読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

久坂部 羊の『院長選挙』  

2018年03月01日 | 読書

◇『院長選挙』 著者:久坂部 羊  2017.9 幻冬舎 刊

  

  格別込み入ったストーリーがあるわけではない。要は医療現場の実態をコミカルに明かした小説。天都大学
という国立大学付属病院で院長が突然亡くなって後任の院長選挙が行われることになった。院長候補は4人の副
院長。院長の死因は不整脈による突然死とされているが、自殺死、事故死、さらに謀殺死までささやかれている。
某出版社の女性フリーライター吉沢アスカが「医療崩壊の救世主たち」という企画を携えて取材に乗り込む。そ
こでは極めて低次元の競争があり、白い巨塔は驕慢と蔑視、卑屈と諦観、開き直りとが渦巻く魑魅魍魎の世界だ
ったことが次第に明らかになっていく。

 病院の診療科といえば、どこもほぼおなじみ。規模の大小で異なるものの、内科(循環器内科、呼吸器内科、消
化器内科、神経内科、心療内科)、外科(心臓外科、脳神経外科、呼吸器外科、消化器外科)、小児科、産婦人
科、眼科、耳鼻科、泌尿器科、整形外科、皮膚科、精神科、麻酔科、放射線科などである。
 面白いのは臓器の重要度によって扱う診療科のヒエラルキーが決まっていること。循環器内科や心臓外科はす
べての臓器の頂点に立つのでおのずと診療科が医局で頂点に立つと胸を張る。眼科や皮膚科、泌尿器科など単能機
を扱う科は下だというのである。

 院長選挙に向けた討論会が開かれた。そこでは4人の立候補者が互いのあらさがしや誹謗中傷に終始し散々だっ
た。討論会の途中でB型肝炎による肝不全死亡事故が発生。誰が記者会見の矢面に立つかで責任のなすり合い。
4人とも押し付け合い逃げ回る始末。
 吉沢アスカは、これでは医療崩壊をテーマにした取材は空中分解するかもしれないという懸念からコメディカ
ルと呼ばれるサイドセクションにも取材することになる。コメディカルとは事務部、看護部、薬剤部、技師部など
医療支援部門である。この部門の人たちは表舞台のメディカル部門の登場人物を冷めた目で眺めている。

4人の副院長はそれぞれが論文のねつ造、盗用、データ改ざん、製薬会社からの収賄、淫行、暴力行為、インサ
イダー取引、水増し診療等々、社会的に許せない非行の数々を犯していることが明らかになり、院長選挙から脱
落した。

  結局医学長の夢野教授が無投票で院長に決まった。しかしその直後夢野院長は前院長殺害容疑で逮捕される。
夢野教授が不倫相手の院長夫人と共謀し筋弛緩剤を注射させて死に至らしめたというである。サスペンスでも何
でもない。バカバカしい内紛劇の経過がすべてである。
 そんな本を最後まで読み切ったのは医療現場に詳しいと思われる久坂部羊センセイが、病院に携わる人々の実
態、いい面も悪い面もひっくるめて。面白おかしく明かしてくれたからである。著者自身が言っている。「50年
前の小説『白い巨塔』と少しも変わっていない。時代が緋勇で豊かになったぶん、登場人物は幼児化し、状況は
もっと嘆かわしいことになっている。」

                                       (以上この項終わり)

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