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癌と生きる 依存症と生きる

命がある限り希望を持つということ

誰かの幸せのために生きること

2012-05-02 09:41:26 | ねこの話
ルナが長生きをしたことで一番得をしたのは
実はダンナだったかもしれないと、ふと思った。

ギャンブル、借金、女遊び。
そんな人間のやる愚かで醜悪な世界は
猫にはまったく関係がない。

あったかな陽だまりで目を細めてひなたぼっこをしたり
昼寝をしたり、おいしいものをお腹一杯食べて
一日平和に暮らせさえすれば幸せオーラに満ちている。
私の腕枕ですやすや寝ている顔を見ると
さながら「幸せ」が毛皮を着ているようなものだ。

もし家の中が成長した子どもたちだけだったら
私はもっと逆上して事あるごとに
ダンナに対して怒りや悲しみをぶちまけていたかもしれない。
子どもたちはもう何が悪いのか、誰が間違っているかを
判断できるようになっているから
たとえ私が怒り狂って泣き叫んだとしても
状況を理解して、それで精神的に大きなダメージを
受けることはなかったはずだ。

しかしルナは私が普段と違う行動をすれば
不安とか恐怖を感じてパニックになりそうだった。
年を取った猫にそんな思いをさせたくない。
それがずっと私の爆発に歯止めをかけ続けてきた。

私はルナが幸せそうであればそれでいいと思い
その幸せそうな顔を見て自分も幸せを感じることができた。
本来は人間同士もそういう関係がベストなんだと
頭では分かっていても夫婦にしろ親子にしろ
なかなかそういう具合にはいかない。
絶え間のない葛藤と混乱。
もうカオス、カオス、カオスなのだ。

それでもルナを失って今しみじみ思うのは
誰かの幸せのために生きる人生でもいいんじゃないかということ。
例え給料が安くたって、お客さんが笑顔で「ありがとう」と
言ってくれる瞬間があればそれでいい。

今日自殺意識調査で、死にたいと思った人の割合が
20代で一番高いという悲しい結果が報道されていた。
自分が幸せになりたいと思うと
将来に希望が持てなくて絶望してしまうのだろう。
でも私は思うのだ。たとえ自分が悲惨な人生を送っていたって
誰か一人くらいは幸せにすることができるのではないかと。

自分や自分の一族が裕福に安泰に暮らせさえすればそれでいいという
究極のエゴイストたちの行為が
格差や、たくさんの人たちの不幸を生み
怨嗟に満ちた不安定な世の中になっているが
そんな意識をくるりと裏返して
自分がどれほど不幸でも自分の回りの誰かが幸せであるなら
それもいいと思えるなら
一億三千万の人が皆そう思えるなら
一人一円の募金が一億三千万円になるというのと同じで
あるいは世の中の空気を少し変えることもできるのではないかと
一方ではギャンブル依存症を生み出した
人間たちに悪態や怨嗟の言葉を吐き散らかしつつも
柄にもなくそんなことを思ったりするのである。


虹の橋

2012-04-22 07:54:58 | ねこの話
「虹の橋」という言葉に出会ったのは
一昨年の夏ごろルナが夜鳴きをしたり
水をがぶがぶ飲んではオシッコをするなどの
老化によるものと思われるいろんな症状が出始めた頃でした。

うちと同じに高齢の猫を飼っている方々のブログを読んでいる時に
出てきたのが「虹の橋」の話でした。
「虹の橋」というのはもともとは作者不詳の詩です。
亡くなったペットたちが行く場所を歌ったもので
少し長いですがノラのママさんが和訳してくださったものを転記します。

「虹の橋」

天国の一歩手前に、『虹の橋』と呼ばれる場所がある。
地上にいるだれかと親しくしていた動物は、死ぬとその『虹の橋』へ行く。
そこには、草地や丘がひろがっていて、
動物たちはいっしょになって走ったり遊んだりすることができる。
たっぷりの食べ物と水、そして日の光に恵まれ、
彼らは暖かく、快適に過ごしている。
病気にかかっていたリ歳をとったりしていた動物たちは、
ここに来て健康と活力を取り戻し、
傷ついたり不具になったりした動物たちも、
もとどおりの丈夫な体を取り戻す。
過ぎ去りし日の夢の中でのように。


