~風に吹かれて~ by ポー(paw)

-人の中に 人の創り出した物の中に 動植物の中に 地球や宇宙の中に 魂の琴線にふれ 愛を感じながら 生き込みたい-

pawの遠野物語<旅の風に吹かれて2>

2011-09-30 13:47:13 | ・旅・山

お宿のすぐ近くに遠野郷八幡宮が近くにありました。涼しい気が流れていました。

末社として12支のお社があるのが珍しいです。戌と亥はなぜかお社がなくて、神宮本殿を拝むのだそうです。
私と友人は、戌と亥なので、共に本殿にて^^

本殿の瓦屋根が軽そうなタイプのものに変えられていました。震災被害なのでしょうね。遠野郷八幡宮の向い鳩

の紋章が可愛いです^^

9月15日の例大祭では遠野南部流鏑馬(やぶさめ)が行われたようです。昭和28年に復活してから欠かさず

奉納されている神事で、南端直線で120間(約220㍍)の芝生の馬場(市文化財)で行われる勇壮な行事。

ん?紅葉かな?と思ったら、もみじの実 綺麗な色合いでしたよ^^ 

その後、 遠野を流れる川沿いのサイクリングロードに立ち寄った後、お宿に戻りました。車に乗り込み山方面へ。

うお~!すごい牛くんです!

その後、きのこ狩りに行く方に案内されて、車で早池峰山方面へ。途中で別れて荒川牧場へ。
気持のよい本物の牧場が広がっています。早池峰神社を目指しますが、途中、道が不安になる
分岐で、きのこ狩りされている方に聞いたりして、ダートの悪路を降りていきます。この
ダート道が、かなり酷い状態(地震の影響か道に所々亀裂が入っている)。対向車(一台だけ)
が登ってきたので、とりあえず通れると一安心。

親子かなあ?可愛い^^

途中、イタチやリスが道路を横切りましたよ^^

一戸町・・・岩手県二戸郡
二戸市・・・岩手県
三戸町・・・青森県三戸郡
五戸町・・・青森県三戸郡
六戸町・・・青森県上北郡
七戸町・・・青森県上北郡
八戸市・・・青森県
九戸村・・・岩手県九戸郡

四戸はありません。
また、岩手県遠野市が『十戸』だったという説もあります。

つづく~


pawの遠野物語<旅の風に吹かれて1>

2011-09-28 12:03:49 | ・旅・山

旅行目的で行ってきたわけでは無いため、何をどう書こうかと悩みました。そこで、
「旅の風に吹かれて」「ボランティアの風に吹かれて」「集う人たちの風に吹かれて」
に分けて書いていこうと思います。とりあえず、「旅の風に吹かれて」から~

2011.9.22 07:00出発。
昨夜の東京から東北にかけての台風通過に伴い、東北自動車道の福島、宮城県内で一部、
通行止めになっていましたが、その箇所に着くころには解除となっていて助かりました。
多少渋滞は残っていたものの、16:00前には遠野に到着。

遠野被災地支援ボランティアネットワーク「遠野まごころネット」に寄って積み込んで
きた支援物資を搬入後、受付でボランティア登録の手続き、オリエンテーションを受け、
宿泊場所へ。

宿泊場所は、すぐ近くの今回一緒に同行して頂いた友人の会社の組合が借り切っている
公民館。夕食前に、遠野の唯一の銭湯へ行きました。可愛いお風呂でしたよ~。湯船は、
三人位で一杯^^ 洗い場は、七つくらいあるのですが、同時に使うと、お湯が出なくな
るようです。この日は、台風の影響でボランティア活動中止だったので(前日も)、空
いていてラッキーでした。夕食後23時頃就寝。

2011.9.23 6時起床。
外に出ると、霧に包まれた真っ白な世界。8時ごろバスで釜石・箱崎地区へ向けて出発。
10時半ごろから箱崎地区の個人宅の解体跡の瓦礫撤去、草むしりなどを開始。天候は、
白雲の浮かぶ晴れ。お昼休み・昼食時、カモメに餌を与えたら、あちこちから数羽飛ん
できて面白かったですよ。でも、その方、餌を与えぬよう注意されていましたが(笑
15時頃撤収。こちらへ来る直前に腰を痛め、この日も行きのバスの中ではかなり痛くて
どうなるかと思いましたが、後半位から体力仕事なのに調子が良くなりました。適度に
動かしたのが良かったのかなあ。瓦礫の上を飛び回る赤トンボが悲しげでした・・・。
バスに乗り込む辺りから雨が降り始めましたが16時頃、遠野に着くころには止みました。
この日は、7km位西のたかむろ水光園のトロン湯へ行きました。前日と同じく夕食後23時
頃就寝。(地震を感じたのは一度だけでした。震源地・震度3 遠野・震度1)

2011.9.24 6時起床。朝は、なんと9℃!!! 台風一過後、ぐぐっと冷え込んでいるようです。
この日も朝は霧の中でしたね。8時頃からは晴れてきます。8時ごろバスで陸前高田市
高田町へ向けて出発。10時半ごろから高田地区の田んぼの瓦礫仕分け・撤去を開始。
お昼休み・昼食を挟んで15時頃撤収。16時頃、遠野に戻りました。帰りのバスからは、
虹が見えましたよ。日中は20℃くらいあったようです。

