~風に吹かれて~ by ポー(paw)

-人の中に 人の創り出した物の中に 動植物の中に 地球や宇宙の中に 魂の琴線にふれ 愛を感じながら 生き込みたい-

2011.7ヨーロッパ旅行記24~ラストです^^

2011-09-09 00:00:45 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

●てなわけで~、旅行記も最後でございます。お付き合い頂いた皆さん、本当にお疲れ様でした(笑)

●写真も尽きてしまいましたので、最後にne-chanの撮った食事を載せることにしましたよ~(笑

●まあ、とにかく大忙しの旅でございました。私的には、このような旅には比較的慣れているので、そんなには
 違和感なかったですけどね。

●毎朝6時起き、7時朝食、8時出発って感じでした。夜は23時ごろには寝ていましたね。

●ホテルは、どこもツイン2名部屋でした。

●観光は、イヤホンして、ワイヤレス無線の本体を首から下げて説明を受けていました。
 ですので、「声はすれども、姿は見えず~」なんて焦った事もありましたよ(笑

●添乗員さんの深○さんは、添乗している、団体旅行しているといった束縛的、強制的な行動・言動は全くなく、
 とても自然体で接して頂き、ホントに楽しい旅行になりました。はじめは、ちょっと不安だった面もあったの
 ですが、どうやら計算されているようで、ここ一番というところでは、グッと押し込んでこられていて、私的にも
 見習うべき点が多く勉強になりました。感謝感謝^^

●参加者の方々は、新婚さんX2組 、親子X2組、ご夫婦X2組、家族4名X2組、友人同士X1組 といった感じでした。 
 我々家族は、「面白家族」のネーミングも頂きましたよ~(笑

●ドイツのロールペーパータオルは、コマーシャルの印刷がしてありました。トイレットペーパーは日本のより
 細かったですよ(笑

●パリは、茶色いロールカーテンで統一されている区域があったり、洗濯物を干しちゃダメだったり、郊外は、
 田園風景規制があったりと、景観美麗徹底していましたね。

●パリの人たちは、週末になると郊外に逃げ出すようですよ~。別荘を持ったり、ハイキングをしたりと週末は
 自分のための生活を存分に楽しむそうです。確かに、鉛色の空のしたの、あの凝縮した街にいると息が
 詰まっちゃうだろうなあ。。。

●歩きタバコ、吸殻ポイ捨ては、何処でも見られましたねー。人口密度の高いパリなんかでは、子ども目線に
 歩きタバコが危ないと思いましたね。

●パリの信号は、無茶苦茶速かったです。青になって普通に歩いて渡っていると、行き着く前に赤になります(笑

●パリでは、あちこち親日的で、なんか嬉しかったですね~。

●どこも労働し易い環境のようでしたね。バスの運転手さんの休憩時間厳守などは厳しいようです。スイスでは、
 最低3000円/時給??のようで、思わず、居ついちゃおうかと思いましたよ。 

●iPhoneは便利でしたね~。どこもほとんど繋がっていました。3500mのユングフラウヨッホでも^^ mixiや
 yahooニュースなど、日本にいるように見れてました。一番活用したのはマップかな。何処を走っているのかなど
 とても便利でした。パリの市街地でも最後に使いました。 ちなみに、キャリアはほとんど自動的に海外日割り
 使い放題に繋がっていました。(1500円位/日)一回だけ、違うキャリアに繋がりそうになって焦りましたが。
 ちゃんと確認するに越したことはありません。ちなみに使い放題値引のない請求額は50万を超えてましたよ^^;;

●このツアーに関しては、半年前くらいから計画を練っていました。当初、往復直行の高いツアーにしようかと
 思ったら、その半額位のツアーが出たり、ドバイ経由の安いツアーが出たりと、一カ月置き位に新しいツアー
 が、どんどんネットで紹介されてきました。 最少催行人員に満たなかったり、良いと思ったら日程が合わなかった
 りと、二転三転してこのツアーになりました。やはり、幾つか比較されるのがいいですね。自分自身の納得の
 ためにも。ポーターがいるのか?食事は?ホテルのグレードは?指定のお土産屋さんで時間をとられて
 自由時間が削られていたり?・・・結局は、安ければ安いなりの、高ければ高いなりの理由がありそうですね。

●最後に・・・パリ、モンサンミッシェルを案内して頂いた現地ガイドの○谷さん、いや~楽しかったですよ~
 「てなわけで・・・」「・・・・なんですよ~」「・・なんてね」が口癖でしたね~ 明るく楽しく力強い話しっぷりに、
 エネルギー&パワーをいただきましたよ~。このブログの口調も似ちゃいましたからね~。

ってなわけでした~(笑

帰ってきてから、テレビでドイツやフランスが映ると、明らかに以前と違った見方になりましたね。改めて映像で
見ても、ホントにこんなところが、あちこちに実際にあったんだなあと思っちゃいます(笑

では、これにて、ヨーロッパ旅行記おしまいで~す。チャンチャン♪

ps:kouchaの名言

「旅の速さに・・・私の心は・・・追いつけなかった。」(爆笑)

エールフランス航空 行きの昼食

エールフランス航空 行きの夕食

7.24 ローテンブルク 昼食

7.24 フュッセン 夕食

7.26 ノイシュバンシュタイン城麓 昼食

7.26 クライネシャイデック 昼食

7.26 夕食 ジュネーヴ

7.27 ジュネーヴ 朝食(朝食はどこもバイキングで、こんな感じでしたね^^)

7.28 モンサンミッシェル 昼食

7.29 パリ 昼食 ne-chanのカツ丼(笑

7.29 パリ 夕食 カフェにて~


2011.7ヨーロッパ旅行記23~パリ4

2011-09-08 03:34:57 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

パリ・・・ 

第二次世界大戦が勃発後、ドイツ軍はパリをほぼ無血で占領。
ノルマンディー上陸作戦から2か月半後、パリは連合国軍と自由フランス軍によって解放される。
将軍が、ヒトラーからパリを破壊するよう命令されていたが、これを拒んで部隊を無抵抗で退却
させ、自身は降伏。

というわけで、歴史的建造物は守られたのですね。

さあて、ka-chanのリクエストのサント・シャペル教会に辿り着きましたよ~。

サント・シャペルとは「聖なる礼拝堂」という意味で、フランスのパリ中心部、シテ島にあるゴシック建築の教会堂。

おそらくゴシック建築が最も輝かしい時期の頂点ともいえる傑作。だって~!