動物たちは幸せに暮らしているけれど、ひとつだけ不満がある。
それぞれにとって特別なだれかが、
あとに残してきただれかがいないのを
寂しく感じているのだ。


動物たちはいっしょに遊んで時を過ごしている。
しかし、ついにある日、そのうちの一匹が足を止めて遠くに目を向ける。
目はきらきらと輝き、体はたまりかねたように小刻みに震えはじめる。
突然、彼はみんなから離れて、緑の草地を跳ぶように走っていく。
あなたを見つけたのだ。
とうとう出会えたあなたたちは、抱き合って再会を喜びあう。
もはや二度と別れることはない。
喜びのキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する友の頭と体をふたたび愛撫する。
そして、あなたは信頼にあふれたその瞳をもう一度のぞきこむ。
あなたの人生から長いあいだ姿を消していたが、
心からは一日たりとも消えたことがないその瞳を。

それから、あなたたちはいっしょに『虹の橋』を渡るのだ。(引用ここまで)

天国という言葉が出てきますがこの詩は
キリスト教と関係があるわけではなく
アメリカの先住民族に伝わっていたものが欧米に広がったという説もあります。

そして私もこの詩がとても気に入りました。
だからルナも虹の橋へ行ったのだと思っています。
自分の年齢からしても次を飼ってまた二十数年とか生きたら
きっと私のほうが先に死んでしまいます。
だからもう何年も前からルナが
私の人生で最初で最後の伴侶だと思い定めていました。

毎朝、それこそ元日の朝でも律義に六時過ぎには
私を起こしていたルナがいなくなって
本当に何年ぶりかで目覚ましをかけました。
そんな風にまだまだ日常のあらゆるところで
「今ここにルナがいてくれたら」と感じることばかり。
前にも書きましたが自分でも明らかに「猫依存症」だと自覚しています。

でもルナが虹の橋で若くて健康な体を取り戻して
昔のように闇雲に全力疾走したり
木の上に駆け上がったりして元気に幸せに暮らしていると思うと
悲しみもずいぶん和らぎます。
そして私が死んだら虹の橋のたもとで
きっとそんなルナと再会できるでしょう。
そしてもう二度と離れることはなく
ずっと一緒に過ごしていけると今は信じています。

お葬式

2012-04-15 08:53:18 | ねこの話
ルナが亡くなった日の夜から風雨になりました。
花を散らせる雨と風。
明け方まで雨がひどかったので心配しましたが
9時過ぎには少し弱まって
10時には約束どおり業者さんが来てくれました。

火葬だけかと思ったのですが、カセットでお経を流して
お焼香をしてプチお葬式をしてくれました。
その後家から少し離れた公園の脇に車を止めてその中で火葬。
公園の満開の桜が雨に濡れていたのがルナにも見えたでしょうか。

再び家にもどってお骨上げをして
銀糸で縫い取りした袋に入った小さな可愛い姿になって
私の許に戻ってきました。
お骨を身近に置いておくのはよくないという話も言われますが
こういう選択をしたことを
自分としては納得しています。

どんな姿であれ身近にいてくれればそれだけで心が安らぎます。
イリコなんかを供えるので
家の仏壇とは別に私の部屋に小さな祭壇を作ってそこに置きました。
お花と写真と好物を供えています。

仏教ではどう、キリスト教ではといった人間界のならわしもあるのでしょうが
私自身は基本的には無宗教。
というより人も動物もすべて命のあるものは
基本的には太陽や土や雨や風といった
私たちを育んでくれる天然自然とともにあるという
いわばアニミズム的な考え方が一番自分の性には合っています。

でもそれは日本古来の神道にも通じるものですし
本質的に日本人のDNAには色濃く受け継がれているような気がします。
宗教的な色々なタブーや対立はすべて人間が後付け的に考え出したもの。
全ての命のあるものをいとおしいと思い
限りある命を大切にしようという心がみんなにあれば
もう少し世界は穏やかで生き易いものになるような気がしますが…。

