~風に吹かれて~ by ポー(paw)

-人の中に 人の創り出した物の中に 動植物の中に 地球や宇宙の中に 魂の琴線にふれ 愛を感じながら 生き込みたい-

日本橋~神田~秋葉原 路地裏と神社と橋と

2022-05-17 10:44:21 | ・ショートトリップ

日本橋堀留町で健康診断を受けた後、神社参拝をメインにブラブラしてきました。この辺りの神社は、ほとんど屋敷稲荷神社です。

中央区には「日本橋」と名前の付く町が沢山あります。

1878年11月2日施行の郡区町村編制法に基づく東京15区のうち、日本橋区と京橋区が誕生。現在の中央区に相当する。
1947年 3月15日 - 両区を併せて現在の中央区となる。旧日本橋区域の町名に「日本橋」の冠称が付く。中央区 (東京都) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2022年5月8日 (日) 08:40

・日本橋(1~3丁目)
・日本橋大伝馬町おおでんまちょう
・日本橋蛎殻町かきがらちょう(1~2丁目)
・日本橋兜町かぶとちょう
・日本橋茅場町かやばちょう(1~3丁目)
・日本橋小網町こあみちょう
・日本橋小伝馬町こでんまちょう
・日本橋小舟町こぶなちょう
・日本橋富沢町とみざわちょう
・日本橋中洲なかす
・日本橋人形町 にんぎょうちょう(1~3丁目)
・日本橋馬喰町ばくろちょう(1~2丁目)
・日本橋箱崎町はこざきちょう
・日本橋浜町 はまちょう(1~3丁目)
・日本橋久松町ひさまつちょう
・日本橋堀留町ほりどめちょう(1~2丁目)
・日本橋本石町ほんごくちょう(1~4丁目)
・日本橋本町ほんちょう(1~4丁目)
・日本橋室町むろまち(1~4丁目)
・日本橋横山町よこやまちょう
・東日本橋

こんなにあるんだ!

Content image

三光稲荷神社(日本橋堀留町)

絹布問屋田原屋村越庄左衛門、木綿問屋建石三蔵の両家が江戸時代初期に勧請したとも、中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者関三十郎が元禄2年(1689)以前に伏見より勧請したともいいます。

Content image

富澤稲荷神社(日本橋富沢町)

創建年代は不詳ながら、往古巴熊稲荷神社と称していた。

Content image
Content image

笠間稲荷神社(日本橋浜町)

茨城県・笠間稲荷神社の分社で、常陸笠間藩第8代藩主・牧野貞直が下屋敷内に御分霊を奉斎したことに始まる。

Content image

元徳稲荷神社・綱敷天満神社(日本橋浜町)

元徳稲荷神社綱敷天満神社は、元徳稲荷神社に同町内にあった綱敷天満神社を合社しました。元徳稲荷神社は、当地に屋敷のあった細川公が、墨田区立川3丁目の三ッ目通り三ノ橋の袂にある元徳稲荷神社の分霊を懇請して建立。

Content image

茶ノ木神社(日本橋人形町)
当地は下総佐倉藩大名や幕府大老を務めた堀田家の中屋敷地であり、その守護神として祀られたもの。祭神は稲荷神。

Content image

松嶋神社(日本橋人形町)
口伝によると鎌倉時代の元享(1321)以前に、柴田家の祖先が下総の国からこの小島に移り住み、邸内に諸神を勧請したと推測。島稲荷大明神と称された。

Content image
Content image

かしわ天うどん 手打ちうどん、すんごくこしがあって美味しかったですよ。

たまたま通りかかった水天宮裏の讃岐うどん「谷や」日本橋人形町)。なんか気になって入店。11時10分くらいでしたが中には既に数人お客さんが。私の出る頃には、ほぼ満員でしたわ。帰ってから調べたら、食べログ『うどん(Tokyo)百名店 2020』選出の人気店でした^^