遠野の天気は、くるくる変わるようで、天気予想するならば、三方向の空を見なければ
いけないと・・・。この日のお風呂は、7km位東にある清養園清掃センター(現地では
ゴミ風呂、余熱と呼ばれている^^;)。がしかし、定休日でした^^;;仕方なく、昨日と
同じお風呂へ。途中からボランティアの方々で大賑わいでしたよ。

綺麗な夕暮れでした。夕焼けと反対側の山々がうっすらピンク色に染まって・・・

帰り、細い農道(外灯無し)の脇にクルマを止めてライトを消し見上げると・・・・・
満天の星が広がっていました。天の川、人工衛星も見れましたよ。いや~それにしても
ホントに真っ暗・・・。その後、小さな橋を渡ったのですが、橋には、おんぶしている
図が描かれていました。なんと、ここはデンデラ野と行って、姥捨て山だったのです。
真っ暗な田んぼの中を通って無事にお宿へ。前日と同じく夕食後23時頃就寝。

2011.9.25 6時起床。
この日は午後から帰路に着きますので遠野近辺散策。この日も朝は霧の中。朝食後、自
転車でお宿周辺を散策。朝もやの中・・ホントに気持ち良かったです。

少しずつ雲が上がっていきます。つづく~


オカガニの放卵

2011-09-26 18:19:20 | ・写真

はい~っ! 無事に生還~! 往復1200kmの旅でございました。いろいろと思うところもあるので、ちょっと

時間をかけて整理してアップします。というわけで、ブレイクたいむ♪

 

沖縄の南風さんから、オカガニの放卵の写真が届きましたのでご紹介しますね~

毎年6月から9月の満月前後に、小規模ながら卵をいっぱい抱えたオカガニのメスたちが
ゾロゾロと海へ降りていくのを見ることができます。道路を横断したオカガニは砂浜の水
際を目指し、ゆっくり移動します。月明かりに照らされながら寄せては返す波に合わせる
ように、メスたちは波打ち際で脚を踏ん張り、体を激しく震わせて放卵します。

側溝があっても、よじ登り・・・ 

壁があっても、なんのその!

こら~!そこどけ~!(卵抱えていますねー)

じゃまだぞ~!

うんしょ、うんしょ・・・文字通りカニ歩きで波打ち際へ・・・・

ぶるぶるぶるぶる~~~ 行け、行け~~! 

下記の動画は、クリスマス島を赤く染める1億2000万匹のアカガニです。


遠野へ

2011-09-21 00:00:53 | ・スピリチュアリズムからの風景

2011.9.22~25 遠野市被災地支援ネットワーク参加の為、遠野へ出かけます。戻りましたら、

ブログにて詳細報告いたします。(その間は、時間がありましたら、この投稿のコメント欄に投稿

加算していきますねー) 

というわけで、遠野物語なんぞをパラパラと読んでいますよ^^

2009.8岩手~秋田周辺

遠野物語(柳田国男)

この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治42年の2月ごろより始めて夜分
折々訪ね来たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手にはあらざれども誠実
なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。柳田国男

柳田国男は幼少年時に不思議な体験をしている。数え年4歳の時と11歳の時に神隠しの体験
をしている。さらに14歳の春の日、隣家が祀っていた石の祠の中を見たくなって、誰もいな
いのを確かめてから扉を開けたところ、こぶし大の綺麗な蠟石の珠がおさまっていた。何と
も言えない妙な気持になり、しゃがんだまま、よく晴れた昼間の青空を見上げると、そこに
数十の星が見えた。すると、突然高い空でヒヨドリがピーと鳴いた。その拍子に身がギュっと
引きしまって、人心地がついた。人一倍感受性の強い子供であったようである。by 解説

また、柳田国男と交流のあった南方熊楠も幽体離脱や幻覚などをたびたび見ていたため、死後
自分の脳を調べてもらうよう要望していた。MRIで調べたところ右側頭葉奥の海馬に萎縮があ
り、それが幻覚の元になった可能性があるといわれる。(熊楠の脳は大阪大学医学部にホルマ
リン漬けとして保存されている)by wiki

 

新釈遠野物語(井上ひさし)

「遠野物語」が山の神や里の神、天狗、山男山女、河童、あるいは猿や狼や熊、狐などと人間たちとの
交流と交感を実にリアルに描き出したのと同じように、「新釈遠野物語」におさめられた物語も山男、
河童、動物、魚などと人間との交流を「犬伏老人」の体験談、実見談という形で描かれている。

2009.8岩手~秋田周辺

以前から、「とおの」の言葉になにやら惹かれるものがありましたが、どちらの本も読ん
でみて解りました。
神隠し、超意識・霊視、幽霊、テレパシー、幽体離脱、霊耳、遠隔視、千里眼、占い、魔法、
占星術、空中浮揚、霊能、白昼夢、自然霊、精霊、憑霊、超常現象、臨死体験・・・・・・
それは、まさに私の好みの分野だったということです(爆笑

