本側代表団の複数で署名したが、安保条約については、吉田首相が「(代表団のメンバーは)これには署名するな。こんな(不公平な)条約に署名するのはおれだけでいい」と言って、ほかのメンバーの署名を拒んで、吉田首相がひとりでサインをした。それは日米安保条約の屈辱的な内容に強い反発を抱いていたからこその対応だった。

 

 

1960年安保改定当時、日本国民は国会を取り巻き、猛烈な反対運動をした。ところがアメリカは「強行すればだいじょうぶ」と踏みます。当時の首相の岸信介さんは、だから安保改定を強行した。その次、1970年安保のとき、岸さんの弟の佐藤栄作首相も同じく強行した。


当時の様子を取材していた西山太吉元毎日新聞記者はこう証言している。


「このときにも、アメリカのCIAは強行しろと佐藤政権に迫った。佐藤政権は、『強行してだいじょうぶか』と懸念するが、CIAはだいじょうぶだと断言した。


なぜなら、60年安保のときに反対運動の中心になっていたのは学生たちで、その主役だった彼らはみんなサラリーマンになっていて、安保のことなんか忘れている。日本国民というのは、いったん強行されてしまえば、強行成立直前には猛烈に反対していても、時がたってそれが既成事実になってしまえば、黙って受け入れてゆく習性がある。だから強行しなさい、とCIAは過去の日本人の行動パターンまで調査したうえで確信をもって佐藤政権にGoサインを下したのだった。

 

 事実、日本はアメリカCIAの予想どおりに、現在まで安保条約は自動延長されてきている」。

 

 


 

前泊博盛・沖縄国際大学院教授・談/ 「SIGHT」2013年 Summer号より

 

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わたし的に心に残った点。


① サンフランシスコ講和条約は形式上は日本の主権回復という体だが、内実では決して独立を達成できたのではなかった、ということ。


② なぜなら、講和条約は日米安保条約と抱き合わせに結ばされたから。アメリカはそれでなければサンフランシスコ講和条約にサインしないと、日本を強硬に脅しつけて、講和条約を結んだ。日本にはそれ以外の選択肢が許されなかった。


③ 当時の政権のトップ、官僚たちは、安保条約を屈辱的ととらえており、吉田首相は単独署名という形で強い反感を表明した。


④ それは当時の日本国民も同様に感じていて、だから1960年安保改定に猛反対した。安保条約延長は事実上の占領状態を継続するものだということをきちんと理解していた。だが、日本国民には深層心理の根っこに自発的隷従感情が刷り込まれており、アメリカはアジア太平洋戦争当時の日本人のブレイン・スキャンによってそれを見抜いていた。だから強行突破して、既成事実化させてしまえば、あとは黙って隷従すると踏んでいた。事実それはそのとおりになった。

 

 


 

今回の秘密保全法も、国民は猛反対しているが、安倍政権は強行突破の様相を露骨に見せている。それは岸信介~佐藤栄作~安倍晋三といった血筋からくる経験知なのかもしれない。もともと今回の秘密保全法は日米軍事同盟強化にあたって、軍事機密を日本においてもアメリカ国内並みにきちんと保護されるように、とのアメリカ側の意向から始まったものだ。その機につけ込んで、戦後民主主義体制を憎悪する安倍晋三一派が前近代的反動体制構築のために、平成版治安維持法並みの内容の法律に仕上げたのだ。アメリカは佐藤政権の時と同じように、「だいじょうぶ、強行突破しなさい」と命じているのだろう。

 

わたしは、学者からそれこそ芸能人まで国民ぐるみの反対運動が行われているのを見て、60年安保の反対運動の盛り上がりとオーバーラップするように感じる。もちろん、自分の目で見たわけではないが。だがこうして大きく盛り上がれば盛り上がるほど、強行突破された後の日本国民に与える影響が怖い。こちら側の運動が猛烈であればあるほど、カウンターパンチを受けた時のダメージは大きいだろう。

 

 日本人はアメリカをバックにした右派政権への無力感に打ちひしがれ、一切の、社会への、そして政治参加への関心を失ってしまうのではないだろうか。いずれにせよ、秘密保全法が、教育基本法改悪と同様に強行成立させられてしまえば、日本の民主主義は事実上崩壊過程に入る。やはり、おおもとの間違いは、2012年年末と今年の夏の衆参選挙において、安倍晋三の自民党を国民が承認したことにある。あの時点で日本の針路はほぼ決定したのだろうと思う。

 秘密保全法に反対する気持ちがもし、本気だというなら、日本人よ、ほんとうの勝負は、法案が強行成立したあとから始まるんだと心得よ。既成事実になってしまえば別の話題に向かうのであれば、おまえたちは自分の将来を真剣に考えているのではなかったということであり、ただ高度な話題で騒いでお祭りがしたかっただけ、ということになる。のちの成り行きに対して重大な責任を持つことになる、ということを心得よ。

 

 

秘密保全法が強行成立まで至った場合、わたしたちはどんな予想をしなければならいか。最後に、加藤周一さんのことばを引用しておこうと思う。

 

「法律はどんなにひどいものであっても、その使い方で害のない場合もある。そもそもその法律を使わないこともできる。しかし、使い方によっては非常に悪い影響を及ぼすことになる。

たとえば大正デモクラシーの時代、1920年代に通った治安維持法です。治安維持法はこれをすぐには使わなかった。しかし、それから10年、20年たつと、それを使って言論と集会の自由を弾圧した。これはもうファシズム国家です。その悪名高い日本軍国主義の柱の一つは治安維持法だった。

それはまるで時限爆弾だった。できたときはたいしたことはなかった。使わなければ別に心配ない、と言われていた。できた当時はだれも逮捕されなかった。だがしばらくたつと、それが極限まで使われてひどいことになった。1925年に成立した時限爆弾が主として1930年代以降に “爆発” したのです。

1936年には2・26事件が起こって、その後、国民の大部分にとってはあまりよくわからないままに、さりげなく静かに「軍部大臣現役武官制」というものが復活した。だからといってすぐにどうってことはなかったわけで、市民生活には何の影響もなかった。だからみんな安心していたのです。

ところが、ちょっと時間がたつと、陸軍は自分たちの望まない内閣を、その法律を使って “流産” させた。それはまったく合法的な行動であって、陸軍の気に入らない人が、いわゆる大命降下(天皇が重臣の推薦する総理大臣候補を直接に総理に任命し、組閣を命じること)で総理大臣指名を受けると、その指名された総理は組閣のための名簿を作る。そのとき陸軍は、陸軍大臣を擁立しなければ、閣僚名簿ができずに組閣不可能になり、内閣は流れる。次の指名される総理大臣もまた陸軍の気に入らない人物ならまた同じ手を使って組閣妨害する。結局、そうやって陸軍の言いなりになる総理大臣ができる、ということになった。なぜこんなことが起きたのか。大きな理由は、1936年に成立した「軍部大臣現役武官制」という法律だった」(「私にとっての20世紀」/ 加藤周一・著)。

 


作られた法律が誰の目にもたちの悪いものであったなら、それはある機を境に、大きな災禍をもたらすようになるのです。わたしたち市民は、だから、選挙には周到な思考をもってあたらなければならなかったのです。安倍晋三みたいな軍国オタクにやすやすと政権をゆだねるとどんなことになるか、あんな「改正憲法草案」みたいなものを読めば容易に想像できたはずですし、秘密保全法はそんなに時を経ずとも大爆発を引き起こすことは容易に予想できることなのです。つくづく日本人は愚かな決定を下したものです。もういまさら何を言っても遅いのでしょうけれど。



 

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四月に想う

2013年04月03日 | 一般







■ 出発の季節




言葉の持つ ふしぎな響き


たとえば… 出発


なんという明るい匂いだろう

 




けれど 遠いむかし


暗い響きを帯びる出発もあった

 




この地球が砲煙弾雨に包まれた日だ


… ひとびとは死への道を出発し続けた

 




出発 という心打つ言葉に


いつでも 明るさを持たせたい


さわやかな喜びと光を担わせたい

 




未知なるもの に向かう道を


四月 あなたが出発する


わたしも 花を求めて出発する


目立たぬ草木にも 


春は花を恵むのだ

 

 

 



「行為の意味」/ 宮澤章二・作


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ひとは誰のために生きるのだろう。

 

ひとはみな自分のために生きる。


どこかよその軍事大国のためじゃない、


会社のためでもない、


誰かの利益のために、自分を犠牲にしてはならない。


悲壮な死に美を見いだすひとたちは、


死ななければ自分は認めてもらえないことを、内心ではとても怒っている。


そんな暗い人生を送ってはならない。


誰に認められなくても、ひとはみな偉大な存在だ。


人間といういのちを一生けんめい生きるひとはみな、


未知なるものに、怖れをふり切って立ち向かうひとはみな、


すごい存在だよ。


だから、


わたしたちを、犠牲の死を遂げたり、


英雄的な殺人を行うよう追い込む社会を作ってはならない。


すごいわたしたちをむだに死なせてはならないから。




 

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洗脳殺人

2012年10月29日 | 一般
 
 
 
 
 
 ハチの中で最も凶暴とされるオオスズメバチの巣は幾層にも地中に連なり、専門家も幼虫の数と底の見えない姿に驚くことがあるそうだ。近づけば、命を失う場合もある。危険度の高さに身の毛がよだつ。

 今、世間を騒がしている兵庫県尼崎市の連続変死事件も、別の死体遺棄で起訴された女(64)の周辺で新たな事実や疑惑が次々と浮かび、驚く。家族や類縁が複雑に絡み、事件は幾層にも連なって見える。

 報道によると女は豪華な自宅で集団生活し、暴力で支配。介入された家族は崩壊、資産が消えたという。7年前は沖縄で義妹の夫が転落死して保険金が動いた。身近にもあった事件に恐ろしくなる。

 女の周辺では民家の床下から3人の遺体が発見され、別の遺体のコンクリート詰めも明らかになっている。事件では8人が死亡・行方不明とされる。女が首謀者であるならば、まさに「鬼の所業」である。

 謎めくのはなぜ周囲をマインドコントロールすることができ、犯罪が連鎖していったかだ。普通の日常に潜んでいた深い闇。捜査の目が十分だったかも含め疑問がわく。

 ハチの世界では、働きバチを得て生きる女王バチは絶対的で、駆除では奥に続く巣を徹底的に掘り起こすという。第二の事件を未然に防ぐ意味でも、警察や司直は事件の徹底解明を急いでほしい。(中島一人)
 
 
 
 
 

沖縄タイムス 2012年10月28日 09時30分



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「謎めくのはなぜ周囲をマインドコントロールすることができ、犯罪が連鎖していったか」。

20世紀の終わりに起きた、北九州家族監禁殺害事件でもこのような疑問が聞かれた。

「なぜ」と聞くのは、家族同士が暴力をふるいあって、殺害するように仕向けさせる、なんてことが、人間に起きうるはずがない、という考え方を信じているからだ。

逆なのだ。人間は本来非常に弱い存在であり、常識人に備わっている倫理観などは、平和で安定した環境に置かれている、という条件のもとでのみ機能しているのであって、異なる環境、異なる処遇という条件下ではそんなものはもろく崩れてしまうのだ。

人間の倫理観、常識感覚という内面性が他人にまったく乗っ取られてしまい、他人の思うままにコントロールされる、というようなおどろおどろしいことは信じたくないだろう。だがそれは古い時代から当たり前に行われてきたことなのである。

20世紀に入って、中国共産党が西側の捕虜の「思想改造=共産主義への転向」を目的として編み出した説得プログラムがある。それが「洗脳 (Brainwashing) 」だ。名づけたのはアメリカ人のジャーナリストだという。朝鮮戦争で捕虜になったアメリカ人兵士が受けた尋問と教化を取材して、中国共産党による思想改造の一連のプログラムを指して使った言葉だとされている。

個人の自由意思もアイデンティティも破壊してしまう「魔術的な奥義」というイメージで人々に広まりショックを与えたため、社会心理学者たちによって、詳細に研究された。その研究にはアメリカ軍も「軍事的価値」を認めて協賛したという。

洗脳の手法については、
①解凍
②変革
③再凍結
という手続きが取られたのだという。

「解凍」とは、洗脳される対象の人間がそれまでの生活体験、教育などで培われた人となり、その人らしさ(個性)などを壊してしまう過程をいう。「解凍」の操作方法は、食事制限、睡眠制限、プライバシーの剥奪(トイレやオナニーも監視されながら行われる)、果てしなく続く苦痛(暴行、拷問、尋問)、独房での監禁、仲間からの非難、仲間を裏切らせられ、そのことへの自責、問いかけには一切答えてもらえないことなどが加えられる。

「解凍」手続きの効果がまさに自分の人となり、自分らしさを作っている信条・信念への自信喪失、さらに進んで自己概念(アイデンティティ)喪失に至らせられるのである。そうした自己概念の喪失からくる強度の不安に、不慣れな環境からくるストレスも相まって、捕虜は絶望と恐怖に陥れられる。同じ捕虜仲間への非難が始まり、それが自己のプライドを傷つける。仲間を裏切ったという恥の気持ち、罪悪感の気持ちによって、自分で自分のプライドを破壊し始める。

人間にとってもっとも避けたいものは、恐怖でもなく、不幸でもない、実は「不安」だ。人は不安から逃れるためならば不幸な環境で生きるほうを選ぶ。「解凍」の最終段階では捕虜たちは自分を全く喪失するという極度の不安に陥れられている。こうなれば捕虜たちはどんな自白も始めるという。