ルイ9世の命により1248年に完成した礼拝堂、サント・シャペル。サン・ドニの大聖堂や同じシテ島のノートル・

ダム大聖堂の建設にも関わった建築家ピエール・ドゥ・モントルイユが手がけたと言われる、ゴシック様式の建物。

裁判所の中庭にあるため、入口で空港のような荷物検査があって(結構並びました・20分位かな。入国審査並み

に厳しかったですよ~)

おお!お土産に買ったオリーブオイルの瓶が没収っ!!!

瓶が危険物なのか・・・。でも、帰るときに返してくれたんですよ^^

一階部分です。素晴らしかったけど、う~む・・・・・・・。二階に上がる階段を見つけて、上がってみると・・・

おお! ブワ~~~~~~~!!! な、なんですか、このステンドグラスはっ!!!

聖書の一つ一つの物語が絵になっているそうですよ~

教会で視覚的に最も美しく、このタイプでは世界でもベストだと考えられているのが、サント・シャペルのステンド

グラスである。その石細工は繊細な構成で、バラ窓は15世紀に上のチャペルに加えられた。

フランス革命期、サント・シャペルは行政の事務所として使われ、窓は巨大な整理棚で隠されていた。その美しさ

はほとんど忘れ去られていたため、たまたま破壊から免れたが、クワイヤの聖歌隊席や内陣障壁は破壊され、

尖塔は引き下ろされ、遺物は散逸してしまった。19世紀になるとル・デュクがサント・シャペルを修復した。現在の

繊細な尖塔は、ル・デュクの設計である。サント・シャペルは1862年に国立歴史記念館となった。by wiki

素晴らしかったです。予備知識がまったくなかっただけに、すごいインパクトでしたね。この天使たちの見つめる

先に、この写真の光景が広がっています。どうです、このウットリとした表情は・・・^^ 

さて、さらにパリを散策。左奥が地下鉄の駅です。森みたい^^ バイオリンの音色が良かったですよ~

で、同じシテ島にある、あのノートルダム大聖堂へ~

沢山人が並んでいますが、無料フリーで見学できるので、どんどん進んでいきますよ~ 

う~む、大聖堂には、どこもかしこも人やら顔がい~っぱいです・・・

ノートルダム大聖堂はゴシック建築を代表する建物であり、パリのシテ島にあるローマ・カトリック教会の大聖堂。

ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神(ローマ神話の主神Jupiter)域であったが、ローマ崩壊後、

キリスト教徒はこの地にバシリカ(キリスト教教会堂)を建設した。1163年、現在にみられる建築物が着工され、

1225年に完成。ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられ、ヴォールトを支えるフライング・

バットレス(建築物の外壁の補強のため、屋外に張り出す形で設置される柱状の部分)は12世紀に現様式に取り

替えられた。最終的な竣工は1345年。

聖堂内は、ホントに大きいです。ネズミがすう~っと足元を走っていったそうですよ~(笑

だんだんと観光客の話し声が大きくなると、「シーっ!!!」と叱咤されます。

バラ窓側を外から~

右下の彫像が人間なのと、ちょうど頭の上にハトが乗っていて笑えました^^

いや~複雑ですなあ。。。。

ちょっと離れた小さくて綺麗な公園より。フライング・バットに惹かれたので、もう少し大きく撮りたかったのですが、

チャンスがありませんでしたー。この写真は、フラッシュ撮影しています。

セーヌ川の橋の上では、こんなパフォーマンスをしていましたよ~

どんどん歩いていきます。面白そうなデザインの小物を売っているたくさんありましたよ~。

思わず、あっち、こっちと入っていると、どんどん時間が経過・・・

サンルイ島だったかな? 

古くから大貴族や著名人が邸宅を構える最高級住宅地として知られ、世界的大富豪ロスチャイルド家も邸宅を

所有していた。日本人では女優の岸恵子が住む。by wiki (今さっき調べました・笑)

空気感は、高級住宅地って感じはしなかったなあ。どちらかというと寂れていたような・・・・・??

セーヌ川沿いをどんどん歩きます。右側では、みなさんサッカーゲーム台で遊んでいましたよ~

この辺りから、

おお、やべえ!カフェに入る時間がない!

ってことで、みんな無口になって一生懸命リヨン駅を目指して歩きましたよ~。方向が解り易いということで

川沿いを~ひたすら高速回転で・笑

結局、赤バスにも乗らず(時間が読めない)、地下鉄にも乗らず(なんか恐い)にいっぱい歩きました。リヨン駅

付近に着いて、やっとカフェに入ったらドリンク類のみ^^;;; 慌てて飛び出して、斜め向かいのカフェへ。

何を注文していいのやら困惑していたら、同じツアーのご夫婦がいらっしゃって、教えて頂いて同じものを注文

しました(爆)美味しかったですよ~。コップが少し欠けていたのでお店の方に教えましたよ。お店の方も、

とても親日的でしたよ~。(18時30分)

 

飲み終えて、食べ終えて店を出て、集合場所のホテルの入り口に辿り着くと、時間ピッタリ^^;;;(19時30分)

慌てて、スーツケースを全開して、買ってきたお土産やらを詰め込んで、トイレにいって戻ると、もう皆さん、

バスへ向かっていました~^^;;

というわけで、パリを目一杯楽しみました~。バスで空港へ。空港は、夏のバカンスシーズン&金曜日の

夜ということで、ぐっちゃぐしゃのごったごた^^;; むちゃくちゃ時間がかかりました~。スーツケース預ける

のに何処かの国の添乗員がもめていて30分位、手続きの列が動かなかったり・・・^^;;

 

