Kimama Cinema

観た映画の気ままな覚え書き

彼は秘密の女ともだち

2015年09月10日 | 2010年代 欧州
彼は秘密の女ともだち(原題:Une nouvelle amie)

2014年 フランス
監督・脚本:フランソワ・オゾン
製作:エリック・アルトメイヤー、ニコラ・アルトメイヤー
原案:ルース・レンデル
出演:ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエ、ラファエル・ペルソナース、イジルド・ル・ベスコ、オーロール・クレマンリ
撮影:パスカル・マルティ
編集:ロール・ガルデット
音楽:フィリップ・ロンビ
衣装:パスカリーヌ・シャバンヌ
美術:ミシェル・バルテレミ

 名前をつけてしまったのがいけないのだ、と思う。
 彼である「彼女」を“ヴィルジニア“と呼ぶようになったのはクレールだった。



 幼なじみで学生時代、結婚後もずっと親友だったローラが亡くなった。クレールは、悲しみの中で、ローラの娘と夫をこれからも見守っていくと誓う。葬儀からしばらくして、クレールが様子をみに家を訪れると、ローラの夫ダヴィッドは女装をして娘をあやしていた。驚くクレールに、ダヴィッドは以前から女装の趣味があり、ローラも理解してくれていたと打ち明けたのだった。

はじめは女装に猛反対するクレールだったが、周囲にバレないよう協力するうちに“ヴィルジニア“を受け入れ、女友達として距離を縮めていく。それは、刺激的な冒険を味わう共犯者のようでもあり、憧れ続けたローラの存在と重ねるようでもあり・・・。

 徐々に“ヴィルジニア“と化していくダヴィッドは、単に女物の衣装や化粧を楽しんでいた時とは違う、女性らしい表情を身につけていく。名付ければ、そこから「人格」が生まれる。<本当の自分>なんて無いのだ。亡きローラの存在が強烈な影を落とし、二人を包んでいく。

 クレールが叫ぶ「ローラを裏切れない」という言葉は、観客に対する罠だ。夫、じゃないんだ。そうか、夫のことはとうの昔に裏切っている。性の多様性は、誰の中にでも潜むのだろうと思わされる。

 でもってダイバーシティの渦に呑み込ませようとする監督の手腕ときたら、自然と舌を巻いてしまう。ラファエル・ペルソナースにも無理やり口紅塗ったり妄想シャワーシーン入れたりとかサービスショット満載ぶりにも脱帽。や、多謝。

 劇場を出たときにすれ違ったカップルが「ハッピーエンドだったね」と感想をささやきあっているのを耳にして、ぐぐっと凹んでしまった。誰かのハッピーエンドは、誰かのバッドエンド。私の場合はペルソナース目線で観ているからに過ぎないのだけど。彼があまりにも良い旦那さんを演じているからこそ、なんだか悲しくてしょうがなかった。

バケモノの子

2015年09月03日 | 2010年代 邦

バケモノの子  The Boy and The Beast

2015年 日本〈アニメーション〉
監督・脚本:細田守
製作:齋藤優一郎、伊藤卓哉、千葉淳、川村元気
声の出演:役所広司、宮崎あおい、染谷将太、広瀬すず、山路和弘、津川雅彦、リリー・フランキー、大泉洋、宮野真守、山口勝平、黒木華、大野百花
キャラクターデザイン:細田守、山下高明、伊賀大介
作画監督:山下高明、西田達三
美術監督:大森祟、高松洋平、西川洋一
編集:西山茂
音楽:高木正勝


 東京都・渋谷をさまよう身よりのない9歳の少年は、バケモノの“熊徹”の後を追って、もう一つの世界【渋天街(バケモノ界)】へと入り込む。少年は“九太”と呼ばれ、弟子をほしがっていた熊徹に武術を習い育てられることになった。

 【渋天街】は、市場が立ち並ぶ賑やかな街で、バケモノたちが所狭しと行き交いしている。まず「向こう側の世界」に広がる光景がどれだけ魅力的なものか、というのが冒険物語において重要なところだと思うのだけれども、さほど異世界感は無い。人間と同じようなものを食べて一戸建ての家に住んでいるし、バケモノたちの造形もデフォルメ感なく、獣を人化して特徴を無くしたような、いや人を少し獣っぽくしたような。。。武骨な熊徹に九太の世話ができるのかと案じて日参する多々良と百秋坊、そっと見守ってくれている長老の宗師もいて、どうも安心安全な世界に見える。

 しかもバケモノ界では、人間は心に「闇」を宿して災いを呼ぶと言われ、避けられるという設定・・・! ということは、この獣人たちには心の闇が無いのだよね? それじゃあ人間の方がよっぽどバケモノっぽいじゃないか、と思う。天井対決であるはずの熊徹と、そのライバル・猪王山の戦いより、バケモノの子たち(九太と一郎彦)の戦いの方がよっぽど壮大でデンジェラスだし。

 九太は成長とともに人間界に惹かれていき、同じ年代の女の子を気にかけたり大学受験を考えたりして、異世界で育った割には「フツ―」の男の子になっていくようにみえる。しかし彼にとっては、自由気ままなバケモノ界よりも、人間界になじんでいく方がよっぽど冒険だろう。仮想現実に身も心もどっぷり浸した若者が、進路相談を前に現実へと目を向けていくよう。今やリアルも仮想現実のひとつかも知れないけど、ただ実生活には無数のルールがあるし自分自身や他人の心の闇とも闘っていかなくてはいけない。これは、逆冒険譚なのだなと思った。