<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

糖質制限も二月が経過した。

2020年03月07日 18時50分18秒 | Weblog
障子戸の向こう、夜になって雨音が高くなって来たようだ。本降りになったのかな。

晩ご飯を済ませた。糖分の高い米のご飯は食べないことにしている。その代わり、腹一杯になるまで、野菜類をたくさん摂取している。断酒は続けている。

タンパク質の魚や肉は、普段通りだ。今夜は残りの焼き芋を一口、頬張った。八朔蜜柑も二房。

明けて一月から、糖質制限のこの食事法をしているからだろうか、腹回りが小さくなった。ズボンのベルトの穴が随分と内側へ移動した。二月が経過して、体重も減ってきた。

体重が減ったからといって、元気が出ないわけではない。差し障りなく暮らしている。


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暗いニュースばかりが流れてきているのだが・・・

2020年03月07日 16時18分28秒 | Weblog
いいニュースが流れてこないのであれば?

発信源になるしかないな、いいニュースの。


「わたしは暗くなっていません」を、「暗くなっています」の何倍も、発信するしかない。

そんなことができるのか?


たとえば、製薬会社の「治療薬開発に成功しました」のニュースだったら明るいだろう。世界中を一挙に明るくするだろう。飛びつくだろう。

しかし、それができるのは製薬会社。科学者に限られる。


僕に出来ることはないか?

希望の火を灯すことだ。


世界中はこれまでにも何度もこうした苦難の歴史を歩んできている。そしてそれを乗り越えようと努力をして、そして乗り越えている。

それをそうしてきたのは?

科学者ばかりではなかったはずだ。

多くの職業人がこれに関与してきたはずだ。非職業人の協力だってあっただろう。


世界中が暗い方へ暗い方へと下りていくときに、そうではない方向を指し示す人が出て来なくてはならない。明るい方向を指し示す人が出て来なくてはならない。

そして声高にそれを叫んでいなければならない。


時代を動かしてきた人たちはそういう役割を担ったはずだ。進んでその役割を担ったはずだ。そういう人がどの時代にも現れて来ただろう。

その人たちがどんどん希望を膨らませていっtだことだろう。
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いいニュースはないものか。いいニュースを聞きたい。

2020年03月07日 16時01分59秒 | Weblog
雨が降り始めた。しとしとしと、という感じか。春雨である。

僕は炬燵の中に身を潜めている。午前も午後も。

午後から二組の客が訪れてきた。一組が1時前に来て、3時にお帰りになった。そうしたら、もう一組がそれから30分後にやって来た。そのグループも、しかし、今し方お帰りになった。

話題はどちらもコロナウイルスのことであった。みんな溜息混じりに話題にした。話題にしないわけにも行かなかった。話をすればするだけ暗くなった。世界中がきっとこうなのだろう、いまは。

いいニュースはないものか。

いいニュースが聞きたい。明るくなれるニュースを聞きたい。
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横着。とにかくこの老人は横着。

2020年03月07日 09時34分34秒 | Weblog
横着。とにかくこの老人は横着。良さが良さに見えて来ない。

新聞発表の詩の作品の1席も2席も3席も、この老人の胸を打たなかった。

それはこの老人が横着だからだ。

横着に生きているからだ。他者を拒否しているからだ。

選者の胸を打った作品ならば、そのまま読者の胸を打つはずなのだ。


もう一度つぶさに、時間を掛けて、読み返してみよう。
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難しくしてあるから、文学作品なのか?

2020年03月07日 09時27分11秒 | Weblog
文学作品は、鑑賞するのが難しい。

難しくしてあるから、文学なのか。そうかもしれない。

教養の底浅い僕の才能では読めない。

価値が分からない。

評論家がいろいろと説明を加えたら、やっと少しだけ肯ける。

分からないということは、書いた人に失礼なことかもしれないが、分からないのは分からない。

作品のよさが分からない。

わたしは、それを読んで元気を貰うのがいい作品ということになる。元気を貰えないのはつまらない作品ということになる。

そんな鑑賞眼では、いつまでたっても「いい作品」の鑑賞はできまい。

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詩 「虫」

2020年03月07日 09時21分24秒 | Weblog
「虫」      薬王華蔵

虫はちゃかりしている
白菜の一番奥の
一番おいしいところを
ちゃんと知ってて
そこへ潜り込んで行って
もぐもぐやっている
うまくやってる
しかしそれが虫流の生き方
虫流の楽しい生き方

おいらはスマホが使えるぞ
スキーも滑れるぞ
フランス料理を作れるぞ
ラブレターが書けるんだ
宇宙へだって行けるんだ
そう言って得意がっても
虫さんは虫さんをして
何処吹く風
ひたすらひたすら
虫さん流を楽しんでいる

