のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

節分

2020年02月03日 | 日記・エッセイ・コラム

 節分ですね。鬼は外ですね。

 今年も売れ残りの恵方巻が大量廃棄されるのだろうか?近年、歯がボロボロになってきたので炒った大豆食べるのも大変なんですよ。なので、納豆にしました。健康にもいいし。

 節分限定のカステラ風恵方巻なので、すぐにいたむ心配はない。しかもお安い。

 ニーハオ新型肺炎。ついにSARSの感染者記録を塗り替えましたね。死者の数も超えたらしいけど、こうなると人の命もただの数字ですね。

 自分が数字にならないよう心掛けるしかないのですが、このところ地域引きこもり状態なので案外安全かもしれません。

 梓弓引かばまにまに寄らめども 後の心を知りかてぬかも by 石川郎女 from 万葉集

 梓みちよさんが亡くなっていたようですね。二人でお酒をどころか一人でポックリなくなっていたようです。

 「梓」っていうのだから、てっきり長野県の梓川にちなんだのかな?と思っていたら、博多っ子やったとね。

 梓(アズサ)って木がありまして、最近ではミズメなんて呼び方もしますが、平安の時代はこの木で弓を作ったことから梓弓(あずさゆみ)なんて言葉があるんですね。こちらではヨグソミネバリと呼んでいます。ウンコ臭いからという説もありこの呼び名が付けられていますが、私はサロンパス系の匂いに感じます。ウンコ臭さならケンポウナシの方が強い。

 いにしえの人はそんな樹木に「あずさ」なんて響きを与えたんですね。その奥ゆかしさと雅さに敬服しながらも、先週、この木を伐倒してたんです。やっぱサロンパスですね。

 もし、梓みちよではなくヨクソミネバリみちよだったら、こんにちわ赤ちゃんを歌えただろうか?

 8時ちょうどのあずさ2号で旅立ったから歌になったんだろけど、8時ちょうどのヨグソミネバリ2号で旅立ったら、一生戻ってくるなって言われるんだろうな。命名って大切ですね。

 昭和の時代に梓みちよさんにお目にかかったことがありました。渋谷の喫茶店で隣の席にいらしたんですが、なにやらショーの打ち合わせをしているようでした。気が付かないふりをしてドクタースランプを読んでいましたが、読書に夢中になっている間にお帰りになったようでした。スタイルがいいと言うのか、姿勢がいい人だなぁって感じました。

 当初の計画では、夕方在庫セールが始まる頃にスーパーに行って売れ残りの太巻きずし半額を狙おうとご飯を炊かなかったのですが、腹は減るし出かけるの面倒なので冷蔵庫にあるもので鍋焼きうどんを作りました。

 来年は厄年なので、節分に厄落としのお参りに行かねば。

 生きていればの話ですけど。

コメント (2)
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