癌と生きる 依存症と生きる

命がある限り希望を持つということ


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通院日 そして映画な日々

2014-08-31 16:31:27 | 癌のこと
先週は3ヶ月ぶり病院の検査でした。
血液検査の結果は、腫瘍マーカーも肝臓の数値も大きな変動はなし。
引き続き3か月分のアリミデックスをもらって
経過の観察ということになりました。

最近時々頭痛やだるさがあって、ホルモン剤の副作用かなと
思うこともありますが、普通に家事をやって、ご飯も食べれて
夜は7~8時間はぐっすり寝ていますので
自分ではあまり将来のことは深刻に考えず
何かあったらあった時で、またその時に考えようと思います。

春先に告知されて仕事を止めたので
空いた時間は、モノ書きと読書、あとはもっぱら映画鑑賞。
昼間の民放のTVは、つまるところ何かの宣伝で
やれグルメだ、ファッションだ、美容だと言われても
興味もなければお金もないでは、ほとんど見る意味がありません。

そこでもっぱらケーブルで放送される映画や
旧作100円のレンタルDVDを駆使して
観たかった映画をほぼ見たおしています。

この半年ほどで「白ゆき姫殺人事件」「ローン・レンジャー」
「そして父になる」「船を編む」「藁の盾」
「プロメテウス」「凶悪」「ザ・マスター」
「探偵はBarにいる ススキノ交差点」
「ジーン・ワルツ」「テルマエ・ロマエ」「ヒミズ」
「マイ・バックページ」などなど。

昨日はケーブルで8月洋画200円の企画があったことを
ぎりぎりで思い出して、かねがね見たかった「第9地区」を見ました。
エビ形のエイリアンがいっぱい出てくる映画でしたが
最後はなかなか感動しました。エビエイリアンさんラブです。

この中で自分的に5ツ星(最高点)は
「プロメテウス」「凶悪」そして「ローン・レンジャー」
もともと「感動しますよぉ~」みたいな映画は
絶対に観ない人間なので。
と言いつつ、あまりに観るものがなかった時に
不覚にも「おくりびと」を観てしまったことがありましたが
「アナ雪」みたいのは、お金をもらってもたぶん観ません。
なんてことを言うから友だちがいなくなっちゃいますが。

もう人生の残り時間が限られているので
同じ時間を使って観るなら(本の場合もそうですが)
いつかどこかで見たようなものではなくて
まだ見たことがないようなものが見たいのです。

この中で映画館で見れたのは「白ゆき姫殺人事件」でした。
「白ゆき姫~」は子どもに誘われて観にいきましたが
実は私は湊かなえさんとはあまり相性がよくありません。
評判になった「告白」も、あの手の女性特有の感性は
今ひとつよくわかりません。

本当は「プロメテウス」と「ローン・レンジャー」は
大きなスクリーンで見たかっのですが
映画もレディスデーなんかを利用できないと
かなりお金がかかるので諦めることが多いです。
この前封切られていた「トランセンデンス」も
映画館で見たかった1本でしたが、引っ越し騒動でだめでした。
(実はジョニー・デップかなり好きです)
そんなこんなで、あとあと「あれも観たかった、これも観たかった」と
化けてでたりはしたくありません。
心残りがないように、DVDでもよいので観尽くしておくつもりです。

先日ブログで書いた伊藤計劃という作家さんの作品に
おととし出会ったのがきっかけで
今さらながらSFデビューをしました。
その伊藤計劃さんの遺作である「虐殺器官」と「ハーモニー」が
来年アニメ化されるというビッグニュースが飛び込んできました。
年が明けたら伊藤さんの名前をあちこちで見る機会が
増えそうでこんなうれしいことはありません。

ということは、最低でもその2本を見るまでは
なんとか映画館に行ける状態で生きていたいなとはちょっと思っていますが
もしもダメだったときは、映画館の暗がりに
ひっそり浮かんでタダ観しようと思います。




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依存症から回復するとは

2014-08-29 16:01:10 | 依存症
昨日は先日薬物で逮捕されたミュージシャンの
裁判のニュースが報道されていました。
それを見ながら、また先日聞いた後藤先生の
「動機づけ面接」のお話を思い出していました。