さらに、遠野物語の解説を読んで、「民俗学」に関して、全く異なった理解が得られ、今まで
点と点だったものが一つの線で結びついたことは、個人的に大きな収穫でした。

「おとぎ話は空想ではない。おとぎ話に比べれば、ほかの一切のものの方が空想的である」


光の彼方に

2011-09-20 00:00:41 | ・スピリチュアリズムからの風景

「スピリチュアリズムからの風景」カテゴリーからの投稿です。

もう一冊・・・最近読んだ本の紹介です。

 

光の彼方に―死後の世界を垣間みた人々  レイモンド・A.,Jr. ムーディ (著), 笠原 敏雄 (翻訳), 河口 慶子 (翻訳)

単行本: 256ページ 出版社: 阪急コミュニケーションズ  発売日: 1990/05

国際的ベストセラー『かいまみた死後の世界』の著者、レイモンド・ムーディの新作。人間は死んだら、どうなるのか…。

長いトンネルをぬけると、そこは愛と調和に満ちあふれた光り輝く世界が広がっている。臨死体験者が語る、死後の世界。

内容(「BOOK」データベースよりby amazon)

 

先にご紹介した、「天国からの手紙」は、大韓航空機爆破事件で亡くなられた方のご遺族が書かれた本ですが、

この本の訳者のひとりの河口恵子さんは、日航ジャンボジェット機墜落事故で亡くなられたご主人の奥さまです。

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訳者あとがきより

主人は1985年8月の日航ジャンボ機の事故で、この世の命を終えております。主人が機内で私どもに宛てて遺しました

「走り書き」には、「どうか神様助けてください」という一行がございましたが、生前は、「人間は死んだらどうなると思う」

という私の再三の問いにいつも、「なんにもなくなるさ」と答えておりました。

でもやはり、死んでみてそうではないことを知り、私にこの本の翻訳をさせて、みなさまに読んでいただきたいと思った

のではないかという気がいたします。(・・・ムーディ博士の第一作「かいまみた死後の世界」は出版当初に読んでおり、

亡き主人が私に望んでいる仕事かもしれないと思い、翻訳させていただくことにいたしました。)

主人の事故後忌明けの折に一緒にお届けしました、私の気持ちのささえになっておりました本をご覧になって、私の

こういいう方面への関心を出版社の方がお知りになり、この仕事をさせてくださいました。

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上記の気持ちのささえになっておりました本とは、「古代霊は語る―シルバー・バーチの霊訓より」だそうです。

 

 

シルバーバーチ (Silver Birch) は、1920年にイギリスにおいてイギリス人青年モーリス・バーバネル

(Maurice Barbanell、1902-1981、当時18歳)に憑依して語った霊とされているものの名である。英語

でシラカンバの意味。1924年、モーリス・バーバネルはイギリス人ジャーナリストハンネン・スワッファーと

出会い、以後イギリスのロンドンにある彼の自宅で霊交会を行うようになる。この霊交会をハンネン・スワッファー・

ホームサークルと名づけ、モーリス・バーバネルに憑依するシルバーバーチはこの霊交会において指導霊

としての地位を築き、以後60年間に渡って近代心霊主義的教訓を説いた。by wiki


天国からの手紙

2011-09-19 09:54:23 | ・スピリチュアリズムからの風景

いや~、ちっとも涼しくなりませんね^^;;

秋雨前線&台風X2・・・読めませんねえ。。。。土曜日、高さのある重い荷物を動かしていて、

腰を痛めました。どうなることかと思ったけど、ギックリ腰は避けられそうで一安心^^ フー・・・

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「スピリチュアリズムからの風景」カテゴリーからの投稿です。

最近読んだ本の紹介です。

以前にも紹介していますが今一度^^

天国からの手紙―愛する家族との18年間の霊界通信   武本 昌三 (著)

単行本: 333ページ 出版社: 学研パブリッシング 発売日: 2011/06

大韓航空機事件で犠牲となった妻と子は生きていた。著者が経験した愛する家族との別れ、苦悩と葛藤。

そして、霊的真理と邂逅するまでの日々が実に克明に描かれた一冊。内容(「BOOK」データベースよりby amazon)

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あとがきより

(終章を書きはじめたところで、東日本大震災が起きている)

愛するご家族を失って嘆き悲しんでおられる多くの被災者の方々には、涙を禁じえないが、それらの方々にも、

あえて私は申しあげたい気がする。

愛するあなた方の家族は、決して「死んで」はいない。私の愛する家族が死んでいないように。私は他ならぬ

その事実を、この本に書いてきた。

私の無知から光明への足どりは、実にたどたどしいものであった。しかし、求めつづけていけば、いつかは必ず

光に辿り着く。

そのことを、今回の大震災の被災者の方々を含めて、愛するご家族を失って嘆き悲しんでおられる世の多くの

方々にも知っていただくことができれば、本書も、あるいは、それらの方々の足もとを照らすささやかな「ともしび」

になってくれるかもしれないと願っている。

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前半では、愛するものを突然失うことの恐ろしさ、悲しみを、更に悲嘆の極限状態におかれたような日々の中での

心の動きを赤裸々に綴っています。中ほどでは、この事件に対する追求、犠牲者の遺族としての告発への道が描

かれています。そして、後半では、ミーディアム(霊媒師)との出会いと、彼らからもたらされた霊界で生き続けている

妻子からのメッセージなどが書かれています。


北高尾

2011-09-18 17:22:52 | ・ショートトリップ

8.28(日) 9時半頃、ふっと思いついて中央線に乗った。別に行き先はない。でも、何処かに行きたい・・・

みなさんには、そんなときがありませんか?さ~て、何処で降りようかな?「国立」で降りようかな?