ブログを読んでくれた熊本や福島の友だちからは
本当に心のこもったお悔やみの電話やメールをもらいました。
人間の家族を失ったのと全く同じに悼んでくれる人がいる。
それはルナにとっても、また私自身にとっても
本当に幸せなことだという思いを改めてしみじみとかみ締めています。



お葬式まで

2012-04-11 13:47:57 | ねこの話
独立した二人のこどもたちにも
ルナが死んだというメールを送ったので
昨日ちょうど仕事が休みだった娘は
午後からお別れをしに来てくれました。
長男からも電話がありました。

ルナを拾った時は長男は小学校の三年生、娘はまだ幼稚園でした。
3人はそれから20年以上本当の兄弟のようにして
世話をしたり、喧嘩をしたりすったもんだしながら大きくなったのです。

夜中の12時近くに玄関が開く音がして
長男が入ってきました。
「仕事中もずっと考えよって、どうしても
もう一回会いたくなった」とお別れに来てくれたのでした。

ピンクのお布団に包まれて
本当に安らかな眠っているだけのようなルナを見て
「いい顔やねぇ。よくがんばったねぇ」と
何度も頭を撫でていました。
私も長男はまず無理だろうとあきらめていたので
こうしてルナが家族みんなとお別れができて
本当にうれしかったです。

ルナが死ぬ前の日にペットの葬儀をしてくれるところを
ネットで探して電話をしていました。
ネットに載っている業者は廃業しているような可能性もあるかと
事前に確認をしておこうと思ったのです。
お金に糸目をつけないならばいつでも頼めそうな
大手の業者さんはいくつかあるのですがそういうわけにもいきません。
比較的安価で火葬をしてくれる移動火葬社の業者さんが
幸い営業をされていたので説明を聞いて
「万が一の時はまたお電話します」と頼んでいました。
そして翌日「実は」とお電話したら
業者の方も「ああ、昨日の」とちょっとびっくりされたようでした。
火葬とお骨上げでだいたい1時間ちょっとと言われたので
今日の朝10時にお願いをしました。

白布をかけた祭壇にお花やお水
好物だったイリコやカリカリ、缶詰なんかを備えて
お棺の中のルナをじっと見ていると
耳やヒゲが動き出して今にも起き上がりそうで
涙が次から次へとあふれて止まりませんでした。
「これ以上の長生きを望める年ではない」
「いつ何があってもおかしくない」と
頭では、理屈ではわかっていても
生活の一つ一つの場面でルナがいないということに
まだまだ慣れることができません。

もしも死んだらちゃんと火葬にして
可愛い小さな骨壷に入れて
そのまま私の側で供養をしてやりたいというのは
何が何だかとにかく大変だった私の人生の
たった一つのはっきりした夢であり希望でした。

ダンナの任意整理が2月に終わって
今ならやりくりすれば何とかお葬式代が捻出できるようにも
なっていました。
ちょうどそんなタイミングで猫生を終えたルナ。
そこも私と同じ思いだったのだろうかなどとふと思いました。

こんな感じでこのブログは当分猫ブログになるだろうと思います。
ごめんなさい。

別れの時

2012-04-10 09:40:35 | ねこの話
このところPCのモニターの不調で
ずっと更新をお休みしていました。

今日の早朝午前4時10分にルナ(猫)が虹の橋へ旅立ちました。
推定ですが享年23才。22年間をうちで過ごしました。
この数年はほとんどの高齢猫がかかる腎臓の病気か
歯の病気かで口の中を痛がるようになっていて
加えて一昨年の猛暑の時はごはんが食べられないので
骨と皮のようにがりがりに痩せて
もう本当にだめかと思ったのですが
それから2年近く本当によくがんばってくれました。

1週間ほど前からどんなエサをあげても
食べづらそうにするので今度は本当にだめなような予感がしていました。
それでも土曜日くらいまでは水はなんとか飲んでいたのが
昨日はもう水を飲むのも辛いようで
歩き方もよろよろして
もう一両日なんじゃないかと思いました。
泣き声も短く細く悲しげに鳴くので
聞いていて切なかったです。

