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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

どうして人々はサッカーに夢中になるのだろうか

2013-07-20 21:17:20 | 日記
 どうして人々の多くはこうもサッカーに夢中になるのでしょうか?

 僕も時々自分がサッカーに費やしてきたであろう金額を考えてうすら寒くなる時がありますし、南長野運動公園へ出かける
意味、書籍を購入して見聞を得る意味を考えます。

 それはきっと

 「サッカーを観て、考えて良い気持ちになる」

 この一言に尽きると思います。

 新潮社から発売されている池波正太郎先生の代表作「剣客商売」、この解説はもう他界してしまいましたが、常盤新平氏が
手掛けています。

 僕は剣客商売の解説はこれからも常盤さんの筆であって欲しいと思いますし、事実常盤さんが手掛けた翻訳小説ではなく、
この解説で存在を知った方が随分いるのです。

 常盤さんは7巻の「隠れ蓑」の解説で

 「少なくとも私はいい気持ちになりたくて、剣客商売を読むのだ。」

 と記しています。

 多分熱心に観戦をして、戦術指南書とにらめっこしているファンの多くが、きっとサッカーを観て良い気持ちになりたいと
思うのでしょう。

 サッカーは欧州と南米では宗教と階級によって、応援できるクラブが自身が生誕した時から決められている側面があります。

 例えばアルゼンチンで裕福な家庭ならばリベル・プレート、スラムのような貧しい暮らしを強いられている人物はボカを贔
屓にします。

 スコットランドならばケルトやカトリックならばセルティックを、プロテスタントならばレインジャーズとなり、だからこ
そ選手は移籍に対して配慮を見せなくてはなりません。

 ダービーでの勝利、敗北はどちらかが歓喜に沸き、どちらかが苦渋を味わいます。

 それでも根本的な背景にあるものは、ボールを蹴ってりゃ楽しいよという、幼いころ皆が得た感覚に頼っていると僕は感じ
ます。
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