風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

北朝鮮の闇

2017-02-18 18:24:44 | 時事放談
 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄・金正男氏がマレーシアで殺害された事件は、毒劇物による暗殺の可能性が高まり、まるでスパイ小説のような謀略のニオイに充ち満ちていて興味をそそられる。なにしろ、ただでさえ情報が乏しく秘密のベールに包まれた北朝鮮で、中国・ロシア・米国といった世界の大国の思惑が交錯する場所なのだ。
 マレーシアの警察幹部の話として、金正男氏は過去2年、マレーシアやシンガポールでさまざまなビジネスに投資し、地味な行動を心掛けて、ボディーガードも雇わずに単独で両国やマカオを飛び回り、マカオへの移動はLCC(格安航空会社)のフライトを利用していた(そして今回もそのLCCの空港で殺害された)と伝えられる。ロイター通信も、金正男氏はジーンズにサンダルなどのラフな格好でルイ・ヴィトンの鞄を所持していたという。マカオ在住の友人が香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストに語ったところでは、金正男氏は金正恩委員長が自らの命を狙っていると打ち明けたが、護衛はつけておらず、「明らかに彼は中国から守られていると感じていた。マカオは彼に安全と娯楽を提供していた」ということだ。北朝鮮の政治体制や金正恩氏についてジョークを言うことはあったが、多くは語らなかったらしい。それでもいつか祖国で何らかの政治的な役割を果たしたいと望んでいるようだったという。
 正統性という意味では、同じ庶子でも、金正恩委員長が、北朝鮮で二等市民扱いされる在日僑胞(在日朝鮮人)の高英姫氏の子であり今でも母親の存在を北朝鮮住民に説明できずにいるのに対し、金正男氏は、金日成・金正日と続く金王朝の嫡子であり、優位にあるはずだった。実際に幼い頃は父親の金正日総書記から溺愛され、帝王学を学んだと言われている。ところが、2001年のディズニーランド事件で怒りを買い、それがどれほどの重みがあったのか知らないが、後継候補から外されると、中国と張成沢氏(叔母の夫である元・国防副委員長)を頼り、中国当局に守られながら、北京、マカオと東南アジアを行き来する生活を送るようになったという。北朝鮮にも中国のような改革開放政策が必要という見方で三者の意見は一致したようだ。
 中国にとって北朝鮮は、アメリカ(=在韓米軍)との直接の対峙を避ける重要な緩衝地帯だ。北朝鮮をなるべく自分に近い存在にしておいて、江沢民や胡錦濤政権の時代には「北朝鮮番犬論」や「北朝鮮屏風論」と呼ばれて、文字通り「番犬」や「屏風」として中国を守る風よけのように利用してきた。その対価として、三大援助(食糧・原油・化学肥料)を欠かさなかったし、金正日総書記が望む時にはいつでも訪中を許可し、ひとたび訪中すれば、中国共産党中央常務委員(トップ9)が全員揃って出迎えるなど厚遇した。ただ、中国にとって大事なのは、あくまでも北朝鮮という国家の存在であって、それが誰であっても構わない。その意味で、北朝鮮でクーデターなり何か混乱があったときに(場合によっては中国が金正日氏や金正恩氏を暗殺したときに)傀儡政権として据える切り札として、金正男氏をかくまっているという見方がなされてきた。
 金正恩氏にとっては面白かろうはずがない。2011年末に金正恩政権が発足すると、金正男氏に対する経済援助は事実上打ち切られた。そのため金正男氏はマカオでの滞在先のホテル代が支払えないほど困窮した生活を送っている様子がロシアの週刊誌(「論拠と事実」)に報道されたこともある。2013年、経済支援していた張成沢氏が処刑されてからはさらに窮地に追い込まれ、金正男氏が亡命を模索していたとの噂があるのはそのためだろう。そして、金正恩政権発足後の2012年頃から「場所、手段を選ばず、金正男氏を除去せよ」との指令(スタンディングオーダー)が出され、北朝鮮の工作機関(偵察総局「暗殺組」)に付け狙われるようになり、張成沢氏が処刑された後、暫くはシンガポールを離れずに閉じ籠もっていたと言われる。
 金正恩委員長にとって、金正男氏は“潜在的”な不安要因なのだろう。脱北者団体が「北朝鮮亡命政府」を樹立する構想があり、その首班に金正男氏を担ぐ計画があることが報じられて、それがどこまで現実的なのかは甚だ疑問だが、金正恩委員長がどう受け止めていたかは他人には推し量れない。他方、習近平国家主席は、挨拶に来ないし言うことも聞かずに核開発を続ける金正恩委員長を持て余し気味で、「北朝鮮生贄論」、つまりアメリカとの緊張を和らげるために共闘する共通の敵(スケープ・ゴート)に仕立てる気運が高まっているとまで言われるが、余談である。
 まるで北朝鮮の工作機関が金正恩委員長の指令のもとに金正男氏を暗殺したかのように綴って来たが、まだそうと決まったわけではない。なにしろ、その背景、何故、今、しかも公衆の面前で、金正男氏を殺害しなければならなかったのかという疑問が残る。米・中電話会談があって、トランプ大統領が「一つの中国」に拘らない発言をあっさり引っ込めた後だけに、何らかの密約があったのではないかという疑念もある。
 これまで何度も金正男氏の除去を試みてきたところ、今回たまたま成功したものと見る人がいるが、果たしてそうだろうか。直前にクーデター計画があって、それを察知した金正恩委員長が金元弘(国家保衛相)を突如解任し、金正男の暗殺を急がせた・・・と見るなら分かる。いや、金正男氏はもはや金正恩委員長にとって脅威となる存在ではなく、殺害したのは北朝鮮ではないかもしれないと言う日本の朝鮮半島問題専門家がいる。今回の事件は、金正恩委員長からの暗殺に怯えてきた金正男氏と他国が仕組んだ謀略で、金正男氏は名前と顔を変えてどこかに逃れて生きていると話すインテリジェンス関係者もいる。ソ連が崩壊したときに極秘資料が流出したように、北朝鮮が崩壊するまで、真相は闇の中なのだろうか(おっと、またしても北朝鮮の仕業のような言い方になってしまったが、まだそうと決まったわけではない)。
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