22時36分

入国審査を終えて、やっとこさ空港内へ。やっと喫煙場所に入ったら、いや~汚いの汚いの。

回りもこんな感じで、灰皿は吸殻の山、飲んだビールやジュースの缶も、あちこちに・・・・。

23時35分 エールフランスAF0278便 で、帰ってきました。成田着は7/30(土)18:00。

所要時間は、11時間25分。でも、行きと違って、夜ですし歩き回ってクタクタだったので、さほど

ストレスはありませんでした。が、とにかく寒くって寒くって^^;;; この旅行で一番寒かったのは

飛行機でしたよ。長袖シャツにフリースにウィンドブレーカーに毛布で丁度いい感じ。pawは、

薄着だったんで辛かったっす。。。。。

たくさんのフランスの方も乗り込んでいたので、原発の影響も薄れてきて、日本にやってきて

くれるんだなあと思っていたのですが、なんと、成田でデルタ航空で大半が乗り継いで行って

しまいました。(東南アジアかグアムあたりか?)荷受場所もガラガラでしたよ・・・。てなわけで、

終わりなんですが、こんな写真をラストにしたくないので、旅行記を後一回書きますよ~(笑


2011.7ヨーロッパ旅行記22~パリ3

2011-09-07 13:59:18 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

ベルサイユ宮殿から、パリに戻って夕方まで自由行動ですよ~

まずは、お土産調達も含めて、モノプリへ。パリのスーパーの代表格「モノプリ」。他のスーパーと比べて大きめで、

生鮮食料品以外もいろいろ揃っていますよ~ 2リットルX4パックのコーラ・・・スゴイ・・・。

オペラ界隈には、日本食のお店がたくさんあります。で、お昼は日本食を~ ってここで食べたわけじゃないん

ですけどね。何処の日本食のお店も結構入っていましたね。皆さん、お箸の使い方もお上手で^^

パリの日常風景って感じ^^

 こちらのおじさんのお店で、小物類のお土産を買いましたよ~。おじさんが持っている時計、駅構内にあるような

両面時計で、安かったんで買ってきました。出国審査の際に、思いっきり引っかかりましたけどねー(笑

ルーブル美術館前に設置されているジャンヌ・ダルクの金張りの騎馬像 金色ピカピカ・・胸の張り具合が、

勇ましいですよ~。先ほど、wikiで、ジャンヌ・ダルクに関する生涯を読みましたが、凄まじい生涯だったの

ですね・・・・。興味のある方は、こちらをお読みくださいね→ジャンヌ・ダルク

昼食後、チェイルリー公園へ。kouchaもこの脇のトランポリンで童心に返って飛んでました(笑

 

鉄球を投げて、目標の玉に当てるゲームのようですねー。長閑です^^

どうやら、移動遊園地のようですねー。

koucha&ne-chanがグルグル回ってましたよ~。

私は、耳の聞こえない(本当か?)少女に寄付をせがまれて・・・・^^;;

その脇にある観覧車。小さいくせに、8ユーロ/人もする。でも、まあ記念にということで、家族4人で乗り込みま

した。係員のお兄さん、とっても親日的で、たくさん日本語で話しかけてきましたよ~。乗り込んだら、3周くらい

回って、結構楽しめました^^ この観覧車も移動式みたいな感じでしたねー。

いや~、家々がひしめき合っていますね~^^;;

ルーブル美術館方面~ピラミッドの下には人がいっぱいだろうなあ。。

遊園地全貌~

チェイルリー公園の池から見る観覧車。

あああああ・・・・・・って感じでしょうか。。。

のんびり~^^  したかったけど、そうもいかなくて・・・^^;

遠足でルーブル美術館かな?

いや~、ルーブル美術館は広いです~

二人で何を話しているのかな^^

パリらしい、こんな風景も切り取りましたよ^^

どんどん歩いていますよ~ つづく


2011.7ヨーロッパ旅行記21~パリ2

2011-09-06 23:55:50 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

 2011.7.29(金)

いや~どんよりしています。鉛色の空でございます(笑)

昨夜は20時半頃、ホテル着。いや~なかなか強硬な日帰りツアーでしたねー。さすがに道中が長かった

ですわ・・・^^;;; 本日は最終日。午前中にベルサイユ宮殿を見学後、夜までフリーですよ~

リヨン駅ですよ~   この駅に接しているホテル メリキュール パリ ガール デ リヨンで二泊しましたよ~

ホテル前の喫煙場所で夜タバコを吸っていると、二回男女がタバコくれ~とやってきました。都会は何処も

いろんな輩が集まってきます。

リヨン駅前。警察官やら兵士やら・・・物々しい雰囲気・・・要人が到着するのかな?

バスに乗って、ベルサイユ宮殿へ~

現代アート展の作品らしいっす。

未だ観光客もまばらですよ~

ベルサイユ宮殿

1682年、フランス王ルイ14世が建てたフランスの宮殿ですよ~。フランス絶対王政の象徴的建造物。

ルイ14世をはじめとした王族と、その臣下が共に住むヴェルサイユ宮殿においては、生活のすべてが絶対王政

の実現のために利用され、その結果さまざまなルール・エチケット・マナーが生まれた。現在につながる洋食にお

ける席次・テーブルマナーも、毎晩のようにヴェルサイユ宮殿で開かれていた王と貴族が出席する晩餐会に由来し、

フランス料理と共に世界中に広まったものである。by wiki

鏡の間 1871年にドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の即位式が行われ、また第一次世界大戦後の対ドイツとの

講和条約であるヴェルサイユ条約が調印された場所でもあるそうですよ~。

マリー・アントワネットのベッド

ベッドサイドのこの中に沢山のダイヤモンドがあったらしい・・?