話が脱線するが、日本の警察もこの手法を使って自白を引き出してきた。被疑者がいくらほんとうの主張を繰り返しても一切聞き入れられない。いつ帰れるかわからない、会社にも行けない、そんな状況に置かれたうえで、ただただ警察が書いたシナリオ通りに喋らなければ罵倒や侮辱が延々と続けられ、それが被疑者のアイデンティティを傷つけ、自己喪失に誘導されるのだ。これが冤罪の生じる根本原因だ。



話を元に戻そう。捕虜がそこまで追い詰められた時点で、今度はやさしい処遇がはさまれるようになる。手錠や鎖などの身体的拘束が解かれ、睡眠時間が与えられる。褒められたり、食事がふやされたりする。この段階から「変革」手続きに入る。完全な自己喪失に陥っている捕虜は自分らしさを与える何かにすがりつきたい心理状況にあるときに、思わぬ寛容が示され、相手にその寛容にすがるようになる。それとともに、相手が主張する共産主義イデオロギーを自分らしさの土台として受け入れるようとするのだ。そうすることによってアイデンティティーを獲得しようとするのだ。人間は自分が「透明(酒鬼薔薇聖斗・談)」であり続ける不安(=アイデンティティを喪失した不安)には決して耐えられない生き物なのだ。

そして「再凍結」段階で共産党員たちは、新しい価値観を受け入れた捕虜に積極的に支持と快適な応対を与える。それによって捕虜たちは、世界が一気に広がり、解放されたような気持になるのだという。

このような人格改造プログラムはどんな人間であっても有効な手法だ。それは頻繁に起こる冤罪の自白、カルト宗教事件、自己啓発セミナー詐欺、そしてこのような犯罪が起こり続けていることから明らかにわかるだろう。人間はこれほどに弱い生き物なのだ。だからこそ安定した生活環境がすべての国民に保障されなければならない。そのためにも戦争による極限状況を回避し、社会保障を十分に整備しなければならない。そして教育をすべての国民にいきわたらせるためにできるだけ無償で提供して、平等に教育の機会を提供する。それは人間が理性的に行動し続けるのに、また文化的な暮らしを続けるために最低限必要な条件なのだ。だからこそ日本国憲法は生存権の保障をしたのだ。人間が文化的に生きるために必要な保障を与える義務が日本国家にはある。「義務」を自覚しなければならないのはわたしたち国民ではなく、国なのだ。





こういう事件は決して異常ではない。いや、むしろ、人間が理知的で常識人であり続けられる条件というのはかなり狭い範囲に限られているということだ。その範囲から外れた条件下では人間は理性を保つことができなくなるものだ、ということを、この手の事件からわたしたちは思い知ることにしよう。ちょっとニュースで流れ始めた情報によれば、角田美代子は子どもの見ている前でその親を罵倒し、侮辱し、その一方で角田自身が子どもにやさしく接したという。子どもを自分に取り込むためだ。

子どもの心に築かれてきた親へのそれまでの考え方=親をたてる気持ちの土台、あるいは根拠を破壊したのだ。そして家族自身に家族へ暴行を加えさせ、それによる罪悪感、自己嫌悪感を植え込んでいったようだ。まさに「洗脳」の手続きが施されている。遠くからこのニュースを聞けば異常に思えるかもしれないが、これは単に「洗脳」の効果に過ぎない。決して異常な出来事ではない。「洗脳」という手法の前ではすべての人間がこのようになってしまうのだ。



ただ、ひとつ希望を言っておくと、社会心理学者による研究の結果、「洗脳」という手法は、洗脳を受けた被害者の人格を永久に変えさせる効果については決して安定的ではなかった。被害者の多くは元の暮らしに戻ると、洗脳以前のその人らしさを取り戻した。冤罪の自白をした人は裁判で主張を覆したりすることがあるが、それも「洗脳」という手法が、特殊な状況下においてのみ効果を持つことの表れだ。このことからも、平和と安定という環境が人間には必要不可欠であることがわかろうというものだ。





最後に気分をまた落そう。

じつは20世紀の後半、人間の感情や行動、思考を半永久的にコントロールする手法が開発された。この手法では身体的暴力はもはや使用されない。社会心理学の知見、生理学の知見、脳生理学の知見を効果的に活用した「マインド・コントロール」という手法がそれだ…。










「信じるこころの科学」/ 西田公昭・著参照





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【刑務所実験=二木一夫】

 

 参加者に精神的苦痛を与え、倫理性が問題となった心理実験が41年前、米スタンフォード大で実施された。大学生を看守役と囚人役に振り分けた「刑務所実験」などと呼ばれるものだ。開始の次の日、囚人役が抵抗を示したことから変化が出始める。


 看守役が鎮圧し、罰を科す一方、加担しなかった囚人役を厚遇すると、囚人役は互いに疑心暗鬼となった。看守役は理不尽な要求をし、腕立て伏せなどの罰を次々と加えるようになり、精神的に変調をきたす囚人役も出た。そのため、実験は6日間で中止される。心身の健康な学生がたまたまもらった役割にたやすく没入していく過程は、衝撃を与えた。


 知人の犯罪心理学者は「人間は状況の力に支配されてしまうことを、この実験は示した。常識ではありえないと思っても、置かれた立場に甘んじてしまう。人間は弱い」と解説する。そして、人間の最も弱い面と凶暴な面が出たのが、兵庫県尼崎市の連続変死事件ではないかと言う。


 暴力によって心とカネを支配され、命まで失ったのは、それまでまっとうに生きてきた、私たちの身近にいるような人たちだ。家族は分断され、逃げ切ることもできなかった。どれほど過酷な状況に置かれていたのかは、想像を絶する。


 この心理学者が「尼崎と同じ構図だ」と言う北九州市の連続監禁殺人事件で、7人殺害の共犯とされた被告の女は、主犯によるDV(ドメスティックバイオレンス)被害の強い影響を受け、正常な判断力が低下していたと控訴審で認定された。被害者が加害者になり、その逆の役割になりうるのも暴力支配だ。尼崎の事件を解明するには、そういう視点も必要だろう。(社会部)






毎日新聞 2012年11月01日 大阪朝刊






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無期限更新停止

2011年12月04日 | 一般





たそがれの臨海工場の風景。


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それでは、みなさま、ごきげんよう

2011年11月13日 | 一般




これまで訪問して下さったみなさま、ほんとうにありがとうございました。

閉鎖まで、わたしの好きな歌をお聴き下さい。




http://www.youtube.com/watch?v=CB4EgdpYlnk






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震災の悟り

2011年03月13日 | 一般

わたしは兵庫県出身なので、神戸の震災を経験しました。あのときも、「予想を超えた大地震」とマスコミは言っていました。当然、阪神淡路大震災の180倍とも言われるM9.0の東北沖大地震も「予想できない」とマスコミは言っています。

 
神戸の地震が都市直下型だったのに対し、今回は近海の浅いところで起きた地震で津波が主な脅威でした。宮城県では、わたしが生まれた1960年にも南米チリでのM9クラスの大地震が引き起こした大津波があって、定期的に防災訓練が行われていたそうです。だから、津波の警報に割合に敏感に反応されたのだろうと思います。しかしいかんせん、急な地震と津波が30分程度と早いうちにやってきたことが災いして、神戸の震災の数倍の生命が失われた予想が報道されています。

神戸の震災ごろから、日本は地震の活動期に入っていると言われるようになりました。それはほんとうなのだそうです。


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敗戦後の50年間が地震列島(日本)の一瞬の静穏期だったこと、この期間に戦後の復興と高度経済成長を経て日本の繁栄がもたらされた反面、本質的に地震に弱い国土と社会をつくってしまったこと、そしてこれから (この記述は1997年のもの) 地震活動期を迎える可能性が高いことを、はっきり認識する必要があります。この最悪のめぐり合わせは世界史的に皮肉と言ってもよいほどで、日本人の試練だと思います。




(「阪神・淡路大震災の教訓」/ 石橋克彦・著)

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…ということだそうです。このブックレットには「自然の摂理に逆らわない文化を築く必要がある」と説いています。これはたいへんに傾聴すべき意見なので、このブックレットは是非皆さんに読んでいただきたいのですが、どうも、マスコミはもちろん、日本の役人も政治家も、そしてわたしたち国民も、喉もとすぎれば忘れてしまうようです。

神戸の被害者であるわたしたちも、震災があった日はいっせいに黙祷などしますが、それは自分や同胞の、震災で亡くなった家族の回想に費やされてしまい、口先で「二度とこのようなことのないように」と言いながら、毎日の忙しさに流されてしまって、地震に強い文化を築こうという運動が行われているわけではありませんし、そんな意欲もありませんでした。

経済危機でニッチもサッチも行かなくなっているこの日本、経済的に行き詰っているのはむしろチャンスではないだろうかとも思ってしまいます。このまま一気に、「経済大国」の看板を下ろし、本気で「生活大国」の方向へ舵を切ることを、この際本気で考えましょうよ、みなさん。ベルギーやオランダやデンマーク、スエーデン、ノルウエー、フィンランドなどは決して経済大国ではありませんし、軍事大国でもありません。しかし、国民生活はとくに貧窮しているわけでもないのです。生活不安は日本や韓国ほど深刻ではないのです。これは21世紀の社会のあり方のひとつのモデルとなると思います。





神戸での震災の経験は、わたしの人生に大きな影響を与えました。宗教団体「エホバの証人」によるマインド・コントロールを脱することができたのは、「量子論」の一般向け啓蒙書によるカルチャー・ショックと、大地震の経験から悟ったことがあったからです。

神戸の地震で悟ったこととは、
 「人間の愚かさ」とは、変化を受け入れようとしないこと、
 とくにものごとはすべからく「無」へ向かって変化している、
  …ということから目を背けようとすることだ。

わたしたちの今生きている「生」、生活、食べることや働くこと、楽しむことなどの命の営みはいつまでも続くものじゃないということ、いつもわたしたちの後ろには、「死」が大口を開けているということから目をそらしてはならないのです。

わたしたちの今生きているこの命、今楽しんでいるセックス、食事、会話、スポーツ、遊興のすべては不確実なのです。ですから楽しんでいる今この一瞬を精いっぱい楽しむべきなのです。エホバの証人が軽蔑していた生き方、「食べたり飲んだりしよう、明日は死ぬのだから」という気持ちで、今この一瞬を邪心なく、無邪気に楽しみ、楽しむことに専念すること、それが人間の人生の意味のすべてなのだということです。

わたしは聖書という本では、二つの書だけは今でも評価しています、ひとつはヨブ記、もうひとつは「伝道の書」です。伝道の書にこう書かれていることこそ、人間が生きることの意味に関して「真理」だと、あえて断言します。

さあ、歓んであなたのパンを食べ、
 気持ちよくあなたの酒を飲むがよい。
あなたの業を神は受け入れてくださる。
 どのようなときも純白の衣を着て(=神に対して後ろ暗さのない道徳的ふるまいを保て、くらいの意)、
 頭には香油を絶やすな(=神への崇拝を忘れないように、ていどの意)、
太陽の下、与えられたむなしい人生 (=いつかは死ななければならないから、という意味で「むなしい」) の日々、
 愛する妻とともに楽しく生きるがよい。
それが人生と、太陽の下で労苦するあなたのその労苦に対する報酬なのだ。
(伝道の書9:7-9/ 新共同訳)

さあ、なんとなく生きているそこのあなた、インターネットでウヨクサヨクしているそこのキミ。ほんとうにやりたいことは、ネットで暴れることかな?



好きなカレシ・カノジョに告白しようと思うがなかなかできない?
明日に後回ししようって?
明日はもうないかもよ。
ぐずぐずするな。
人生を楽しむことに関しては、遠慮も要らない、大胆に追い求めなさい。
そして、人生を楽しませるものは、ずるいことではなく、人を蹴落とすことでもなく、
人と共存共栄することなのだ…!

