循環する。すべては循環する。完成すれば始めに戻る。螺旋だから、ワンランク、ランクアップしてるけど。切れずに、ともかくめぐりに巡る。円環をなして。人も例外ではなく循環する。丸く丸く回って。雨がするように。固体になったり液体になったり気体になったりしながら。こうしてエネルギーは全体を貫いて途絶えることがない。だから今もその変化の途中。われわれは変化をして止むことがない。生から死へ。死からまた生へ。波のように浮き波のように沈み。だから変化を楽しめばいいのだ。円環を楽しめばいいのだ。恐れずに。慌てふためかないで。むしろ安らいで。
The best of Mozartを聴いています。YouTubeで。うっとりうっとりを長時間聴けます。いまはピアノ曲です。
我が家の夕食は今夜は9時過ぎでないと食べられません。次女と三女が韓国旅行から戻って来ます。ふたりを高速のバス停まで迎えに行かねばなりません。7時半福岡空港着の予定です。うまく帰りのバスがあればいいのですが。
それまではモーツアルトを楽しめます。音楽を楽しく聴いても腹は減るようです。ですが我慢をします。迎えの運転手だから我慢をします。
ピアノ曲が終わって交響曲になりました。ヴァイオリンが響き渡っています。魂がご馳走を食べています。
サイクリングが坂道になった。ペダルを漕ぎ続けると息が切れる。自転車を降りて歩き出した。そしたらふっとそこで「お父さん」と声が出た。びっくりした。父に会いたくなったのだろう。さぶろうは呼べば会えると信じているのか。ただ呼びたくなったから呼んだだけだったのか。分からないけど声が出た。お父さんだけではお母さんが嫉妬するといけないから、その後しばらくして「お母さん」と呼んでみた。去年の10月31日に他界した弟の名前も呼んでみた。自転車を押して坂道を上り詰めた。3人が一度にここへ来て、「やあ、さぶろう」「おや、サイクリングかい」「兄さん元気だね」などと3人がそれぞれ明るい返事をしてくれるのを期待してみた。
一休宗純禅師は「死んだとて何処にも行かぬ此処に居(お)る」と宣言をして逝かれたのだから、さぶろうの縁者もたしかに肉体は死にはしたが、何処にも行かずに此処に居るかもしれなかった。「此処」というのは広い範囲をも指しているだろうから、青空から見下ろしているかも知れないし、法華経に説かれている地下の菩薩たちのように地下を宮殿としてそこに住まっているかもしれない。此処をもっと広大にして銀河系宇宙を旅しているかもしれない。しかし、何処も物質界ではないのだから、時間も空間も超越して「やあ」と呼べばすぐに「やあ」が還ってきているかもしれなかった。残念ながらそれを聞く耳がさぶろうに未だ開発されていないというそれだけのことかもしれなかった。
「お父さん」と呼ぶそのお父さんは、しかし、いつまでたっても、死のうと生きようとお父さんなのだという発見がさぶろうを愉快にさせた。
2時過ぎから外に出た。庭の草取りをした。こそこそこそこそ草取りをした。草が生えてくれるから草取りの仕事が出来る。すると暇を持て余さないで済むことになる。気分が晴れる。運動にもなる。その場がきれいになる。この間、一人で黙々としているから、誰にも迷惑を掛けていない。この一巡の流れの始まりは草が生えて来たというところである。草にお礼を言わねばならないと思った。3時からサイクリングに出た。東へ東へ走った。坂道を上り、国立療養所を越えて行った。5キロを過ぎた辺りでUターンした。雨が落ちてきたから。でも、たいした降りにはならなかった。サイクリングは往復で80分間だった。帰宅しても日が高いので、また草取りをした。今度は家の周辺の小径を。やっぱりこそこそこそこそ。5時20分まで。一応のケリが付いた。箒で掃いて掃き目を付けた。日が落ちて寒くなった。これでさぶろうのお正月の2日間が終わった。お目出度い正月になったかどうか疑問が残るが、不満足を覚えてもいないようだ。なんと安上がりなさぶろうだろう。