後藤先生のお話はアルコール依存症が中心でしたが
しばしば「患者さんは頭壊れちゃってますから」という言葉が
出てきました。
こういう言い方に反発を感じる方もおられるかもしれませんが
これは決して依存症の人を軽蔑した言葉ではなくて
むしろ依存症の本質をとても明快に表していると思います。

前に依存症の人というのはAならAという人格ではなく
まったく別の何者かになると書いたことがありますが
この「壊れちゃった」というのはそれと同じ感じです。
もはや、もともとのAさんではないから
もうお酒でも、ギャンブルでも、女性問題でも
何でもありの状態なわけです。

そして後藤先生はこうも言われました。
「でも実は真面目なんです。そして働き者なんです」
つまり依存症になる前の人格は真面目で働き者だったという場合が多い。
特にこれは日本人の本来の性質からしても納得できます。

その真面目で働き者であったAさんが、お酒なりギャンブルなり薬物なり
依存症の原因となる毒によって「頭壊れちゃった」依存症のK(仮)さんという
全くの別人格に変貌する、このことを家族や依存症でない多くの人は
簡単には理解することができません。

家族のほうは真面目で働き者だったAさんであった頃の
幸せで楽しかった記憶が残っているのでとても苦しみ
何とかもとのAさんに戻そうと
哀願したり、叱責したり、ありとあらゆる手段を試みますが
ことごとく失敗に終わって、徒労と失望を繰り返し疲れ果てます。

昨日のニュースでも「なぜ家族の気持ちがわからないのか」といった
コメントが多く聞かれましたが
ある程度の期間薬物に依存してKさんという別人格になっている人が
わずか3ヶ月ばかり薬物から離れて治療したからといって
もとのAさんに戻るということはあり得ないし
そもそもそんなに簡単に回復できるようなものならば
ギャンブル依存者530万人とかアルコール依存者100万人といった
とんでもない数字が出てくるわけはないのです。

それにたとえKさんが回復したとしても、もとのAさんに戻るわけではない。
依存症からの回復というのはそういうことではないと私は理解しています。
「やりたい」という衝動を意思や理性の働きでコントロールすることが
できない、脳はコントロールする働きを失っている
依存症はそういう病気です。
「治癒することはない」というのはもとには戻らないということです。

ですからKさんが本当の意味で回復するというのは
単純に依存の対象を止めればいい、離れればいいということではなく
依存しない人生を生きることができる新しい人格X(仮)さんとして
一から生き直す、そういうことなのだろうと思っています。

今まで依存していたお酒とかギャンブルとか薬物などではなく
自分の時間とエネルギーを使う意味のある
そして自分を支えることができる核になるものを見出して
人間として生きる意味のある新しい人生を生きることが
本当の意味での回復なのだろうと思います。

そして家族がそうした依存者をそれでも支えることができるとしたら
この人は自分が知っているAではなくて「頭壊れちゃってるKなのだ」
という割り切りというか、ある種の気楽さが前提でなければ
依存者がそれまでに起こした様々な悲惨な出来事を水に流して
新しい人生を生き直すのを見守り、
それをずっと支え続けていくことは難しいように思います。

そしてこの考え方は
今家族が依存症で、次々に問題を起こして大変という場合でも
「この人は頭壊れちゃってるんだ」と
一歩距離を置いて見る事ができるようになれば
(直接本人に言ったら大変なことになりますけど)
依存者の嘘やおどしといった言動を真に受けなくてよくなり
案外有効なのではないかとも思います。

後藤先生がお話の中で「頭壊れちゃってる」を繰り返されたのは
セミナーに参加されていたカウンセラーなどの専門職の人たちに
患者の言葉や心情に過度に巻き込まれない、一線を画す
そのための気持ちの持ち方のコツだと理解しましたが
上手に使うことができれば家族や周囲の人の役にも立つと思います。

残念ながら私の場合は、問題の渦中にあった頃は
こうした知識が何もなくて、振り回され続けていました。
今その頃を振り返ってみれば、確かにギャンブルや借金や女性問題で
むちゃくちゃで、しかも「自分でも何をやってるかわからない」と
のたもうたダンナは確かに「頭壊れちゃってたんだ」と思えますが
すべてあとのまつりです。