知らん顔すまし顔するのが
最高の幸福だってことを
知ったかぶりの人間さまは
知らない


我が家の畑の白菜を観察しているときに、詩が出来た。詩にするのが楽しい。楽しんでいれば、それでいいじゃないか。などと甘ったれる。


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わたしの書いた詩 「風」 落選の詩。

2020年03月07日 09時12分34秒 | Weblog
「風」       薬王華蔵
 
こっちへ来い
こっちへ来い
こっちへ来い
こっちへ来いの呼び声

わたしの前を行く者がいて
わたしに声を掛けて来る
振り向いて
幾度も幾度も
声を掛けて来る

遠くからではなくて
近いところへ来て
声を掛けて来る

わたしに
元気を起こさせる為に
声を掛けて来る

春の風

こっちへ来い
こっちへ来い
こっちへ来いの
力強い呼び声を聞く


新聞の読者文芸に投稿していたけれど、落選だった。今朝それが分かった。がっかりした。

書き上げた時には、満足をしていた作品なのだが、選者の人にはそれはそうとは映らなかったということだ。

棒にも箸にもかからなかった、ということだ。
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仕方がないよね、誰もが通る老いの道。

2020年03月07日 08時57分00秒 | Weblog
今日は暇だなあ。

この老人はいつもこう。徹底した怠け者。

暇だっていうのは、贅沢なことなんだよね。

暇がないときには、たしかにそうだった。

老爺になったら、しかし、その贅沢の暇がありあまる。


そうか、有り余っているものには、付加価値がつかないのか。

「ないものねだり」は、ないからこそなのだ。

あったら、ねだらない。ねだらないですむ。


老人にないものは、じゃ、?

若さ。肉体の若さ。

年を取っていれば、皮膚は弛んでいる。目も口も、だらしなく弛んでいる。皺の遊び場になっている。

だから、若さがうらやましい。若い人がうらやましい。


仕方がないよね誰もが通る道。老いは誰もが通る道。

若くして死んでしまう人だっている中で、老いて来られたのだ。

だったら、十分価値があるじゃないか。


でも、今日も暇をどうすればいいのか。顎を手の平で支えて考える。

ブログを書くという方策がある。

でも、暇潰しに書いたブログを提供するのは失礼に当たりそう。


杖を突いて散歩をしよう。そうしよう。そこらをぶらぶらしよう。お天気が回復してきたら。


枕元に置いている分厚い「平成の名エッセイ集」の読書をするか。
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仕方がないよね、誰もが通る老いの道。

2020年03月07日 08時57分00秒 | Weblog
今日は暇だなあ。

この老人はいつもこう。徹底した怠け者。

暇だっていうのは、贅沢なことなんだよね。

暇がないときには、たしかにそうだった。

老爺になったら、しかし、その贅沢の暇がありあまる。


そうか、有り余っているものには、付加価値がつかないのか。

「ないものねだり」は、ないからこそなのだ。

あったら、ねだらない。ねだらないですむ。


老人にないものは、じゃ、?

若さ。肉体の若さ。

年を取っていれば、皮膚は弛んでいる。目も口も、だらしなく弛んでいる。皺の遊び場になっている。

だから、若さがうらやましい。若い人がうらやましい。


仕方がないよね誰もが通る道。老いは誰もが通る道。

若くして死んでしまう人だっている中で、老いて来られたのだ。

だったら、十分価値があるじゃないか。


でも、今日も暇をどうすればいいのか。顎を手の平で支えて考える。

ブログを書くという方策がある。

でも、暇潰しに書いたブログを提供するのは失礼に当たりそう。


杖を突いて散歩をしよう。そうしよう。そこらをぶらぶらしよう。お天気が回復してきたら。


枕元に置いている分厚い「平成の名エッセイ集」の読書をするか。
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「人が楽しんでいる楽しみのベストテン」があれば・・・・

2020年03月07日 08時47分50秒 | Weblog
「楽しみのランキング表」「人が楽しんでいる楽しみのベストテン」などというのがあったら、そこには何が挙げてあるかなあ。

見て見たいなあ。

参考になるかなあ。ならないかなあ。


食べる楽しみがやはり一番かなあ。二番は名誉心を擽ることかなあ。おんなの人は美しく見せる楽しみだろう。世の中に奉仕をする楽しみをしている人もいるだろう。芸術愛好も上位に来るだろう。

自慢するのも楽しみだよね。それも上位に位置するだろう。

自慢することがある人はそれをしていればいいことになる。


自慢にすることがなければ?

自慢にしないということを自慢にしていればいい。


楽しいと思ってすることが楽しいことなんだから、千差万別だろうなあ。
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