癌と生きる 依存症と生きる

命がある限り希望を持つということ

こたつ猫

2009-01-14 16:23:03 | ねこの話
相変わらず猫は生きています。
猫と二人、生きて年を越すというのが当面の目標だったので
それはクリアしました。
ここ数日の寒波のせいで、今はこたつの中でスヤスヤ。
冬場は夏に比べてガス代2倍、電気代2倍、それに加えて灯油代。
光熱費だけでざっと1万円以上アップなのに
猫のためだけにこたつをつけている馬鹿な私です。

「ハリーとトント」という映画があります。立ち退きで家を失った
おじいさんが老いた猫と二人で旅をする話です。
猫は犬のように芸達者ではないので
さして見せ場はないのですが
むしろその淡々とした感じが猫好きにはよいのでしょう。

年末ちょっとした抽選に当たり千円の図書券をゲットしました。
ささやかな幸せってこういうことをいうのかな。
取り合えず仕事があること、猫が生きていてくれること。
あと三ヶ月生き延びるのが今の二人の目標です。

母親がパチンコ中に幼児が焼死というニュース

2009-01-11 19:26:12 | 依存症
1月6日の夕方、千葉の松戸市の団地で火事があり、幼いこども三人が亡くなった。
最初「病院に行っていた」と話した母親が実はパチンコに行っていたというニュースが後日報道された。
 
少し前に読んだ吉田修一さんの「女たちは二度遊ぶ」という短編集の中に、確か「泣かない女」だったと思うがパチンコ依存症の母親について触れた箇所があった。細部は明確でないが、ヒロインが働いているパチンコ屋で幼児が事故で亡くなった。その母親がしばらくしてまたそのパチンコ屋に来ていたというような話だったと思う。

 人間性の喪失は、ギャンブル依存症の大きな特徴として挙げられるが、それを具体的に表現するのはとても難しい。依存者の心の中では「ギャンブルをしたい」という欲求が何よりも優先され、この寒さの中たとえ幼い子供たちを火の気のない部屋に置き去りにしようが、自分がパチンコに興じている間に我が子が死んだ痛恨の場所であろうが、おそらくは何も感じなくなっている、つまりそういう状態なのだと思う。夏は親が猛暑の車内に幼児を放置して、熱中症で死なせるというニュースも毎年報じられる。

 ギャンブル依存症の患者は、ドーパミンやセロトニンという脳内伝達物質のバランスが崩れてしまって脳が機能障害を起こしているので、説得して治るというものでもなく、ましてや放置して直ることはあり得ない。そもそも「治る」ということ自体がない病気なのだ。さらに、依存者は同質の快感を得られる性的なトラブルを併発することも多い。ちゃんと調べていけば、性犯罪とギャンブル依存症の問題も必ず関連付けができるはずなのだ。多発する犯罪や事件の背景にどれだけギャンブル依存症の問題が潜んでいるのか。帚木蓬生さんは「日本はギャンブルで崩壊する」とまで言い切っておられる。こうした事態の深刻さを、一人でも二人でも理解してもらい、依存者の家族の方々が最悪の状態に陥ることのないよう願ってやまない。



こころの病

2009-01-03 17:30:41 | うつ病
昨日からダンナはぎっくり腰になりかけで
立ち上がるとき、寝るときなど相当痛そうです。

ぎっくり腰は二人とも何度か経験していて
鍼の先生に電気鍼で治してもらうのですが
その出費が痛い……

年末は家族のことで他の心配事があり
それがなんとか解決したと思ったら今度はダンナ。
よくまあこれほど次から次へ
トラブルが出てくるものです。

ただダンナの心の変化というか
あれっと思うようなことがこのところ幾つかあります。
今まで家にいて観るテレビは
すべてスポーツ番組
野球、サッカーはもとよりアメフト、ゴルフ、格闘技
ケーブルをつけているので
ビリヤードやら競輪みたいのがついてる時もあって
およそドラマなどにはまったく関心を示さなかったのが
普通に二時間のドラマを見るようになったこと。

年末に自分から風呂場のカビ取りをしていたこと。

元旦に家の仏壇にも自分から線香をあげ
近くの神社にお参りに行こうかと私を誘ったこと。
以前のダンナだったらまず考えられないことです。

ただちゃんと受診したわけでもないので
これまであまり書いてないのですが
私のメンタル的なものは実はさほど好転していません。
例えばテレビのバラエティー番組などはまったくダメで
こどもたちによけいな心配をさせたくないので
たまには一緒に見たりもしますが
何がどこがそんなにおかしいのかさっぱりわからない。
のべつまくなしに笑い声の聞こえる
バラエティーだらけの年末年始は
ものすごく違和感がある上にひどく疲れて
私にとっては拷問みたいなものです。

でも私がメンタル面でかなり危ういということは
どうやらダンナにも少しづつ分かってきているようで
それがもしもダンナが変わる契機になっているのだとしたら
人の心ってなんて奇妙でちぐはぐなものなのでしょう。

お正月

2009-01-02 15:20:42 | 社会・生活
明けましておめでとうございます。

10月から転職ならぬ増職して
このブログもほぼほったらかしのまま
新年を迎えてしまいました。

クリスマスイブに休んだのが最後で
25.26.27日は仕事A、28日は仕事B
29,30日は仕事A,31日はまた仕事Bと
大晦日の3時ごろにやっと今年の全ての仕事が終わりました。

取り合えず泥棒が入ったら掃除をしてってくれそうな
ほとんど崩壊している家の中をざっと片付けて
例年元旦の朝はダンナもこどもたちもいないのに慣れているので
おせちの用意などはぼちぼちやります。
まあ今年は全員元旦が休みで
しかも家にいるという珍しい展開でしたが
もはやあわてる様な体力も気力も残ってないので
相変わらず元旦の朝にきんとんを作ったりしていました。

正月といっても相変わらずボーナスなどというものには無縁な家計。
贅沢できないのははなからわかっていたので
クリスマスの翌日に値引きになっていたナゲットなどを
買い込んで冷凍しておきました。
別にお客さんがあるわけでもなく
高いお刺身なんかはあきらめて
家族用のつつましいおせちをつくりました。

それでも秋以降の激流のような景気や雇用の悪化で
職も家も失ったというニュースを
連日のように眼にすると
自分もついこの間まで
まさにその一歩手前にいたことを思えば胸が痛くなります。
自分がそうならなかったからいいとは決して思えません。

自分たちだけがよければそれでいいという分厚い層が
まさに垂れ込める暗雲のように
この国の出口を塞いでいる限り
選挙をしようが政権交代しようが
その場しのぎの人気取りの言葉やばらまきをやろうが
結局彼らは誰も彼も同じ穴のムジナ。
お金も力もない個人の生死など
眼に見えない微生物のそれと同じで
いささかの痛痒も感じてはいないのだと思えてなりません。

年が明けて景気はさらに厳しさを増すような気がします。
せめてものことに
今家族のギャンブル依存症などで多額の借金に苦しみ
日々死を考えて生きておられるような方がおられたら
今ならまだ法律で救ってもらえる最後の手段があるので
何とかそうした救済の戸口にたどりついてくれることを
心から願ってやみません。
ここから銀行などの財務状況の悪化がさらに進めば
破産、再生などに対する債権者の対応や
最悪の場合法の改正などもありえるし
そうなればもうどこにも救済の道がなくなることを
とても危惧しています。