「日本文学の革命」の日々

「日本文学の革命」というホームページを出してます。「日本文学の革命」で検索すれば出てきますので、見てください

則天去私と自然随順

2006-06-10 17:04:25 | 日本文学の革命
>関場さんは、日本語に潜む「則天去私」が浮き出すような韻文を用いて書くつもりなのか。
「則天去私」それ自体を作中のテーマとして扱った作品になるのか。
あなた本人が「則天去私」の状態になって小説を書くのか。
あるいはその全部なのか。何をしようとしているのでしょうか?


則天去私は非常に曖昧模糊とした机上の概念のように思われるかも知れません
しかしそれは日本人にとって非常に馴染み深い概念と密接に結びついているのです
それは「自然随順」です

この自然随順は和歌以来の古典文学に一貫して流れている中心概念です
今でもほとんどの日本人はこれを生きていると言っていい
しかし明治以降これが時代に合わなくなってきているのです

日本人はかつて日本の自然を絶対視してましたが、明治以降になると世界には様々な「自然」があることを思い知らされるようになりました
巨大な砂漠も自然だし、アマゾンの大ジャングルも自然だし、アメリカの大平原も、宇宙空間も自然の一つです
日本の自然は、そういうものの中で相対的な一つに過ぎないものであり、日本でしか通用しない箱庭的なものになってしまったのです
かつて日本人があれほど絶対視した「四季の流れ」でさえ、今では地球の公転軸が太陽に対して何度傾いているかの結果に過ぎないとされてしまいました

そしてその日本の自然自体が今や、西洋の合理主義文明(それは資本主義という形で世界を改造しようとしています)によってさんざんに押しつぶされて、息も絶え絶えの状態です

自然随順は島国時代の日本にはピタリと適応していましたが、しかし今やそれは根底から揺らいでいるのです

その限界を乗り越えようとして現れて来たのが則天去私なのです
これは自然随順と兄弟姉妹のような関係にあります
自然随順の生命を発展的に継承して、今日の日本にふさわしい新しい世界を築こうとするものなのです

この則天去私を文学という形で実現してゆきたい
それが漱石の目指していたものであり、僕もその道を向かいたいと思っているのです