と悩んでいる間に通過。八王子・・う~ん、ここまで来たら高尾山にでも行こうか?で、高尾で降りる

ものの、 今から高尾山を登るには、ちょっと遅いなあ。。。お昼は、家で食べたいし。。。。。。。。。

で、iphoneで位置情報を取得しながら、高尾の北口方面へ。いや~この位置情報は、ホントに便利

ですね。歩くカーナビですからねー(笑

南口から北口方面へ。そして川沿いを西に歩いていきました。カーブを曲がると、ひんやりした空気が・・・。

ゴー・・・・ちょっとした滝がありましたよ。これだけで、こんなにも空気感が変わるものなのですねー。で、さらに

進むと、「白山神社」がありました。何も考えずにブラブラすると、大抵は神社に行っていますね(笑)

で、奥社へ。う~ん・・・でもここまで来たのだから行くしかないな・・・な、なんと200段の階段を登らねば・・^^;

木陰とはいえ、やっぱり汗だく~。。。。 この後、れいの「カマキリくん」に川沿いで遭遇したのでした^^

中央本線・・別に鉄っちゃんでは、無いんですけどね(笑) 踏み切り辺りに鉄っちゃんがいましたよ^^

その後、神明神社、小仏関跡ってところに寄って、折り返して東へ。甲州街道合流後、中央本線沿いの小道へ。

なんか、古そうな煉瓦のトンネルがありました。

その小道を西へ歩き、高尾北口へ戻りました。この架線下、落書きがあったのでしょうけど、苔が生えて、

落書きを緑で浮かび上がらせてましたよ。

ということで日曜日の午前中の4時間(往復1時間、2時間歩き4.6km)のショートトリップでした。iphoneを持って

いれば、何処でも迷うことなく行けるので、これからも、ちょくちょく時間を見つけてショートトリップをしようかと思って

います。写真も全てiphoneで撮りました^^


柱サボテン

2011-09-17 08:37:24 | ・写真

沖縄の南風さんより、柱サボテンの開花便りが届きました。2011.8.31~9.1

満月や新月のころに、真夜中に咲く花たち・・・・

「月のない暗闇の中・・・・・しばらくの間立ちつくしていました・・・・」

50以上の白く大きな花々が漆黒の夜空に浮かび上がっていたそうです。鳥肌が立ちそうですね^^


(この写真のみ2009.9.4撮影・満月のようですね^^)

・どうして夜に咲くのでしょうか?

・どうして、これほど大きくて白い花をつけるのでしょうか?

・どうして一晩で花を落としてしまうのでしょうか?

 

柱サボテンの開花を調べていたら、「月下美人はなぜ夜に咲くのか」に共通する答えが得られそうでしたので、
載せておきますね。

花の原産地の環境を考える必要。

植物が花をつけるのはその花粉を動物によって運んでもらうため。
日本では主に昆虫だが月下美人のふるさとである熱帯雨林地帯では、なんと「果実コウモリ」がその役割を果たす。

彼らはホバリングしながら上向きに咲いた月下美人の花の蜜を舐めとり、同時に顔を花粉だらけにする。運よくその
コウモリが別の株に花粉を運んでくれれば、受粉が成立することになる。

花粉のキューピッドが夜間活動するコウモリであることを考えると、いくつかの謎は解ける。昼の熱帯雨林はライバルに
なる植物が多い。それを避けて、月明かりの中でも最高に目立つ色である白の大輪を咲かせ、更に強力な香りを放って
夜に活動するコウモリたちを誘因する。それにコウモリが乗ったくらいで折れてしまうようでは話にならない。大型で丈夫
な花
を咲かせる必要がある、というわけ。

では、数時間で花を落としてしまうのはなぜなのか。

目立つ大きな花を咲かせるために大半のエネルギーを使い切ってしまい、花を長く保つ力がないのかもしれない。

 

コウモリを誘うために・・・・・・^^;;   

月に誘われて・・・と、わたしは思っていることにします(笑


芝公園 オクトーバーフェスト2011

2011-09-16 09:00:24 | ・旅・山

オクトーバーフェストは、ドイツ、ミュンヘンで開催される世界最大規模の祭り。

1810年以来ミュンヘン市の西方のテレージエンヴィーゼで9月半ばから10月上旬に開催。

2011.8.24 お誘いいただいて、芝公園へ行ってきました。こじんまりした場所でしたけど、生演奏ありで、

にぎわっていましたよ~。ビールをたのんだら、最初に1000円取られました。ジョッキを返すときに1000円

戻ってきます。そんなに高いジョッキなのかあ?あんまり意味がないように思うんですが・・どうなんでしょう?