これが、震災を経験したわたしの「悟り」なのです。
そしてこれは、お釈迦さまの前でも、イエスの前でも、マリアさまの前でも、アラーの前でも、
堂々と胸を張って言える、わたしの「悟り」です。



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菅直人の履歴、そこから見えたこと (若干の修正あり2011-1-15)

2010年12月12日 | 一般





菅直人という男のプロフィールらしき文章を見つけました。読んで思ったことは、やはり菅さんには、今の日本を引っ張っていく役は務まらないな、いうことでした。みなさんはどう思うでしょうか。




(以下引用文)-----------------------------



菅氏との初対面は1977年4月、保谷市の東伏見小学校体育館で開いた江田氏(江田三郎・旧社会党書記長)と、「あきらめないで参加・民主主義をめざす市民の会」代表の菅氏らとの公開討論会のときであった。


菅氏はすでにその前年、1976年の衆院総選挙(ロッキード選挙)に初立候補し、新人ながら次点で落選していた。この後、77年参院選、79年総選挙と続けて落選したが、80年の衆参同日選挙で、当時の東京七区から最高点で当選した。


菅氏は1977年以降、江田三郎氏との出会いで作られた「社会市民連合(社市連)」を名乗った。


筆者はその選挙区の、菅氏の住む武蔵野市の隣、小金井市に住んでいて、もちろん新聞記者としての限度内のきわめて些細な裏方の手伝いだったが、個人的にボランティアのようなこともした。いわゆる三バン(地盤・看板・鞄=カネ)を持たない、おまけに既成政党の支援もない、徒手空拳の若者が志を立てたことに強い共感を覚えたからである。


当選後もときどきは筆者の陋屋(ろうおく=狭くてみすぼらしい家。自分の家をへりくだって言うことが多い・岩波国語辞典第四版)にも顔を出し、呑んだり酔いを醒ましていったりした。いつも雑談の域を出なかったが、甘いマスクで上手に隠してはいるが頭のいい勉強家であることは、ことばの端々に表れていた。



…(中略)…



感心するのは、彼が自分の権力欲や野心を否定してみせない部分である。もちろんソフトムードの人だから、そうしたものをギラつかせはしない。しかしそんなものはありませんという顔もしない。政治家がそうしたものを持たないはずはない。持っていないという人がいて、それがほんとうなら、政治家としての素質に欠ける部分があると言えるだろう。


…(中略)…



権力に近づこうとする菅氏の武器は、これも当たり前のことに近いが、現実主義というものではないかと筆者は思っている。


菅氏は27歳のとき、「理想選挙」の市川房枝さんが81歳の高齢を理由に選挙にはもう出ないといっていたのを口説き落とし、参院全国区で二位当選をさせた事務局長を務めている。


菅氏の、その行動力ももちろん武器だが、市川さんを担ぎ出したのは、その「理想」主義からだろうという説も成り立ちそうだが、筆者はそうではないとにらんでいる。


市川さんを口説いたのは、おそらく全国区なら勝てると読めたからではないだろうか。


市川さんは東京地方区から三回続けて当選し、4回目の’71年についに落選した。定数4人の東京では、都民の20パーセント近くの支持がないと当選しない。しかし、当時の全国区なら、全国の2パーセント弱の人びとの支持で当選できる。市川さんには、それを得られるだけの知名度があった。菅氏にはそういう計算で勝算を感じ取っていたのだと思う。


菅氏の著書、『日本 大転換』(光文社、1996年)には、この市川選挙のいきさつが詳しく書かれている。そして、市川さんが200万票弱を獲得して当選後、当時経団連の土光敏夫会長と会ったところ、土光氏は市川さんの要請に応じて、「経団連は政治献金を廃止します」と答えたという話を披露し、続けてこう書いている。

「…200万票をバックにすれば、経団連だって方針を変えるのです。その『政治』のリアリティーに驚きました」。

これが政治家を志す直接のきっかけになったのかもしれない、と菅氏は書いている。それは理想の高さへの共鳴とは別次元のものというべきだろう。

 


ロッキード選挙での初立候補のときでも、ロッキード事件糾弾集会にでていて、「糾弾」という発想のしかたに違和感を覚えたといい、次のように述べる。

「…演壇に立った人たちは『自民党を潰す』と声高に叫ぶのですが、つぶす手段は明確ではない。…デモや集会をいくらやっても、あの自民党がつぶれるものではないだろう。そんなことを考えながら、演説を聞いていました」。

ここには、それまでの「革新」派との見事なまでの断絶があり、政治に対してほとんど冷たいまでのリアリスティックな把握のしかたがある。




1996年1月、橋本内閣の旧厚生相となり、すぐに薬害エイズ問題の資料公開をさせ、旧厚生省の責任をはっきりさせたことが菅氏を一躍日本でもっとも人気の高い政治家にした。そのいきさつも著書に詳しいが、筆者にはこの本に書いていないことで強く印象に残ったことがある。


旧厚相就任間もないころ、東京銀座の小さなスナックバーで偶然出会ったことがある。…菅氏といっしょに菅氏の友人である秘書官がきていて、話題はもちろん、薬害エイズ問題になった。酒席での話を書いてしまうのはよくないかもしれないが、これはもう終わった話で、誰にも迷惑はかからないだろうから記録しておく。


筆者は、官僚たちが身構えていてやりにくいだろうけれど、これはやらなきゃいけないね、というふうなことを言った。菅氏は黙っていたが、秘書官は「やれると思うんです」と答えた。へえ、それはまた自信のあることで、という顔をした筆者に彼はこう説明をした。

「(旧)厚生省も、先輩たちのしたことをもう隠し通せないと覚悟しているんじゃないかと思うんです。それなら菅が大臣というのは一つのチャンスではないか。他の者ならごまかせるが、なにしろ菅は『あっち側』、つまり被害者・患者側の応援団だったのだから、この問題には詳しく、厳しい。公開するほかなかったんだと先輩に弁解できる。そういう点で、手順を踏んでやれば、解決できるとわたしらは思っています」。



メモを取ったわけではないので、言葉通りではないから不正確かもしれないが、趣旨はこういうことだったと思う。その後、この見通しを裏付けるように事態が進んだので、なるほどと感じ入ったものだった。


菅氏には、このように自分の位置も含めて客観的に事態を見通し、目的に進んでいく才能があるということであろう。








(「人物戦後政治」/ 石川真澄・著)


-----------------------------(引用終わり)





菅さんの特徴は「現実主義」である、ということですが。


筆者の石川さんがここで言おうとした現実主義は、旧社会党が、その内部で、理論をめぐる闘争などで分裂し、政権をとるという目的が二の次に置かれていたような状態を思い浮かべて、菅さんは、政権を取る、という目的達成を主眼においているので現実主義だ、とおっしゃったのかもしれません。


わたしは、現在の菅さんの内閣のやり方を見ていて、現実主義というのはよく言いえていると思います。沖縄県民の圧倒的な県外移設という意思を軽々と踏みにじって、沖縄県民の意志除外の日米合意踏襲のやり口、実質的意味の骨抜き的な労働者派遣法改正、社会保障の小泉方針踏襲的なやり方など、事態が現実に動いている方向に沿った政策を打とうとしているように見えるからです。「事態が現実に動いている方向」というのは不正確かもしれません。「官僚たちが実際に動かしている方向」というのがより正確でしょうね。


つまり、菅さんのやりかたというのは、例えば、官僚たちに内在する雰囲気を読み取って、それにそった方向へ物事を進める、そうすることで、実績を挙げて、「有言実行」内閣をアピールし、民主党の地位を決定的に上げていこうとする、こういう意味での「現実主義」ということではないでしょうか。



上記引用文の筆者によると、市川さんのときでも、「理想に対する共感」ではなく、現実に当選させることができるという市川さんをめぐる範囲に「内在する」エネルギーがあったから、市川さんに選挙に出させたのだということです。



薬害エイズ問題でも、抵抗する官僚を押しのけて資料公開させたわけではなく、すでに官僚の内部にもう隠しおおせないという雰囲気が充満していたのを見切って、それを利用したわけだったんですね。





つまり菅さんは、大きな理念を掲げ、それを現実化させようという人ではないんです。はじめに、権力への自分の野心があり、それは政治家としては当然のことだとしても、その野心を達成していくのに、国民の声を汲み取ろうとするというよりは、あらかじめ政治家の中、官僚の中、そしてアメリカの意向の中にうごめくエネルギー、例えて言うなら「マグマ」の動向を読み取り、そのマグマの意志には逆らわないで、そのマグマが現実世界に出やすいように環境を整える、そういう才能なわけです、菅さんは。




そうすると、菅さんの政策の方針、2011年1月に行われた両院議員総会での斎藤恭紀(さいとうやすのり)さんのおっしゃった言葉を借りれば、「マニフェストに書いてあったことは実現させず、マニフェストに書いてないことばかり、実行してゆく」=国民の要求すること(有言のこと)は実行せず、国民に言っていなかったこと、かつ、国民の大多数が望まないこと (辺野古移設を「甘受していただく(38の暴言)」という方針、TPP参加といういきなり言い出された方針など) を実行しようとする、そんな菅さんの方針の理由が呑みこめるじゃありませんか。


 


今の日本に必要なのは、前例を踏襲することではありません。アメリカのマグマに追従することでもない。そういう現状追認的なことではもう日本は立ちゆかないのです。日本に今必要なのは、まったく新しい方針であり、それを想像し、具体的に設計し、多くの失敗を重ねて現実化していく、日本は今こういう才能を必要としているのです。



そのためには、マグマの意志を押しとどめて、地下深くへ幽閉してしまうことがまず必要なのです。アメリカ、経団連、左右のイデオロギストの暴走などを押しとどめ、国民目線に立った新しい社会を構想していかなければなりません。それは確かに困難なことであり、面倒なことではあります。ですが、これからわたしたちが人間らしく生きて生きたいなら、中世の被支配層のような、明日をも知れぬ閉塞した生きかたを強要されたくないなら、「そんな夢みたいなことムリじゃないかな」などと言ってはいられないのです。もう、そうするしか生き残る道はないのです。


そしてそういう新しいものの創造のためには、菅さんはまったく無能だということが、石川さんの観察から伺えるのではないかと思うのです、わたしは。


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死刑という刑罰の本質

2010年11月21日 | 一般

自分の身内は殺害されてこの世にいないのに、殺人犯は今こうしてのうのうと生きている、それが許せない…。



これは遺族の正直な気持ちでしょう。当然の感情です。



日本には伝統的に、「死をもって償う」という考え方が根づいてきているのでしょう。それは、「死をもってでしか償えない」という考え方にニュアンスが変化して、今に受け継がれてきているのではないでしょうか。日本ではいまだに、死刑は必要で存続すべし、という意見が主流です。

 

でも、罪の償いは「死」でしかなしえないのでしょうか。というか、死刑は罪を償いうる刑罰なのでしょうか。

また、わたしたち、メディア報道の受け手たちが被害者遺族といっしょになって、死刑にしろ、と騒ぐことで何か犯罪の抑止に貢献してきたのでしょうか。それともそれは各人のいろんなルサンチマンのはけ口として利用されている、という真相を持つものではないと言い切れるでしょうか。



「世界」2010年11月号に、ちょっと重い文章が載りました。みなさんはこの文章を読んでどう思われるでしょうか。



 

(以下引用文)-----------------

 


(1)
俺の考えでは死刑執行しても遺族は、ほんの少し気がすむか、すまないかの程度で何も変わりませんし、償いにもなりません。


死を覚悟している人間からすれば、死刑は責任でも償いでも罰ですらなく、つらい生活から逃してくれるだけです。

 

だから俺は一審で弁護人が控訴したのを自分で取り下げたのです。死を受け入れる代わりに反省の心を棄て、被害者・遺族や自分の家族のことを考えるのをやめました。


なんて奴だと思うでしょうが、死刑判決で死をもって償えというのは、俺にとって反省する必要がないから死ねということです。


人は将来があるからこそ、自分の行いを反省し、繰り返さないようにするのではないですか。将来のない死刑囚(にとって)は反省など無意味です。




 

 

(2)
はじめのうちは心から反省していました。裁判のなかで自分の気持ちを言う機会があったので、申し訳ない気持ちと反省の気持ちを言い、傍聴席にいる遺族に頭を下げました。


しかし、(検事らに)「死刑になりたくないためのパフォーマンス」と言われたので、何を言っても聞く気はないな、と感じました。


遺族にしてみれば当然のことだと思いますし、何を言われても仕方のないことをしたのだと思います。


でも俺はほんとうに申しわけないことをしたと思ったから頭を下げたのであって、死刑になりたくないとか、刑を軽くしてもらおうなんて気持ちはまったくありません。


それをパフォーマンスと見られるなら、命乞いのようなみっともないことはやめようと思ったのです。反省の気持ちより反発の気持ちのほうがだんだんと大きくなり、どうせ俺も殺されるのだから、反省などする意味もないと思うようになりました。


 

警察と検察は都合のいいように調書をつくり、まったく事実と違っていても、それが(警察の作ったストーリーが)真実であるというウソをつくだけでなく、俺の言っている真実をまったくのウソだと言い張ります。


しかし裁判では被告人の言うことより検察の言うことのほうを無条件で(=無批判で)信用されるのだから、警察・検察はいくらデタラメなことをやっても平気なのです。

 




俺は死刑になりたくないとは一度も思ったことはないので、自分に不利になるのを承知で殺意を持った時点を証言しました。


取り調べの時からずっと同じことを言っているし、裁判でもずっと同じ真実のみを言っています。


警察や検察が発表するウソだらけの発表をたれ流し、それが真実のように洗脳するメディアも共犯です。





 

 

 

「誰が刑場に消えたのか」/ 青木理・著/ 「世界」2010年11月号より



-----------------(引用終わり)

 


以上は尾形英紀という死刑囚の書いた手紙の一部分です。尾形さんは「死刑廃止論者」として知られていた千葉景子元法務大臣の死刑執行命令に基づき、2010年7月28日に処刑されたふたりのうちの一方の方です。


彼は十代のころからグレはじめ、暴力団ともつきあいがあった人で、酒に酔うとわれを忘れて凶悪なふるまいを起こす人だったのだそうです。2003年8月23日、ひとりで酒に浸っていたところへ、婚外で交際していた16歳の少女から携帯電話で呼び出され、知り合いの風俗店の店長に付きまとわれて困っている、レイプされそうになったこともある、と相談されました。


睡眠不足と泥酔のために、尾形さんは激高し、「シメてやんべぇ」と言った後、その少女を連れて、くだんの風俗店店長宅に押しかけ、店長の胸を包丁で刺して殺害し、店長宅にいた3人の風俗嬢も目撃されたということで、ひとりを殺害、ふたりに重傷を負わせたのでした。2007年4月にさいたま地裁で死刑が言い渡されました。


尾形さんは店長については最初は殺すつもりはなかったらしいのですが、犯罪は凶悪だと言うことで検察の主張がまんま通ったのでした。尾形さんの弁護人は控訴しようとしましたが、尾形さん自身が控訴を取り下げ、自ら死刑を確定させたのでした。

 




尾形さんは他の受刑者ほど死刑を怖れてはいなかったようです。「死を覚悟している自分からすれば償いの意味は感じないし、つらい生活から逃れることができると言う感覚なので罰にもならない」ということです。