かしわ天とは、鶏肉に衣を付けて揚げた天ぷらのことです。鶏の天ぷらを「かしわ天」と呼ぶのは香川県特有の言い回しだそうで、地元では、香川県の名物である讃岐うどんのトッピングとして愛されているそうです♪ 
西日本では、しばしば鶏肉のことを「かしわ」と呼びます。
そもそもかしわとは、675年の仏教国教化により肉食が禁止される法律が生まれ、そのころ肉を指す隠語として誕生した言葉です。茶色い地鶏の羽根の色が赤く、柏の葉に似ていることに由来しているのだとか。 ちなみに、イノシシ肉はぼたん、シカ肉はもみじと呼ばれていて、同じく植物の名前から取られています!https://macaro-ni.jp/62545さまより引用。

Content image

八百屋さん日本橋人形町)^^

Content image

小網神社(日本橋小網町)

平日のお昼過ぎでしたが参拝者が並んでいました。すごい人気ですね。ここは屋敷稲荷ではなさそうですが小網稲荷大明神。

文正元年(西暦1466年)、庵の周辺で悪疫が流行し、人々は困り果てていました。そんななか、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って庵を訪れ、数日間をこの庵で過ごしました。ある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢枕に立ち、網師の翁を稲荷大神と崇めれば、村の悪疫は消滅することを告げます。 夜が明け、網師翁の姿は庵にはありませんでしたが、庵主は恵心僧都の託宣を村人たちに告げ、翁を小網稲荷大明神と称え、神社を創建して日夜祈願をつづけました。すると間もなく村の悪疫は鎮まり、村人たちは歓喜したといわれています。https://www.koamijinja.or.jp/index.htmlより引用。

Content image

常盤稲荷神社(中央区日本橋本町)
長禄元年(1457)に太田道灌が江戸城を築城の際、京都伏見稲荷大神の御分霊をいただき、常盤稲荷と名付け、同城の守護神として勧請。

Content image

珈琲郷(日本橋小舟町) いや~昭和に行けそうなお店でした^^

Content image

古いビルのお隣に列。。。なんだ?「更科」という老舗のお蕎麦屋さんでした(日本橋本町)。

Content image

宝田恵比寿神社(日本橋本町)
慶長十一年(1606年)の昔四百十余年前、江戸城外宝田村の鎮守様。

Content image

裏通りが良い感じ^^

Content image

北上して道路一本渡ると千代田区。で「神田北乗物町」こんな町名のところがあったとは・・・知りませんでしたわ。で調べたら、江戸時代、「駕籠(かご)」を作る乗物職人が住んでいた町らしいですよ。

Content image

お隣は神田東紺屋町。ビルに囲まれて・・・・^^;

「紺屋」という町名は、江戸から明治にかけて、藍染職人が住んでいて、染物業が盛んであったことに由来しているそうですよ。

Content image

神田須田町付近

Content image

「肉の万世」 秋葉原本店サイド。

1949年(昭和24年)設立。戦後に秋葉原で開業した電気部品商・鹿野無線が母体。

万世橋の脇だったから肉の万世というのは昔から知ってたけど、電気屋さんが前身だったのかあ。

Content image

万世橋より東方向。電車、重なって走ってました(笑)
山手線、宇都宮線、高崎線、上野東京ライン、京浜東北線など。

Content image

万世橋より西方向。

旧万世橋駅の開業時(明治45年)に作られたホーム部分がよい感じです^^

Content image

万世橋の隙間から秋葉原方向。

Content image

万世橋 なんかこの辺りの風景は好きなんですよね^^

Content image

旧万世橋駅の開業時に作られたホーム部分を『2013プラットホーム』として整備、デッキとしてよみがえりました。

 

いや~、なかなか面白い散策になったのでした^^

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2022.4~5 花と海と空と(119. HUAWEI P30 Pro他)

2022-05-12 18:42:06 | ・matol HUAWEI P30 Pro

あっという間にGWも過ぎ去り・・・・写真の整理も付かず--;

