<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

孫に会える日到来

2014年12月26日 11時10分01秒 | Weblog

今日は孫3人と会える日である。これから空港まで迎えに行く。会うのは半年ぶりである。末の男の子は1才5ヶ月。随分大きくなったことであろう。しばらくこっちで過ごすことになる。賑やかになることだろう。子どもの好きな場所へあっちへもこっちへも連れて行ってあげたい。

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手を欲しがった

2014年12月26日 11時03分36秒 | Weblog

朝が来て光が撥ねている。跳ね回っている。よろこんでいる。さぶろうもその光の輪の中に誘われている。「おいでよおいでよ、いっしょに遊ぼうよ」と誘われている。入っていくと手をつないでもらえた。さぶろうの手は2本しかないが光の手は無数にあって、その無数の手がさぶろうの手を欲しがった。

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目白銀座

2014年12月25日 16時30分08秒 | Weblog

今日は外気温が温かくなってから外へ出て、ジャーマンアイリスの球根を長方形の底厚プランターに植え込んだ。そこから3mほど離れたところにも蜜柑を突き刺した竹の棒を立てていたら、目白たちは群を作ってきて代わる代わる啄みにやって来た。野良着を着たさぶろうは目白に恐れを感じさせないように、できるだけ笑みを浮かべ穏やかな顔をして見せた。啄んだ目白はその隣の椿の木の藪に入って行き、そこできゅるきゅるきゅるきゅると高鳴きをしてさぶろうの耳を楽しませてくれた。さぶろうにはそれが有り難う有り難うと代わる代わる言ってくれているように聞こえた。庭はいきなり目白たちの銀座になった。いったい何家族が揃っていたのだろう。4時になると日が落ちてひんやりしてきた。「きみたちもう寒いから、山へお帰りよ」さぶろうはそう言うのだが目白集団は容易に御輿を上げなかった。

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遅すぎる? 

2014年12月25日 11時02分57秒 | Weblog

ああ、いい天気だ。気温も上がってきたぞ。ちょっくら外へ出てみよう。

こういうときに誰か気の合う仲間がいて、おおいと声をかけたら即、やあと応じて飛んで来てくれたらいいだろうな。

でも、さぶろうは超のつく我が儘者だから、自己主張が激しくて、こうして会ってみたところで、いいムードはなかなか続かない。平和を破るのはさぶろうの方だ、きまって。

彼は協調性に乏しい男だ。これはよいことではない。修正を加えようとしているのだが、それすら面倒になってくる。で、結局は一人で居る。空想や瞑想を楽しんでいる。こうしているのが無難で気楽だから。

やっとこそさ、相手をしてくれるのは、だから、人間以外と言うことになる。風とか雲とか空とか遠くの山だとか。

うううん、どうしたらいいんだろうな。人間の規模、スケールがうんと小さいんだろうな。だと判断したら、スケールを拡大したらいいのに、実践をしない。おいそれとそうできないとしても、だ。

人間と付き合いをする、これがその実践にあたるだろう。一人酒ではなくてわいわいがやがや仲間酒でもしたら、突破口になれるかもしれない。わいわいがやがやの気分まで持ってくるまでに、しかし、潰えて萎えてしまうのがオチだ。

さぶろうよ、来年こそはもっと胸襟を開いて人の中に入って行こうじゃないか。コーラスや詩吟、謡曲などの趣味の会でもいいじゃないか。そこで愉快を覚えようじゃないか。どうだい? 

老体だから、遅すぎる? うん、そうかもしれないな。

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おいみんな、出掛けて行ってみようじゃないか

2014年12月25日 09時19分47秒 | Weblog

目白が山から下りて来て我が家の庭先の梅の木の枝に刺した蜜柑を啄んでいます。これを眺めて楽しんでいます。

昨日は近くの竹藪に入って(持ち主にお断りを入れて)女竹を数本切ってきました。ここにも半分に割った蜜柑を次々に刺しました。これがずらりと林立しています。だから、空を飛んでいく小鳥たちには一目瞭然のはずです。

「さぶろうの家の庭に行ったら、獲物にありつけるらしいぞ。おい、みんな、出掛けてみようじゃないか」山中(やまじゅう)の小鳥たちが伝言をし合っています。「よし、行ってみよう」彼らはさぶろうの家までやって来ました。その通りでした。熟し柿も用意しています。

屋根にはまだ霜が張っていて朝の光に照らされています。空気は鼻をつんと刺すほどに冷たいです。冬空は雲もなくよく晴れています。さぶろうは暇ですから、一日ずっと暇ですから、その間これといってすることもなく、ぼんやり山の小鳥たちの訪問を眺めています。