昨夜11時頃いつものように私のお布団に入れたけど
もう顔をあげるのもおっくうなようで
息も細くなっているようだったので
ダンナに「明日の朝までは無理かもしれない」と声をかけて
ダンナも様子を見に来てなでてくれました。

うとうと眠って明け方ふっと目を覚ますと
隣りに姿が無く、よくみるとお布団の裾のところに横たわっていました。
抱いて隣に戻してしばらく撫でてやっていたら
しゃっくりをするように体が痙攣して
「ウー」と鳴きました。3回、4回とそれを繰り返して
5回目に痙攣してもう声は出ずふっと鼓動が止まりました。
苦しい様子も全然なくて本当に羨ましいくらいの大往生だったと思います。
今日は仕事が休みの日でした。
「もし留守の時にいってしまったらどうしよう」というのも
とても心配だったのですが
やはり最後まで私に看取ってほしかったのだと
お互いの思いが実を結んだのだと信じています。

一緒にお正月を迎えられて「次は桜が咲くまでがんばろうね」と
言っていた私との約束をちゃんと守ってくれました。
私自身は「桜の季節までは無理かもしれない」と思っていたので
最後の時に寝かせてあげるお布団を桜が一杯の和柄の布で
用意してあげていました。
今はそのお布団に安らかな顔で寝ています。

明日10時から火葬だけですが
お葬式をしてあげることにしました。
私が留守にするとあんなに寂しがっていたので
これからもずっと一緒にいてあげるつもりです。
ほんの些細なことでもルナのいない生活に慣れていくには
当分時間がかかりそうですが
もう誰に気兼ねすることもなく
寂しい時悲しい時は思い切り泣いて
少しづつ悲しみを癒していこうと思います。

遅ればせながら

2011-01-11 07:51:23 | ねこの話
気がつけば一月ももう三分の一を過ぎてしまいました。
遅ればせながら…明けましておめでとうございます。

今年もボチボチやっていきますので
よろしくお願いいたします。

実は去年猫の夜鳴きがひどくなった頃に
「高齢猫」で検索をしていて
あるブログを見つけました。
そこの猫ちゃんもうちと同じ推定22才。
飼い主さんが本当にその猫ちゃんを大事にしていて
心から愛しておられるのがほこほこと
伝わってくるあったかなブログでした。

高齢猫に多い腎臓の疾患を抱えていて
よく病院通いされていたようですが
クリスマスもお正月もなんとか越したのに
年明けから急激に病状が悪化して
昨日のブログで「亡くなった」という報告がありました。

そこのブログにお邪魔するようになって三ヶ月くらいでしょうか。
次第に自分の猫みたいに愛着がわいてしまって
陰ながら「がんばれ、がんばれ」「もう少し」と
応援していたのですが…
ブログ読んでいて涙が止まりませんでした。
うちも同じ年ですからもはやあと一年とか二年とかは
望めないような気がします。
毎日何とか今日一日は無事にと願います。

暮れは私の仕事が変則的になって
ほぼ一週間火の気のない部屋で留守番させたので
毛布の下にホッカイロとユタポンを入れて
ただ無事に年が越せるように祈っていました。
人間よりもずっと小さいしこれだけの高齢ですから
体力が落ちればすぐに弱っていくだろうと思います。
「いつ何があってもおかしくない」と覚悟はしつつも
「年を越すまで」「春がくるまで」と
その日がくるのをただただ一日伸ばしに
願っている自分がいます。

新年早々悲しいお話ですみません。
ダンナにしろ子どもにしろ相手が人間だと
何にしても面倒なことのほうが多いですが
動物はとても単純ですから
その単純さに救われて今日まで生きてきました。
猫は飼い主を気遣う習性はないけれど
わがまま放題で満足してすやすや寝ている姿を見ていて
ぎりぎりのところで「まっ、いいか」と思える
気楽さをいっぱいもらったような気がしています。

認知症の猫?