いや~庭園も綺麗ですね~

9時~11時頃まで二時間くらいの見学でした。帰るころにはスゴイ人でしたよ~ 


2011.7ヨーロッパ旅行記20~モンサンミッシェル3

2011-09-06 06:11:04 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

この島はもともと(墓の山)と呼ばれ先住民のケルト人が信仰する聖地であった。708年、アヴランシュ司教

オベールが夢のなかで大天使・ミカエルから「この岩山に聖堂を建てよ」とのお告げを受け、ここに礼拝堂を

作ったのが始まりである。966年にはリシャール1世がベネディクト会の修道院を島に建て、これが増改築を

重ねて13世紀にはほぼ現在のような形になったものである。中世以来、カトリックの聖地として多くの巡礼者

を集めてきた。

百年戦争の期間は島全体が英仏海峡に浮かぶ要塞の役目をしていた。18世紀末のフランス革命時に修道院

は廃止され1863年まで国の監獄として使用され、その後荒廃していたが、ヴィクトル・ユゴーの紹介がナポレ

オン3世を動かし、1865年に再び修道院として復元され、ミサが行われるようになった。19世紀には陸との間

に堤防を造成して鉄道・道路ができ陸続きになり(鉄道は後に廃止)、フランス西部の有数の観光地となってい

る。1979年にはユネスコの世界遺産に登録された。2006.8.5現在、3人の修道士が在住し、9人の修道女が

近隣の町から通って運営に当たっている。by wiki

島の裏側を散策してみました。

すごいアームの長さです。修復作業なのかな。

美女(?)が二人、気持ち良さそうに寝ていましたよ~ 

子どもが二人、気持ち良さそう~ でもね、ちょっとドロ臭いんですよ。干潟状態ですからね~^^;

モンサンミッシェルのウミウシを探せ!な~んて思ってたのですが、ちょっと無理ですね~

朝からやってきて、(もしくは近くに一泊して)一日朝から晩まで、ここでのんびりと過ごすという旅行者も多い

そうですよ~。

13:00~15:30までモンサンミッシェルを散策した後、再びパリに戻ります。やっぱり、もうちょっと時間が欲しい

ですねー。この日帰りツアーは、オプショナルツアーで10000円でしたよ~

どんどん離れていきます。

やっぱりインパクトありますねえ。。。周囲約900m、尖塔までの高さ150mのようですよ~

家々は、バス窓から撮りましたよ~。シャッタースピードを上げて暗めに撮って、ソフトで加工して明るくしている

のでちょっと不自然な感じですけど・・・。今考えたら、ISOを上げれば良かったのか!う~む・・・

それにしても、渋い家々でございます。好きだなあ~~~。

ってなわけで、モンサンミッシェルの日帰りツアーでした^^


2011.7ヨーロッパ旅行記19~モンサンミッシェル2

2011-09-05 12:48:09 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

ほぼ頂上からの駐車場方向の景色です。いや~広大ですよ~

天辺まで来ましたよ~ 

青い空に海鳥がすう~っと・・・

モンサンミッシェルの沖合い3kmにあるトンプレンヌ小島。百年戦争時代にはイギリス軍がこの島に要塞を築き、

モンサンミシェル攻撃の拠点にしたそうですが、現在はわずかにその要塞の跡があるのみだそうです。

モンサンミッシェルも今のように修道院ができる前はちょうどこの島のような単なる岩の小島だったそうですよ~

泥砂の上にいろんな文字が見えますね~ 歩いて小島まで向かう人たちもいましたよ~。それにしても広い^^

最上部ですよ~。礼拝時に下の階にも神さまが降りるように?左手前に穴が開いているらしいです^^

ミカエルは、天軍の長であり、最後の審判のときに死者の心臓をはかり、天国に送るか地獄に送るかを選別する

役割を果たす。う~む・・・それで天秤が・・・。

尖塔の先端には、黄金のサン・ミッシェル像が取り付けられている。この像は、近年になってヘリコプターで

塔の先端に取り付けらましたよ~

寺院の内部に庭園があり、その周りを回廊が囲んでいます。1日に8時間もの祈りを捧げる厳しい生活の僧侶たち。

海と天の間に浮いた形の回廊は、モンサンミッシェルに祈りを捧げる、僧侶たちの散策、瞑想、会話の場所でした~

井戸かなあ?調べたのだけどよく解りませんでした。ただ、この空間に惹かれたので載せておきますよ~

人力式クレーン 轆轤につなげた水車のような大きな木製のホイルの中に6名の囚人が入り、歩くことにより

ホイルをまわし梃子の原理で食料品などの重量物を2トンまで巻き上げることができたそうですよ~

聖ミカエル像(サン・ミッシェル像) 尖塔先端の金色のものと姿は同じだが 兜と顔の表情が違うようですよ~

う~ん、流し目・・・ハンサムでんがな・・・・。

新しい教会は、古い教会の上に建てられ、そうして、古い教会は完全に破壊されることなく、一部は地下聖堂

として残っていくんですね~

美しいです。海鳥がすう~っと・・・

下まで降りてきましたよ~  つづく


2011.7ヨーロッパ旅行記18~モンサンミッシェル1

2011-09-04 06:13:11 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

 2011.7.28(木)

本日は、モンサンミッシェルへ日帰りオプショナルツアーであります。

ちょっと地図で確認してみましょう。右下の濃いミドリ色のところが「アルプス山脈」ですねー。モンブラン4810.9m

最高峰の他、マッターホルン、ユングフラウなど・・・。

モンサンミッシェルは、地図の一番左。拡大図は、左上ですよ~

7:40頃 朝から混んでますなあ。。。。

ちょっとしたところもコテコテにデザインされていますねー^^;

コンコルド広場です。鉛色の空ですわん・・・・

右側の先っちょが金色の鉛筆みたいな塔は、オベリスクです。古代エジプトに多く製作され、神殿などに立てられ

た記念碑の一種。近代および現代では、欧米の主要都市の中央広場に建設されその地域を象徴する記念碑。

エジプトのルクソール神殿から運んできたようですよ~。紀元前1000年以上前に製作されたのかなあ。

コンコルドの意味は、協調、調和だそうですよ~

この広場は、フランス革命中には、ルイ16世やマリー・アントワネットへの斬首が行われた刑場です。広場の名前

で印象を代えようとしても、鉛色の空色が蓄積された歴史に覆いかぶさっているかのようですね・・・。

一気に飛びます(笑

12時ごろです。モンサンミッシェル付近の集落です。iphone4のマップ車経路で調べると、リヨン駅から

モンサンミッシェルまでは370.5km。4時間11分と表示されましたねー。いや~日帰り往復ツアーなんですが、

さすがに遠いですわあ。日本でいうと、東京=名古屋間みたいなもんです^^;;