遺族は死刑を望むだろうが、それでも遺族にとっては償いをしてもらったとは思わないだろう、という観測は鋭い洞察だと思います。冒頭でも言ったように、日本人の伝統的感覚から、殺人を犯したら死刑でしか償えない、という考え方を、もし踏襲しているだけならなおのことそうだと思います。




「死刑判決で死をもって償えというのは、俺にとって反省する必要がないから死ねということです。人は将来があるからこそ、自分の行いを反省し、繰り返さないようにするのではないですか。将来のない死刑囚(にとって)は反省など無意味です」。




このことばは死刑という刑罰の本質をぴたっと言い当てている、箴言のような重い洞察だとわたしは思います。



冒頭で、日本では伝統的に「死をもって償う」と言う考え方が受け継がれてきているように感じる、と述べました。この、死をもって償う、には、とにかく死ねば、本人の面子のつぶれるような多くのことを不問に付す、というニュアンスも含まれていなかったでしょうか。日本のマスコミと、マスコミに踊らされる大衆は、とにかく死刑判決に必要な条件をなすりつけてしまえば、細かい正確さなどどうでもいい、とでも考えているかのようです。やたら被害者遺族の感情を前面に押し出すのです。尾形さんは、マスコミによって醸成される、そんな日本の大衆の感情と風潮を見事に表現したように思います。だって、ほんとうに反省していても、それはパフォーマンスだと頭から拒否されるじゃないですか。実際の被告の心情をつまびらかにしようという態度がまったくないじゃないですか。



この記事を書いた青木理(さとる)氏も、「それは剥き出しの正論であり、死刑制度の矛盾を抉り(えぐり)取っているように感じられた」と述べておられます。青木さんはさらにこう述べておられます。


「そうなのだ。死の刑罰を受け入れた死刑囚に、反省や贖罪を求めることなど無意味なのだ。しかし、人間とはここまで酷薄になれるのだろうか。尾形は心の底からそう思っているのだろうか。開き直りか、あるいは強がりにすぎないのではないか」。そう思って青木さんは尾形死刑囚に手紙で質問してみたのでした。その質問への回答が引用文(2)です。



 

みなさんは(2)に言い表されている尾形さんの主張をどう思いましたか。


尾形さんはほんとうに反省していたのに、『死刑になりたくないためのパフォーマンスだ』という言い方をされて、こんどは反省の気持ちよりも反発のほうが強くなったと言いますが、この気持ちは万人に理解できることだと思います。



死刑存続派の強硬派たちが、騒ぎたい気持ちと、持論を押し通すために論理をもてあそんでそういう言い方をするのをわたしは日ごろから嫌悪感を感じてみていました。本人の気持ちを外部の人間がどうやって正確にうかがい知ることができるのか。そうやって根拠のない推論で、死刑かどうかで裁かれている人の言い分をあっさり否定する世論を作って、本人の気持ちを考慮に入れない判決を下していいのか。それこそ、殺人者と同じく、命をもてあそぶ行為ではないでしょうか。そういうことをする最も力の強い者はマスコミです。



「警察や検察が発表するウソだらけの発表をたれ流し、それが真実であるかのように(国民を)洗脳するメディアも共犯です」(尾形さんの手紙)。



検察の暴力的犯罪捜査が村木さん事件によって暴露された今、このことばはあまりにも怖ろしい。犯罪者だから適当に理由をつけて、とにかく吊るしてしまえとする態度は、もう裁判の意味をなくさせていると言っても言い過ぎではないでしょう。どんなに残酷な事件であっても、死刑が問われている裁判なら、もっと緻密でフェアに裁判を行わなければならないはずです、「反省と償い」を求めるのならなおさら!



さらに菅谷さん事件のように、もしも冤罪であった場合なら、こんな裁判でいいはずがないのです。それこそ司法とマスコミと、マスコミに踊らされる国民と被害者遺族による集団リンチになってしまいます。




そう、尾形さんの死の間際の、白鳥の歌とも言えるこの洞察は、償いと反省を求める裁判と刑罰を考えるとき、死刑と言う刑罰の無意味さをこれ異常なく暴き出した重要な見解だと思います。





死刑は廃止するべきです!

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お葬式のあとの、真夏の青空の下で…

2010年07月25日 | 一般

 

 

友人の娘さんが亡くなられた。

まだ二十歳だった。




他県の国立大学に通っておられたのだが、事故だったそうだ。遺影は明るく、いかにも活発で聡明そうな表情だった。

友人は、焼香のたびに、ていねいに頭を下げていた。ひとりひとりに顔を向けて、心をこめて。そういうひとなのだ。わたしの大好きな友人。あなたにこんな不幸が襲うなんて。

式が終わったあとが、怖ろしく寂しい。ご主人は身体の大きいたくましい方だが、がっくり肩を落とされて、ひとまわり小さくなったように見える。

娘さんの思い出の話をぽつりぽつりと、ささやくように話し合っていた。




この一週間は、抜けるような夏空で、目を開けていられないくらいまぶしくて、そして暑かった。街は喧騒のはずだったが、わたしにはひどく静寂に感じられた。静寂な夏。こんな感じを、かつて感じたことがある。

高校生の頃にもわたしは男の友だちの死に遭った。バイク事故だった。つい昨日、おとといまで生きて話していた人が今はもういない。これからもいない。生きていることが不思議に頼りなく感ぜられたものだった。

死に直面したときに感じる「静寂」というのは、「生」の脆さ、頼りなさが暴かれたからだと思う。そう、死には音がない。光もない。存在がなくなるのだ。死は、だから静かだ。そんな死が、身近に起こったとき、自分のすぐそばに、死はいつもまとわりついていることに気づかされる。

死は壮大だ。わたしたちの「生」は数十年の時間の現象だが、死は、永遠から永遠に至る静寂なのだ。わたしは「怖ろしい」というよりも、そこはかとない寂しさを覚える。

面倒に巻きこまれたとき、わたしたちは波風のない平穏さ、静寂さを恋しく思わないだろうか。そんな静かな日常に戻りたい、という気持ちをもう少し延長すると、死という静寂に逃げ込みたい、という感情にたどり着くのではないだろうか。もはや静かな日常へ戻るという希望が失われたとき、わたしたちは「静かな日常」という静寂よりももうちょっとだけ先にある、永遠の静寂、本ものの静寂に戻ろうとするのだろうか。




「生」はほんのわずかの時間のまぼろし、夢なのかもしれない。あらゆる意欲も業績も、一瞬にして切断される。人が他者を出し抜いたり、優越したりできたからといってそれがなんなのだろう。名声を獲得できていれば、葬式後数週間は取り巻きの人々が賛辞を提供するかもしれないが、死んだ本人はそれを聞いて得意になることはもはやないのだ。

策を弄して競争することに何の意義があるだろう。妬みや陰口をたたくのに時間を費やすことはまったくムダではないだろうか。人生に意味や目的をつけてみたところで、それがなんだというのだ。死ねば自分自身はそれから何の誉れも得られないのだ。失敗を悔やんだところで何を失うのだ。死ねば成功の誉れをも根っこから失ってしまうのだ。

では、生きるっていったい何なのだ。少なくとも、「成功する」とか「勝ち組になる」とか言うものに人生の時間を費やすことには何の意味もないのではないか。そう、愛を勝ち得ようとして心を砕くことさえ!





(以下引用文)---------------



公益を目的とするのでない限り、他人に関する思いで気味の余生を消耗してしまうな。なぜならばそうすることによって君はほかの仕事をする機会を失うのだ。

すなわち、だれそれはなにをしているだろう、とか、なぜ、とか、何を考え、何をたくらんでいるだろうとか、こんなことがみな君を呆然とさせ、自己の内なる神性を注意深く見守る妨げとなるのだ。

したがってわれわれは思想の連鎖においてでたらめなことやむなしいことを避けなくてはならない。またそれにもまして、おせっかいや意地の悪いことはことごとく避けなくてはならない。

…すべて君の内にあるものは単純で善意に富み、社会性を持つ人間にふさわしいものであることや、あらゆる享楽的な思いや競争意識や嫉妬や疑惑やそのほかすべて、君が他者に知られると赤面するであろうようなことは、いっさい囚われないよう背せよ。



…曇りなき心を持ち、他人から与えられる平安(=他者からの愛や賞賛、承認など)を必要とせぬよう心がけよ。他人にまっすぐ立たせられるのではなく、みずから(=自己肯定感によって)まっすぐ立っているのでなくてはならない。



…ほかのものは全部投げ捨てて、ただこれら少数のことを守れ。そして同時に記憶せよ。人はみな各人、ただ現在、この一瞬にすぎない現在のみを生きるのだということを。

その他はすでに生きられてしまったか、もしくはまだ未知のものに属する。

ゆえに各人の一生は小さく、彼の生きる地上の片隅も小さい。またもっとも長く続く死語の名声といえども、それらもすみやかに死に行く小人どもが次々とこれを受け継いでいくことによるのにすぎない。

その小人どもは自己を知らず、まして大昔に死んでしまった人間のことなど知る由もないのである。





(「自省録」/ マルクス・アウレーリウス/ 神谷恵美子・訳)


---------------(引用終わり)




他人を踏みにじってまで自分に財産や名声を集めたからといって、それが結局自分をどれだけ満たせるのだろう。愛情を得ようとして四苦八苦し、セックスに夢中になったからといってそれで何を満たせるのだろう。より多くを欲望させるだけでしかないのだ。賢人ソロモンが書き残したとおり、「銀を愛するものは銀に飽くことなく、富裕を愛するものは収益に満足しない。これはむなしいことだ(伝道の書5:9-10)」。

ただ今日のこの一瞬、現在を悦びを持って過ごすこと以上に、人間によって良いことはなにもない、というのが結論だった。しかり、ソロモンはかく言う、「人間にとってもっともよいのは、飲み食いし、自分の労苦によって魂を満足させること。自分で食べて、自分で味わえ(伝道の書2:24-25)」。

人が自分を満足させうるのは、今現在の一瞬しかできないのであり、そうであれば現在を悦びで過ごすこと以上に良い生きかたというのはないのだ。誰かを出し抜く算段や野望を遂げられなかった悔しさに嘆いて今現在を過ごすというのは、そう、まったく無意味なことなんだろう。愛を得ようと悶々とするよりは、ただ愛を無償で、つまり見返りを求めることなく与えることで今現在を過ごすこと、そこにしか「充実」はない、ということなのだろう。




わたしは夏が好きだ。夏の森の木漏れ陽が好きだ。だから、蝉の鳴き声を浴び、木漏れ陽を眺めてただ夫と過ごす、そんな何もしない時間というのが、きっといちばん有意義な一瞬だということになる。そうだ、「しあわせ」っていうのはきっと邪心なく過ごすそんな一瞬なのだと思う。だって、すべからく影がつきまとうように、人にはいつも死がつきまとっていて、いつそれが自分をとらえるか、わたしたちは知らないのだから。

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まず家族と結びつこうよ、新しい社会の構築に向けて (上)

2010年05月23日 | 一般
「カツマーvsカヤマー」の記事の中で引用した、日本人の信頼関係の低下などにみられるように、いまや日本では人間関係がバラバラに切れてしまっています。わたしたちの楽しみって何でしょうか。休日に家族で語らうことが楽しいって言う人がどれほどいるでしょうか。ほとんどのひとは、休日には、男性はパチンコやTVのスポーツ観戦、余裕のある人では、会社の同僚とゴルフ、家族で時間を過ごすといっても、大型ショッピングモールで過ごす、奥さまはお友だちとフィットネスクラブで過ごす、家族で行動するにしても、人がどどっと集まる行楽地へ行って疲れるなどではないでしょうか。家で家族と遊ぶ、話を楽しむって言う人はごくごく少数派だと思います。これらでも日本ではまだ健康的なほうです。

はっきりいって、もう今までどおりの大量消費型の暮らしは、これからはできないようになります。大量消費型の暮らしをするにはおカネが必要ですし、それだけのおカネを得るにはそれだけの労働が必要であり、それだけの労働のためには時間が必要ですし、そうなると家族とともに過ごす時間は減るのです。しかも経済状況は低迷を続けますし、打開するにしても石油文明と大量消費文明は捨て去らなければならないのです。

でも本来的にいうと、それであたりまえにもどるのです。大量消費を「楽しむ」生きかたこそ人間本来の自然にそむいたものだったのです。わたしたちはモノ文化、他者を出し抜くことに生きがいを求める生きかたから、今こそ降りる必要に気づくべきです。人間の人生の楽しみは、人間とのつながりにあるからです。

日本人はこれまで多く持てる階層に登ることが生きる意味だと思ってきましたが、それがもたらしたのは、このギスギスした、不安と不信でいっぱいの社会でした。人とつきあうのが苦手だということで、引きこもったり、ワーカホリック(仕事依存)になってうつ状態まで追い込まれてしまったり、自殺が毎年3万人以上になったり、こういうPC依存症になったり…。

そこで、人とのつきあい方のスキルを知ろう、ということで、とても安価ながらいい文庫本を紹介します。

「好きな人と最高にうまくいく100の秘密」というタイトルの本です。本体価格638円です。著者は、フロリダ大学で社会心理学を専攻されておられるデビッド・ニーブンという方です。以下、いくつか書き出してみますね。

 

(以下引用文)-----------------------------

 

1.平凡なことがいちばん大切。

人間の仕事や務めにはいろいろありますが、注目に値することというのは、当然ながら平凡なことの積み重ねによって築かれることが多いのです。たとえば、消防士の日々の仕事はただ訓練するだけですが、その訓練の積み重ねによって身に着けた技術が、人命救助や消防活動の任務を遂行するうえで役に立つのです。

