知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

除くクレーム事件全体ダイジェスト

2008-06-05 07:15:12 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10563
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

1.「明細書又は図面に記載した事項」について
1.1 解釈

『すなわち,「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる
 そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。』

『・・・特許法29条の2は,・・・,同法同条に該当することを理由として,・・・特許法123条1項1号に基づいて特許が無効とされることを回避するために,無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。
 このような場合,,特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。』

1.2 本件への当てはめ
『ウ 本件へのあてはめ
上記アのとおり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるというべきところ,
 上記イによると,本件各訂正による訂正後の発明についても,成分(A)~(D)及び同(A)~(E)の組合せのうち,引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において,使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし,このようなエポキシ樹脂の粒子を感光性プレポリマーが包み込む状態となるため,感光性プレポリマーの溶解性を低下させず,エポキシ樹脂と硬化剤との反応性も低いので現像性を低下させず,露光部も現像液に侵されにくくなるとともに組成物の保存寿命も長くなるという効果を奏するものと認められ,引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。

 したがって,本件各訂正は,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。』

1.3 審査基準について
1.3.1 補正事項が明細書に明記されている場合(積極的に記載されている場合)
『そうすると,これら「基本的な考え方」の個別の記載は,いずれも上記アにおいて説示した「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言の解釈とも整合的に理解することができるものである。
 さらに,審査基準は,上記記載部分に続く「4.特許請求の範囲の補正」の「4.2 各論」の項において,「補正が許される例」として「発明特定事項の一部を限定する補正」の2つの例(「請求項の『記録又は再生装置』という記載を『ディスク記録又は再生装置』とする補正」,「請求項の『ワーク』という記載を『矩形ワーク』とする補正」)を挙げており,一定の技術的事項(「ディスク形式以外の記録又は再生装置」,「矩形以外のワーク」)を除外する補正を許容するものとしているが,これらの例のように特定の技術的事項に係る記載を追加する補正において,明細書等に補正事項そのものが記載されている場合には,特段の事情のない限り,このような補正が新規な技術的事項を導入しないものであると認めることができる。』

1.3.2 補正事項が明細書に明記されていない場合(消極的に記載されている場合)
『しかしながら,上記アにおいて説示したところに照らすと,「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない。すなわち, 「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない

 したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,最終的に,上記アにおいて説示したところに照らし,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないから,審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は,上記の限度において特許法の解釈に適合しないものであり,これと同趣旨を述べる原告の主張は相当である。』


2.特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」
2.1 技術的明確性
『(3) 特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」について
 ・・・訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるということができる。
 そして,本件訂正後の特許請求の範囲の記載には「TEPIC」という登録商標が使用されていることから,本件訂正後の特許請求の範囲の記載によって特定される本件各発明の内容が技術的に明確であるということができるかどうかが問題となる

イ 本件各訂正には,「(D)『1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物』である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製,登録商標)」との記載部分が含まれるが,上記(2)イのとおり,本件各訂正は,先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために,先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものであると認められる
 そうすると,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書に基づく特許出願時において「TEPIC」の登録商標によって特定されるすべての製品を含むものであるということができるから,その限度において,「TEPIC」との登録商標によって特定された物が技術的に明確でないということはできない。

 なお,一般に,登録商標による物の特定が必ずしも技術的に明確であるということはできず,本件各訂正における「TEPIC」が,具体的にどの「TEPIC」を指すものであるかについても,本件訂正後の本件特許に係る明細書の記載のみから明らかであるということはできないところ,上記明細書の記載に接した第三者が特許請求の範囲に記載された発明の内容を理解するためには,本件各訂正に係る「TEPIC」が先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」であることが,明細書中に明示されることが本来望ましい

 本件においてこのような明示を行うためには,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正して,先願明細書の実施例2に記載された発明を除外するために特許請求の範囲の記載が訂正された旨を明示することが必要となる。

 そして,このような訂正は,特許請求の範囲の記載の訂正に伴って,発明の詳細な説明の記載について,明りょうでない記載の釈明を目的として行うものであるということができるところ,上記(2)アにおいて説示したところに照らすと,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないということができる。

 しかしながら,前記の審査基準に依拠する特許庁の従来からの実務において,このような訂正が「明細書又は図面に記載された事項の範囲内において」するものではないとされていたことから,特許権者である被告はあえてこのような訂正を請求せず,特許請求の範囲の記載の訂正において「TEPIC」とのみ記載して除外部分を特定したものと考えられる。

 そして,上記のとおり,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものと認められることからすると,上記のとおり本来望ましい方法によらなかったことを理由として,本件訂正が不適法であるとまでいうことはできない。』

2.2 商標の使用について
『ウ また,平成2年通商産業省令第41号による改正前の特許法施行規則24条は,明細書の様式に関し,「願書に添附すべき明細書は,様式第十六により作成しなければならない。」と定めており,様式16は,明細書の記載の様式について,「登録商標は,当該登録商標を使用しなければ当該物を表示することができない場合に限り使用し,この場合は,登録商標である旨を記載する。」としているところ,その趣旨は,商標登録制度においては,登録商標とこれによって特定される物の性状や組成の対応関係が担保されておらず,登録商標による物の特定は必ずしも一義的に明確であるとはいえないことから,一般に,明細書の記載における登録商標の使用について,極めて例外的な場合に限定して許容されるものと位置づけることにあるということができる。
 本件各訂正の内容は,上記(2)イのとおり,本件訂正前の各発明から引用発明と同一の部分を除外するために,除外の対象となる部分である引用発明の内容を,本件訂正前発明1及び2の成分であって,これらのいずれについても多種の物質又は製品が該当し得るところの成分(A)~(D)及び同(A)~(E)ごとに分説し,先願明細書の実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら,消極的な表現形式(いわゆる「除くクレーム」の形式)によって特定しているものであり,引用発明と同一の部分を過不足なく除外するためには,このような方法によるほかないと考えられることから,本件各訂正において,引用発明を特定する要素となっている「TEPIC」との商標の記載を使用して除外部分を表示したことが,上記規則24条に反するものということはできない。』


最新の画像もっと見る