友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

やはり運命としか言いようがない

2011年03月12日 17時19分55秒 | Weblog
 電話が通じないとこんなにも不安になるものだとよくわかった。次女夫婦は茨城県に住んでいるので、地震の被害に遭っていないかとみんなが心配して電話をかけてくれた。当の本人たちは電話はおろか電気もない真っ暗な世界にいてさぞかし怖いと思いをしていたことだろう。昔のように電話がなければ連絡を取り合うこともないので、「知らせがないのはよい知らせ」と言っていればよかったけれど、昨今のようにケイタイで何でもやり取りしていると、ケイタイがつながらないと不安になる。「メールも届かないみたいで」と次女の友だちが電話をかけてきた。みんながそれぞれに安否を確認したいと思うから、電話はパニック状態にあるとテレビは伝えていた。

 昨日から、テレビはどの局も地震に関する報道ばかりだ。阪神淡路大震災の時もテレビを見てビックリしたけれど、今回の三陸沖地震も津波がこれほど大きな被害を及ぼすものとよくわかった。昔から地震・雷・火事・親父と言うけれど、地震でこれほど大きな被害になるとは思いもしなかった。台風は毎年のように襲来し、その被害が語られるけれど、地震や雷の被害はそんなに大きく語られることがなかったけれど、改めて地震の怖さを思い知らされた。地震で亡くなった人が増えている。同じ場所にいても命を失った人と助かった人とに別れる。ほんの少し、何かが違ったからだろうけれど、それはやはり運命としか言いようがない。

 人はいつでもどこでも、何が起きるか見当もつかない。最大限に努力して自分を守っている人でも、道路をきちんと歩いていたのに車がぶつかってきて亡くなることがある。本人に何の落ち度もないのに、不意の事故で命を亡くすことだってある。この世にオサラバするか否かは本人の意思とはどうも関係ないようだ。そうか、運命なのか、そう思えば誠に気楽なものだ。まだ死にたくないとか、まだ遣り残したことがあるなどと言っている友だちもいるが、そんなものは「ケセラセラ」ではないか。私自身は充分に生きてきたから、思い残すことはない。もちろん、突然の通告よりは余裕があった方がいいけれど、それも自分が言うことではないと思ってはいる。

 思い残すことは何もないと思ったが、中学時代から書いてきた日記を始末しておきたい。生きることは恥を上塗りすることだなどと見栄を張ったようなことを言ってきた。日記は日々の記録として、いつか自分を見直すこともあるだろうと残してきたけれど、これは焼き捨てた方がいい。残された者が処分に困るようなものは残すべきではない。突然に地震が襲ったように、いつ何時何があるかわからない。そう言いながら、まだ身の回りのものを片付けるのは早いだろうなどと勝手に思っている。人がいい加減なのか、いや、私自身が適当なのだろう。

 今晩は誕生日会という名の飲み会。たくさん里芋をもらったので、イカと一緒に煮た。この料理は私の祖母が作ってくれたものか、カミさんのお母さんが作ってくれたものか、思い出せないが自分で作ってみた。市販の里芋でないから大きさが不揃いになってしまったし、親イモも使ったのでちょっと色目が悪い。今晩は地震を話題に酒が進むことだろう。
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