Content image

2022.4.12 ミヤマシキミ 茨城県加波山

Content image
Content image
Content image

2022.4.12 カタクリ 茨城県加波山

Content image

2022.4.12 古そうですね~ 茨城県加波山

Content image
OLYMPUS Tough TG-6にて撮影

2022.4.12 アオキの花 茨城県加波山

Content image
OLYMPUS Tough TG-6にて撮影

2022.4.12 ミヤマカタバミ 茨城県加波山

Content image
Content image
OLYMPUS Tough TG-6にて撮影

2022.4.12 ニリンソウ 茨城県加波山

Content image
Content image
OLYMPUS Tough TG-6にて撮影

2022.4.12 ヤマブキ 茨城県加波山

Content image

2022.4.12 採石場にて^^ 茨城県加波山

Content image

モッコウバラの蕾

Content image
Content image
Content image
Content image

2022.5.4 真名瀬漁港 神奈川県葉山町 こんなキレイな春の葉山の海は初めてかも。 

Content image
OLYMPUS Tough TG-6にて撮影

2022.5.4 神奈川県葉山町芝崎海岸 アオウミウシ 25mm位 やっぱり海の宝石だなー

Content image
OLYMPUS Tough TG-6にて撮影

2022.5.4 神奈川県葉山町芝崎海岸 クサフグもたくさん泳いでました。

Content image

天沼八幡神社(杉並区天沼)

Content image

コデマリ

Content image

ハゴロモジャスミン

Content image

2022.5.9 杉並区妙法寺二十三夜堂の狛犬

Content image

2022.5.9 杉並区妙法寺

Content image

2022.5.9 杉並区妙法寺

Content image

ハナちゃん♪

Content image

バラ

Content image

夕焼け 真っ赤に焼けました。

Content image

馬橋稲荷神社 空に龍が現れました^^

Content image

柔らかな夕焼けでした。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高尾穂見神社(山梨県南アルプス市)~小雨に煙る枝垂桜に魅せられて

2022-05-02 16:16:30 | ・神社・お寺

2022.4.16~18 山梨県へ出かけました。その時に参った神社を投稿します。
18日、美和神社、正ノ木稲荷 稲積神社、穴切大神社、北杜市の宇波刀神社、韮崎市の武田八幡宮参拝後、小雨模様だしどうしようかと悩んだ末、高尾穂見神社へ詣でました。更に南に位置する氷室神社もと思いましたが次回にしました。

甲府盆地の西、南アルプス市の中心から更に西に駆け上った辺りに鎮座しています。櫛形山中腹の標高800m辺りです。

Content image

一の鳥居と手水社 赤い鳥居が小雨模様の山中に見えてきました。

Content image

とても印象深い風景です。

Content image

ん?

Content image

お~、なんと枝垂れ桜の参道です!いや~感動しました。来て良かった^^

Content image
Content image

ちょうど、見ごろでしたよ^^

Content image
Content image

コントラストを上げてみました。

Content image

二の鳥居 それでは境内へ。

Content image

隋神門 

Content image

参道階段

Content image

ボワッとした建物は・・・・

Content image

神楽殿でした。

Content image

拝殿

Content image

拝殿奥に本殿の屋根がちらりと見えます。

Content image
Content image
Content image

拝殿のお賽銭箱の奥に木彫りの狛犬(昭和十四年建立)
阿吽の表情がとても良いですね~。お酒がたくさん奉納されていました^^

Content image

拝殿の大きな扁額

Content image

 

Content image
Content image

神楽殿 特徴的な屋根の木造建築です。境内ではひときわ存在感がありました。

案内板(南アルプス市教育委員会)によると“明治十八年から再建をはじめ、同二十四年に竣工”とのこと。1891年の造営

Content image
Content image

神馬殿

Content image
Content image

大杉と舞殿

Content image
Content image

小雨模様だったので、この大杉の存在感もすごかったです。

Content image

隋神門 境内側より。

小雨に煙る、枝垂れ桜、神楽殿、拝殿、大杉、どれも印象深い参拝となりました。

Content image

穂見神社山梨県南アルプス市櫛形山北東山腹の山間集落である高尾に位置しており、通称を高尾山穂見神社、「高尾さん」、「山の高尾」という[1]。社格は旧郷社。『延喜式』には甲斐における式内社として「穂見神社」が挙げられており、山梨県内には当社のほかに韮崎市昭和町などをはじめ「穂見神社」が数社存在し、当社も延喜式内社に比定される可能性があると考えられている。