北海道みたいですよね~

ドイツの古城街道と違って華やかさはありませんが、いや~渋いです~!好きだなあ。。。。

12:20頃、モンサンミッシェル入り口辺りのレストランで昼食です。シードル&巨大名物オムレット、美味しかった

ですよ~(シードル=発泡性林檎酒。日本でも飲めるのかな?美味しかった^^)

モンサンミッシェルに伸びる道路から。いい天気♪ 暑くなりましたよ~

モン・サン=ミシェル(Mont Saint-Michel)とはフランス西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ小島に築かれた修道院。

カトリックの巡礼地のひとつであり「西洋の驚異」と称されています。世界遺産。

サン・マロ湾はヨーロッパでも潮の干満の差が最も激しい所として知られ、潮の満ち引きの差は15メートル以上ある

そうです。1877年に対岸との間に地続きの道路が作られ、潮の干満に関係なく島へと渡れるようになった。しかし、

これによって潮流をせき止めることとなり、島の間際まで潮が来ることは滅多にないようです。ですので、道路を壊し

橋に架け替える計画があるようですよ~。

海鳥がすう~っと飛び交っています。いや~、いい風景です。魔女の宅急便や紅の豚、まんまですよ~

左は郵便局。賑わっていましたよ~狭い道です~

どんどん登っていきますよ~

お墓もありましたよ~

 路地がいい感じ(笑

おお!狭いです~

こちらの修道女の方でしょうか。微笑が美しい^^

つづきますよ~


2011.7ヨーロッパ旅行記17~パリ1

2011-09-03 08:23:49 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

ってなわけで、パリ市内観光ですよ~

パリの地図を見ると解ると思いますが、碁盤の目のようになってないんですよー。ある点から上の写真のように

放射線状に道が伸びていく。だから、鋭角な場所が沢山できるわけですが、その鋭角の面をカットして、カフェ

があったりお店があったりするのですねー。そんな風景があちこちに見られます。

リヨン駅ですよ~   この駅に接しているホテル メリキュール パリ ガール デ リヨンで二泊します。

おお!なんて濃密なんだっ!!!

東京23区の面積は621k㎡・人口900万人。 パリ市街は87k㎡・人口217万人。 いや~濃密でございます。

車もむちゃくちゃ多いです。放射線の道路ですから文字通り四方八方から走ってきます(笑

モノクロが似合いますねー。

ハイ、チーズ!

で、ルーブル美術館へ行きましたよ~

世界中から・・・すごい人ですよ~^^;

おお!ミロのヴィーナスだっ!!!

ちょっと違った角度で・・

さらに違った角度で・・・(笑

ミロのヴィーナスは、ギリシア神話におけるアプロディーテーの像と考えられている。高さは203cm。

材質は大理石。紀元前130年頃にアンティオキアのアレクサンドロスと呼ばれる彫刻家によって作成された

と考えられている。ミロのヴィーナスは、1820年4月8日に小作農であったヨルゴスによって、エーゲ海の

ミロス島で発見された。by wiki

サモトラケのニケ

ギリシャ共和国のサモトラケ島(現在のサモトラキ島)で発掘され、勝利の女神ニケの彫像。

最初の発見は1863年で、フランス領事によって胴体部分が見つけられた。それに続いて断片と化した翼が

見つかった。断片は全部で118片にのぼる。 右腕も1950年に発見され保管。手は大きく広げられている。

この彫像についての古文書はひとつも発見されていない。製作年代は紀元前のようですね。

こちらもいろんな角度から・・・

飛翔!

翼を持つ神々の歌が聴こえる・・・♪ 吉田美奈子 graces  歌が聴こえてきました^^

おお!モナリザだっ!

だめだ・・・・スゴイ人・・・一番前まで行くのに大騒ぎ・・・・でもガラスに入っているし、のんびり鑑賞なんて、

とんでもない。モナリザ、見てきたんだぜ~という、ただ自己満足だけの時間・・・(笑

誰の絵だったっけ??? 以前見たことがあるような・・・?? 生きているかのようでしたよ~

いいでしょう?オヤジの後姿(笑 ・・・勝利の女神と共に^^

いや~いろいろ駆け足で見て、ほかにも見たい作品があったけど何より時間がない。混んでいる。広過ぎる^^;;

 

世界中から集まりますからね。地下駐車場も、こんな観光バス専用フロアがあったり・・すごすぎますわん。。。

男子トイレはそれほどでもないけど、女子トイレは無茶苦茶汚かったそうですよ~。う~ん、ルーブルの名の印象

が変わってしまいましたねえ。。。

おお!こんなところにもユニクロが!

って別にそんなに驚くことではないんですけどね。

パリは、北緯49度とやや高緯度に位置していますが、温かい北大西洋海流と偏西風によって一年を通して

比較的温暖だそうですよ~。東京をちょっと寒くしたような感じかな。降雪量も東京並み?

凱旋門ですよ~、上にも人がいますよ~。 見てくださいよ、この渋滞^^;; 絶対運転したくない都市ですねー。

通りはオ~、シャンゼリゼですよ~。マロニエの並木道♪ 原宿の表参道は、シャンゼリゼ通りを真似たのかな?

クルリと回る広告もなんか原始的で良かったです^^

エトワール凱旋門:フランス・パリのシャンゼリゼ通りの西端、シャルル・ド・ゴール広場にある凱旋門。

エトワール凱旋門は、前年のアウステルリッツの戦いに勝利した記念に1806年、ナポレオン・ボナパルトの命

によって建設が始まった。ルイ・フィリップの復古王政時代、1836年に完成。by wiki

フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造されるべく

建てられたエッフェル塔ですよ~ 金属産業の象徴ですね~ 建設当時は、未だ電気が通っていなかった?

んで、水圧式のエレベーターのようですよ。鉛色の空でございます。

あまりに奇抜な外見のため、建設当時は賛否両論に分かれた。反対派の文学者ギ・ド・モーパッサンは、

エッフェル塔1階のレストランによく通ったが、その理由として「ここがパリの中で、いまいましいエッフェル塔

を見なくてすむ唯一の場所だから」と言っている。ここから、「エッフェル塔の嫌いなやつは、エッフェル塔に行け」

ということわざも生まれた。by wiki

ルーブル美術館以外は、バス窓からの市内見学でした。エッフェル塔は、バスから降りて拝みましたけどねー。

写真は、ルイ・ヴィトンの本店ですよ~ 18時ごろです。夕食は中華料理でしたよ~。「ごはん」を食べて、

ホッとしましたよ~^^

パリ市街は、最終日にも登場しますよ~


2011.7ヨーロッパ旅行記16~クライネシャイデック>グルント>ジュネーヴ>パリ

2011-09-02 16:15:46 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

クライネシャイデックまでハイキング、昼食後、列車でアイガー北壁を右に見ながらグルントに向かいます。

牛を撮ってる~(笑

グルント近郊の家々・・・美しいですねー。いい感じの村だなあ。。。。

約一時間でグルントに到着。15時ごろですね。この辺りの川は、皆このような白く濁った色です。これは、

氷河が溶けている色だそうですよ~

グルントからバスに乗ってジュネーブへ向かいます。

19時頃かな。ジュネーヴの街の渋滞中に撮りましたよ~ 窓辺の花が咲いているから廃墟ではないので

しょうけれど・・・??

ウロコのような瓦?がいいですよね~

おお!白鳥ではありませんか!遊泳禁止の標識もチラリ(笑

白鳥の写真と同じ、ジュネーヴ渋滞中。湖は、レマン湖ですよ~

大噴水 (Jet d'Eau):レマン湖畔にある140mもの高さまで水を噴き上げるジュネーヴのシンボルですよ~

ジュネーブ・コルナバン駅周辺ですよ~

わき道はこんな感じ。少し雨が降った後、雨上がりって感じ。

ジュネーヴ:人口は約18万人(2003年)、面積は15.86平方キロメートル、標高は373メートル。チューリッヒに

次ぎスイス第2の都市。スイスの公用語は、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4言語ですが、

フランス語圏のジュネーヴでは、ほとんどの場合フランス語が用いられます。インターラーケンはドイツ語圏でしたよ~。

この日の夕食は、魚料理でしたよ~。料理の簡易写真は、最後にまとめてne-chanが撮ったのを載せる予定です。

ジュネーブの街は、なんか混沌としてましたね。「ジュネーブ」のお洒落な名前のイメージとはちょっと違いましたね。

独り言をブツブツ言いながら歩いている国籍不明の輩や、あまり綺麗とは言えない建物が駅のすぐ近くにあったり。

食事後は、ジュネーブ郊外のフェルネーボルテールのホテルへ。

グルント~フェルネーボルテール間~約245kmバス移動でした。

 

2011.7.27(水)

 

泊まったホテルからの日の出ですよ~。ホテルはフランスにあります。国境?ゆるいです(笑)

こんな風に撮ると、なかなかいいホテルに見えますよね~。がしかし・・・

周りのホテル?リゾートマンション?は空き家^^;;  このホテルの水も赤くって(サビかなあ?)、ne-chanは

この水のせいで肌が荒れたぞおと怒ってました。私の部屋は、メインランプが切れていたし・・・。とりあえず、

添乗員さんに報告しておきました。

ジュネーブ・コルナバン駅。ここの時計が9時20分位を指していますから、ポーターにスーツケースを預けたりして

駅で時間がかかっていますね。スイスからフランスに入るんで簡単な出入国審査もあったんだっけかな?

忘れちゃった^^;; 

ホームより

TGVだす。

TGV(テジェヴェ、仏語)は、フランス国鉄 (SNCF) が運行する高速鉄道。日本の新幹線みたいなもんですねー。

これに乗って、パリまで向かいますよ~ 3時間くらいだったかな。 はじめのうちは、ゆっくり走ってましたが、途中

から速くなりました。4人ボックスシートで、間にはテーブルがあって、なかなか快適でしたよ~ あっという間に着

いちゃいましたねー。お昼は、列車の中でサンドイッチセットですませましたよ~

12:50頃、パリ・リヨン駅到着~ これからパリ市内観光ですよ~ 


2011.7ヨーロッパ旅行記15~ユングフラウヨッホ3

2011-08-31 11:29:09 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

一時間ほどユングフラウヨッホを見学後戻り、トンネルを抜けてすぐのアイガーグレッチャー駅で下車。

ここから、一駅分、クライネシャイデック駅まで下山ハイキングですよ~(約1時間半)

背後のそそり立つ白壁のような山々と、降りる方向の柔らかな緑の草原のコントラストが何ともスゴイです。

花がたくさん咲いていましたよ~ ほとんどの種は北海道で見れるそうですよ~

エーデルワイスですよ~ 自然にはもうほとんど咲いていないそうです。

すごい色の池ですね~ 人工的に作られているようです。青く見えるのは中にシートを敷いている為だと(苦笑)

なんとこの池、冬の人工雪を作る為だそうですよ~。(スキー場になる)こんなところにも温暖化の影響が・・・・・^^;;

地面スレスレから撮ってみました^^

あちこちに、たくさんの種の花が咲いていました。このハイキング専門の日本のガイドさんが、いろいろと教えて

くれるのですが、どんどん忘れていきます(笑)

そこらじゅう・・花・花・花・・・  天国をこんな光景だと思えば、ちゃんとこんな光景の天国に行けますよ~(笑

kouchaは、植物に凝り始めているので、ガイドさんにくっ付いてメモを取っていました。私は、個々の植物の

情報は脇に置いて、全体の景色を目に焼きつけていました。

1.5時間のハイキングでは、ゆっくり歩いて距離は十分なんでしょうけれど、一つ一つの事象を味わいながら、

歩くと、とても時間が足りません。はあ・・・せめて半日くらいかけて、歩きたかったな・・

 

野生のクマはスイスどころかアルプス全域で、既に19世紀にはほぼ絶滅状態になってしまっていたそうです。

これらの草山は自然のものではなく、牧草地であり、当然人の手が加えられているそうです。

そうなんだ!・・・ そうか^^;・・・ そうだようなあ。。。。

二次草原・・・自然草原に対して、森林の伐採跡地に生じた草地に採草、火入れや放牧などの直接的あるいは

間接的な人為的干渉が繰り返し加えられることによって成立し、また持続する植生。

自然草原と二次草原の混合なのかなあ・・・???・・・半自然草原??