とまあなかなか偉そうなことを書き並べていますが
理想的な回復を、我が家で体現できているかといえば
「ギャンブルを止めた」というとこまでは
なんとかできているのかもしれませんが
その分がアルコールやネットにすり替わっているような気もしますし
道は果てしなく遠いということでもあります。



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癌は今…

2014-08-17 12:32:35 | 癌のこと
今日でお盆休みも終わりという方も多くて
TVではUターンラッシュのニュースが流れています。

お盆は、お墓参りに行った以外は、ほぼ引きこもりでした。
新居周辺の地理を覚えるために、毎日ほんの少しづつ行動範囲を広げて
自転車で違うスーパーに買い物に行ってみたり、銀行の場所を覚えたり。
道に迷わないために少しづつテリトリーを広げるやり方は猫的です。
自分でも、お風呂が嫌いなところといい、実は前世は猫だったと確信しています。

仕事がなくなった以外は、洗濯して掃除して買い物行って
ご飯を作ってと、毎日淡々と主婦をやっています。
癌のほうは、今どんな感じかというと
去年の秋口から、左胸に縦横7~8センチほど生傷の状態で
ぶにゅぶにゅになっていたところがふさがり始めました。
ただ普通のかさぶたではなくて、上にしこりがある
でこぼこのかさぶたでおおわれていく感じです。
もともと傷の回りは噴火口のようなしこりが取り巻いているので
全体がクレーターのような状態になっています。

実は、私のように、乳癌のステージ4(遠隔転移あり、手術不能)で
ホルモン剤だけの治療の場合は、これから大体どんな経過になるかという
データがありません。ステージが進行していても、手術が可能で
抗ガン剤、手術、術後に放射線といったいわゆる標準治療を受けた場合には
生存期間中央値というのがあって
治療を受けた患者さんの半分が生存している期間が目安になります。
進行している固形癌の乳癌の生存期間中央値はおおむね2年だそうです。

ところがホルモン剤だけとか、完全に無治療とかいう場合は
数百人とか1000人とか単位でのデータがないので
私の場合は、病気の動向がわかるのは、3ヶ月に一度、
お薬をもらいにいく時に受ける血液検査で
腫瘍マーカーの数値だとか、アリミデックスの場合は
副作用の中に肝機能への影響があるので、そのあたりのチェックなどです。
あとは、肺や骨の転移であればたぶん自覚症状が出るので
それは出た時に、痛み止めなんかで対応することになるのでしょう。

乳癌でステージが進んでいて、傷がある場合
出血や滲出液のこともありますが、私の場合は去年の12月に一度だけ
30分近く出血が止まらず、タオルがじゅくじゅくになったことがあるだけで
傷が大きいわりに、大量の出血というのはありませんでした。
ただ去年の秋口から先月くらいまでは
夕食後とか、お風呂に入って寝ると夜中に若干出血しましたが
それもこのところなくなりました。
実は私は「乳」というのもおこがましいくらいのほぼ胸癌という感じなので
ガン細胞の栄養になる部分がほとんどなかったんじゃあないかと。
こんなところに住み着いたガン細胞には
むしろちょっと気の毒な気がしないでもありません。
自分では、サプリくらいのつもりで飲んでいますが
ホルモン剤にもそれなりの効果があるのかもしれません。

乳癌と付き合い始めて一年以上になり、色んな方のブログも
読ませてもらっていますが、あらためて癌という病気は
ひとりひとり、病態が違って本当に多彩なのだなと思います。

まあこんな感じで、今のところ先のことはまったく予測ができません。
でも、それは、病院の先生とお話をしていても
先生にもこれからどんな感じになっていくのかよくわからないような
雰囲気がありますから、そういうものなのでしょう。

新居では、キッチンの足元50cmくらいのところにルナの祭壇があります。
晩年には、ほんとに常に私からそれくらいの距離のところにいて
私が部屋の中を移動すると、必ずテコテコとついてきました。
少し離れていると、視線はいつも私のほうを見ていました。
猫がそんな風になるというのは本当に驚きでした。

人によっては「猫を可愛がりすぎたから迎えに来た」とか
「猫の骨を身近に置いてるのがよくない」なんてことも言われますが
その手の迷信は一切受け付けません。

そのくせ病気になっても、こんなに毎日平穏に暮らしていられるというのは
今でもルナがちょっとがんばってくれているのかななんてことは思うので
人間は、本当に身勝手なものです。


