風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

ジャイアンのいない世界

2017-02-09 23:45:36 | 時事放談
 このタイトルから連想するのは「アラブの春」であろう。チュニジアは唯一、民主体制への移行に成功したと言われるが、カダフィ大佐のいないリビアやムバーラク大統領のいないエジプトは不安定化し、中東での民主化による国づくりという一大プロジェクトは大いなる蹉跌を味わった。民主主義を成り立たせるのは飽くまで支配される側であって、その支配される民衆に知識も経験もないこれら諸国は、実は独裁者がいればこそ安定していたのだ。そのジャイアンがいなくなるや、社会は混乱し、事態は収拾がつかなくなって、以前にも増して酷い社会が現出する皮肉で不幸な事態に至ったのだった。
 そして今、トランプ大統領の登場により、教科書的とも言える自由・民主主義を旗印に、多少お節介ながらも国際主義を奉じてきたアメリカというジャイアンの存在が後退しかねない事態に直面し、人々は大いに戸惑い、息を詰めてその成り行きを見守っている。うるさ型の日本のメディアですら、トランプ大統領に対し日米同盟や自由経済の価値を説いて、詰まるところ歓心を買うべしと、恥じらいもなく進言するほどだ。
 こうして見ると、世界は微妙なバランスの下にあり、status quoつまり「現状(維持)」とは、時に安定し、時に緊張しつつも、さまざまな力学の末に辿り着いた現在の到達点であって、来るべき変化による混乱を望まない人々にとって、事勿れと言われようがあらまほしき世界のようである。逆に、トランプ大統領のように「現状(維持)」をひっくり返しかねない予測不可能性は、傍迷惑であり持て余してしまうのである。
 北朝鮮では、人民は不幸ながら、取り巻く国々のどこも、北朝鮮の緩衝地帯としての地位の変化を望まないため、「現状」のまま凍結し奇妙に安定している(正確にはその間隙を縫って着々と核開発だけが進み、世界は手を拱くばかり)。
 逆に中東では、既にオバマ政権の頃から「現状」維持されず、混迷を深めてきた。とりわけ二つの事案、一つはシリアにおいて、アサド政権が化学兵器を使用したことが確認されれば空爆も辞さないと、レッドラインの啖呵を切っておきながら、約束を果たさず、アラブの親米諸国との関係が冷え込んだ(ロシアが化学兵器廃棄に関して仲介したからではあったが)し、イランでは、P5+1で核合意を纏めたのは、平和主義者オバマ前大統領の面目躍如たるところと評価する声もあるが、地域大国イラン(かつてのペルシャ帝国)の台頭を恐れるスンニ派の親米諸国やイスラエルとの関係は悪化した。アジアでも、中国の南シナ海進出を牽制する「航行の自由作戦」は中途半端なカタチで進められ、中国の力による「現状」変更を止めるに至らず、同盟諸国の中でもフィリピンやマレーシアは、経済的に中国の磁場に引き寄せられつつある。こうしてジャイアンの力が及ばない、所謂「権力の空白」が生じたところに、ロシアや中国が勢力を伸ばし、情勢は不安定化している。
 トランプ大統領は、こうした世界の力学を重々理解した上で、言わば「逆張り」を行っているだけではないかと思うのだが、穿ちすぎだろうか。一つには、不人気(とは必ずしも言えなかったのだが)な前政権の全てを否定することによって自らの支持獲得を狙うものであり、もう一つには、世界中の国々(とりわけ同盟国)を不安に陥れることによって、自らの交渉のポジションを優位あらしめるものだ。実際に選挙期間中のトランプ氏の気紛れな発言は矛盾に満ちており、今、閣僚やスタッフの発言とも食い違う。驚いたことに「強いドルと弱いドル、米国経済にはどっちがいいんだっけ?」などと夜中の3時に補佐官を叩き起こしたことを、米ニュースサイトのハフィントンポストは報じたらしいが、トランプ大統領は下馬評通り国際金融にも外交・安全保障にもオンチなのだろう。そして具体的政策は(これまでの発言は措いておいて)これから場当たり的に考えるのかも知れない。
 安倍首相は今夜、首脳会談に向けて発ったそうだが、トランプ大統領との間でどんな会話を楽しむのだろうか。その会話の端々に、どんな世界秩序のビジョンが垣間見えるのか(本当にジャイアンのいない世界が現出するのか、しないのか)、興味深い。
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