東京タワーをビールに浮かべて・・・・乾杯~♪  

ビールは一杯1000~1500円。ちと高かったけど、やっぱりドイツのビールは美味しい~。暑い日でしたけど

外で飲むのは楽しいですね~

ってなわけで、未だeu気分♪(笑


葉山で初のダイビング

2011-09-14 11:33:11 | ・ウミウシ関連(ダイビング含)

2011.9.11 時々、磯観察している葉山・芝崎で、初のダイビングをしてきました。

55分X2本 透明度5~10m ave 7.9m

一週間前だと台風でクローズ。台風一過後の濁りもとれて、絶好のコンディションでした。でも、真夏のような

暑さでしたねー。 気温32℃。水温28℃

 

ネンブツダイの群れ・・・至近距離でも、じっとしていましたねー。撮り易い(笑

砂地にアオヤガラ  いや~細いっす。

ホタテウミヘビ 砂地からにょっきり顔を覗かせていましたよ^^

やっぱり、ミノカサゴは好きだなあ。。。優雅だなあ。。。

ハナハゼ・・・やっぱり幽霊みたい・・・ でも美しいです。あまり近くまで寄れませんが・・。

クロイシモチ 写真には写っていませんが口内保育中だそうです。顎の形状がたくさん卵を含んでいそうですね^^

カゴカキダイの群れ

魚の場合、この模様で「横縞」ではなく、「縦縞」だそうです。釣った状態(魚を立てた状態)が基準なんだって!

ゴンズイ団子 浅場でも、たまに見れますね。 

マツカサウオ  う~ん、確かに模様が松笠ですなあ。。。

おなじみ、ウツボくんでございます。

ボウズコウイカ 大人になっても手のひらサイズ。目つきは悪いけど、なんか、やんちゃな坊主って感じ(笑

「謎のウミウシ」が出没。 何の仲間なのかも、さっぱり判らない・・・。ウミウシの師匠の掲示板に投稿して、

「イバラウミウシの仲間」(Okenia sp.)と判明。名無しくんです。過去に座間味、大瀬崎で目撃されている

激レアなウミウシくんでした^^ 10mm位  誕生日プレゼントになりましたよ^^

というわけで、激レアなウミウシくんも見れて、楽しいダイビングでした。すっかり一日遊んじゃいましたね。

最後は、富士山も^^  タンク背負っての磯歩きも結構あって、さすがにヨレヨレになりましたね。。。夜、ベッドに

入ったとたんに、バタンキューでした(笑


へんな奴・・3

2011-09-12 08:59:22 | ・写真

昨日は葉山でダイビングしてきました。(葉山でのダイビングは初めて^^)

いや~、ハードな一日でございました。海は、ほぼ穏やかでしたが、真夏のような太陽、

60分X2本、タンク背負って磯歩き数百メートル・・夜はベッドに入ったとたんに寝ていま

した(笑)  写真整理したら、アップしますねー。

 

今回は、一人(笑)なので、「奴ら」ではなくて「奴」です^^

カメラのレンズを、ちっちゃな黒い瞳が、しっかり追いかけてきました。こんなに

カマキリくんを観察したのは初めてでしたねー。なかなかいい表情でしょ(笑


2011.7ヨーロッパ旅行記24~ラストです^^

2011-09-09 00:00:45 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

●てなわけで~、旅行記も最後でございます。お付き合い頂いた皆さん、本当にお疲れ様でした(笑)

●写真も尽きてしまいましたので、最後にne-chanの撮った食事を載せることにしましたよ~(笑

●まあ、とにかく大忙しの旅でございました。私的には、このような旅には比較的慣れているので、そんなには
 違和感なかったですけどね。

●毎朝6時起き、7時朝食、8時出発って感じでした。夜は23時ごろには寝ていましたね。

●ホテルは、どこもツイン2名部屋でした。

●観光は、イヤホンして、ワイヤレス無線の本体を首から下げて説明を受けていました。
 ですので、「声はすれども、姿は見えず~」なんて焦った事もありましたよ(笑

●添乗員さんの深○さんは、添乗している、団体旅行しているといった束縛的、強制的な行動・言動は全くなく、
 とても自然体で接して頂き、ホントに楽しい旅行になりました。はじめは、ちょっと不安だった面もあったの
 ですが、どうやら計算されているようで、ここ一番というところでは、グッと押し込んでこられていて、私的にも
 見習うべき点が多く勉強になりました。感謝感謝^^

●参加者の方々は、新婚さんX2組 、親子X2組、ご夫婦X2組、家族4名X2組、友人同士X1組 といった感じでした。 
 我々家族は、「面白家族」のネーミングも頂きましたよ~(笑

●ドイツのロールペーパータオルは、コマーシャルの印刷がしてありました。トイレットペーパーは日本のより
 細かったですよ(笑

●パリは、茶色いロールカーテンで統一されている区域があったり、洗濯物を干しちゃダメだったり、郊外は、
 田園風景規制があったりと、景観美麗徹底していましたね。

●パリの人たちは、週末になると郊外に逃げ出すようですよ~。別荘を持ったり、ハイキングをしたりと週末は
 自分のための生活を存分に楽しむそうです。確かに、鉛色の空のしたの、あの凝縮した街にいると息が
 詰まっちゃうだろうなあ。。。

