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命がある限り希望を持つということ


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アルコール依存症とギャンブル依存症

2013-04-21 12:17:19 | ギャンブル依存症
今年からはなるべくギャンブル依存症の話に特化しようと
思っていたのだが、先日知人のダンナさんが飲酒運転で人身事故を
起すという事件が起こった。
その人は自営業で、かなり前からお酒を飲んで運転することがある
という話は聞いていた。それが最近ではほぼ毎日になっていたらしい。

飲酒運転によってたくさんの悲惨な事故が起こり、法律が改正されて
現在は飲酒運転で事故を起すと免許の取り消し、7年以下の懲役
または100万円以下の罰金に加えて、免許取り消し後2年間は
免許が取得できないことになっていて、更にサラリーマンの場合では
飲酒運転で事故を起した場合には、解雇されることも多い。
だからこのことが正確に理解できている人は絶対に飲酒運転をしなくなった。

クビになる心配がないといった自営業ならではの特殊性があるにしても
これだけ飲酒運転の問題がマスコミでも報道されている状況で
そういうことが理解できないというのは明らかに依存症という病気なのだ。
改めてアルコール依存症について解説をしてあるクリニックのサイトを見ると
やはり「コントロール障害」であるという本質のところは一致していて
症状や特性、回復にいたる道筋もギャンブル依存症とほぼ重なる。
「アルコール依存症とはどんな病気か」という項目には
次のように書かれている。(森岡クリニック様のサイトより抜粋)

「少しでもアルコールを口にすると、ほどよい量で切り上げることが
できず、必ず飲み過ぎて問題を起こしてしまう。アルコールをほどよ
い所でとめる能力が無くなったためである(コントロール障害)。
 これが正常な大量飲酒者とアルコール依存症者を区別する大切な点
である。 いったんコントロール障害を起こしてしまうと、一生もとに
戻らない。だから、アルコールで問題を起こしたくないと思えば、完全
にアルコールを断つ以外に方法はない。コントロール障害を起こしてい
るかどうかは、検査では分からない。その人のアルコールの飲み方で判
断するしかない」

お節介だとは思ったが、知人に対して少し依存症について話し
一度「アルコール依存症」に対応してくれる医療機関に
ご主人と一緒に相談をしてみたらという話をしてみたが
「もう昼間は飲まないと言って、実際に飲んでいない」という答で
私が「依存症は病気で」といったあたりから
知人の表情が??な感じになっているのが明らかだった。

アルコール依存症にしても、ギャンブル依存症にしても
このように事態がかなり深刻な状況になっているにも関わらず
本人はともかくとして、周囲の人間がそれを病気だと認識するハードルが
とてつもなく高いことを改めて思い知らされた。

抜粋した記事の「アルコール」の部分を「ギャンブル」に置き換えれば
そのままギャンブル依存症に適用できる。
また同じサイトの「アルコール依存症からの回復」には
次のように書かれている。

「アルコール依存症から回復するためには、なぜ自分は完全に
断酒しなければならないかということを理解しなければならない。 
断酒は回復の基礎にすぎない。酒をやめただけで、あらゆる問題が
よくなっていくわけではない。長い病気のために、自分の状態をあ
りのままにみることができず、自己中心的、依存的になり、安定を
失った心の回復、他人との信頼関係の回復などは特に大切なことである。
 身体的な健康をとり戻し、精神的にも安定し、日常生活の中でアル
コールを飲む必要を感じなくなり、他人と協調しながら仕事ができて
いるというのが、もっともよい回復であろう。しかし、この病気では
身体や精神の障害が残ることも多く、各自が自分に可能な回復目標を
持つべきである」

ギャンブル依存症からの回復に取り組む依存者本人や家族も、目標と
するところはまったく同じだ。ただここに書かれている状態はいわば
究極の目標であって、現実にはこの中の一部分を実現するのだって
かなり難しい。だから最後に書かれているように「各自が自分に可能な
回復目標を持つべき」なのだというのが妥当なのだろうし、幾らかでも
実現可能なのだろうと思う。
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ギャンブル依存症の回復に向かうために(1)

2013-04-07 12:04:51 | ギャンブル依存症
1月にGAに参加した時に
GAがギャンブル依存症の人たちの回復のために発行している
「GAギャンブラーズアノニマス ミーティング・ハンドブック」
と「GA【ギャンブラーズ・アノニマス】へようこそ 最初の
90日間」という2冊の小冊子を購入した。

そのミーティング・ハンドブックの表紙にはこう書かれている。
「神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを
受け入れる落ち着きを!
変えられるものは変えていく勇気を!
そして二つのものを見わける賢さを!」

私はそもそもこの文言がすんなり理解できるようなら
ギャンブル依存症なんかにはならないだろうと思ってしまったが
そんな風にあっさり断定するのが私の悪い癖で
こういう言葉を理解できるようになることが
ダンナの回復への道筋なのだろうけど
かといって私がしゃかりきになって
「こう考えろ、こう感じろ」といったって意味がない。
ああ、もう面倒くさいなぁ(とまたすぐ投げる)

しかしまあ気を取り直して
「神さま~」はアメリカの神学者ラインホルド・ニーバー作とされている。
GAよりはずっと古い歴史を持つAA(アルコホーリクス・アノニマス
アルコール依存症の人たちの自助組織)の初期のメンバーたちが
この言葉をたいへん気にいり、以降AAによって印刷配布され
広く世の中に知られるようになった。

GAは組織の設立や運営や手法がおおむねAAのそれを参考にしているので
この「ニーバーの祈り」が冒頭に書かれているのだと思われる。
この言葉はGAのサイトのトップページにも掲げられているが
できればこういう簡単な解説ものせておいてほしいものだ。
さらにGAでも初めて参加する人がいるような場合は
こうした経緯やGAで用いられている用語や表現についての
簡単な補足や説明があったほうが親切な気がする。

なぜならこの「ニーバーの祈り」や、ハンドブックにある
「スピリチュアル(霊的)な原理」というような言い回しは
幼時からキリスト教の教えに接し、それを信じて受け入れている人たちと
私たち日本人とでは聞いた時の感じ方がかなり違うような気がするからだ。

繰り返しになるがギャンブルに限らず多くの依存症は
依存する対象に対する自分の欲望をコントロールすることができなくなるし
一生コントロールを取り戻すこともできなくなるという病気だが
まずは自分でそのことを認めるということが
回復に向かうための第一歩なのだ。

そしてそれはギャンブル依存者と訣別せずに共存を選んだ
あるいは選ばざるをえない家族にも
求められることなのだと思う。
病気であるからには治るはずだ、なんとか治そうとやっきになることに意味はない。
しかし「どうせ治らないんだから何をしたってムダだ」と投げてしまえば
病気は進行し悪化し、自分の人生そのものを崩壊させるだけでなく
やがて犯罪などを引き起こし、たくさんの無関係な人たちまでを巻き込むことになる。

だから放置するのでも、開き直るのでも、自暴自棄になるのでもなく
「回復」を目指すことが何よりも大切だし、他の選択肢はない。
「ニーバーの祈り」にある
「自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを!」というのは
つまりはそういうことなのだろうと私は理解した。

「回復のためのプログラム」の1は
「私たちはギャンブルに対して無力であり、思い通りに生きて
いけなくなったことを認めた」とあるのもほぼ同じことを意味する。
まずはギャンブル依存者自身が、自分はギャンブル依存症という
不治の病気であることを認めること
それがすべてのスタートラインなのだ。



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