風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

戦略的不可欠性

2021-11-17 20:24:48 | 時事放談
 最近、話題の経済安全保障における政策課題のキーワードに、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」が挙げられる。経済と安全保障において緊張する米中間で生き抜くために、日本としてしっかりとした政策の軸を定めなければならないとして、自民党・有志の研究会による政策提言に盛り込まれ、岸田首相が公約した国家安全保障戦略の見直しでも盛り込まれることだろう。
「戦略的自律性」は、パンデミックで明らかになったような(サプライチェーンなどの)過度の他国依存(=脆弱性)を排除することであり、「戦略的不可欠性」は、同志社大学の村山裕三教授が提唱されて来たコンセプトで、日本が他国から見て決定的に重要な領域において代替困難なポジションを確保すること、とされる。
 このうち、「戦略的不可欠性」は、技術について言えば、これまで培って来た技術的な強みを活かし、国際競争力を保持することであり、その例として、台湾の半導体産業を挙げることが出来る。現在、台湾企業は世界の半導体の7割強を生産し、線幅10nm以下の先端領域に限ると9割以上のシェアをもつ。かつて中国べったりで、極東の安全保障にはさほど関心を示さなかったEUの議員が、先日、中国の反発を押し切って台湾を詣でたことには驚いたが、とりもなおさず台湾が「戦略体不可欠性」を持つ所以であろう。
 これらのコンセプトは、技術領域に限らず、企業や国家レベルでも言えることではないかと思う。
 もう一つ、例を挙げたい。一週間ほど前のNewsweekに、オーストラリアと中国を巡る確執に関する記事が掲載された(*)。
(*)『中国に「ノー」と言っても無事だったオーストラリアから学ぶこと』(11/11付)https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/11/post-97443.php

 オーストラリアは、その輸出の4割を中国に依存し、中国とは言わば蜜月の関係にあったが、2018年頃から怪しくなる。華為製品を使ったネットワークからデータが抜き取られていることや、オーストラリア政界に中国共産党の息がかかった政治家を送り込もうとしていることを告発したのである。そして昨春、オーストラリアがコロナ・ウィルスの発生源について独立した調査が必要だと提案したことに反発した中国は、オーストラリアからの大麦、小麦、羊毛、ロブスター、砂糖、銅、木材、ブドウ、ワインなどの輸入を制限したのは良く知られるところだ。これら品目の多くは、幸い、汎用性の高い一次産品だったため、オーストラリアはこれらの輸出を他国・他地域に振り向けることができたようである。こうした「貿易転換」に成功したオーストラリアは、この危機を乗り切ったと、このNewsweekの記事は解説する。そして、中国との関係において、経済と政治を切り離すことは出来ないが、中国は見かけほど怖くはない、と結論づける。
 ここでは、見落とされている視点があるように思う。
 オーストラリアは、中国が輸入制限の例外扱いとした鉄鉱石について、中国の脅しへの対抗策として、中国への輸出を取り止めることが出来たはずだが、輸出を続けている。記事でも触れられているように、鉄鉱石は中国の鉄鋼産業に欠かせない鉱物である。と言うことは、オーストラリアにとって、中国との関係では「戦略的不可欠性」を持つものである。ところがオーストラリアは報復に訴えることなく、従い、経済面での決定的な決裂を避け、中国に逃げ道(貿易復活の余地)を残しているように思われる(他方で、安全保障面ではQuadのほかAUKUSに加盟し、原子力潜水艦の導入を決めた)。「戦略的不可欠性」は、外交上の武器になり得るのであって、今回は、明瞭なサインを送るものとして利用したことになる。中国は、中国経済に依存する中小国に対する見せしめのように、オーストラリアを苛めたつもりだったが、オーストラリアは中小国と言えども国家の威信・矜持があり、ぐっと堪えて、経済的な報復の連鎖を回避した(しかし繰り返すが、安全保障面では強かに手を打った)。結果として、オーストラリアに同情や共感が集まる一方、中国は関係国の不信を招き外交的評価を落とすことになった。
 さらに言うと、中国は独裁国とは言え何でも習近平国家主席一人で決めるわけではなく、当然、日常業務遂行においては部下たちが意思決定するはずだが、独裁者・習近平氏への忖度が蔓延ることによって、個別の決定に歪みが生じ、結果として中国の国益を損ねているのではないかと思われる。戦狼外交はその最たるもので、個別の外交案件をいちいち習近平氏が承知しているとは限らないだろう。周囲が忖度して、良かれと思って、強い中国を演出するべく戦狼を装って、結果として評判を落としているのではないかと思われる。最近、中国で計画停電が起こって、産業界に影響を与えたのも、習近平氏の「脱・炭素」の掛け声に応じて、その意図を忖度して、各州が石炭生産を落としたばかりに、電力供給不足を招いたからだった。オーストラリアからの輸入制限も、そんな外交的な拙さのニオイを感じる。
 習近平氏に権力が集中するにつれ、言わば「裸の王様」になる一方、同調圧力が強まり、忖度が蔓延って、実務面でその弊害が大きくなるのではないかと、他所様のことながら気になる。
 他所様のことはともかく、オーストラリアを見倣って、日本も、いろいろ「戦略的不可欠性」があるはずだから、先ずはそれを明確に認識し、あるいはそうなるように育てる作業が必要だろう。
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