正月の2日。朝ご飯は10時。焼いてもらった焼き芋の小さいのを4個と白菜のお味噌汁。味噌汁には、白餅の小さいのを電子レンジでチンしてやわらかくして、いれてもらっていました。高菜の一夜漬けを一皿も平らげてしまいました。デザートは自家製甘酒でした。昼食は抜きにします。なんにもしていないのでお腹が減りません。干し柿一個くらいは、胃袋にはいれそうかな。
しかし、まあ、男と女の歌謡曲だらけだね。どの歌もどの歌も。悲しく悲しくいとしくいとしく美しくやるせなく。大晦日恒例のNHK長寿番組紅白歌合戦は聞かなかった。もう何年も聞いていない。切ないので。別の部屋で妻が一人で聞いていた。元旦のラジオ深夜便で男と女の歌謡曲を何曲か聴いた。うっすら眠りながら。ほかにはないのかね、と思うくらいのその種の歌が多く聞こえて来た。さぶろうにはもうどれもどれも該当しない内容だった。
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「恋人もいないのに」 落合武司 作詞 にしおかたかし 作曲
1 恋人もいないのに/薔薇の花束抱いて/いそいそ出かけて行きました/空はいつになく澄んで/思わず泣きたくなるのです
2 恋人もいないのに/薔薇の花束抱いて/これから何処へ行くの/風はいつになく意地悪そうに/つらい質問するのです/
4 恋人もいないのに/薔薇の花束抱いて/いそいそ出かけて行きました/海はいつになく涙色で/悲しみたたえているのです/
(昭和47年)
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ふっふっふ。恋人がいる人もそれはしばらくのことです。恋人ではなくなってしまうからです。普通の人、あるいはそれ以下になってもしまいます。だからたいていの人は恋人はいません。一部の人だけに恋人が存在しています。どうですか、あなたの夫はまだ恋人ですか。あなたの妻はまだ恋人のように美しく映っていますか。
恋人がいないのに、人は薔薇の花束だけは抱いていたいのですね。誰か捧げる人をこうやって待ち続けています。いそいそと出かけていきたくてならないのです。でも、薔薇の花束を抱いてむなしく帰ってくるばかり。その繰り返しで時間が過ぎていきます。そのくせ薔薇の花束を捧げたくなる人は永遠にいて欲しいのです。
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歌謡曲「あなたがわたしの恋人であった頃」 作詞 李白黄
1
あなたがわたしの恋人であった頃/わたしはあなたの恋人であった/恋人でいられることが嬉しくて/たったそれだけで/朝が来て昼が来て夜になった/ミソラソミソラソ/嬉しい朝で嬉しい昼で/嬉しい夜だった
2
あなたがわたしにささやきかけた時/わたしもあなたにささやきかけていた/ささやいていられることが嬉しくて/たったそれだけで/朝が来て昼が来て夜になった/ミソラソミソラソ/嬉しい朝で嬉しい昼で/嬉しい夜だった
3
あなたがわたしに口づけしたいとき/わたしもあなたにくちづけしたくなる/薔薇色の甘い場面の繰り返し/たったそれだけで/朝が来て昼が来て夜が来た/ミソラソミソラソ/嬉しい朝で嬉しい昼で/嬉しい夜だった/
4
あなたはわたしの恋人かしら今/わたしはあなたの恋人かしら今/あの頃を永遠にして閉じ込めて/たったそれだけで/朝が来て昼が来て夜が来る/ラソソララソソラ/悲しい朝で悲しい昼で/悲しい夜が来る
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ものの小半時。戯れにさぶろうも即興で作ってみました。誰か作曲をしてくれないだろうか? そして歌ってくれないだろうか。
不潔な性の悩みはおく。童謡だったら不潔ではなかろう。
象さん象さん/お鼻が長いのね/そうよ/母さんも長いのよ/象さん象さん/誰が好きなの/あのね/母さんが好きなのよ/ まどみちお作詞
これだけで詩になっている。唱歌になっている。歌うと端から温まってくる。不思議だ。いいなあ。
*
「鐘」 李白黄 作詞
かんかんかんかん/お昼の鐘が鳴っている/かんかんかんかん/空がそのまま響いている/
かんかんかんかん/空がこころで鳴っている/かんかんかんかん/かなしく遠く鳴っている/