2010-12-19 08:12:31 | ねこの話
この夏の想像を絶する暑さでガリガリに痩せ細り
抜けた毛がモヒカン状に背中で固まるという
今まで一度も経験したことがないくらい
やつれた姿になっていた猫だったが
秋の訪れとともに奇跡的に復活した。

なんせ御年22才という超高齢である。
グルーミング(毛づくろい)が面倒なのか
口で毛をひっぱって抜いたり
トイレの後の砂かけもオシッコの後は
ちらっと見て「ま、いいか」みたいに
全てにおいてものぐさになってるのがありあり。

さらにここに来て夜鳴きがひどくなった。
私が週の後半三日はフルで仕事にでるので
昼の間はふてくされて寝てばかりいるんだろう。
夜こっちがクタクタでさあ寝ようかという頃からパワー全開となる。

一人で起きて騒いでいても淋しいし寒いし
「ワオーン、ナオーン、ギャオーン」
知らない人が聞いたら虐待でもしているのかと思うような声。
集合住宅なのでご近所の迷惑もある。
三時、五時とふらふらしながら
餌を入れてやったりなでてやったりしても時として鳴き続ける。
ほとんど乳飲み子を抱えているようなものだ。

猫は犬と違って怒っても効果はない。
自分がなんで怒られたのか理解しないし
飼い主の気分を気遣うというような習性はないし
とにかく自分がしたいようにしたい生き物なのだ。
そう頭では分かっていてもこっちもきついし眠いし
私もついにキレて壁に枕を投げたりして暴れた。
猫は飛んで逃げ、数分静かになった後「ガオーン、ガオーン」
しまったと思ったが後の祭り。
猫が逆ギレして事態は前よりも悪くなってしまった。

かくの如く猫と付き合うのは
小さなこどもを育てているのに似ている。
母親がしつけにこだわって激しく怒ると
こどもはその母親の気分というか空気だけを感じて
不安になりますます泣き喚くというあれだ。
小さなこどもは異星人と同じで大人の理屈なんか通じない。
根気よく「コトバ」を教えて
自分で「これはいい、これは悪い」と考えられるように
なるようにするには相当な根気と時間が必要だ。
(まあ猫にはどれだけやっても無理だけど)

このところ児童虐待の話もよく聞くが
その内の何割かはこういう問題があるのではないか。
いきなり大人の理屈をまだ言葉もまともにしゃべれないような
幼児に理解させようとするのはどだい無理なことなのだ。
母親がやっきになればなるほどドツボにはまる。
私の場合は父親が体罰をひどく嫌った。
私も親に叩かれたという記憶はほとんどないし
二人のこどもに手を上げた覚えもない。
「人間であるからにはあくまで言葉でコミュニケーションを取る」
は私の考え方の基本だった。
ただこうした考え方がダンナには裏目に出たし
とことんひどい目にもあったので
これはダンナの親の育て方の問題だと今でも深く怨んでいる。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので
結局人間は自分が育てられた原型を変えることは
容易なことではないのだろう。

猫は私が「鳴きたいなら鳴け」と開き直ったら
幾分かは落ち着いたようだ。
まあ年を考えれば訳が分からないことになっていても
不思議でもないしもはや怒ってどうなるものでもない。
いつのことかは分からないがお迎えがくるまで
付き合ってやるしかないのだろうと思う。

猫と「OUT」

2010-04-26 15:29:02 | ねこの話
猫は相変わらず生きてます。
ちなみに猫の寿命をググってみたら
何と37年というのがありました。青森かどっかで。

前は人間の食べてるものに
あんまり関心を持たなかったのが
今はちょっと油断するとお皿の焼き魚とかに
かぶりつこうとしたり
何となく呆けて食欲だけ残った認知症の年寄りみたい。

しかも起きてる間はしょっちゅうギャーギャー鳴いてる。
昔TVドラマの「OUT」で
渡辺えり子のお嫁さんに「よしえー、よしえー」と叫んでる
寝たきりのお姑さんがいて、ついそれを連想してしまいます。