ふたりの関係もそれとよく似ています。お互いに対して、永遠とも思えるくらい長い月日をかかわりあう努力の積み重ねなしに、しあわせな関係を保ち続けることはできません。それはもちろん簡単なことではないし、直ちにはっきりとした形で報われるとは限りません。

けれども、いますぐしたいことがあっても譲り合い、ふたりで何でも分かち合い、いたわりあい、相手の言うことに耳を傾ける…など、よく言われるようなありふれたことが、結局は長続きのするいい関係をもたらすことになるのです。

 

 

2.ふたりがうまくゆく理由にこそ意識を向ける。

どんなカップルにも、ふたりがうまくいく材料もあれば、ダメになる材料もあります。今はどんなにうまくいっているようにみえるふたりでも、将来をダメにしてしまうかもしれない出来事はいくらでも起こるし、危なっかしく見えるふたりでも、壊れずに続いていくための要素をも持っているのです。

ですから、自分たちをダメにしてしまうような要素にばかり、いつも意識を集中させ続ければ、ふたりはやはりダメになってゆくでしょうし、ふたりの結びつきを強める要素に意識を集中させ続けるなら、ふたりの結びつきは強くなっていくのです。

 

 

3.どんなひととでもしあわせな関係を築くことはできる。

「あなたは、将来、ぜったいうまくいくふたりとはどんなひとたちだと思いますか」。そう訊かれ、「そうだなあ。年齢は…、収入は…、職業は…、教育の程度は…、宗教は…」などと考えるひとも多いかもしれません。

けれどもさまざまな調査の結果によれば、事実はそれらとは無関係です。つまり、どんな年齢のひとも、どんな収入のひとも、どんな職業のひとも、どんな教育のレベルのひと、どんな宗教のひと、そのほかどのようなひとであっても、それでしあわせになるふたりもいれば、ならないふたりもいるのです。

パートナーとしあわせな関係を築くために大切なのは、そういうことではなく、あなたがいったい、どういう人間なのかということです。

 

 

4.相手に対して競争心を抱かない。

(a)だれかを好きになったとき、その相手が仕事などで成功しているひとなら、喜びもいっそう大きいに違いありません。しかし、しだいに相手の成功をねたむ気持ちが生じてくるひともなかにはいます。そういうひとは、知らず知らずのうちに相手の成功と自分を比較してしまい、劣等感を感じたり、なんとなく競争するような気分になってくるのです。

そういう気持ちを持っても、ふたりにとっていいことはひとつもありません。パートナーと競争をして、たとえ勝ったところで、得るものは何もないのです。ふたりの心安らぐ満たされた生活は、相手と競争するような愚かなことをしない人に与えられます。

(b)ふたりの人間がいっしょに暮らす以上、意見が合わないことが起こるのは避けられません。けれども、その根本部分でほんとうに大切なことはひとつしかありません。それは、
「あなたの目的は、自分がどれほど正しいかを示して言い合いに勝つことなのか、それとも懐を深くして、ふたりでいっしょにしあわせになることなのか」
…ということなのです。

もし口が達者ならば、どんな言い合いにも勝つことができていい気分がするかもしれません。でも、それではひとつもあなたのためにならないのです。言い合いで勝ったか負けたかが重要なうちは、「二人とも負け」ということです。その反対に、勝ち負けを忘れて、お互いの愛を確認することができれば、「ふたりとも勝った」ことになるのです。

 

 

5.前向きな態度がいい結果をつくりだす。

わたしたちは、望みがかなえられなかったときは当然落胆しますし、希望すら失うことがあります。けれども、すべての物事は時の流れとともに変わっていくのであって、いつ、何が起こるかを完全に、はもちろん、十分にでも予測することは不可能です。わたしたちにできることは、“続ける” ことだけです。他のひとの(とくにパートナーの)しあわせに貢献すること、周りにいる人たちのよい点を見つけてことばで伝えてあげること、愛情を惜しみなく差し出すこと、相手をサポートすること…など、すべては、“やめないで続けること” が大切なのです。

 




6.古いしきたりに縛られない。

親や祖父母や親戚をはじめとして、年長者、権威者はとかく、昔はどうだったという話をしたがるものです。もちろん、いろいろな経験をつんだ年長者の話には耳を傾けるべきことがたくさんありますが、こと男女のことに関する限り、昔と今とではふたりを取り巻く環境や社会状況はかなり異なっています。

いつの時代も変わらない「真理」みたいなものはたしかにありますが、今の時代にそぐわない考えなどを押しつけられたときには、それらに惑わされることなく、自分たちの価値観を守ることが重要です。

 

 

7.他人と比較しても何も生まれない。

あなたとあなたのパートナーとの関係をいくらほかのカップルと比較しても、あなたの人生が変わることはありません。これは当然の理屈です。とはいえ、うまくいっている人たちの姿を見て、自分たちについて顧慮するきっかけにするのなら、それによってあなたたちの人生を変えてゆくことも可能になるでしょう。

いずれにせよ、あなたと相手との関係がどうかということは、「あなたたちのニーズはなんなのか」をもとにして測られるべきであり、「他人がどうであるか」をもとにして測るべきではありません。

 

 

8.内面のバランスを保つ。

よく、妻あるいは夫や子どもとうまくいかないために、仕事などに逃げてしまう人がいます。それは、自分の家より会社のほうが居心地いいからです。またそれとは逆に、職場や仕事で問題を抱えているために、プライベートな世界に逃げ込もうとするひとがいます。

けれども人間はふつう、ひとつの分野で抱いている感情を、ほかの分野にも持ち込んでしまうものです。したがって、人生のひとつの分野で苦しみがあれば、いくら別の世界に逃げ込んでもその苦しみは持ち込まれてしまいます。

満足のいく人生とは、あるひとつの分野だけでいい気分になることによって得られるものではありません。





(下)につづく

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まず家族と結びつこうよ、新しい社会の構築に向けて (下)

2010年05月23日 | 一般


(承前)

 

9.あなたはどれくらい寂しいか?

だれでもパートナーに対しては多くを求めたがるものです。でも、ほんとうに大切なことはそんなに多くはありません。

では、いちばん大切なこととは何でしょうか。それを知るためには、こう自問してみるといいでしょう。
「わたしは寂しさを感じることがよくあるか」。

もしあなたにパートナーがいて、かつ、この質問に対する答えが「イエス」だったら、あなたとパートナーとの関係は、あなたの根元的なニーズに応えていないということになるかもしれません。

実例をあげましょう。

ある女性の打ち明け話。「夫は会社人間で、いつも家に帰ってくるのは夜遅くて、しかもろくに口もきかずに寝てしまう。休みの日も家に持ち込んだ書類に目を通したり、自分のことばかりやっていて、家族のことなどまるでおかまいなし。声をかけても、『今ちょっと忙しいんだよ』と言うばかり。つまりそれは『ほっといてくれよ。オレには何も頼まないでくれ』ってこと。わたしは妻ではなく、ただの家政婦なのよ」。

しばらくして、彼の仕事はますます忙しくなり、家にいる時間もますます少なくなってゆきました。彼女の存在などまるで眼中にないような状態です。ついに彼女は、いくら話をしようとしても応じない夫に何かを期待するのをあきらめ、家を出てしまいました。

それまで家にいるのがあたりまえだった妻がいなくなって初めて、彼は人生にぽっかりと穴があいたような気分を味わいました。そして、それまで自分がどれほど自己中心的だったかを思い知ったのです。彼は彼女に謝罪し、これからはよき夫としてふたりの将来を考えるよう努力するから帰ってくれと懇願しました。

その二年後、彼女はわたしにこういいました。「彼は人が代わったようにいい夫になりました。今ではほんとうに人生のパートナーのように感じています」。

 

 

10.対等な関係を築くことが大切。

会社でふたりの人間がひとつのプロジェクトに従事するときのことを考えてください。その場合、もし仕事を完遂することだけが目的なら、上司はそれぞれの能力に応じてふたりに異なった任務を与え、適当にどちらか一人を責任者に任命するでしょう。プロジェクトが成功裏に終了する限り、ふたりの仕事ぶりに差があってもかまわないからです。

けれども、ふたりがお互いをリスペクト(=高い価値があるものと認めて敬意を表すこと)し、チームとして仕事することが重要な目的である場合、ひとりをもう片方の上において責任者に任命すれば嫉妬を生む原因になり、チームが機能しなくなる可能性があります。それに、片方は一生懸命働いているのに、もう片方が命令ばかりしてあまりよく動かなかったりしたら、まちがいなくいがみ合いが生じるでしょう。

男女の関係はあきらかに後者の部類に入るものです。ふたりのどちらに比重がかかりすぎても、ふたりのよい関係は崩れてしまいます。ふたりのあだでは、どちらの人がより重要で、どちらが重要度が低い、というようなことはありえないからです。片方がすべてを決めたり、片方ばかりが犠牲を強いられるというような関係は破綻を免れないでしょう。

 

 

11.共通の興味のあることを育てる。

たとえふたりがともに「相手にとってポジティブなパートナーでありたい」と願っていても、お互いに仕事などのやらなくてはならないことがあって、一日の大半は離れて過ごしているというのがふつうでしょう。

ふたりが共通の興味のあることを持つ、ということの重要性はここにあります。そうすることによってふたりの良好なコミュニケーションがはかどり、離れていても心が結びついている実感が強められるからです。

 

 

12.おカネに支配されないように。

人生でほんとうに大切なものをひとつあげるとしたら、それはなんでしょうか。ひとによっていろいろあるでしょうが、それがおカネでないことは確かです。これは大昔からそうであったし、将来も変わらないでしょう。それにもかかわらず、ふたりの間におカネのことが原因で衝突が起きなかったことがあるでしょうか。何に使うのか、いくらあれば十分なのか、どっちがどれだけ使うのか…などなど。

愛しあっているふたりの間にもこの問題は常に入り込んできます。そしてこの問題がふたりの本質的な領域にまで入り込んでくると、ふたりの良好な関係を保つことがむずかしくなってきます。

もし、必要なだけのおカネがなかったら、ふたりの生活はギスギスしてくるでしょうし、その反対に、いくらおカネがあっても、それが生きる喜びや達成感をもたらしてくれなければ、やはりふたりの間は冷めてくるのです。

あなたの意識のなかで、おカネを正しく位置づけるように。すなわち、おカネはほんとうにたいせつなものの次の位置に置くように考えましょう。

 

 

13.心の支えがほしければことばにして伝える。

つらい日々を過ごしているときには、だれでも心の支えがほしいものです。そんなとき、「人生の伴侶ならば、いちいち口に出して説明しなくても、わたしの苦しさを分かってくれるはずだ」と思うひとも多いことでしょう。

でも、自分のきもちを正確に説明せずに、すべてを相手にわかってもらいたいと考えることこそ、行き違いを生むおおもとなのです。「どんな状況のもとでも相手はわかってくれている」と勝手に思うことが行き違いの原因になります。

心のサポートが必要なときには、はっきりとことばにして伝えて、ふたりの結びつきを確かなものにしてください。


(実例)
(筆者の)知り合いに、奥さんが会社の上司で夫が部下という夫婦がいます。彼が言うには、こういう状況のもとで夫婦がうまくやってゆくには、お互いに対して完全に正直であることが必要だそうです。

彼は彼女の管理職としての能力を認めているし、彼女は彼の営業の能力を高く買っています。こういう関係の持ち方は、彼らの親の世代では不可能だったことでしょう。でも、そんな彼らにも問題はあります。

彼女が言うには、彼はすべてがきちんとなっていなければ気がすまない性格で、時として上司である彼女に対して指図がましい口の利きかたをすることがあり、それが彼女をいらだたせるのだそうです。一方、彼は彼で、彼女が家に帰っても上司のような態度をすることがあるのにいらだちます。

でも彼らは、お互いにそういう感情を隠さず表すようにしています。家と職場でパッと頭を切り替えるのはたやすいことではありません。いらだちが生じたときには、そういう自分の気持ちをはっきり言うことで、彼らはお互いに対する手綱をうまくあやつることができるのだそうです。

このように、彼らのような夫婦においては、争いを起こさぬようにオープンなコミュニケーションが特に欠かせません。お互いに、言葉通りに受け取れるようなものの言い方(アサーティブな言いかた、=主張的でかつ非攻撃的な言いかた)をすること、つまり、「ほんとうの気持ちとはうらはらなことを言わない」ことや「揶揄するようなもの言い」をしないこと、「なにも隠さないこと」が必要なのです。

 

 

 

(「好きな人と最高にうまくいく100の秘密」/デビッド・ニーブン・著)


-----------------------------(引用終わり)

 

(4)の家庭でさえ競争しようとする、というのは、ありそうなことですよね。わたしがインターネットの掲示板やブログへのコメントなどを見ていて感じるのは、とにかく負けまいとする態度などにしんどいものを感じます。ある意見を主張するというのではなく、その意見を言う自分の意地を通すことに必死になるんですね。

それは(8)の「内面のバランスを保つ」に書かれていた、インターネットへの逃避なのかもしれません。あらゆる時間帯に書き込みをしていて、いったいいつ休んでいるんだろうと思うような書き込みぶりのひとっていますよね。そういうことからして、生身の人間とのつきあいが希薄なのは容易に見て取れます。

それと(13)の、オープンなコミュニケーションがなされない日本の「謙譲」「謙遜」を誤解した文化、とでもいうのでしょうか、婉曲的な言い回し。政治の世界で行われるような「口撃」ですよね。奥歯にモノがはさまったようなもの言い。攻撃して相手をやり込めれば、相手はおずおずと頭を下げてくるとでも思っているのでしょうか。現実は逆です。感情のいらだちをかきたてて、騒ぎになるだけです。