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回復できるという希望を持って

2014-08-15 12:41:56 | 依存症
少し前のブログ「自分なりの前向きをさがして」にも書いたように
私はもともと、一般的な意味でのポジティブな性格ではありません。

ダンナの借金問題がMAXだった時期(しかも女性問題もあった)には
かなり重度の鬱状態で、当然のことながら自殺念慮もあり
今でも尾を引いている摂食障害もありで
しかも自分のことで病院を受診できるようなお金の余裕もなくと
あらゆることが八方ふさがりだった時期が数年ありました。

そこからどうやって抜け出したかというと
まずは友人のアドバイスでした。
どんなに親しい友達でも「もしかしたら借金があるんじゃないの?」と
たずねるのはかなり勇気のいることだと思います。
でも私にはそう言ってくれて、しかも解決できる方法があることを
教えてくれた友達がいました。

それをきっかけに、ダンナと一緒に
新聞に載っていた県の多重債務の相談窓口を訪れ
そこの担当の人から弁護士さんを紹介されて
最終的には司法書士さんにお願いして任意整理で借金を解決しました。

多重債務相談の担当者さんには、ダンナのギャンブルのことを話したので
ダンナに対してギャンブル依存症の説明をしてくれ
箒木蓬生先生がギャンブル依存症について書かれた新聞の切抜きや
QAについての資料や、GAの電話番号なども教えていただきました。

それまでは自分の家の中、家族の中だけで何とか解決しようと
借金を借り換え、借り換えしてどんどん深みにはまっていったわけです。
ダンナのギャンブルの問題も、真剣に話せば分かってくれるはずだと
何度も同じことを繰り返して、こちらもどんどん悪くなっていきました。

ですから、抜け出すことができる大きな転機になったのは
何でも打ち明けることができる友達が何人かいてくれたこと
もう一つは信頼できて、専門的な知識がある
第三者に相談をしたことだったと思います。

ダンナは依存症について、自分で何かしたわけではありませんが
借金の問題が解決できたことと、私が依存症について勉強して
「私にできることはもうない。あとは自分自身の問題。
何かあっても、もう私は知らん」と割り切ったことで
それなりに覚悟というか、生き方を変えようと思ったところは
あったのかもしれません。本人がくわしく話さないからわかりませんが。

日本人はよく「我慢強い」「辛抱強い」ことが美徳とされますが
依存症の問題に関してはそれが完全に逆効果になりかねないのです。
あとは「自分で何とかできる」という過度の自負心や自信
身内の恥を人に知られたくないという見栄や虚栄心も
こういう人の心の問題をこじらせて、回復を難しくする原因になります。
先日の佐世保の事件でも、家族のそういう意識が
問題をあそこまで深刻にさせたように思えてなりません。


このブログでも何回も書いていてリンクもしていますが
GAに行けば、あるいは動機づけのカウンセリングを受ければ
すぐに依存症がよくなって、アルコールやギャンブルや薬物を止められると
いうようなものではありません。
同様に依存者の家族の方も、たとえばギヤマノンにつながったからといって
すぐに問題が解決するわけではないし「行ってみたけど、ぴんとこなかった」
と感じられる方もおられるかもしれません。

けれどもこうした相談機関のほとんどは、匿名で参加することができて
プライバシーはちゃんと守られるという約束の上で運営されています。
ですから誰にも話せなかったような悩みも聞いてもらおうと思えば
聞いてもらうことができるわけです。さらに、こういう場所に
参加されている方や、お世話をされる方は、自らも同じ体験を経て
回復を続けておられる方です。話すことによって、あるいは聞くことによって
同じ思いを「分かち合う」ことができ、それが回復への原動力になります。

依存者とだけ向き合っていると、家族は様々な心配や恐怖で
次第に自分も心の病を抱えるようになっていきます。
私もそうでしたが、自分の頭で考えるだけでは同じことを繰り返すだけだし
考えることも堂々めぐりで、悲観的な考えにとらわれると抜け出すことができません。

だからこそその閉鎖的な状況から外に出て
自分の気持ちを人に話す、聞いてもらうことが
現状を変えるためにはとても大切なことだし、必要なことだと思います。
一回行ってだめでも、2回、3回と続けるうちに
気の合う仲間が見つかる可能性もありますし
最初は話せなかったことが慣れれば話せるようになったり
アドバイスが欲しいと思うことには答えてくれる方もいます。
出かけるのが無理ならメールで相談できる機関もあります。
簡単にあきらめずに納得がいくものに出会うまで
チャレンジしていただけたらと思います。