「OUT」では深夜の弁当工場でパートをしている主婦の一人が
ギャンブルと女に狂ったダンナを絞め殺してしまう。
友人の主婦が死体をバラバラにして捨てるのを手伝う。
この作品に対する「面白ければいいというものではない」という
批評を目にしたことがあるが
私にはそれをきっかけに死体を解体するビジネスに踏み込んでいく
香取雅子というヒロインの
どこにも行き場のない気持ちも
生活保護を受けながら寝る間を惜しんで働き
寝たきりの義母の世話をしているのに
これでもかこれでもかというように窮状に陥り
それが人間として許されないことだと十分分かっていながら
生きていく金を得るために雅子を手伝うヨシエの気持ちも痛いくらいわかる。
作者は決して衝撃的な展開で読者をひきつけようという姑息な思惑で
こういうストーリーや人間像を設定したわけではないと思う。

ギャンブル依存者の最後は
1.犯罪者になる
2.精神病院に入る
3.死ぬまで回復し続ける(ギャンブルをやらないでいつづける)
のいずれかだと言われている。
言うまでもなく3はとても難しい。

そしてこのような依存者の家族を抱える人間は
雅子やヨシエのように常に出口のない
闇と向き合う人生を送ることになる。

数日前、お金に関するバラエティ番組で
今大人気の評論家勝間和代氏が
「知識のある者が知識のない者から搾取するのが
資本主義の一面」というような発言をしていて
ギャンブル依存症はその典型的なものだ。
知識があってもいったん落ちてしまえば
現状を打開するのは容易なことではないが
知識がなければ破滅するまで搾取されるのみならず
対処のしようのない病気までしょいこまされる。
先日も「年金が出たからパチンコ屋は
年寄りばっかりだった」という話を小耳にはさんだ。

ギャンブルの害はもはや老若男女を問わない。
年寄りだったら依存症にならないというようなものでもない。
なってしまったら治らないのだから
なけなしの金をパチンコやスロットの機械に捨て
食うや食わずでひと月暮らすという地獄に落ちることになるのだ。

そういう社会の仕掛けた陥穽に落ち込まないためには誰もが

「今日一日はギャンブルをやらない」

という毎日を続けていくこと、それしかないのだと思う。


こたつ猫

2009-01-14 16:23:03 | ねこの話
相変わらず猫は生きています。
猫と二人、生きて年を越すというのが当面の目標だったので
それはクリアしました。
ここ数日の寒波のせいで、今はこたつの中でスヤスヤ。
冬場は夏に比べてガス代2倍、電気代2倍、それに加えて灯油代。
光熱費だけでざっと1万円以上アップなのに
猫のためだけにこたつをつけている馬鹿な私です。

「ハリーとトント」という映画があります。立ち退きで家を失った
おじいさんが老いた猫と二人で旅をする話です。
猫は犬のように芸達者ではないので
さして見せ場はないのですが
むしろその淡々とした感じが猫好きにはよいのでしょう。

年末ちょっとした抽選に当たり千円の図書券をゲットしました。
ささやかな幸せってこういうことをいうのかな。
取り合えず仕事があること、猫が生きていてくれること。
あと三ヶ月生き延びるのが今の二人の目標です。

猫に噛まれた!

2008-07-09 17:56:53 | ねこの話
猫に噛まれました。
この前の日曜日、仕事が休みだったので
朝から掃除洗濯とバタバタしていたのが
お気に召さなかったみたいで
まず足にガブッ、思わず足を防御したら
次は手の甲をがっぷり。

もう痛いの痛くないの
その日から腫れ始めて
次の日はパンパン。
薬局で湿布を買おうとしたら
「病院に行かれたほうがいいですよ」と。
いや、わかってるけどお金が……。
仕方なく寝る前にアイスノンを
包帯で巻きつけて
今日はやっと少し腫れが引きました。

でもどれだけひどい目にあっても
やっぱり可愛い。
このありえないほどのわがままぶりが。
自分がいろんなことを我慢してる分
自由気ままに振る舞う猫を
目一杯甘やかしてる。

生まれ変わったら今度こそ猫の親子になろうねって
話しかけてます。
都市伝説で「死んでる猫を可哀想と思ってはいけない。
情をかけると乗り移られる」みたいな話を読みました。
でも二、三体乗り移られたって構いません。
表面は何事も無く穏やかそのものに暮らしていますが
できることなら猫の力でもなんでも借りて
呪い殺してやりたいと思うぐらい
ダンナを怨んでいますから。