あと、エホバの証人問題にも引っかけていうと、(10)の「対等な関係を築く」ということ。エホバの証人社会が息苦しいのは、人間関係のなかに組織の原理を持ち込んだことが原因である、ということです。ひとが宗教に求めるのは、癒しや安らぎや安定感です。組織の原理は、ものごとを効率的に達成させてゆくためのものであって、軍事的な、資本主義的な発想の行動様式です。でも家族とともに過ごすとか、ひととの関係を持つとかいう場合には、ひとと認め合い、いたわりあうことが目的なのですから、組織化してはならないのです。そういう発想を捨て去ったところで、人間同士のつきあいは営まれるものだからです。

たしかに上下長幼の序列がはっきりしているところでは、安定感はあるでしょう。しかしそれは序列が下位の人々を犠牲にするうえでの安定感ですから、必ず不満や憤懣は鬱積するのです。また、安定を維持することが至上命令のようになって、新しい考え方を退けようとするので、進歩するということが困難になります。これがまた「閉塞」を深めるのです。進歩させようとする人びとを「破壊的分子」と呼び、村八分などのハラスメントによって精神的に追い詰めてしまうからです。家父長制など、序列が大事のやりかたはきっと「しあわせ」を破壊します。

その極端な例が日本におけるエホバの証人社会であり、また「サイレンと・ヒル」というホラー映画のような社会です。その映画では、古来のしきたりや伝統の枠では理解できない考えかたの人間を次々に火あぶりによって殺戮してゆくが、やがて殺された人間たちのゴーストによって復讐されるという気持ち悪いストーリーが展開されました。もう一度見たいとは思わない映画ですが、ラスト近くのヒロインのセリフが頭に刻まれています。ヒロインが敵役に向かって、「そうよ、自分に理解できないものを、あなたはみな抹殺してゆくのよ!」と非難するせりふでした。わたしにとってこのセリフは、復古的憲法改正を目指す現在の日本の勢力や、在特会のような人びと、そしてまたエホバの証人の人々、元エホバの証人で、現役信者だったころと同じ習慣や考え方を継続しようとする人びとなどに突きつけたいせりふでもあります。

そういう息苦しい社会を打破するのは、素直に気持ちを言い出せる環境を確立すること、すなわち上下長幼の序列を壊し、対等な人間関係を築くこと、そのためにコミュニケーションをオープンに開くこと、なのです。このことはエホバの証人だけのことではなく、日本の「伝統文化」(?)でもあるようですので、(6)の「古いしきたりに縛られない」という寛容で鷹揚な雰囲気への発想の転換が必要だと思います。

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日本が築き上げてきたものって…

2010年04月18日 | 一般

 

日本人は、ほんとうに豊かな国をつくってきたのだろうか。「きけ、わだつみのこえ」の冒頭を飾る上原良司さんの「所感」に述べられた日本人像、「世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これがわたしの夢見た理想でした」というこの「理想」を現代の日本人はどこまで達成できたのでしょうか。

ちょっとショックな一文を読みましたのでご紹介します。

 

 

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社会人をやっていると、いろいろな出会いのチャンスに遭遇する。

数年前、東京農業大学の松田藤四郎理事長からご連絡をいただき、「サイトウさん(この文章の著者。作家北杜夫の娘。サントリー社員でエッセイスト)が週刊新潮の連載コラムで、健康食品の『マカ』について書いているが、精力剤市場でさらにPRしたいなら、東京農大の卒業生が(南米の)アマゾンですっぽんの養殖をしているから、それを見に行きませんか」というお話をただいた。そんなわけで「やってみなはれ」の社風のお陰で、海外出張でアマゾンに行くことになったのだ。

現地で(日系人から)いろいろな話を聞いたが、衝撃だったのは、「一匹虫(ビショ)」と呼ばれる虫の話だ。その虫は人の身体の柔らかところに入り込むのだという。体長が3ミリもの大きさで、毛が生えており、身体の中で、もぞもぞしているのがわかるという。
「虫が身体に入っても、お医者さまに行かないのですか?」
「ブラジルは日本の23倍もの広大な土地です。何千キロも移動しないと病院がない。飛行機のお金もかかるし、虫が身体に入っても死なないということがわかっているから病院にいかないのです。虫がある程度育つと、爪で押すと、ピュッと出てくるんですよ」

まるで「エイリアン」のようである。そんな異国の地で日本人たちは100年以上も大変な苦労をされたのだ。


今回の訪伯で現地の日系人の方に聞いたのだが、ブラジルは治安が悪く、銃社会だという。銃で撃たれた知人が何人もいるそうで、その方も銃で撃たれた足の傷跡を見せてくれた。殺すためではなく、生活に困り金や物資を強奪するために、命と関係ないところを撃つらしい。
「ほんとうは生家がある日本に帰りたいが、日本への飛行機代がかかるから帰国できないんだよね」
とみなさん、日本の故郷を懐かしむ。ブラジルから日本は遠い。サンパウロからロサンゼルスまで8時間、ロスから成田空港まで14時間。時間も費用もかかる。ブラジルから見て地球の裏側に当たるのが日本なのである。

ある方は、以前、ブラジルから日本に帰国し、再びブラジルに帰ったら、空港から自宅まで強盗団がつけてきて、玄関に入るやいなや拳銃を突きつけられ、パスポートや貴金属はもちろん、荷物全部を奪われたという。日本から帰国したということで、「金めのものを持っている」と思われて、空港から何百キロも離れた自宅まで尾行してきたのだ。しかも、強盗団のなかで銃を撃ったのは(強盗団のメンバーの)子どもだった。子どもなら、人を撃っても刑務所に入らないことがわかっているためだ。

「こんな治安の悪い国にいないで、早く日本に帰って、晩年は平和な日本で穏やかに暮らしたほうがいいんじゃないですか?」と言うと、意外にもノーという答えが返ってきた。
「日本は閉塞感がいっぱいだから窮屈です。あんなにつらい国はない。ブラジルはね、心が豊かでね、伸びやかでいいですよ」と語るので驚いた。
「でも銃で撃たれてしまうじゃないですか。命の危険があるんですよ」
「ブラジルでは銃で撃たれる人が年に3万人います。でも、日本では自殺者が3万人もいる。先進国でそんなに自殺が多いほうが不気味ですよ」


わたしは返すことばを失ってしまった。

 

 


(「うつ時代を生き抜くには」/ 小倉千加子・斉藤由香・共著)


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銃で撃たれる危険がある国のほうが、日本より「心が豊かで伸びやか」なのだそうです。わたしたちが求めてきた「豊かさ」というのは暮らしの豊かさではなく、「豊かな国家」という看板だったのではないでしょうか。本屋さんに行くと、「右」の人たちによる、「日本の危機、中国に追い抜かれる」「もはや経済大国ではない」みたいなタイトルや論調が見られます。「だから国際競争力をつけるためにも、規制緩和をもっと推し進めなければならない、国が沈んでしまう、社会保障だの格差社会だのと甘いことは言っていられない」のでしょうか。銃で撃たれる危険、命の危険がある国に住んでいる日系人は、こんな日本が「不気味だ」というのです。

派遣村が問題になったときのこと。




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生活保護だけは、住所がなくても申請できます。派遣村に来た人たちは住所がない状態ですから、派遣村からファックスで生活保護の申請を行いました。生活保護申請は到達主義ですから、役所に届けば申請行為は成立し、受理ということになります。役所(の業務)が始まってから面談を経て保護が開始され、アパートに入ることができるようになります。そこで初めて就職活動もはじめることができます。

しかし、生活保護が開始され、アパートに移ってゆく人が出始めると、派遣村を取り巻く雰囲気が変わりました。マスコミの人からも「社内の雰囲気が変わってきている」と聞くことがありました。「生活保護まで受けさせるのはやりすぎだ、甘えている」と言う人がいる、と。働く気がないから生活保護を受けるのではなく、住居もない状態では就職活動すらできないので、まずは生活保護を受けさせるところから自立の第一歩を始めるしかない、と言う現実があるのですが、生活保護ということばが出てくると雰囲気が変わってしまう。

 



(「派遣村 何が問われているのか」/ 宇都宮健児・湯浅誠・共著)


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社会のセーフティネットが「社会悪・道徳悪」として捉えられる日本の社会。これはたしかに閉塞感を生み出しますよね。しかも十分な教育を受けてきていると思われる大手マスコミが先頭に立ってそういう音頭を取る社会、日本。自分の視点という狭窄な思考力しかもてないことに、閉塞感の第一の原因があるのではないかとわたしは予想するのですが。たとえば、こういうことが書かれています。




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『文芸春秋』2006年4月号に下層社会に関する衝撃的なルポが掲載された。生活保護給付を少し上回るていどの所得の世帯に給付される就学援助金が42%を上回る子どもたちに支給されている東京都足立区の実態をルポしたものだ(佐野眞一/ 「ルポ 下層社会 改革に棄てられた家族を見よ」)。

タクシー運転手の夫とスーパーのパートで働く妻の夫婦共働きでも所得は生活保護給付(額)に満たないという世帯の実情などが取り上げられていたのだが、あるTV番組のコメンテーターは、このルポを「おかしい」と言って、就学援助金や生活保護給付を受けて生活している人たちについて、人に甘えて努力をしようとしない姿勢を改めるべきだと酷評していた。

このコメンテーターは、たいへんな苦労と努力によって現在の地位と生活を築いてきたのだろうが、誰もがそのように「うまくいく」ものではない。俗にいうところの「勝ち組」の人たちは、しばしば低賃金から這い上がれないのは本人の努力が足りないからだというが、それは違う。

タクシー業界は、ただでさえ不景気でタクシー利用が控えられる時代に、事業の参入規制も需給規制も緩和されてしまった。タクシーへの需要は低迷しているのに台数だけは増えるという熾烈な競争のために、売り上げも運転手の収入も激減した。そこそこの売り上げを得たかったら、車の回転率を上げる以外にない。「信号が黄色から赤に変わったまさにそのときなら突破する、青信号なら横断歩道に人が出ないことを(希望的)前提につき走る、そんな運転をしてできるだけお客を乗せるからタクシーも事故を起こす、それをやっちゃあタクシーも終わりだ」とぼやくドライバーもいる。

低賃金化は、個人の努力が足りないからではなく、この間の競争政策によるものであったのだが、同様のことは規制緩和にあってきたすべての業界に共通して起こっている。

 


(「労働ダンピング」/ 中野麻美・著)

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ここで登場するTVコメンテーターのような人は、ネットではよく見ますよね。自分の思いつき、自分の経験だけが絶対だという思い込み。こういう視野狭窄はなぜ生じるのでしょうか。テストの点数が絶対視される学校教育の影響なのでしょうか。がんばればかならず正解にたどり着く、という思い込みが学校ではぐくまれるのでしょうか。それとも「しがみつかない生き方」で香山リカさんが指摘されたように、想像力や危機対処能力の未熟さのために、未知の事態への恐怖から目をそらそうとして、自分に理解できない状況、自分の対処能力を超える状況を否定しようとするのか。あるいは、TV局勤めなら、スポンサーへの遠慮から、自民党政策への批判的な報道をバッシングするよう、局の偉い人たちから圧力がかかったのか。なにせ、この出来事の2年前には欧米で悪評の高かった、イラク人質バッシングの先頭に立ったのが、外務省の情報操作に積極的に協力したマスコミですから、そういううがった詮索もしてしまうのです。こういう他者への配慮、同胞を思いやる気持ちの未熟さが日本社会に閉塞感をもたらしているのではないかとわたしは思うのですが。

そして、当時のそういう政策を打ち出した経済官僚とその御用学者。彼らの最大の欠陥は現実を見ようとしないこと、現実に即した政策を打とうとしないことにあります。彼らは単に自分たちが優秀な人間であることを自分と自分の側近に見せびらかしたいだけである可能性が高いです。こんな指摘があります。



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フリードマンらに代表される、合理的期待仮説 (人間はみな理性的・合理的な動機で経済活動をするので、市場にすべて任せておけばすべてはうまくいく、とする考え方) や一般均衡理論 (市場経済における労働、資本、エネルギーなどの資源の配分のなされ方を分析する、ミクロ経済学の理論) の一部が現実から遊離した夢の世界の理論になってしまっている、という論を、森嶋通夫は述べる。「この派の学者は、互いにしのぎを削って知力と論理的能力とを証明することに憂き身をやつしており、現実の世界を見る必要があるとする人々を劣等生と決めつけるのである。科学的な精神態度の退化の顕著な症状、それがこの現象である」。(島居泰彦監修「フューチャー・オブ・エコノミックス」同文書院インタナショナル、166ページ)




(「経済学は死んだのか」/ 奥村宏・著)

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日本人にもアメリカ人にも共通している劣等感のようなものがあって、それは数学コンプレックスともいうべきものです。高級そうな記号をたくさん用いて表記される数学的な論理ばかりが追及されて、現実の問題は彼らにとってはレベルの低い問題なのです。これをして「本末転倒」といいます。こういう、「自分は常人とは違ってえらいんだ」という自意識の強い人物は小泉=安部政権にもいました。「さらば、財務省」の著者である高橋洋一さんです。



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あるとき、高橋に聞いたことがある。
「洋ちゃん、ほんとうのところ、竹中さんはあなたの話をどれくらい理解しているの?」
答えがふるっていた。
「長谷川さん、あの人はすごいよ。ぼくがフルで話して、8割くらいわかっているんだから。さすが経済学者だよ」