今春ガンを告知されたあとに、私はブログのタイトルを変え
サブタイトルに「希望」という言葉を入れました。
100人の人がGAに行けば100人全員が回復するわけではありません。
それはAAにしてもNAにしても、ギヤマノンのような家族の施設でも同じです。
けれど100人の中で、たとえ3人でも4人でも、否たとえ一人でも
回復につながっていただけたとしたら
それは私が生きていること、こうしてブログを書き続けていることの先にある希望なのです。

何十年も、夢や希望なんて言葉は私の辞書にはない、くらいな勢いで生きてきました。
それが、治ることのないガンになって
ガンであるということは、希望がないということと同じではないのだということに
今さらながら気づいたというのは、皮肉というか、遅きに失するというか。
けれども生まれて初めて、ある種の気恥ずかしさや気負いを感じずに
希望という言葉を素直に使うことができるようになったように思います。

今回引っ越しで、ずいぶん本を処分しました。
それでも新居に持ってきた、高校時代から愛読している中の一冊に
すっかり変色している田宮虎彦氏の「足摺岬」があります。
今読んでも、どうにもこうにも救いがないように暗いお話です。

貧乏のどん底で肺を病み、生きる希望を失った大学生の「私」は
死に場所を求めて足摺岬の小さな宿屋にたどり着き
その宿のおかみさんや娘、客の老いた遍路や薬売りの優しさに触れる。

老遍路は、幕末の頃に、官軍に逆らってすべての住民が皆殺しにされた
黒菅という奥羽の小さな藩の生き残りで、現代人には想像するのも難しいような
辛酸と悲哀をなめた過去を語り、私に言う。
「のう、おぬし、生きることは辛いものじゃが、生きておる方が
なんぼよいことか」
この言葉は、最初に読んだ時から四十数年を過ぎた今でも
私にとっては数少ない「希望」を象徴する言葉なのです。



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依存症になる前に生き方を変える 動機づけ面接法の考え方2

2014-08-06 13:33:31 | 依存症
今回動機づけ面接法のセミナーに参加させていただいたこと
に関係して、ちょっと「おっ」と思える出来事がありました。

ダンナは、私がブログを書いていることや、ジャパンマックを支える会に
入会したこと、1回目のステップセミナーに参加したことは知っていますが
いつも無反応だし、このブログを読んだこともありません。

それが今回「動機づけ面接法」のセミナーに参加した日の夜
晩ご飯の時に、初めてダンナのほうから「今日、どうやった?」と
聞いてきたのです。

今回のセミナーは、どちらかというとカウンセラーさんなど
専門職の人を対象にしたお話だったので
どうと聞かれて一言で説明するのは難しくて
「うん、カウンセラーさんとか向けだったから難しかった」
というくらいしか答えられませんでした。
けれど「傾聴」の話をすると、ダンナは介護職なので
「ああ、それは高齢者の話を聞く時も言われるよ」とのこと。
認知症のお年寄りの話を頭ごなしに否定せず
傾聴しながらうまく誘導することが
お年寄りにパニックを起こさせないコツなのだそうです。


依存症が治せる病気ではないと分かってから
私は、自分がダンナをなんとかしようとは思わなくなりました。
ただかつての自分と同じように
今依存症の問題で、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるような人
それは本人でも家族でもそうなのですが
そういう人たちに、相談できる場所があるということ
回復に向かえる方法や可能性があることを知ってもらいたい
ただその思いだけで、色々とやっています。
その私の思いを、ダンナも少しづつ理解してくれているのかなと
感じることができたやり取りでした。

そこで動機づけ面接法。
近年依存症だけでなく、様々な心の問題に対応する医療や教育の現場でも
注目されているカウンセリングの方法です。
原井宏明先生という先生が「情報公開」というご自身のサイトの
「薬物依存治療動機づけ」という項目で
より専門的で詳細な解説を公開してくださっています。
でも、これまたかなり難解です。