また、商売繁盛、資本金授与、養蚕の神社として県内外に広く知られており、東京や長野など遠方にも高尾講が存在し、参拝者が訪れる。かつては櫛形町に山梨交通電車線(ボロ電)の倉庫町駅が存在し、参詣客に利用された。

穂見神社 (南アルプス市) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年11月15日 (月) 10:42 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

放光寺&小屋敷堰&旧武藤酒造米蔵(山梨県甲州市)~美しき水路

2022-04-26 09:03:06 | ・神社・お寺

2022.4.16~18 山梨県へ出かけました。その時に参った神社仏閣を投稿します。

大石神社を参拝後、甲州市の真言宗智山派・高橋山・放光寺周辺へ。

Content image

参道市を行っていましたよ。小雨が降り始めました。

Content image

仁王門

Content image

 

Content image
Content image

本堂

放光寺(ほうこうじ)は元暦元年(1184)源平合戦で功績をたてた安田義定が一ノ谷の戦いの戦勝を記念して創立しています。

武田氏滅亡のおり、隣の恵林寺と前後して織田勢の兵火を受けすべて焼失したのです。現在の建物はその後のもので、仁王門、愛染堂は天正年間(1573~1592)に再建、庫裡は慶長年間(1596~1615)、本堂は柳澤吉保の援助を受け保田若狭守宗雪が寛文年間(1661~1673)に再建しております。下記サイトより引用。

Content image

藍染堂

Content image

愛染明王は真言宗の奥儀である「煩脳即菩提」を示す仏様。
愛欲をはじめすべての欲望にとらわれ染まる衆生を浄化解脱させる明王。

Content image

南側には、戦国時代、武田信玄により再興された甲斐武田氏の菩提寺(臨済宗妙心寺派に属する寺院・恵林寺)があります。

Content image

 

Content image

道祖神丸い石が祀られていました。この丸い石については以前紹介しましたが、

丸石神

・山梨県一帯に数百か所も祀られている。
・他地域ではほとんど全く見ることができない。その出自に関する伝承もない。
・自然の産物なのか、人の手が加わったものなのかも分からない。
・多くは道祖神のように道路の辻や人の集まる公共の施設の近くにあるが、神社の境内にあったり、屋敷神よろしく家の敷地内にあることもある(下記サイト様より抜粋)。
 

Content image

 

Content image

前日にこの辺りで道に迷ったのですが、すごく良い場所で惹かれたので再度、訪れてゆっくり時間を過ごしたのでした。

Content image
Content image

水の流れが美しいです^^

Content image

宝永5年(1708年)小屋敷村古区図面の一部(小屋敷田遵家所蔵)(村内に用水[堰]が張り巡らされている)

小屋敷堰

ここに流れる用水(堰(セギ〕)は小屋敷堰と呼ばれる。ここ松里地区等を潤すための笛吹川から取水する堰は、上流から各々藤木堰·小屋敷堰·井尻堰の三つの堰であり、この地域の社会基盤となっている。
小屋敷堰は江戸明治時代以前にはこれより北に約3kmの下柚木目窪地(下柚木橋より上流約500m)において笛吹川から取水、ここから下流で藤木堰が合流し、小屋敷·三日市場ばかりでなく千野·塩後·於曾·熊野·西広門田の旧塩山地区にも水を供給し、取水方法は変わっても現在に引き継がれている。この堰はこれらの地域すべての田畑を潤すばかりでなく生活用水としても必須の堰である。
平成二十九年、古来からの堰の取り入れ口近傍の下柚木目窪地において、甲州市文化財課の指導のもと堰跡が発見された。宝永二年(1705年)の古文書によるとこの堰は樋(長さ2間幅1間4尺)により水を渡していたとの記述もあり、またこの堰を利用している広範な地区住民が集まり堰普請を行うことが必須であったとも記されている。
この堰はこの古文書において、三日市場天王宿の徳美屋敷を治所とする徳美藩(1633年~1698年)が小屋敷堰と藤木堰の間に胡桃を植えさせたという記録もあり1600年代には堰が存在していたことが明確に記載されている。
また恵林寺創建元徳二年(1330年)、開山夢窓疎石はここにこの用水を用いた庭園を造っており、鎌倉時代にはすでに小屋敷堰があったと推定される。
また、甲州市文化財課によるとごの堰は「条里制」に沿ったもので律令時代(七世紀後半)には存在していた可能性は高いとの見解もあり、更なる歴史探求が望まれるが、長い歴史を有するこの堰は松里地区ばかりでなく甲州市の大事な社会インフラとなっている。平成三十年三月 松里史跡調査会 看板より。

