ナオスミンの雑記

2009年9月14日より、四年半使用し続けた、グリチルリチン酸配合のATPリピットゲルを中止。リバウンド体験中。

善意が悪意に取られる時2

2013年05月20日 18時50分35秒 | 精神世界

私はこの家に嫁に来るまでは、あまり他人から憎まれた経験がありませんでした。

しかし、この家に嫁いでからというもの、お舅から嫌われ、何もした覚えがないのに憎まれるという、今まで経験したことのない事を経験し続けてきました。

 

お舅は例えば、私が実家から持ってきた喪服を見ては怒り、長電話をしていると怒り、日曜日遊びに行くと怒り、旦那をおいて実家に行くと怒り、とにかく私のやることなすこと全てが、お舅にとっては怒りの対象となりました。

 

私は、結婚する前は、旦那の両親とも仲良く平和な家庭を築きたいと思っていましたが、それは夢物語でした。

とにかく私のことが嫌いでたまらないお舅とは、仲良くできるはずもありません。

 

お舅にとっては私は悪人でしかないのです。

私がお舅に対して文句を言ったり暴力をふるったことなど一度もないのに。

ただ、あまりにもお舅の言葉の暴力がひどい場合に、一度か二度くらい言い返したことはありましたが。

 

人というのは、ある人にとっては善人にもなり、ある人にとっては悪人にされてしまうものなのです。

 

それは、私はどうも、付き合う相手のレベルの違いからくるように思っています。

善人どうしならば、お互いを善人ととらえ、仲良くできます。

しかし、悪人と善人ならば、善人は悪人から見て悪人ととられるようです。

悪人どうしなら、もちろんお互いに悪人ととらえ、憎み合うでしょう。

そして、善人と悪人なら、善人は分かりあうことをあきらめ、距離を置くでしょう。


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