かたつむり・つれづれ

アズワンコミュニテイ暮らし みやちまさゆき

沖縄知事選

2014-11-05 17:24:45 | わがうちなるつれづれの記

10月はじめ、ぼくら夫婦は沖縄本島に行ってきた。

7日間那覇に滞在した。

ちょうど台風18号が沖縄をかすめる時と19号が上陸する

間の割合穏やかな日々だった。


その間で沖縄本島の真ん中辺にある辺野古に行ってきた。

宜野湾市にある普天間基地の移設先であり、新基地工事が

着々と進みはじめている現場だった。

新基地建設はしないでほしいという住民が建設現場のある

キャンプシュアブ米軍基地の資材搬入門の脇にテントを張り、

そこに泊り込んで、「新基地は要らない」という意志を表し

続けている。

実際の表現では「反対」とか「絶対作らせない」と言っているが、

一人ひとりの発する人としてのコトバの中身は、心底からの

他者への語りかけだと実際のそこに立って感じた。

 

沖縄那覇に暮らすE子さんがその日一日、辺野古を案内してくれた。

建設予定地を見渡せる海岸に住民の監視小屋・拠り所・支援者受付所が

ある。

そこから建設予定地の海上に行き、漁船やカヌーで建設してほしくないと

いう意思表示をしている。

ずっと反対の意思表示し続けている、そこで暮らす人たち何人かと

話す機会があった。

「普天間基地の負担軽減を移転の理由にしているが、半永久的な米軍

基地を日本の金で作ろうとしている。沖縄に戦後はじめて、新基地を

建設するということになる。その設計図はすでに描かれている」

そんな話を聞いた。切実なものが響いてくる。


沖縄に来て、実感したことのいくつか。

一つ。沖縄の人たちにとって、米軍といつも鼻付き合わせて暮らして

いること。何かあったときは、沖縄の人たちは日本の法規で守って

もらえない、誰かによって、つまり米軍によって支配されている、

という潜在的な不安定状態のなかにいる、ということ。

もう一つ。沖縄の地面を掘ると、すぐ戦争の残骸が出てくるということ。

本土と沖縄の戦争体験の決定的な違いは、本土は空襲体験だけだが、

沖縄の場合、地上戦で街や自然、すべてのものが焼き尽くされ、

破壊尽くされたことだ。まだ、戦争が足下にあるということ。

戦争の痕跡は表層では消えているように見えるが、皮一枚、

その下には戦争が記憶が息づいている。

 

沖縄知事選が10月30日に公示され、選挙運動がはじまった。

11月16日が投票日。

何日か前のFBで、俳優の菅原文太さんが、翁長雄志候補の応援演説

を沖縄の人たち1万人の前でしているのを知った。

彼は、ウチナンチューではないのでは。

彼は語った。

「プロでない私が言うんだから、あてになるのかならないのかは

分かりませんけど、政治の役割はふたつあります。

ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。

(拍手)

 もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!

(大きな拍手)

私が小学校の頃、戦国(軍国)少年でした。小学校、なんでゲートルを

巻いて、戦闘帽を被って、竹槍持たされたのか、今振り返ると、本当に

笑止千万です。もう二度と、ああいう経験は子どもたちに、子どもたちだけ

じゃない、大学生も雨のなかを、大勢の将来大事な大学生が戦地へ運ばれて、

半数が帰ってこなかった。
 
今の政府と、本土の政府ですよ、仲井眞知事は、まさに戦争が起きること、

戦争をすることを前提に、沖縄を考えていた。

前知事は、今、最も危険な政権と手を結んだ。(拍手)

沖縄の人々を裏切り、公約を反故にして、辺野古を売り渡した。

(そうだ!の声と拍手)
 
(中略)
 
沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家の

ものではありません。(大きな拍手)

そこに住んでいる人たちのものです。(拍手)

辺野古もしかり!

勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。(大きな拍手)
 
まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。

中国にもいる。韓国にもいる。(拍手)その良心ある人々は、

国が違え、同じ人間だ。(拍手)
 
みな、手を結び合おうよ。(拍手)」



このメッセージに感じるものがあった。

「アメリカにも、中国にも、韓国にも、国は違え、同じ人間だ。

みな、手を結び合おうよ」

戦争体験としっかり向き合っている人の言葉・・・


 
辺野古新基地建設予定地に出かけた翌日、沖縄県庁を囲んで、
 
「辺野古に新基地は作らせない」という住民の気持ちを伝えよう
 
という行動が12時から13時まであると聞いた。
 
沖縄滞在先の那覇の仲本玲子さんのレストランに帰宅すると
 
そこに「明日は県庁を囲むぞ」と意気込んでいるウチナンチュウ
 
のおばさんがいた。玲子さんの友人T子さん。
 
「ぼくらも、明日行くつもりです」
 
ぼくなりに、盛り上がっている。
 
 
 
10月9日、モノレールで沖縄県庁に向かう。
 
車内でふと横を見ると、T子さんが椅子に座って、何かを見ている。
 
「T子さん!」と声かけた。
 
「昨日もらったアズワンコミュニテイのマップ見てたのよ。
 
いいわね。面白い」とT子さん。
 
県庁前駅についたら、T子さん、脇目もふらぬ勢いで県庁を
 
囲んでいる人々の群れのなかに入っていった。
 
ぼくは、妻ともT子さんともはぐれてしまって、一人宣伝カーから
 
流れてくる、それぞれの団体の人の挨拶を聞いていた。
 
宣伝カーのスピーカーから流れるコトバに合わせて、みんなで
 
復唱するのだ。
 
ああ、学生時代を思い出す。
 
そのうち、「あれ、このシップレヒコール、何か違う。ぼくらの時と全然
 
違う?」と思った。
 
「仲井真さーん、辺野古に基地を作るな」
 
「作るんだったら、知事をやめろ」
 
「安部さーん、沖縄に新基地をつくるのをやめろ」
 
「作るんだったら、総理をやめろ」
 
「仲井真」「安部」と呼び捨てにしていない。
 
これは、どんな感じなんだろう。
 
たしかにコトバは激しい。対抗的に聞こえざるをえない。
 
民意に耳をふさぐ、もしくは力まかせに進めようとしている
 
相手には、対抗という表れとうけとられようと、その気持ちや
 
意志を表明するほかないのかもしれない。
 
でも、何か最後のところで、「さん」づけして、何かに止まっている
 
尊厳のようなもの感じた。
 
 
 
三上智恵さんが取り続けている「沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

というビデオを見た。
 
「新基地は要らない」という漁船の人と、海上保安庁の人たちが
 
珊瑚礁の美しい海でぶつかり合う。
 
圧倒的多数の海上保安庁の人たちが新基地現場に遠く入らせ
 
ない。
 
「手を出しちゃいけない」
 
必死の意思を、そういう現場で抑制している住民の人たち。
 
つらいんじゃないかと、ビデオを見ていてつくづく思う。
 
どんなにつらくても、この意思表示は止まないと思う。
 
もしかしたら、こういう抑制のなかに、いま日本政府が
 
やろうとしている拙劣な行いを元から見直す、基盤が少し
 
づつでも、積み重ねられているかもしれない。