すごいですね!7世紀後半には作られていた可能性ありだって^^

Content image

ハナミズキもキレイでした。

Content image

交差する用水路の辺りに、すごい家屋が建っていました。

Content image

旧武藤酒造米蔵

Content image
Content image
Content image
Content image
Content image

見学できないのかな?

Content image
Content image

惹かれますね~^^

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山梨県 キャンプと温泉と桃源郷と(107.とらべるショット)

2022-04-22 07:50:58 | ・旅・山

2022.4.16~18 山梨県へ出かけました。

16日 土曜日 7時過ぎに家を出ましたが20KM近く事故渋滞との事で稲城ICで降りて、ちんたら下道を西へ。 

Content image

大月市・桂川の新緑 キレイでした~^^

Content image

山梨県甲州市 道の駅・甲斐大和

Content image

道の駅の手打ちそば処『そばの実』ちょうど11時から開店って事で早めにお昼を^^

Content image

昨年もそうでしたが、コロナ禍で山梨県は何処もお店の入店管理がしっかりされています。

Content image

天目そば

ここは「そば切りの発祥の地」との事ですが、二説あるようですよ。

『山梨のそば』(山梨日日新聞社出版局 1996)には、「そば切りの発祥の地には…長野県・信州本山宿(木曽の楢川村)と山梨県・甲州天目山(大和村棲雲寺)の二説がある」とある。「そば切り」は、現在のような細く切ってゆでる「そば」のことで、江戸時代の初めごろに生まれた。それ以前は、焼き餅のようにしたり、雑炊やすいとんのような形で食べられていた。
元禄年間から享保に至る30年余りの間に尾張藩士の天野信景が書いた随想録『塩尻』に、「蕎麦切は甲州よりはじまる、初め天目山へ参詣多かりし時、所民参詣の諸人に食を売に米麦の少かりし故、そばをねりてはたことせし、其後うとむを学びて今のそば切とはなりしと信濃人のかたりし。」と記されており、大和村(現甲州市)の天目山棲雲寺(栖雲寺)が発祥の地とされています。

Content image

勝沼町に入ると南アルプスが拝めました^^

Content image

三光寺(勝沼町)の大スギ

存在感のある大杉で通り過ぎてから後ろ髪を引かれ、戻って撮影。このスギは三光寺(勝沼町)が宮宕山から、この地に移された康永元年(1342年)頃この場所に植えられたものと推定されています。そうすると樹齢700年近いわけですね。ですが、2018年の台風24号で大枝がねじれるように倒れて幹の3分の1を剥ぎ取ってしまってそうです。十分に風格はあるのですが、ちょっと痛々しい姿でした。

Content image

山梨市牧丘町 タンポポの黄色と桃の花のピンクが良い感じ^^

Content image

いつもの牧丘町のキャンプ場のお手伝い^^

Content image
Content image

キャンプ場の斜面に階段を作りましたよ。
いや~楽しかったです。いつもなら「乾杯するよ~」「ピザ焼けたよ~」の声に即反応するのですが、あまりに階段作りに没頭しちゃって・・・。飲んだら、まず動けなくなるからということで、ほぼ形になるまで、みんな、夢中で取り組みました(笑)。童心になっちゃいましたね~。子どもの頃って、こうやって夢中で遊んでいたんだろうなあ。

Content image
Content image

タケノコの丸焼き 豪快です。美味しかったです^^

Content image

肉眼より星がよく見えて写っています。スマホ HUAWEI P30 Proにて。まだまだ使えますね^^ 久々にカラオケ(マイク無し(笑))やったり楽しい夜でした。

Content image

タラの芽 これは・・・1番芽なのかなあ。大きいなあ。

タラノメは、はじめに1番芽が出てきます。その後、その両脇から2番芽と3番芽が出てくるのですが、摘んで良いのは1番芽だけです。全ての芽を摘んでしまうと、その木は枯れてしまいます。https://www.yamareco.com/modules/diary/269024-detail-162750様より。