帰りは、この登山列車に乗ってグルントまで向かいましたよ~

黄色いクチバシのカラス。だからキバシガラス。あちこちに居ましたよ~。カーカー鳴かないんです。

チリ、チリ・・チー、チー・・チュン。チュンみたいな?? 割と耳に心地よい音です。鳴き声が違うだけで、随分

イメージが違うもんだなあ。


2011.7ヨーロッパ旅行記14~ユングフラウヨッホ2

2011-08-29 12:49:48 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

標高2061mのクライネシャイデック駅を出発して、アイガーグレッチャー駅を過ぎるとすぐにトンネルに入る。

ここから、ユウグフラウヨッホ駅までトンネルの中を登ります。途中、トンネル内標高2865mのアイガーヴァンド駅

に5分止まる。ここは、なんとアイガー(3975m)の北壁の中にあって、岩盤を刳り貫いた大きなガラス窓から、

外が覗けるんですねー。

北壁2865m付近から見た下界の風景ですよ~

8/27 「アイガー北壁」の映画を見ました。同じような風景が・・・^^ しかし、ハッピーエンドとはならず・・^^;;;

更に次の同じくトンネル内にあるアイスメイヤー駅3160mで5分間停車。同じく岩盤を刳り貫いた大きなガラス窓

から、外が覗けるんです。アルプス方向でしょうね。いや~スゴイですわ。。。

写真中央部分のちょこっとした建物(点に見えるか・笑)は、アイガー東山稜を初登攀した日本人登山家、

槇有恒氏が私財を寄付した資金で建てられた3026m地点にある山小屋。

着きましたよ~、ユングフラウヨッホ駅。

ユングフラウヨッホ駅はヨーロッパで最も標高の高い鉄道駅(3454m)。全区間の所要時間は約50分程度。

おお!氷河ですよ~!!! ヨーロッパ最長のアレッチ氷河です。

ユングフラウヨッホの「ヨッホ」の意味は、山のピークとピークの間の鞍部を意味します。ここの場合、

ユングフラウ山(4158m)と、メンヒ山(4107m)の間ということになります。

ユングフラウヨッホ・スフィンクス展望台3573mですよ~

ユングフラウ山頂(4158m)も見えましたよ~

反対側は、メンヒ(4107m)ですよ~

道が見えますか?小さな黒い点が見えますか?人なんですよ~ 氷河を歩くツアーなのかなあ?スゴイ・・・・ 

氷河方向と反対側・クライネシャイデック方向ですよ~ 更に奥の方がインターラーケンの方かな?

なんと氷河のトンネル・・・・

で、なんと、氷河の彫刻^^

雪、踏んできましたよ^^

さすがに、少し小走りに歩くと、息が上がりました。空気が薄く感じましたねー。

何度も撮りたくなってしまう・・・素晴らしい風景でしたよ~

やっぱり、寒いわけですね~ 4000m近いんですものね。天気にも恵まれてラッキーでしたよ~ つづく~


2011.7ヨーロッパ旅行記13~ユングフラウヨッホ1

2011-08-27 16:50:50 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

2011.7.26(火)

さあて、いよいよ楽しみにしていたスイス・登山電車&ハイキングですねー。天気が良ければいいなあ。

朝早くから、ホテル斜め向かいにお店出してましたよ~。思わず、鼻の高いお顔の木彫りを一つ買いました^^

ホテル出発~

バス約13kmでラウターブルンネン駅に到着~

う~む・・・すでにスゴイな・・・思わずウルウル・・・(笑)  スイスの国旗・・・ 右端には巨大な滝が・・。

ラウターブルンネン→クライネ・シャイデック間40分間の登山列車の旅どえす。

右には巨大な滝が・・・ (駅から見えていた滝と同じです)

う~む、不思議な形の山だな。。

どんどん登っていきます。

ここで時間待ち、その後山の中へ突入~って感じです。線路の間にギザギザの滑り止めレール?が見えます。

草原を転がっていくと・・・そのまま谷底に落ちちゃいそうな・・^^;

で、10分後に、いきなりこの風景がドカンと見え始めます。

ひょえ~

ブワ~~

おお!ユングフラウヨッホが見えた!!!

とにかくコントラストが激しい。この写真は電車の中から撮影しているが、撮ったままで明暗補正しようとして、

山に合わせると下部は真っ黒、下部に合わせると山は白く飛んでしまう。仕方なく、山に露出を合わせて、

「シャドウを明るく」補正をかけています。他のコントラストの激しい写真も、大よそこのような補正をしています。

クライネ・シャイデック。ここで乗り換えますよ~。 山々の左のほぼ垂直な壁面がアイガー北壁です。

ユングフラウ鉄道は、くり貫いたこの山の中のトンネルを登っていくですよ。

さて、いよいよユングフラウヨッホへ。


2011.7ヨーロッパ旅行記12~インターラーケンへ

2011-08-26 08:32:15 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

ノイシュバンシュタイン城見学&昼食後、一路スイス・インターラーケンへ。

バス窓より 

バス窓より お城見学の頃に小雨が降っていましたが、晴れています。が、雲が賑やかですねー。

途中のサービスエリアにて なんか人懐っこかったですよ^^

雪をかぶった山がチラリと・・・

ドイツからオーストリアを横切りスイスへ。途中ハイウェイで国境を越えているのですが、一時停止する程度で、

まったくストレスがありません。

丘の頂上に一本の木が・・・行ってみたいな。

峠を越えると、ダイナミックな地形が広がってきた。

おお!ユングフラウが見える!!!