猫は今日も…

2008-06-04 20:59:49 | ねこの話
猫は今日も寝ています。
たまに起きてきて
ご飯を食べ、水を飲み
晴れた日はベランダでごろごろ

急に走り始めます。
たまにベランダの
ガラスにおでこをぶつけたりもします。

私が新聞とか読んでいると
その上にごろんと寝転がります。
本を読み始めると
ぷらぷらするしおりの紐と
戦ってみたりもします。
まるで背後霊のようにいつの間にか
私のいる場所から30センチ以内のところにいます。

でもこの微妙な距離感がいいのでしょう。
犬は見てる分には可愛いけど
ずっと一緒にいると疲れるような気がします。

「千と千尋の神隠し」の顔なしとか
「呪怨」のとしおくんとか
ああいういいのか悪いのかよくわからないけど
ひっそりくっついているものが好きです。
だから猫なのでしょう。

もし二人とも死んじゃって
この部屋に誰もいなくなっても
「アザーズ」みたいに
ここでずっと二人で暮らすのが夢です


閑話休題 ねこのこと

2008-05-26 10:16:02 | ねこの話
管理人のりょうです。

二十年以上、家庭の様々な問題を
ひとりで何とかしようともがいてきました。

でも……もう限界を超えていたのだと思います。
今まであまり吐いたことのない弱音を
さらけだせる場所と思ってブログを始めました。

他のブログを見ると
依存症の家族を抱えてがんばってきた方も
たくさんおられました。
それを読むと自分まだまだだなあとも思います。
けれどもうあまりがんばらない。
弱音を吐くことがみっともないことだと思わない。
心が落ちている場所から
少しでも上がるためにリハビリと思って書いてます。

猫は飼い主の苦難なんかなんのその。
自分がしたいように振る舞い
欲しいものをねだり
気に入らなければ噛み付く、引っかく。
よくまあ、これほど自己中なと
感心するほど勝手気ままに十八年生きてました。

うちに来てすぐに避妊手術に連れて行った時
「一歳半くらいですね」と言われたので
やっぱり今は二十歳近くなっているはずです。

でもまだ全力疾走もするし
押入れの天袋にも駆け上がり衰えている風はありません。
それを見ていて
この子を置いて私が死んじゃったら
かわいそうだよなと思っています。

以前作家の桐野夏生さんがコラムに
自分のお母さんと猫の話を書いておられました。
老猫が死んで「新しい猫を飼ったら」と勧めたけれど
お母さんは「もう最後まで面倒を見られないから」と
それを拒絶されたという話で
桐野さんは動物を飼うことは
「命を引き受ける覚悟」なのだと表現されていました。
これは子育てでもまったく同じで
子供を生んで育てるというのは
その子がなんとかひとり立ちできるまでの
十五年なり十八年なりを支えてやる覚悟だと思います。

案外猫は「自分がいなくなったらお母さんが」と
実はもうへろへろなのに
無理してがんばってくれているのかもしれません。

猫は家に付くと言います。
私がダンナと離婚しなかった最大の理由は
年を取った猫に新しい環境で苦労させたくなかった。
それだけのような気もします。

そして私も取り合えずこの子が住み慣れたこの家で
最後の時を迎えるまで
そこまでがんばればいいかなというのが本音なのです。


猫がきた

2008-05-05 14:46:44 | ねこの話
アパートの前のイチョウの木の下で
アメショーもどきのメス猫を拾ったのは十八年前

色はアメショーなんだけど
縞が全体にぼんやりして薄いんです。
ちょっと期待してたのに
避妊手術に行った病院で
あっさり「Mixですね」と言われました。
Mix=雑種 らしい。

性格は……最悪!
気が短い、だから攻撃的。そのくせ臆病。
なつかない。
「動物のお医者さん」のミケのキャラクターに似てます。
でも妙にベタベタなつっこいのよりいいかと
飼うことにしました。

子育てをしていた時期は
バタバタだったけど楽しかったと言えなくもありません。

ダンナとこどもと猫と
ダンナも別に普通のお父さんしてたし
まあ、こんなもんかと思っていたんです。