つまり、竹中でも高橋の話の8割しか、ちゃんと理解していないということなのだ。これには注釈が必要だろう。たとえば、経済学には「動学理論」という分野がある。ふつうの大学の経済学部で教えられているのは「静学理論」であり、米国の大学院以上では動学理論である。数学ができないとついていけない分野なので、日本ではエコノミストでも「実は、動学はよくわからない」という人が多い。数学の素養がないと、プロの学者でも間違えることがしばしばある分野である。

東大数学科出身の高橋は、こうした分野が専門であり、得意だった。だから彼が「フルで話す」となると、ほとんど数式だけでしゃべるようなものになるはずだ。(著者は聞いたことがないし、理解もできないだろう。) それを8割理解するなら、数式の会話が8割わかるということであり、それは相当すごいと思う。わたしは高橋が日本語でしゃべっても、消化不良があったのだ。高橋はあるとき、数式の会話についてこう言ったことがある。
「プリンストン大学に留学していたころは、英語はわからなくても、数式はわかるから、講義は完全にわかったよ。長谷川さんは文章から数式になったところで、本を読むスピードが落ちるでしょ。ぼくはことばで書かれたことより、数式で書かれたほうがよくわかるから、スピードは落ちない。ことばと同じように、すらすら理解できるんだ」。


(「官僚との死闘700日」/ 長谷川幸洋・著)

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実は、自分の得意なことをこれ見よがしに言い立てる人は、内心では劣等感を強く持っているのです。自尊心自体は低いのです。つまり、人は何かできないと愛してもらえない、ということばにならない思い込みが強いのです。高橋さんにとって、あるいは高橋さんを取り巻いていた人間関係にとって、数学や自然科学は神的な優越性のあることだったのでしょう。それらに精通していないと、目をまっすぐに上げられない、というような思い込みがその環境によって刷り込まれてきたのかもしれません。

宇沢弘文さんといえば、日本の経済学界の第一人者の一人であり、押しも押されぬ重鎮でいらっしゃいますが、宇沢さんも東大数学科出身です。でも、宇沢さんは他人に理解できないような話し方をして、悦に入ったりはされません。宇沢さんは、初学者にわかりやすく数学の教養を与える社会人向けの教本を書かれました。全6冊で、全部そろえるのにけっこうな額は必要ですが。でもとてもやさしくてわかりやすいです。宇沢さんの授業でも、第一年目は、生徒たちに数学の素養を教えるのにまるまる費やされたそうです。

宇沢さんは数学の知識があることで自分が常人離れした特殊な人間だという自意識を誇示されたりはされませんでした。宇沢さんは、むしろ小泉=竹中路線の痛烈な批判者となっておられます。この違いは何か。宇沢さんは、数学科を出たあと、進路を選ぶときに、人間の必要に役立ちたいという動機から経済学を志されたのだそうです。一方に見られる人間への関心と、他方に見られる理論家としての自己像への愛=ナルシズムという動機の差なのでしょう。これは人間の成熟度の差でもあります。

そして、銃社会のブラジルのほうが、日本よりも住みやすいといった日系ブラジル人も、そんな人間への関心のなさに、日本の閉塞感を見たのだとわたしは思うのです。豊かさとは何か、それはまず、人間同士のつながり、連帯がしっかりしているか、つまり、互いに相手の人権を尊重する人間関係が少しでもあること、だとわたしは訴えたい。すくなくとも、命の危険の高いブラジルには、日本よりもずっと温かい人間関係がはぐくみやすい土壌もあり、その点で日本よりずっと住みやすいのだと思います。日本は、人間の気持ちや人間自身を二の次三の次にして、「経済成長」のほうをあくまで追求するのですから、銃社会による命の危険が高いブラジルより「おおらかで温かい」雰囲気が少なく、そのために住みづらい社会になっているのだと思います。そして、今日本が目指すべきなのは、人間を経済成長の道具のようにみなす風潮を180度変革させるという、この方面なのだということをもって、この拙文を締めくくらせていただきます。




ちなみに、高橋洋一さんは、公務員界の改革に着手したのですが、既得権益を守りたい財務官僚の手に落ちて、スキャンダルを仕立てられ、失脚しました。高橋さんの仕事には大きく評価すべき点もあったのですが、小泉時代に社会保障を削減したことによって、大きな不幸と深刻な悲劇が国民に生々しく臨んだのでした。

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どんなときでも戦争は避けられる

2010年02月21日 | 一般


わたしは憲法の一字一句を変えてはならないなどとは思いません。内閣についての規定や、天皇の章、人権の深化・精密化を図ることなど、現行日本国憲法には課題が多いと思います。真に「改正」するべき点は多いと思います。

でも、今日、「改憲」というと、まず9条の第二項が念頭に置かれているのです。「時代の要請」などと嘯く傾向は今でも根強いです。時代が要請しているのではなく、アメリカが要請してきたのですが。

憲法を変えたいという市民が念頭に置くのは「中国・北朝鮮の脅威」論です。攻められたら守るしかない、その際に、9条第二項の交戦権の拒否は邪魔になる、というのです。挑発されたらすぐに感情的になって武力を振り回すしかない、そうしなければ「解決しない」と彼らは言いますが、それは解決ではなく、問題の深刻化ないしは生存権の破壊化なのだということがわかっていないのです。いったい中国や北朝鮮のような国々が、一発ミサイルを打ち込まれて「申し訳ありませんでした」と平伏してくると本気で思っているのでしょうか。戦争になれば日本のような国は徴兵しなければ兵力を保てません。召集令状が回ってくるのは自分たち、あるいは自分の子どもたちなのです。それがわかっているのでしょうか。

9条の問題を冷静に考えれば、こういう意見になります。ノーベル賞学者、益川先生へのインタビューを今回、ご紹介します。「どんなときでも戦争は避けられる」という信念に、わたしはいちばん感動しました。


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Q.
益川敏英(2008年ノーベル物理学賞受賞者)先生は、「9条科学者の会」(2006年設立)の呼びかけ人をされていますね。


益川:
趣旨に賛同して呼びかけ人に名を連ねることになったとき、「皆さまのお邪魔にならないように最後尾から静かについていきます」といった趣旨のことを書いたのですが、それはレトリックではなく、本心だったのです。

わたしは物理屋なので、そのような場の先頭で旗振りをすることが自分の使命ではないという気持ちがありました。しかし最近は、もっと積極的に関わらなければいけないと思うようになりました。講義とぶつからない限り、声がかかれば出かけていこうと思っています。

 

Q.
九条を守ろうという動きが草の根的な広がりを見せるなかで、現在、九条については護憲派が多数を占めるようになっています(2009年6月当時)。

益川:
9条を変えようという世論が強くなった時期もありましたが、議論がごまかされてきたのだと思います。一種の論争術で、細かい問題に引きこんで混乱させてごまかすという手法があります。

しかし、9条の問題の本質は、この国を戦争のできる国にするのかしないのか、ということです。この本質を外してはいけないと思います。

いま自衛隊が「海賊対策」のためにソマリア沖まで派遣されています(2009年6月当時)。9条があるにもかかわらず、さまざまな名目で少しずつ自衛隊が海外に出されるようになってきて、憲法9条があってもソマリア沖まで行っているではないか、という意見も出ていますが、しかし、やはり9条があるためにできないことがあります。

交戦権を否定する9条があるから、自衛隊は先制攻撃ができない。ソマリア沖に行く途中で海賊船に遭遇しても、自衛隊は先に撃つことはできません。仮に9条が戦争をしようといううえで何の邪魔にもならないのであれば、9条改憲という意見も出てこないでしょう。

わたしのいた名古屋大学には長谷川正安先生という憲法学者がいらっしゃって、「憲法問題を考えるときは、その条文だけ見てもわからない」と講義していました。条文だけではなく、「その周辺法をみなさい」と。9条であれば、9条の周囲にある自衛隊法などの法律を見ていけば、9条がどのような性格を持っているかがわかるというのです。

…(中略)…

そのような視点で見ると、9条があるために、自衛隊の行動にはさまざまな制約がかけられていることがわかります。その制約とは、先に銃を撃てない、ということに集約されています。改憲派の人たちはそこを変えたいのでしょう。

しかし、こちらから先に戦争を仕掛けるなんて、とんでもない話だと、わたしは思います。どんなときでも、戦争を避ける方法はあると思います。戦争は無理やりに、武力を以ってこちらの言い分を相手に押しつける行為です。そんな歴史を再び繰り返してはいけないと思います。

 

(「科学者と憲法9条」/ 益川敏英・京都産業大学教授/ 「世界」2009年7月号より)


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ブログ荒らしのコメントでは、ソマリア海賊が攻撃してきてから反撃したら、自衛隊員の危険が高まるとかいう雑な議論がよく見受けられるのですが、そもそも日本の場合、海上保安庁が訓練されているにもかかわらず、海自がいく必要があるのか、という本質的な議論は棚上げにされます。まずアメリカの意向ありき、で議論が進められるのです。

こういう人たちには、物事の本質などには頭の回らない、自己顕示欲だけで意見を書き、意地になって書いているうちに本気で戦争抑止を否定するようになる、雰囲気に流されやすいタイプが多いのです。彼らにはどこか、挫折感の埋め合わせに、権力や武力への憧憬を抱くようになっている嫌いがあると、わたしは感じたことがあるのですが。そう、彼らは基本的に、人間を憎んでいる、あるいは怖れているのではないかと思ったことがあります。おそらく、人間とのつきあい方が下手で、会社や地域で嫌われ者になっていたりするんじゃないでしょうか、そういう人たちは。

真に平和を築こうという人たちは、むしろ、人間に対する信頼感がある。理解を広げることでつながってゆこうとする。わたしは、人間の強さというのはそういうことだと思います。益川先生も、人間への信頼をこのように述べておられるのです。


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わたしは「これから200年たったら戦争はなくなる」と言っています。いろんな人から「本気か」と言われますが、もちろん本気です。

50年前のアメリカはほんとうに野蛮で、人種差別によって多くの黒人が殺されていました。しかし60年代の公民権運動を経て、いまや黒人の大統領が誕生しています。奴隷制は(表面上は)姿を消しました。かつて地球のいたるところにあった植民地も、表面上は存在しなくなりました。かつてアメリカの裏庭と言われたラテンアメリカでは自主的な政治を行う政府が多数派になっています。

もちろん、まだまだ多くの問題があることは事実です。しかし、これまでの100年間に進歩がなかったとは誰も言えないでしょう。これからの100年間でもそれなりの進歩はあると思います。いつでも揺り戻しはあると思いますよ。変革を怖れる勢力は、いつでも改革を値切ろうとします。そうやって右に行ったり左に行ったりしながらも、人類はここまで進んできたんです。

わたしは、人間に対して思い入れがあります。個々の人間を見ると実に嫌な面もありますが(笑)、人間という存在そのものは非常にすばらしいと思います。

 


(「科学者と憲法9条」/ 益川敏英・京都産業大学教授/ 「世界」2009年7月号より)


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中国はかつてはガチガチの共産主義で、それこそ世界革命をもくろんでいたかもしれませんが、むかしと同じような行動をこれから日本にも仕掛けてくると、単に不信感を表明して、非武装を解除したりすればそれこそ緊張を一気に高めてしまいます。

かつて江戸幕府が、徳川家に威信を捨てて、外様大名や下級武士を登用して、パリーやハリス相手に戦争回避外交を繰り広げたように、知恵を絞って、頭脳外交ができるはずなのです。そしてそういう国民の意思を政府に発信してゆくべきなのです。わたしたち国民も、もう二度と戦前のように、ずるずると軍部官僚の手に自分たちの運命をゆだねてしまうということを繰り返さないようにしたいと、切に切に思うのです。

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今さらながら、「カツマー vs カヤマー」論争に感じたこと

2010年01月04日 | 一般

 

 

 

昨年の10月以降、「カツマー vs カヤマー」論争が話題になっていたそうだ。本業は会計士の勝間和代さんと、精神科医であり、カウンターカルチャーの論評でも有名な香山リカ(←ペンネームです。本名は明らかにされておられません)との「生きかた論争」ということになっていますが…。

わたしは、この論争の核は「生きかた論争」ではない、と思っています。

この論争はもともと、香山さんが幻冬舎新書から「しがみつかない生き方」を出版したことに始まります。わたしは香山さんの論理的な思考能力にあこがれてきましたし、香山さんの主張にも共感できますので、香山さんの本は、すべてではありませんが、よく購入するほうです。

「しがみつかない生き方」は購入しました。帯のキャッチコピーが気に入ったからです。わたしが購入したのは第一刷で、そのコピーは「勝間和代を目指さない」というものでした。その後、どういうわけか、そのコピーは変更されました。変更後のコピーはよく覚えていませんが、「なんでだろう」とは思っていました。「ちょっと刺激的すぎたのかな、勝間さんからクレームでもついたのかな」などと想像はしていましたが。

でもその背景には、「カツマー vs カヤマー」論争が話題になったことがあったんですね。いまでは「勝間和代を目指さない」のコピーが堂々と復活しています。

二つ三つの、論争への感想を述べたブログをチェックしてみましたが、どちらかに軍配を挙げるのではなく、「カツマーvsカヤマーではなく、カツマー&カヤマーとすればいいのに」というようなご意見でした。

勝間さんの支持者はたいへん多いのだそうです。やはり、「勝ち組」「負け組」というマスコミのコピーが小泉政策とともに国民に刷り込まれてきたせいもあると、わたしは思います。勝間さんは「自己責任」ということばを直接的には使いませんが、自分のようにがんばれば必ず成果はついてくる、という言い方によって、暗に、あるいは良く言えば、ご本人の思うところとは無関係に「自己責任」という偏向的な切り捨てを浮き上がらせている、と思います。