インターラーケンの街に着きましたよ。思ったよりも大きな街ですねー。

夕食を食べにレストランへ出発~雲が切れてユングフラウが綺麗に見えていました。

広場に次々にパラグライダーが下りてきていましたよ。

夕食は、カジノクアザールでチーズフォンデュでしたよ~

フォークロアディナーショー(スイス民謡ショー)でっせ~

アルプホルン♪ 長いっす。吹かせてもらいましたよ。あんまり鳴りませんでしたが。以前トランペットをやっていた

kouchaは、いい音だしてました^^

カウベル演奏♪ 結構大きな音です。これを首に付けられていたら、牛さんもうるさくて、そう遠くには行けない?(笑)

この後、観光客数名を交えて演奏体験。楽しかったですよ~ほろ酔い状態で、思わず歌っちゃいました(爆)

夕食後、まだユングフラウが見えていました。21:30頃ですよ~ 

というわけで、この日の移動距離はフュッセン~ビース教会30km、ビース教会~ノイシュバンシュタイン城24km、

ノイシュバンシュタイン城~インターラーケン405km。計459kmバス移動でした。


2011.7ヨーロッパ旅行記11~ノイシュバンシュタイン城

2011-08-21 12:02:14 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

 

09:30頃、ビース教会を出発。約24km走って、ノイシュバンシュタイン城へ。

お城は一般に公開されてますが、館内の見学はツアーへの参加が必須となっており、麓の
ホーエンシュヴァンガウにあるチケット売場で事前にツアーのチケットを購入する必要がある。
麓から城までは、チケット売場の先にあるバス停からマリエン橋近くまで運行されているバスに
乗りました。添乗員さんお任せですが、乗り合いバス乗り場は、結構な列。ギュウギュウ詰めで
乗り込みましたよ。見学チケット売り場は、帰るころには物凄い長蛇の列ができていました。
さすがに、世界中から観光客がやってくるんですねー。

おお!この眺めだっ!!!

ペラート峡谷にかかるマリエン橋から見るノイシュバンシュタイン城。もっとも美しく見えるポイントの一つですねー。

お城右方面をズームアップ。

お城左方面をズームアップ。

マリエン橋から下を覗くと・・・・・この峡谷もすごいです!

ノイシュバンシュタイン城から見るペラート峡谷にかかるマリエン橋。すごい~

入り口~ 重厚でございます^^ 

少し雨が降ってきましたが、お城内部見学後は止んでいました。電光掲示板に番号が提示され、その順番で

見学していきます。いろんな国の方がいっぱいですよ~。

 

お城から~。内部でなければ撮っていいそうです。前日からバス窓で見ていたこのポツンと佇む教会も、

とってもいい感じでしたよ~

お城の内部から見るお父さんのホーエンシュヴァンガウ城

麓のホーエンシュヴァンガウ城がよく見えるところが集合解散場所でした。

お城の内部は・・・確かに素晴らしかったのです。実用に不向きなお城内部で、生活感が無いようにも思いした

が、やはり時の流れが装飾しているようでした。寝室のベッドの上の物凄い彫刻が重苦しそうで、不眠になり

そうではありましたが・・・(笑

お城見学後は、山から歩いて降りていきました。登りバスが混んでいるからか、歩いて登るのが普通なのか、

たくさんの国の観光客とすれ違いましたよ。二頭立ての馬車のお馬さんもヒーヒーいいながら登っていました。

おお! あちこちに馬糞が・・・!!(笑

麓に下りるとチケット売り場は、長蛇の列^^;; 世界中から集まりますからねー。

昼食も麓のレストランでしたよ~。(生協事件が・・・)

 

ルートヴィヒ2世王とノイシュヴァンシュタイン城

・若い頃は、超美貌だったようですね~。身長も190cm位あったらしい。
・中世騎士道への憧れを強く抱いたようです。ワーグナーのパトロン。
・自分の中世への憧れを具現化する豪華でロマンティックなお城の建築に力を注いだそうですわん。
・お城は、ルートヴィヒ2世王の趣味のためだけに建設された実用には不向きな城だそうですよー。
・更なるお城建設のため、借金を積み重ね、統治不能としてベルク城に軟禁されました。
・軟禁翌日、ルートヴィヒ2世王はシュタルンベルク湖畔を散歩中に主治医と共に謎の死を遂げたそうです。

というわけで、お城は、権力誇示というよりも、王の内面世界の具現化という解釈でよいのではないでしょうか。
生涯独身でお金持ちでイケメン(笑)そして謎の死・・・ 世間の女性たちの関心の的なのでしょうね。今も^^

同じ建造物でも、ビース教会とはずいぶんと違いますよねー。
人の作り出した物は、まさに創造者の精神を顕すのです。


2011.7ヨーロッパ旅行記10~ビース教会(ヴィースの巡礼教会)

2011-08-18 17:46:24 | ・2011.7ヨーロッパ旅行記

2011.7.25(月)

だいたい毎日、6時起き、7時朝食、8時出発って感じでしたね。今日も教会、お城を見学してスイスへ向かいます。

ビース教会 (フュッセンから約30km)<世界遺産>

1738年、ある農家の夫人がシュタインガーデン修道院の修道士が彫った「鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受
けたところ、6月14日このキリストの像が涙を流したという。教会ではこれを奇跡とは認定しなかったが、この噂
は「ヴィースの涙の奇跡」として広まり、巡礼者が農家に集まるようになった。1740年には牧草地の小さな礼拝堂
に移したが、巡礼者は増える一方であった。
そこでシュタインガーデン修道院が先頭に立ち、1746年から建造されたのがこの教会である。設計はドイツ・ロココ
の完成者として名高いドミニクス・ツィンマーマンで、それまでにも数多くの建築を手がけていたが、この教会には
特別な愛情と情熱を傾け、完成後もこの教会から離れることを嫌い、すぐ近くに居を移し、亡くなるまでこの教会を
見守り続けた。
 by wiki

 

回りは牧場で、のどか~閑散としています。教会の概観も、さほど驚くことはないのですが・・・・・・

おお! うわ~~~~~!!!

な、なんですか!これは・・・・・!

涙を流したキリストの木像は、ここに安置されているのでしょうか・・・。

外観は牧場の中に建つ何の変哲もない教会だが、ロココ様式の内部の装飾はヨーロッパ随一
と言われており、特にその天井画は「天から降ってきた宝石」とも讃えられている。by wiki

驚くべき教会でした。建築者の魂が凝縮・濃縮されているかのようでしたね。彼の魂が今もここに在るかのようでした。

裏手は、こんな感じの牧場です。

古びた消火栓・・標識もかわいい。

ビース教会入り口付近のお家。ホテルなのかな? 奥には薪がたくさん^^ 冬は寒いんだろうなあ・・・・。

さて、次回は、あの「ノイシュバンシュタイン城」でありんす。