北岡神社(熊本市西区)は熊本地震で半壊した神楽殿に代わる「舞殿(ぶでん)」の建設を進めているが、4月4日に上棟式が行われたことがニュースで報じられた。新しい舞殿は舞台のまわりに回廊を設けた構造で、神楽や能・狂言のほか、地域のイベントの芸能などにも使えるようにするという。完成は7月の予定。
北岡神社は肥後能楽の歴史を刻んだ由緒ある古社。承平四年(934)に祇園社(八坂神社)が京都より勧請されるのに伴い、六人の楽人が供奉して肥後に定住し、やがてその子孫が祇園社(北岡神社)専従の能楽師となった。その系譜に連なる家の一つが友枝家。
江戸時代において、熊本の能楽は、祇園社(北岡神社)の猿楽座である本座と、藤崎八旛宮の猿楽座ながら祇園社の祭礼にも勤仕していた新座とによって営まれており、本座の能大夫が喜多流の友枝家、狂言大夫が小早川家、新座の能大夫が金春流の桜間家、狂言大夫が野間家だった。また、彼らは神事能にとどまらず、細川氏のお抱え役者として藩主主催の演能などにも勤仕し、肥後能楽の隆盛を支えた。
そんな歴史を持つ北岡神社に新築される舞殿は、また新たな歴史の舞台となることだろう。
【参考文献】
「狂言師・野間善左衛門小伝」小林責著
「江戸時代諸藩における能役者の身分」竹本幹夫著
北岡神社
建設工事が進む舞殿
完成予想図
藤崎八旛宮例大祭奉納能で後見を務める人間国宝・友枝昭世師(写真左端)
北岡神社は肥後能楽の歴史を刻んだ由緒ある古社。承平四年(934)に祇園社(八坂神社)が京都より勧請されるのに伴い、六人の楽人が供奉して肥後に定住し、やがてその子孫が祇園社(北岡神社)専従の能楽師となった。その系譜に連なる家の一つが友枝家。
江戸時代において、熊本の能楽は、祇園社(北岡神社)の猿楽座である本座と、藤崎八旛宮の猿楽座ながら祇園社の祭礼にも勤仕していた新座とによって営まれており、本座の能大夫が喜多流の友枝家、狂言大夫が小早川家、新座の能大夫が金春流の桜間家、狂言大夫が野間家だった。また、彼らは神事能にとどまらず、細川氏のお抱え役者として藩主主催の演能などにも勤仕し、肥後能楽の隆盛を支えた。
そんな歴史を持つ北岡神社に新築される舞殿は、また新たな歴史の舞台となることだろう。
【参考文献】
「狂言師・野間善左衛門小伝」小林責著
「江戸時代諸藩における能役者の身分」竹本幹夫著
北岡神社
建設工事が進む舞殿
完成予想図
藤崎八旛宮例大祭奉納能で後見を務める人間国宝・友枝昭世師(写真左端)