動機づけ面接の技術として重要なのは

1.開かれた質問 はい、いいえだけで答えるのではなく
         クライアントに考えてもらい、自発的に話してもらう

2.認める・ほめる ほめられることでいい関係になる
          自信ができて、気持ちが落ち着き
          じっくり自由に考えられる余裕ができる
          ほめてくれる人の提案は聞き入れやすい

3.反映的傾聴   クライアントの言葉を追いかけながら繰り返す
          要点をまとめてくりかえす
 
4.要約する    要約することで面接を記憶にとどめる

5.チェンジトーク  自分が変わる話をする人は変わる
           ただし言い聞かせるのではなく質問をし
           自発的なチェンジトークを引き出す

当日は、出席者がふたり一組になっての実技の演習もありました。
私はど素人なので、もう何がなにやらで
特に3番目の「要点をまとめてくりかえす」などは
ほとんど相手の言葉をオウム返しするだけといった
とても情けない状態でしたが
幸い隣の、若いすてきな女性が専門職の方で
箸にも棒にもかからない私を上手にリードしてくださいました。
あとで聞いたところではなんと北海道から参加されたとのこと。
ぜっかく遠路はるばる来られたので
「ぜひ博多山笠を見ていってください」とお勧めしておきました。

依存の問題を抱える人から、自発的に自分の生き方を変えるような
チェンジトークを引き出し、さらにそれを実行にまで誘導することができる
ようなやり取りをするには、やはり十分な知識と経験が必要で
素人、まして家族がつけ刃でチャレンジしてうまくいくとは思えませんが
それでも学ぶところは多かったと思います。

対決や対立ではなく傾聴を
共感をもって 忠告や助言は短く
責任は本人に返す
自発的な思考や行動をうながす

こうした態度や考え方は、治療がどうこうという以前に、人間と人間が
向き合う上で、とても大切なことなのだなと改めて感じました。

昨今の衝撃的な事件の報道を見ると
人間の心というのは、本当に難しく計り知れないと思います。
ただ私は専門家ではないので軽率にはいえませんが、
今回の佐世保の事件は親の社会的な地位や経済状況
家庭環境や生育暦など
どれをとっても今の日本の同年代のこどもがいる
標準的な家庭の状況とはあまりにもかけ離れた
非常に特殊なケースのように感じます。

しかし感受性は強いけれども、心の面では成長の途中である青少年が
こういうインパクトの強い事件に影響される可能性は否定できません。
こういう事件を、親子の間で話題にするのは難しいと思いますが
それでも「寝た子を起こさない」的な、無視するような対応も
かといって、芸能ニュース的な、安直な憶測や結論に逃げる対応も
あまり良いことだとは思えません。

こういう機会に「人はなぜ人を殺してはいけないか」について
子どもさんがどう思っているのかを聞いてみることも必要だと感じます。
ただその場合には、親も親なりの答えを持っていることが大事だと思いますが
その自分の価値観を一方的に押し付ける、教え込もうとするのではなく
「自発的な思考や行動」の大切さという観点から言えば
親も子どもも自分の頭でいろいろ考えるということが大切なのだと思います。

私は「人は自分の力でもとに戻せない、取り返しがつかないことは
絶対にやってはいけない。だから殺人はだめだ」と思っていますが
「それでは戦争はどうなのか」とか、先日から話題になっている
集団的自衛権のように「自分が殺されそうになったら殺してもいいのか」とか
「人が殺されるようなTVや映画、あるいは小説やゲームなどを作ったり
見たりすることの是非、あるいはその意味」と
考え始めたらきりがありません。
私自身、そういう問いに明確に答えられるかといえば否です。
今の社会全体が、善悪の基準がとてもあいまいになってきていますから
「命の大切さ」というような抽象的なスローガンだけでは説得力がありません。

そんな中で、親もこうした社会のありように戸惑いながら
悩み考える一人の人間だということを子どもに知ってもらうには
ある意味貴重な機会ではあるのかもしれません。
また果てしなく話がそれてしまったように見えますが
良い方向に行くか、悪い方向にいくか(両価性)の選択に迷い、悩みながらも
自分の頭で考えて、自分の人生が望ましい方向にいくように
動機づけをして、それを実現できるような行動をすることが
動機づけ面接の大きな目標なので
この方法は、心の問題を解決するためだけではなく
人が生きていく上のあらゆる場面において、有効なのではないかと思います。


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