フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

3月30日(木) 晴れ

2023-03-31 13:23:05 | Weblog

7時半、起床。

トースト(はちみつ&オリーブオイル)、目玉焼き、ソーセージ、牛乳、紅茶の朝食。

本日の『舞いあがれ!』。今日を入れて残り2回となった。貴司がパリから戻り、そして時代は未来(2026年)へ。「空飛ぶ車」を実用化させるためだが、朝ドラで未来まで描くのは珍しい(と思う)。それもあってコロナの時代(現在)はちょっと描かれただけで通り過ぎた。貴司は歌集ではなくエッセー(+短歌)を出したようである。パリのアパートで八木がそれを読んでいた。本のタイトルは『トビウオの記』。カフェ「タビビトの木」を連想したのは私だけだろう(店主さんもかな)。八木はあご髭をたくわえていた。八木=山羊を連想したのは私だけだろうか。バンバは足が衰えたのだろう、車椅子を使う生活になっていた。そういう身体的変化で6年という時間の経過を演出しているわけだが、イワクラの経理担当の山田が藤原姓になっていた(職場結婚したのだ)ことも見逃してはなるまい。刈谷先輩はあいかわらず独身なのだろうか。

昨日のブログを書いてアップする。

昼食を食べに出かけようとすると、チャイが玄関ドアのところでスタンバイしている。はい、はい。ちょっと散歩させてから出かける。ちなみにその時間がないときは「ナイナイ」と言えば、おとなしく戻っていく。

下丸子へ行く。でも、今日は「喜楽亭」で食べるために来たのではない。

下丸子児童公園の横を通って、もう一本横の商店街へ。

天婦羅の「長寿」。今日はここに来たかった。

時刻は間もなく2時になろうとするところ。2時で中休みに入ってしまうのではないかと心配したが、大丈夫だった。

メニューは豊富である。でも、注文するものは家を出るときから決まっている。

ミックス天丼(920円)。

海老2本、キス、イカ、レンコンである。色の濃い丼ダレが旨いのだ。天丼チェーン店の天丼は衣が妙にカラッとしていて私は好みではない。少ししんなりしているほうがごはんとなじんで美味しいのだ。

腹心地がよくなったところで、ガス橋通りを多摩川の方へ歩く。欅並木の新緑がきれいだ。

多摩川に出る。

ここの土手の桜が見事なのだ。今日、下丸子に来たのはこのためである。

桜の下でお花見を楽しんでいる人たち。

青空を背景にした桜はやはりいい。

これが見たかったのだ。

土手には一面に花が咲いている。

土手の下から見ると、桜並木とのコントラストがいい。

小さな兄弟とお母さんだろう。平和な風景だ。彼らは今日のこの日のことをずっと覚えているだろうか。

今年のお花見はこれで完結したように思う。

蒲田に戻って来て「テラスドルチェ」で一服する。

渋皮モンブランとコーヒー。

駅前の「キシフォト」でデジカメ用のSDカードを購入。いま使っているカードは土手で桜を撮っているときに容量がいっぱいになったのだ。SDカードは安価なので(880円)、容量がいっぱいになったらそれはデータ保管用としてとっておいて(パソコンのディスクの中にもデータは保管されているが、バックアップは必要である)、新しいカードと交換することにしている。16GBでだいたい3カ月はもつ。

統一地方選挙が近づいている。選挙ポスター用のボードが作られている。

近所の専門学校の桜並木。まだ見頃を保っているが・・・

花びらが風に舞っている。

いまなら上下のお花見が楽しめる。

帰宅すると宅配便で小田嶋隆『友だちリクエストの返事がない午後』(太田出版、2015)が届いていた。「人と人とがたやすくつながってしまう時代。はたして友だちとは何だろうか?」と帯に書いてある。春学期の演習『現代人と社交』、秋学期の演習『現代人と孤独』の参考文献として使えそうだ。

私はSNSではLINEを一番よく使っているが、「友だち」は123人である。そこには家族や親しい親戚も登録されていて、それは通常の感覚では「友だち」ではない。「友だち」らしい「友だち」は少数で、多くを占めるのは卒業生(一緒にカフェに行くような)であるが、彼らも通常の感覚では「友だち」とはいわないだろう。しかし、長期的にみた場合(それほど長期の余生が自分にあるとは思っていないけれど)、「歳の離れた友だち」のようになっていけたらいいなと願っている。

夕食は鮭と野菜のレンジ蒸し、胡桃とジャコの佃煮、タラコ、柚子大根、味噌汁、ごはん。

プレバト3時間スペシャルを途中から(黒板アートと俳句春光戦決勝)リアルタイムで観る。春光戦はフジモンが優勝した。句集が完成した梅沢は3位に終わった(2位は皆藤愛子)。でも、ご祝儀的な優勝でないところがよかった。

 給与手渡し春宵の喫煙所 藤本敏史

給与が口座振り込みではなく手渡しであった時代にはまだ「喫煙所」という特定のスペースはなかった(どこでも喫煙できた)という千原ジュニアのツッコミはたしかにそうだなと思った。講評で夏井先生はその点には触れなかったが、内心、「しまった」と思ったのでないだろうか。そうした時代考証的な問題を別にすれば、悪い句ではない。

 ギャラ明細は二行療養の春 皆藤愛子

彼女は以前、突発性難聴でしばらく芸能活動を休んだことがあった(私も心配した)。そのときの体験を元に詠んだ句。芸能人は仕事をしなければ収入がなくなる。さぞかし心細かったことであろう。それはフリーランスで働いている人なら身にしみてわかっていることである。専任の口を得る前の(非常勤暮らしの)私もそうだった。

 口座開設朱肉拭き取る夏近し 千原ジュニア

夏井先生の評価では5位だったが、私はこの句が一番いいと思った。芸能界で生きていくことになり、所属事務所に言われて銀行口座を作った日のことを詠んだ句である。「朱肉拭き取る」にリアリティーがある。

「私もこの家の子になった日のことを思い出します」


(2021年8月2日撮影)

風呂から出て、今日の日記を付ける。

1時半、就寝。

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