わたしは勝間さんの本は購入はしていませんが、何冊か立ち読みはしたことがあります。感想は「自慢たらしくて鼻につく」です。勝間さんはご自分の成功や有能さを露骨なくらい自賛的に書くのです。勝間さんご本人もそれは意識されているようで、そういう反応への封じ込めとして、妬む、愚痴る、怒る、の「三毒」を避ければ、自然と評価がついてくる、と書き込んでおられます。つまり、勝間さんの成果の羅列を、「自慢たらしい」と解釈するのは、みっともない妬みであり、だからわたしみたいなのはうだつが上がらないんだ、というわけです。

香山さんが「しがみつかない生き方」でほんとうに言おうとしたのは生きかた論争についてではないとわたしは思います。がんばれば必ず成功すると思ってがんばっても、人間にはどうしようもない事情で不遇に陥ることがある、たとえば統合失調症のように、原因がはっきりわからない病気に見舞われてしまうことだってあるし、そうなったのは本人の努力が足りないのではない、同じようなことは貧困のような問題にも当てはまるのだ、現代の貧困は社会の仕組みの問題で、個人の努力不足ではない、などと香山さんは主張するでしょうが、それは表面上のことだと思います。

香山さんが本当に言おうとしたのは、「しがみつかない生き方」の本当に最後のほうの部分の2~3ページに書かれています。

 

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つまり、努力できないひとや失敗して窮地に陥っているひとがいることなど、世の中には最初から存在するはずがないかのように扱うのだ。精神分析の用語では、この「なかったように扱うこと」を「否認」と呼ぶ。

…(中略)…

しかし、わたしが病院での診療経験から気づいたように、人生が思うように展開していない人の多くは、努力が足りないわけではなくて、病気になったり、勤めていた会社が倒産したり、という “不運なひと” なのだ。たとえ、努力不足が挫折や失敗の原因であったとしても、丹念にその人生をふり返ると、そもそも家庭環境などに恵まれず、努力しようにもできる状態になかった、という場合が多い。そして一見うまく行っているように見える人も、じつはそういう人生との差は、実は紙一重なのだ。なぜなら、いくら食べ物に気をつけていても重篤な生習慣病に罹るときは罹ってしまうものだからだ。

それなのに、いくら成功者であっても、というより、成功者であればあるほど、「わたしが今あるのは幸運と偶然の結果であって、一歩間違えれば、わたしも重い病気になったり、家族に虐待されたりして、今頃孤独な失敗者だったかもしれない」と思うことができなくなるのだ。

彼らは、「わたしの成功は努力の成果だ。たとえ恵まれない状況に生まれていても、わたしの場合は努力で今日の成功を勝ち取っていただろう」と考えることで、自分の成功は必然であり、不動なものであることを、ほかならぬ自分自身に納得させようとしているのだ。

そうやって失敗と偶然の幸運の可能性を「否認」し、失敗者など自己責任だというふうに「否認」しなければ、「明日はわたしも孤独と絶望の側に回ってしまうかも…」という不安がむくむくと膨らみ、いてもたってもいられなくなるからである。

 


(「しがみつかない生き方」/ 香山リカ・著)

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実は、引用文でいわれている、「成功者」と「負け組」の差が「紙一重」であり、能力だけで成功は得られるのではなく、そこには人間の力ではおよそどうすることもできない「偶然の幸運」というものに左右される、ということのほうが真実なのです。そして、この真実がある人々にとっては恐怖なのです。「ある人々」とは成功者になったものの、いつそれを失うかわからないという可能性に漠とした不安を持っている人です。成功したのに漠とした不安を感じるのは、その成功が自分の努力だけで達成したのではなく、なにか「情勢の流れ」のようなものに乗った面もあるということを心の隅で感じているからでしょう。そのうえでその「成功」にしがみついていたい人です。自分のアイデンティティのすべてを、その「成功」の上に置こうという人が、いまここでいう「ある人々」です。

香山さんがおっしゃろうとしているのは、
◎ 「この方法でがんばれば成功する、失敗なんてするはずがない、失敗するのはその人のせい」という白か黒かの両極端しかない考えかたの中で生きていると、そのひとを神経症などの病的な状態に追い込む原因になることがある、
◎ 「わたしも変われる」「成功者の道へ」という一時的な高揚感を得るために、自分を不自然な常態にまで追い込んでいっても、結局は自分のためにも社会のためにもならないはずだ、
◎ じつはたいていの人は、巻き返し不可能な状態にまで陥った失敗者でもない代わり、勝間和代さん級のようなマスコミでもてはやされる大成功者でもない、ほどほど、そこそこの人だといえる、それでいいのだ、その状態を冷静に見てみれば、満足できるものはいっぱいあるのだ、
…ということです。

だから、

 

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「わたしだって、一歩間違えればたいへんな失敗者になるかもしれない」「いまうまくいっているのは運がよかったから」という紛れもない事実をしっかり認められる力を身につけることができたら、そのほうがずっと自分のためにも人のためにもなるはずだと思う。

 

(上掲書より)

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弱い人間がつくる社会のこと、なんでも自分の思うとおりに完全にコントロールできないもの。そんな社会でそこそこ必要なものに困らないでいられるのは、運がよかったせいというのが大きい。それを認められるなら、困っている人、身動きが取れないほど切羽詰っている人を「自己責任」などと切り捨てられないでしょう。だって、何か不運があると自分もいつ何時そういう境遇に落ち込むかわからないからです。自分が弱い人間であると認められたなら、そう、福祉社会への構想を持てるようになるのです。それが当たり前のことだと考えることができるようになるでしょう。

それができないのは、自分が弱いことを認められないからです。「勝たなければ、勝たなければ」、「追いつかれたらおしまい」、という考えに取り付かれることを「強迫」されるといいます。「脅迫」ではありません。

さて、「追いつかれたらおしまい」って、なぜ「おしまい」なのでしょうか。それは人に負けたりすると、親や周囲の大人たちに勇気づけられたり、慰められたりされなくって、逆に責められたり、不機嫌な表情で冷淡にされる、ほかの方法によって、とっても寂しい思いをさせられてきたからであり、それゆえに、「負ける」ことに恐怖感が反射的に感じられるように育ったからです。

たとえば、お母さん、お父さんが、その子どもさんがちっちゃい時分から、親の思うとおりの成果を挙げたときだけほめて、思うとおりに行動しないときには怒鳴ったり、不機嫌な表情を作り口をきかなくなったりして、子どもに強い恐怖を与えたりして育てると、「強迫」的に「いい子になる」ことにしがみつく大人になる可能性が高くなるそうです。勝つこと、勝負の結果だけにこだわる性癖も同様のことが関係しています。この辺のことはまた別の機会に書くとしましょう。

自己責任を主張したりするひと、匿名の嫌がらせをするひとたち、あとどうしても言っておきたいんですが、明確な思想を持っておられて、なお且つあまり強く反論しないブロガーのコメント欄に寄生して、数人でそのブロガーに難癖をつけ、言いがかりのような議論を吹っかけ、答えられないことを確かめ、それを理由に相手を辱める、それに類するような行為言動によって、その数人が互いにつながりを確認しようとする、いまふうの中学生のいじめと同じことをしている人たちも、実は自分のすぐ後ろに、自分がやっきになって「否認」している不幸が、ぱっくり口を開けているという事実を恐怖しているのです。恐怖するのは、どう対処していいかわからないし、「わからない」ということを認めることができないからです。彼らはいつも人より「上」でないと気がすまないのです。つまり、人より「上」でなければならない、と「強迫」されているのです。この場合、強迫しているのはほかの誰でもない、自分自身です。

事実、わたしたちがいま、むかしよりずっと強く病気や失業を怖れなければならないことには理由があります。セーフティーネットが壊滅的にはずされているから、むかしよりも怖れなければならないのです。ガンを患えば破産する、治療すれば治るガンなのに、貧困のために治療ができない、貧困なのはセーフティーネットがはずされたからなのです。「すべり台社会」といわれ、いちど失業したら住む場所すら失い、路上暮らし、ネットカフェ暮らしを強いられる…。橋本政権による改革以降、アメリカ流の、人種差別、階級差別を容認する文化に基づく弱肉強食の排除型社会を導入てきた結果なのです。そしてその「ドツボ」は、今自分んちはお父さんも元気で働いてくれているし、自分の会社も何とか持ちこたえているから大丈夫、だからそんな「暗いこと」なんか考えないようにしようと、つまりはそういう現実を否認して、それで無関係でいられる、というものものではありません。

否認ではなく、直視し、調査し、そして対処法を見いだす、という方法で、その恐怖を小さくすることが実際にできるのです。そういう方法で、わたしたちは安心を確立することができるのです。それができないのはなぜでしょうか。

香山さんの「しがみつかない生き方」の冒頭のほうで、フィンランド(持続可能な福祉社会を作っている国)、韓国(格差の程度は日本以上)、日本の三つの国での「対人信頼度の比較」をJFK大学で行った調査の結果が引用されています。それによると、日本は、フィンランドはもとより、格差と貧困の程度が日本より深刻な韓国に比してさえ、他の人への不信感が強く、信頼感は低いことが判明した、というのです。結果の数字だけを書き写すと、



「ほとんどの人は他人を信頼している」
フィンランド
 そう思う 16.8% ややそう思う 56.8%、
韓国
 そう思う 7.4%  ややそう思う 40.8%、
日本
 そう思う 2.7%  ややそう思う 26.5%。


「わたしは人を信頼するほうである」
フィンランド
 そう思う 28.6% ややそう思う 46.0%、
韓国
 そう思う 24.3% ややそう思う 43.1%、
日本
 そう思う 18.7% ややそう思う 40.3%。


「この社会では気をつけていないと、誰かに利用されてしまう」
フィンランド
 そう思う 3.8%  ややそう思う 21.6%、
韓国
 そう思う 23.3% ややそう思う 55.7%、
日本
 そう思う 33.5% ややそう思う 46.2%。


「ほとんどの人は基本的に善良で親切である」
フィンランド
 そう思う 27.0% ややそう思う 55.6%、
韓国
 そう思う 21.6% ややそう思う 53.1%、
日本
 そう思う  7.0% ややそう思う 30.8%。


…となっています。

韓国にはまだ儒教の影響力が強いことが、あるていど格差・貧困の具合がましな日本より信頼感が根強い理由になっているのかな、とも思ったりするのですが。でも日本の人間関係がすっかりばらばらになっているさまは明らかですよね。

日本が、草の根では小泉・竹中路線への的確な批判ができるようになっているのに、もうひとつ改善への努力で大きな盛り上がりを見せない事情がここにあるように思います。他人が信頼できないのです。下手をして自分を開示すると、「利用される」かもしれません。どんな人に、かというと、勝間さんのような目立つ成功者を目指す人たちです。彼らは本物の勝間さんとは違い、本当は自分の名声に強迫的に執着していることが動機なのに、口先で貧困問題や格差問題を語りながら、自分の成功をことさらに例として引用し、あたかもそれが努力の結果であると自分と自分の周囲の人に認めさせようとするのです。

こういうカツマータイプ(勝間さん本人とは言いません)のひとって、わたしの身の回りにもいます。いや~なひとです。もちろんつきあいでは一定の距離を置いています。向こうはやたらなれなれしくしてくるんですけどね。ヴァーチャルな場所でも、いますよね。口先だけでリベラリスト装っていて、でもなんとなく反感を感じてしまうっていうタイプ。そういうひとって、ほんとうは日和見なんだと思います。ネットの世界で、リベラリストや左翼のアバターをつくって、それに自分を重ねてナルシズムに酔っているんでしょうね。そういう人ってたいてい、自分のメンツを傷つけるような (=自分とは異なった意見や批判的な内容のコメント、まれによくわからないのに削除される場合もある) コメントや書き込みを強制削除する人です。わたしはそういうひととにはかかわりません。大嫌いです。「善良でまじめでいい人の」エホバの証人の多くはこんなひとでしたから。

人間の間に連帯を取り戻すには、ある程度の安心が必要です。そのためには、医療の安全弁、生活保障の安全弁、失業時の安全弁、そういう憲法25条で規定されている、人間として最低限必要な制度を保障しておく必要があります。「予算をどうする」なんて人間性への無知をさらけ出すようなバカな言いがかり言ってないで、いまは真剣に予算の組み方の構造を、国民のニーズに合わせて組み替えてゆくべきです。暮らしのことを真摯に考えるブロガーのみなさん、他人の気持ちに配慮する余裕のあるブロガーの皆さん、孤独なコメンターたちが予算をどうするetc.の反論を言うのは単に議論に勝ちたいからであって、何か構想なり思想があるからではありません。だから無視していいです。ほうっときましょう。そういうひとたちは家族があるのにもかかわらず、夜の時間のほとんどをコメント欄でのディベートに使っています。その人たちがそれぞれの家族のなかでの居場所がどうなっているか、だいたい予想がつきますよね。

ですから、自分の境遇が偶然に左右される脆弱なものであることを否認せずに直視できる皆さん、そんな哀れなディベーターにいちいちかかわらず無視してください。自分の意見をまとまった仕方で言えるようにする練習用のツールとしてブログを利用し、ぜひともリアルの暮らしに両足を置き、そこでの判断、行動、運動に精力の90%を使うようにしましょう。インターネットに必要以上の時間を使うと、人間の性格性向に変調をきたす可能性があるという調査や報告が出てきています。生きている身の回りの人間とのコミュニケーション能力が衰えたら、意見の主張なんてできなくなっちゃいますから。

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