緑の小道を歩いていると、木の下に、葉をきれいに巻いて先端を閉じたものを見つけることがある。一緒に歩いている人が、「それ、落し文よ」と教えてくれた。洒落た名である。昔、少年たちが恋を覚え始めるころ、付け文というものした友人がいた。今では、気軽に声掛けをすればよいものを、七面倒なことをしたものである。「落し文」というのは、芝居で御殿女中に言い寄る侍の小道具として使われていた。平安の宮中でも、同様なことが行われていたに違いない。いわゆる艶書で、巻いて端の方を折り結ぶもので、この形状が森に落ちている落し文の形に似ている。
これは小形のカブト虫が栗やナラの葉を横に噛み切り、そこに卵を産みつけ、きれいに巻いて落し文のような形状にする。巻かれたまま道に落ちたものを、小鳥の仕業に見立てて、「時鳥の落し文」とか、「鶯の落し文」と呼んだ。だが、この仕業の主がかぶと虫と判明すると、この仕業をするカブト虫のことを「落し文」と呼ぶようになった。風の涼しい初夏の風物詩である。俳句の夏の季語にもなっている。
ウォーキングの仲間がこれを見つけて中を見たがり、葉を巻き戻している。「中に虫がいるよ」といっても、怖がりながら、なかを見ずにいられないらしい。怖いもの見たさという心理か、こんな心理があるからこそ、御殿女中への付け文が功を奏したのであろう。
音立てゝ落ちてみどりや落し文 原 石鼎
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