4.17(日) キャンプ場を離れ、塩山市へ。

Content image

塩ノ山

「塩山」は市域南西部に位置する「塩の山(しおのやま)」に由来し、古代から「さしでの磯」(山梨市)とともに歌枕として知られています。この塩の山、上の写真のようにポンと盛り上がっています。

塩山温泉 源泉の地の脇からこの塩の山を少し歩きました。塩の山については下記のようなピラミッド、UFOなどの7不思議があるようですよ。

 

『志ほの山 さしでの磯に すむ千鳥 君が御代をば 八千代とぞなく』

「古今和歌集」の「詠み人知らず」の句です。「塩の山に近い差出の磯に棲息するちどりが、天皇の治めるこの時代が八千年も長く長く続くように鳴いている」の一首です。があるが、天下の名勝・差出の磯は奈良・平安時代の昔から文人墨客が訪れ、その感懐を詩歌や絵画に残しています。

Content image

差出の磯は、ちょうどこの辺り。山梨市駅の北の笛吹川兄川・弟川が流れ込む辺りですね。この写真は差出磯大嶽山神社より撮影。

Content image

塩の山の西の向嶽寺

Content image

向嶽寺ひょうたん池

Content image

向嶽寺中門(重要文化財)

向嶽寺・・・禅寺で臨済宗向嶽寺派の大本山。向嶽寺の開山は抜隊得勝(ばっすいとくしょう)禅師〔慧光大円禅師〕です。塩山温泉は、約650年ほど前に向嶽寺の開祖である抜隊禅師が発見したと云われています。

Content image

サクランボ狩りの窪田農園

Content image
Content image

大切に囲われたハウスの中ではサクランボ用のサクラが満開でしたよ。

Content image

4.17(日)夜は塩山温泉の宏池荘(こうちそう)にお世話になりました。

Content image

おお!いろいろな方が来られてますね~。

Content image

部屋窓より。

Content image

部屋 昭和っぽいです。落ち着きます^^

Content image

源泉のpH値:10.1アルカリ性 源泉の温度:23.8度

Content image

思わず笑っちゃう十訓でした^^

Content image

貸し切り露天風呂

Content image

奥に大浴場 500円で日帰り入浴できます。

Content image

夕食 おなかパンパンになりました^^

Content image

朝食 

8時の朝食後、支度をして出発~ とりあえず桃源郷が見たいなと・・・

Content image

笛吹市の桃源郷菜の花畑

Content image
Content image
Content image
Content image

もう花摘みされていますね。

<iframe src="https://cdn.iframe.ly/api/iframe?url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3D2y1VQT_hDzE&v=1&app=1&api_key=9963ba188b11f65863d572" scrolling="no" allowfullscreen=""></iframe>

25万本のモモの花、一斉に開花 山梨・笛吹市(2022年4月9日) 例年より5日早かったそうです。

Content image

花摘み前だと、盆地の方ももっとピンク色で綺麗だったでしょうねー。

Content image
Content image

観光用で花摘みされてないのかな?別種かな?キレイでした^^

その後、県内の幾つかの神社を参拝していたら、韮崎で以前来たことがあるような大きなサクラが・・・・・。

Content image

韮崎の「わに塚のサクラ」 樹齢約300年、幹周り3.6m、樹高17mの一本桜で、市の天然記念物 もう葉桜になっていますが、過去のブログをひっくり返したら出てきました。

Content image

2010.4.11撮影。この時、桃源郷ももっとピンク色っぽかったので桜開花辺りに桃も開花なんでしょうね。

Content image

ハナミズキの街路樹もあちこちでキレイでした^^

Content image

山梨県内で参った神社は、それぞれ下記神社ブログに投稿していきます。写真は穂見神社。

神社たち by matol

神社たち by matol

わたし(matol)の神社参拝記録です(お寺も含めます)。

神社たち by matol

 
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする