読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

鈴木荘一の『ロシア敗れたり』

2024年01月25日 | 読書

◇『ロシア敗れたり』<日本を呪縛する「坂の上の雲」という過ち>

   著者:鈴木 荘一      2023.9 毎日ワンズ 刊

  
 日露戦争前後の歴史に関する著作。
 司馬遼太郎は自作の『坂の上の雲』について、「この作品は、小説であるかどう
かじつに疑わしい。ひとつは事実に拘束されることが百パーセントにちかいからで
あり、ひとつは、この作品の書き手ー私のことだがーは同にも小説にならない主題
をえらんでしまっている」とあとがきで書いているという。これは一切のフィクシ
ョンを排した史実であり歴史書であると主張している。
 著者は『坂の上の雲』を繰り返し何度も読んだあげく副題にあるように国民的作
家司馬遼太郎によってゆがめられた史実が、あたかも日本の正史であるがごとく定
着することを憂いた。そして『坂の上の雲』が通俗小説の枠を超えて人々の深層心
理に食い込んでいる以上これを看過できず、史実を立証するというのである。     

 著者は何回にもわたって司馬の『坂の上の雲』における著述がいかに嘘である
か、史実と反対のことを書き、すり替えが行われ、語るべきことを省いているか
を指摘し、これを小説における脚色の域を超えた嘘の羅列と評し指弾している。

 もちろん「坂の上の雲」(司馬遼太郎)を初め「日露戦争」(小島襄)など
30を超える参考文献を跋渉しており、史実の点検は怠らなかったと思われる。

 また叙述においても祖国のために散った将兵の死に対し、まるで敵国ロシアの
視点をもって冷酷に叙述していることに対しても悲憤慷慨している。
「…敵の機関銃が、前後左右から猛射してきて、虫のように殺されてしまう。そ
れでも日本軍は、勇敢なのか忠実なのか、前進し知らぬ生き物のようにこのロシ
アの陣地の火網のなかに入ってくる。入ると、まるで人肉をミキサーにかけたよ
うにこなごなにされてしまう。」『坂の上の雲』
 著者はこの戦場に斃れた戦死者の姿を、「人肉をミキサーに…」と表現した司
馬遼太郎を、国のために戦って斃れた同胞の無念への共感など全く感じられない
冷血な心根を見るという。

 明治維新の頃までは友好的関係にあったロシアとの関係がなぜ悪化し戦争する
に至ったのか。対露開戦直後、日本連合艦隊によるロシア艦船への夜襲で制海権
を奪う勝利を収めたが、残余旅順艦隊の追跡攻撃を怠ったため陸軍の旅順攻撃の
大苦戦を招いた。勝敗の帰趨を決めた旅順港203高地の戦いを巡る作戦上の齟齬、
参謀本部の陸海軍の作上の確執、井口(参謀本部総務部長)と伊地知(乃木軍参
謀長)の個人的確執が背景にある。井口の弟子谷寿夫が著わした『機密日露戦史』
を種本とした『坂の上の雲』は、井口の伊地知に対する個人的な嫉妬というべき
劣情を針小棒大に誇張して乃木将軍・伊地知参謀長が罵倒されている。こうした
ことで読者の潜在的な感情に働きけてベストセラーとなった断じている。

 旅順南山城攻略戦では全滅覚悟の肉弾戦を展開、砲艦鳥海、赤城の支援砲撃で
南山陣地を陥落させた。しかし『坂の上の雲』では「掩蔽砲台と無数の機関銃陣
地は生きている。それらが数百メートルに接近した日本兵を血なますにして鉄条
網の前に死骸の山を築いた。ーもはやどうにならない。という気が奥保鞏の頭を
支配し始めたのは、この日、正午過ぎである…結局累計二千人という一個連隊ぶ
んの死傷者を出しただけであった」と述べる。
 南山陣地の攻略により、補給基地である大連港を確保し、ロシア軍を遼陽と旅
順に分断して作戦目的を達成したという事実には口を閉ざすのである。

   『 坂の上の雲』では「有能な児玉が無能な乃木から指揮権をとり上げ、直接指
揮したらわずか1週間で203高地が落ちてしまった」となっているが、これも小説
を面白くするための真っ赤なウソである。

 旅順総攻撃1回目、2回目、3回目。203高地での激戦。13万人の兵員のを投じ
5万9千人余の死傷者を出した旅順攻略戦。乃木将軍への国民の非難は強烈だった。
 乃木は「自刃して多数の戦死者を生じた罪を償いたい」と明治天皇に申し出た。
天皇に「いまは死ぬべき時ではない。もし死を願うならば、朕が世を去りてのちに
せよ」と諭された。
 乃木希典は治天皇崩御の後割腹、自裁を遂げ夫人も後を追った。

                       (以上この項終わり)


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