 

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わたしは愛されています

2014年12月25日 08時50分16秒 | Weblog

わたしは宇宙に愛されています。宇宙全体がこぞってわたしを愛しています。これはわたしがこの宇宙に生まれてそしてここで愉快に楽しく生活をしているということがその実証です。もちろんわたしもその愛に応えて、精一杯宇宙を愛しています。互いに頬摺りをして触れ合っています。相思相愛の仲ですから、両者の間柄は実に円満です。ここがよろこびの宇宙であることは間違いがありません。この明快な把握はさぶろうを朗らかにします。元気にします。

ふっふっふ。もちろんこの宇宙に生きている生き物たち(仏教の言う衆生、有機物も無機物も含めて)が宇宙の主人公ですから、もっと有り体に言うとわたしは人々から愛されています。虫魚鳥獣、山川草木、大地、風、雲、空の全体に愛されています。愛されているばかりではありません。わたしもそれに負けないくらいの愛を感じてこれを放射しています。愛を感じるということはわたしの内なる宇宙によろこびが湧いているということと同義です。

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また来年お願いね

2014年12月24日 17時52分52秒 | Weblog

里芋の親芋を土の中に埋めておくと次の年にまたそこで芽吹いて来て同じように成長をする。そこで子芋だけを収穫して親芋はまたそっと戻してあげる。その際、連作を避けるために別の場所にしてあげた方が良さそうである。何代までこうやって子作りができるのか、それは知らないが、原始的で実にタフである。今日はその作業をした。畑の草取りをして耕した後、浅めの穴を掘って「また来年お願いね」と声をかけながら埋め合わせその上にこんもり丘を作ってやった。それで夕暮れになった。念のために言っておくが、赤芋の親芋は子芋と一緒に食べられるようである。身も引き締まっていて遜色がない。捨てずにいいところが重宝だ。

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「幸せになる」よりも「幸せである」方を選ぶ

2014年12月24日 10時49分39秒 | Weblog

これから「幸せになる」という未来希求ではなくて、今ここで「幸せである」という現状肯定の方がてっとり早く幸福感を享受できる。そこで手にしている幸福の量がわずかであったとしても。それを幸福として逃さずすばやく取り込んだのだから。

これから「幸せになる」の判断根拠は「いまは幸せではない」という現状不満の裏返しである。たといその通りに幸せになった状況がやってきたとしても、そこでもまた「わたしはまだまだ幸せではない」という思い癖が訪れた幸福を否定をしてかかるだろう。

わたしはいま幸せである。そういう思い癖を身につけていれば、日々刻々に幸せが実現していて、それをその場で噛みしめられる。なるほどなるほどそうなのであった。その方が得策だった。

では、幸福を感じられるほどの具体的幸福現象が目の前に顕現しているか。しているはずである。それほどに目を凝らさなくとも、耳を澄まさなくとも、そこに現前しているはずである。

吸っている空気が美味しい。これでいい。森の中を歩けば小鳥が鳴いている。これをよろこんで耳で拝受する。これでいい。わたしを好いてくれる光がわたしに明るく届いて来る。嬉しい。この我流の受け取りでいい。

 

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視力回復

2014年12月24日 07時05分40秒 | Weblog

午前4時。もう眠られない。仕方がない。起きるしかない。炬燵をオンにして読書をした。7時。読みかけていた一冊を読み終わった。いい本を手にした。目から鱗が(2~3鱗くらい)落ちた。これでスプレンダラス・ワールドを見る視力が回復できたんじゃないかな。おっとっと、ずっと座り続けていたからお尻が痛いわい。ちょっと横になるか。

今日は12月24日。世界中にジングルベルの音楽が鳴り響いていることだろう。さて、我が家にもサンタさんから美味しいケーキがプレゼントされるといいんだが・・・

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善意

2014年12月23日 11時02分23秒 | Weblog

秋に入ってまもなくして鉢に球根を植え込んでおいたアネモネが、よく見ると、早くも花の蕾を膨らませている。長く伸び出た青い茎の先端に蕾を乗せている。今日は師走の23日、昭和天皇の天皇誕生日。まだ寒い冬の真っ只中だというのに。霜にあてないようにと鉢をベランダまで運んで来た。腰痛がまだ幾分か残っているのと言うのに、無理をして。そんなことじゃないのだろうが、さぶろうにはアネモネが一日も早く花を着けてこれを見せて喜ばせてあげようという魂胆のように思えて来る。このアネモネの善意であたたまる。

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