かんかんかんかん/からりと晴れた大空と/かんかんかんかん/からりと晴れたわが胸で/
*
さぶろうも即興で作ってみました。ちょうどお昼の鐘が鳴ったので。
新春テレビ特集番組で93才の瀬戸内寂聴さんが「まだ男が欲しいんですよ」と洩らしていた。「死ぬまでそうだろう」とも。性のエネルギーは生命エネルギーからは切り離せないのかも知れない。衒いがあったが、正直なところを露呈しておられた。男に抱かれていたい。女を抱いていたい。その欲求がノーマルなのかもしれない。そのノーマルな欲求こそがまた文学を生み出せる力になっていくのかもしれない。命をいとしく悲しく美しくしていくのかもしれない。
しかし、男はおおかた女を抱けない。女はおおかた男に抱かれない。双方触れないでいる。触れるのは下劣だとしている。低俗でふしだらで、醜悪であるとしている。規律違反で不潔だとしている。己は両親のセックスによって美しく誕生してきたのに。高齢者になればなおさらだ。そんなところに関心があるというだけでも、卑しまれる。さぶろうも例外ではない。妻にさえ長く拒否をされたままだ。手を触れることさえない。その実、性のエネルギーが(消そう消そうとしているが)消えてしまうことはない。
老夫婦の場合はどうだろう。これはタブーな話題かも知れない。でもほんとうに、抱くということ抱き合うということがそんなに醜悪なのだろうか。低俗なのだろうか。規律違反なのだろうか。寂聴さんも欲求はあるが実行は出来ていないはずだ。若い頃の余韻だけを噛みしめているに過ぎないはずだ。それでもその余韻すらあたたかいのかもしれない。いたわり合う老夫婦は、互を清潔に保っておくこと、それを高潔のいたわりとしておられるのだろうか。
お釈迦様在世の砌、お釈迦様のあとを慕う男女のサンガ(僧の集団)でもそうであった。夫婦であってもサンガにいて仏道修行をする限りは、性の営みを禁止条項にしておられた。触れ合ってはならなかった。セックスレスを強いておられた。それが集団の平和と調和と秩序を乱すものとして。
獣も鳥も魚も虫も老齢がない。草や草の花にもない。子孫を作ることができなくなった時点で死んで行けるのである。人はその限りではなくなってしまった。老齢がまかり通ってしまうのである。子孫を作るだけの能力がなくなってもなお生き続けて行くのである。余韻だけが続くのである。やるせない話ではないか。
年賀状は書かない。書かないと決めている。もう幾年も。そうであるのに賀状を待ってもいる。このアンバランス。おかしい。でももうめっきり減った。やがてゼロになるだろう。この世の執着もこうして限りなくゼロに近づいて行ってくれたらよかろう。世話になって暮らしながら、こちらからは愛情を発しない。礼儀を交わさない。この無礼。無情さ。うすなさけ。
執着を終着駅に置くために銀毛生まるカワヤナギ 我 李白黄
新年になって2日目。新年は新春でもある。春である。次々と芽が出る春である。おめでたいのだ、だから。
目出度さも中くらいなりおらが春
一茶には悲しみごとがつきまとった。愛児を失った。中くらいの目出度さまで回復したときに出来た句である、これは。
一休宗純禅師はお正月に死骸の骸骨頭を杖の先に吊して歩いた。正月早々縁起でもないと道行く人は眼をそらした。爺死ぬ婆死ぬ親死ぬ我死ぬ子死ぬ、順を追って死ぬ。これはめでたいことである。禅師はそういって無常の世を明るい方へ指し示して歩いた。
一茶はこの順序を踏めなかった。子が先に死んだ。彼は悲しみに暮れた。それが彼に名句を産ませた。名句というものは真実の発見の句でもある。それでも「おらが春」だったのである。
中くらいは悲しみ以外のもので埋め合わせられていたのだ。世の中は、悲しみだけで構成されているのではなかったのだ。人には幸せというものもある。人の幸せをよろこぶこともできるはずである。半分こ、半分こ。隙間になっている半分こ。
かなしみの残りの広さ埋める春 李白黄
大勢の人がおめでとうおめでとうの声を発して悲しみや苦しみででこぼこになっていた道を平らかに、なめらかにすることができる。そこには新春の光が届く。そこをひとりまたひとり歩いて行く。