●歩きタバコ、吸殻ポイ捨ては、何処でも見られましたねー。人口密度の高いパリなんかでは、子ども目線に
 歩きタバコが危ないと思いましたね。

●パリの信号は、無茶苦茶速かったです。青になって普通に歩いて渡っていると、行き着く前に赤になります(笑

●パリでは、あちこち親日的で、なんか嬉しかったですね~。

●どこも労働し易い環境のようでしたね。バスの運転手さんの休憩時間厳守などは厳しいようです。スイスでは、
 最低3000円/時給??のようで、思わず、居ついちゃおうかと思いましたよ。 

●iPhoneは便利でしたね~。どこもほとんど繋がっていました。3500mのユングフラウヨッホでも^^ mixiや
 yahooニュースなど、日本にいるように見れてました。一番活用したのはマップかな。何処を走っているのかなど
 とても便利でした。パリの市街地でも最後に使いました。 ちなみに、キャリアはほとんど自動的に海外日割り
 使い放題に繋がっていました。(1500円位/日)一回だけ、違うキャリアに繋がりそうになって焦りましたが。
 ちゃんと確認するに越したことはありません。ちなみに使い放題値引のない請求額は50万を超えてましたよ^^;;

●このツアーに関しては、半年前くらいから計画を練っていました。当初、往復直行の高いツアーにしようかと
 思ったら、その半額位のツアーが出たり、ドバイ経由の安いツアーが出たりと、一カ月置き位に新しいツアー
 が、どんどんネットで紹介されてきました。 最少催行人員に満たなかったり、良いと思ったら日程が合わなかった
 りと、二転三転してこのツアーになりました。やはり、幾つか比較されるのがいいですね。自分自身の納得の
 ためにも。ポーターがいるのか?食事は?ホテルのグレードは?指定のお土産屋さんで時間をとられて
 自由時間が削られていたり?・・・結局は、安ければ安いなりの、高ければ高いなりの理由がありそうですね。

●最後に・・・パリ、モンサンミッシェルを案内して頂いた現地ガイドの○谷さん、いや~楽しかったですよ~
 「てなわけで・・・」「・・・・なんですよ~」「・・なんてね」が口癖でしたね~ 明るく楽しく力強い話しっぷりに、
 エネルギー&パワーをいただきましたよ~。このブログの口調も似ちゃいましたからね~。

ってなわけでした~(笑

帰ってきてから、テレビでドイツやフランスが映ると、明らかに以前と違った見方になりましたね。改めて映像で
見ても、ホントにこんなところが、あちこちに実際にあったんだなあと思っちゃいます(笑

では、これにて、ヨーロッパ旅行記おしまいで~す。チャンチャン♪

ps:kouchaの名言

「旅の速さに・・・私の心は・・・追いつけなかった。」(爆笑)

エールフランス航空 行きの昼食

エールフランス航空 行きの夕食

7.24 ローテンブルク 昼食

7.24 フュッセン 夕食

7.26 ノイシュバンシュタイン城麓 昼食

7.26 クライネシャイデック 昼食

7.26 夕食 ジュネーヴ

7.27 ジュネーヴ 朝食(朝食はどこもバイキングで、こんな感じでしたね^^)

7.28 モンサンミッシェル 昼食

7.29 パリ 昼食 ne-chanのカツ丼(笑

7.29 パリ 夕食 カフェにて~


2011.7ヨーロッパ旅行記23~パリ4

2011-09-08 03:34:57 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

パリ・・・ 

第二次世界大戦が勃発後、ドイツ軍はパリをほぼ無血で占領。
ノルマンディー上陸作戦から2か月半後、パリは連合国軍と自由フランス軍によって解放される。
将軍が、ヒトラーからパリを破壊するよう命令されていたが、これを拒んで部隊を無抵抗で退却
させ、自身は降伏。

というわけで、歴史的建造物は守られたのですね。

さあて、ka-chanのリクエストのサント・シャペル教会に辿り着きましたよ~。

サント・シャペルとは「聖なる礼拝堂」という意味で、フランスのパリ中心部、シテ島にあるゴシック建築の教会堂。

おそらくゴシック建築が最も輝かしい時期の頂点ともいえる傑作。だって~!

ルイ9世の命により1248年に完成した礼拝堂、サント・シャペル。サン・ドニの大聖堂や同じシテ島のノートル・

ダム大聖堂の建設にも関わった建築家ピエール・ドゥ・モントルイユが手がけたと言われる、ゴシック様式の建物。

裁判所の中庭にあるため、入口で空港のような荷物検査があって(結構並びました・20分位かな。入国審査並み

に厳しかったですよ~)

おお!お土産に買ったオリーブオイルの瓶が没収っ!!!

瓶が危険物なのか・・・。でも、帰るときに返してくれたんですよ^^

一階部分です。素晴らしかったけど、う~む・・・・・・・。二階に上がる階段を見つけて、上がってみると・・・

おお! ブワ~~~~~~~!!! な、なんですか、このステンドグラスはっ!!!

