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男の美学

2010-04-07 11:45:00 | おすすめ記事
 ひとりの悩める男がいる。
彼の名を仮にMr.メランコリーとでも名付けておこう。
数年前に大病をしたが、献身的な妻の看病と熱心な子どもたちの祈りによって九死に一生を得た。
ああ、それからもちろん高度先進医療によるところも大きかった。

 奇跡的な生還を成し遂げたMr.メランコリー。
それ故に、病名は異なるが似たような状況の読売巨人軍の木村拓也コーチの急逝は身につまされる思いがした。合掌。

 Mr.メランコリーは順調に回復し、その外見は以前と同じく剛健だが、深刻な病原を抱えていることに変わりはない。
彼は退院後、身体障害者手帳を交付されることになる。
そして彼にとっては、この手帳が実に悩みのタネとなる。

 この身障者手帳なるもの、時と場合によっては黄門様の印籠の如き効力を発揮することがあり
「控えおろ~っ!」と見せびらかせば、みんなビックリして急に親切にしてくれる。
バス代や動物園や博物館の入場料が割引になることもある。
しかし彼の妻...仮にその名をMrs.クレヴァーとでも名付けておこうか...が
「黄門様、そろそろ印籠をお出しになる時間では...」
と進言しても、彼はもじもじするばかりで一向に出そうとはしないのである。
Mr.メランコリーは身障者であることを恥じている訳ではない。
どうやら身障者手帳を提示することがきまりが悪いようである。

 現在Mr.メランコリーはバス通勤をしている。
下車するときに手帳を見せれば料金はもちろん割引となるが、この瞬間が彼の一日の苦悩の始まりだ。
貧乏なのでバス代が安くなるのはありがたいが、幸運にも退職後も職を与えられ
Mrs.クレヴァーに全部横取りされているとはいえ給料も戴いている。
 (こんな私が割引の恩恵を受けてよいものだろうか?
毎回彼の良心は大いに痛むのだが、結局は貧乏には勝てず手帳を出してしまう自分がまた情けない。

 彼は心臓が悪いので、朝から良心を酷使するのは御法度だ。
「ではすっぱりと印籠を御上に返上したらいかがでしょうか?」
Mrs.クレヴァーは提案してみたが、これは不測の事態が発生した時に困るので却下。
Mr.メランコリーの周囲の人たちは
「当然の権利を行使することに何をためらっているのだ?」
と口を揃えて疑問を呈するが......

 Mrs.クレヴァーは考える。
義務は忘れても権利だけは主張する人間が増えている昨今。
Mr.メランコリーのような団塊の世代は、権利の主張が挫折感につながることを全共闘運動を通して知っている。
卒業後は経済・社会の中枢で闘士となり、義務は忠実に守ってきたが権利を主張することに慣れてはこなかった。
だからきっと黄門様の印籠の如き手帳を戴いても、自分には行使する資格があるのだろうかと、ついためらってしまうのではないだろうか?

 「一体なにをくだらないことで悩んでいるのよ?馬っ鹿みたい!」
とMrs.クレヴァーが夫を糾弾すると思ったら大間違いだ。
自らの権利の前でためらい悩むMr.メランコリーの姿に、実は男の美学をかいま見ているのだ。