聖書の一つ一つの物語が絵になっているそうですよ~

教会で視覚的に最も美しく、このタイプでは世界でもベストだと考えられているのが、サント・シャペルのステンド

グラスである。その石細工は繊細な構成で、バラ窓は15世紀に上のチャペルに加えられた。

フランス革命期、サント・シャペルは行政の事務所として使われ、窓は巨大な整理棚で隠されていた。その美しさ

はほとんど忘れ去られていたため、たまたま破壊から免れたが、クワイヤの聖歌隊席や内陣障壁は破壊され、

尖塔は引き下ろされ、遺物は散逸してしまった。19世紀になるとル・デュクがサント・シャペルを修復した。現在の

繊細な尖塔は、ル・デュクの設計である。サント・シャペルは1862年に国立歴史記念館となった。by wiki

素晴らしかったです。予備知識がまったくなかっただけに、すごいインパクトでしたね。この天使たちの見つめる

先に、この写真の光景が広がっています。どうです、このウットリとした表情は・・・^^ 

さて、さらにパリを散策。左奥が地下鉄の駅です。森みたい^^ バイオリンの音色が良かったですよ~

で、同じシテ島にある、あのノートルダム大聖堂へ~

沢山人が並んでいますが、無料フリーで見学できるので、どんどん進んでいきますよ~ 

う~む、大聖堂には、どこもかしこも人やら顔がい~っぱいです・・・

ノートルダム大聖堂はゴシック建築を代表する建物であり、パリのシテ島にあるローマ・カトリック教会の大聖堂。

ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神(ローマ神話の主神Jupiter)域であったが、ローマ崩壊後、

キリスト教徒はこの地にバシリカ(キリスト教教会堂)を建設した。1163年、現在にみられる建築物が着工され、

1225年に完成。ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられ、ヴォールトを支えるフライング・

バットレス(建築物の外壁の補強のため、屋外に張り出す形で設置される柱状の部分)は12世紀に現様式に取り

替えられた。最終的な竣工は1345年。

聖堂内は、ホントに大きいです。ネズミがすう~っと足元を走っていったそうですよ~(笑

だんだんと観光客の話し声が大きくなると、「シーっ!!!」と叱咤されます。

バラ窓側を外から~

右下の彫像が人間なのと、ちょうど頭の上にハトが乗っていて笑えました^^

いや~複雑ですなあ。。。。

ちょっと離れた小さくて綺麗な公園より。フライング・バットに惹かれたので、もう少し大きく撮りたかったのですが、

チャンスがありませんでしたー。この写真は、フラッシュ撮影しています。

セーヌ川の橋の上では、こんなパフォーマンスをしていましたよ~

どんどん歩いていきます。面白そうなデザインの小物を売っているたくさんありましたよ~。

思わず、あっち、こっちと入っていると、どんどん時間が経過・・・

サンルイ島だったかな? 

古くから大貴族や著名人が邸宅を構える最高級住宅地として知られ、世界的大富豪ロスチャイルド家も邸宅を

所有していた。日本人では女優の岸恵子が住む。by wiki (今さっき調べました・笑)

空気感は、高級住宅地って感じはしなかったなあ。どちらかというと寂れていたような・・・・・??

セーヌ川沿いをどんどん歩きます。右側では、みなさんサッカーゲーム台で遊んでいましたよ~

この辺りから、

おお、やべえ!カフェに入る時間がない!

ってことで、みんな無口になって一生懸命リヨン駅を目指して歩きましたよ~。方向が解り易いということで

川沿いを~ひたすら高速回転で・笑

結局、赤バスにも乗らず(時間が読めない)、地下鉄にも乗らず(なんか恐い)にいっぱい歩きました。リヨン駅

付近に着いて、やっとカフェに入ったらドリンク類のみ^^;;; 慌てて飛び出して、斜め向かいのカフェへ。

何を注文していいのやら困惑していたら、同じツアーのご夫婦がいらっしゃって、教えて頂いて同じものを注文

しました(爆)美味しかったですよ~。コップが少し欠けていたのでお店の方に教えましたよ。お店の方も、

とても親日的でしたよ~。(18時30分)

 

飲み終えて、食べ終えて店を出て、集合場所のホテルの入り口に辿り着くと、時間ピッタリ^^;;;(19時30分)

慌てて、スーツケースを全開して、買ってきたお土産やらを詰め込んで、トイレにいって戻ると、もう皆さん、

バスへ向かっていました~^^;;

というわけで、パリを目一杯楽しみました~。バスで空港へ。空港は、夏のバカンスシーズン&金曜日の

夜ということで、ぐっちゃぐしゃのごったごた^^;; むちゃくちゃ時間がかかりました~。スーツケース預ける

のに何処かの国の添乗員がもめていて30分位、手続きの列が動かなかったり・・・^^;;

 

22時36分

入国審査を終えて、やっとこさ空港内へ。やっと喫煙場所に入ったら、いや~汚いの汚いの。

回りもこんな感じで、灰皿は吸殻の山、飲んだビールやジュースの缶も、あちこちに・・・・。

23時35分 エールフランスAF0278便 で、帰ってきました。成田着は7/30(土)18:00。

所要時間は、11時間25分。でも、行きと違って、夜ですし歩き回ってクタクタだったので、さほど

ストレスはありませんでした。が、とにかく寒くって寒くって^^;;; この旅行で一番寒かったのは

飛行機でしたよ。長袖シャツにフリースにウィンドブレーカーに毛布で丁度いい感じ。pawは、

薄着だったんで辛かったっす。。。。。

たくさんのフランスの方も乗り込んでいたので、原発の影響も薄れてきて、日本にやってきて

くれるんだなあと思っていたのですが、なんと、成田でデルタ航空で大半が乗り継いで行って

しまいました。(東南アジアかグアムあたりか?)荷受場所もガラガラでしたよ・・・。てなわけで、

終わりなんですが、こんな写真をラストにしたくないので、旅行記を後一回書きますよ~(笑


2011.7ヨーロッパ旅行記22~パリ3

2011-09-07 13:59:18 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

ベルサイユ宮殿から、パリに戻って夕方まで自由行動ですよ~

まずは、お土産調達も含めて、モノプリへ。パリのスーパーの代表格「モノプリ」。他のスーパーと比べて大きめで、

生鮮食料品以外もいろいろ揃っていますよ~ 2リットルX4パックのコーラ・・・スゴイ・・・。

オペラ界隈には、日本食のお店がたくさんあります。で、お昼は日本食を~ ってここで食べたわけじゃないん

ですけどね。何処の日本食のお店も結構入っていましたね。皆さん、お箸の使い方もお上手で^^

パリの日常風景って感じ^^

 こちらのおじさんのお店で、小物類のお土産を買いましたよ~。おじさんが持っている時計、駅構内にあるような

両面時計で、安かったんで買ってきました。出国審査の際に、思いっきり引っかかりましたけどねー(笑

ルーブル美術館前に設置されているジャンヌ・ダルクの金張りの騎馬像 金色ピカピカ・・胸の張り具合が、

勇ましいですよ~。先ほど、wikiで、ジャンヌ・ダルクに関する生涯を読みましたが、凄まじい生涯だったの

ですね・・・・。興味のある方は、こちらをお読みくださいね→ジャンヌ・ダルク

昼食後、チェイルリー公園へ。kouchaもこの脇のトランポリンで童心に返って飛んでました(笑

 

鉄球を投げて、目標の玉に当てるゲームのようですねー。長閑です^^

どうやら、移動遊園地のようですねー。

koucha&ne-chanがグルグル回ってましたよ~。

私は、耳の聞こえない(本当か?)少女に寄付をせがまれて・・・・^^;;

その脇にある観覧車。小さいくせに、8ユーロ/人もする。でも、まあ記念にということで、家族4人で乗り込みま

した。係員のお兄さん、とっても親日的で、たくさん日本語で話しかけてきましたよ~。乗り込んだら、3周くらい

回って、結構楽しめました^^ この観覧車も移動式みたいな感じでしたねー。

いや~、家々がひしめき合っていますね~^^;;

ルーブル美術館方面~ピラミッドの下には人がいっぱいだろうなあ。。

遊園地全貌~

チェイルリー公園の池から見る観覧車。

あああああ・・・・・・って感じでしょうか。。。

のんびり~^^  したかったけど、そうもいかなくて・・・^^;

遠足でルーブル美術館かな?

いや~、ルーブル美術館は広いです~

二人で何を話しているのかな^^

パリらしい、こんな風景も切り取りましたよ^^

どんどん歩いていますよ~ つづく


2011.7ヨーロッパ旅行記21~パリ2

2011-09-06 23:55:50 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

 2011.7.29(金)

いや~どんよりしています。鉛色の空でございます(笑)

昨夜は20時半頃、ホテル着。いや~なかなか強硬な日帰りツアーでしたねー。さすがに道中が長かった

ですわ・・・^^;;; 本日は最終日。午前中にベルサイユ宮殿を見学後、夜までフリーですよ~

リヨン駅ですよ~   この駅に接しているホテル メリキュール パリ ガール デ リヨンで二泊しましたよ~

ホテル前の喫煙場所で夜タバコを吸っていると、二回男女がタバコくれ~とやってきました。都会は何処も

いろんな輩が集まってきます。

リヨン駅前。警察官やら兵士やら・・・物々しい雰囲気・・・要人が到着するのかな?

バスに乗って、ベルサイユ宮殿へ~

現代アート展の作品らしいっす。

未だ観光客もまばらですよ~

ベルサイユ宮殿

1682年、フランス王ルイ14世が建てたフランスの宮殿ですよ~。フランス絶対王政の象徴的建造物。

ルイ14世をはじめとした王族と、その臣下が共に住むヴェルサイユ宮殿においては、生活のすべてが絶対王政

の実現のために利用され、その結果さまざまなルール・エチケット・マナーが生まれた。現在につながる洋食にお

ける席次・テーブルマナーも、毎晩のようにヴェルサイユ宮殿で開かれていた王と貴族が出席する晩餐会に由来し、

フランス料理と共に世界中に広まったものである。by wiki

鏡の間 1871年にドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の即位式が行われ、また第一次世界大戦後の対ドイツとの

講和条約であるヴェルサイユ条約が調印された場所でもあるそうですよ~。

マリー・アントワネットのベッド

ベッドサイドのこの中に沢山のダイヤモンドがあったらしい・・?

いや~庭園も綺麗ですね~

9時~11時頃まで二時間くらいの見学でした。帰るころにはスゴイ人でしたよ~