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みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

0633「秋刀魚」

2019-08-20 18:37:41 | ブログ短編

 どこからか魚の焼(や)ける香(こう)ばしい匂(にお)いが漂(ただよ)ってきた。「これは秋刀魚(さんま)だな」彼はそう呟(つぶや)くと、鼻(はな)を上へ向(む)けてひくひくさせた。どうやら、安治(やすじ)の家の方から来ているようだ。
「よし、今晩(こんばん)は秋刀魚を食(しょく)そうじゃないか」
 彼は塀(へい)の上から飛(と)び下りると、足早(あしばや)に安治の家へ向かった。
 台所(だいどころ)へ通(つう)じる戸(と)は、煙(けむり)だしのために開けられている。広くもない庭(にわ)の片隅(かたすみ)で、彼は中の様子(ようす)を窺(うかが)っていた。どうやらちょうど焼けたようで、細君(さいくん)は網(あみ)から獲物(えもの)を皿(さら)へ移(うつ)すところだ。その皿は、飯台(はんだい)の隅(すみ)へ置かれた。その時、玄関(げんかん)の方から声がした。来客(らいきゃく)のようである。細君はいそいそと台所を後にした。
 彼はここぞとばかり、台所へ侵入(しんにゅう)をはかった。勝手(かって)知ったる何とかである。彼は飯台を見上げて、前肢(まえあし)を飯台の上にのせて立ち上がる。目の前には、食べ頃(ごろ)の秋刀魚が二匹、二つの皿に仲良(なかよ)く並(なら)んでいる。彼は一瞬(いっしゅん)躊躇(ちゅうちょ)した。以前(いぜん)、焼き魚を咥(くわ)えたとき、あまりの熱(あつ)さに飛び上がったことがある。彼は鼻を近づけてみる。どうやら、大丈夫(だいじょうぶ)のようだ。
 細君の足音(あしおと)が、彼の耳(みみ)に入ってきた。彼は秋刀魚の腹(はら)の辺りに口を持っていき、軽(かる)く歯(は)を当(あ)てる。口の中に秋刀魚の旨(うま)みが充満(じゅうまん)する。もう、たまらない。――だが、こんなところでのんびりなどしていられない。足音はどんどん近づいていた。彼はガブリと秋刀魚を咥えると、一目散(いちもくさん)に表(おもて)へ飛び出した。後ろから、細君の悲鳴(ひめい)が聞こえて来た。
<つぶやき>猫(ねこ)たちは、獲物を得(え)るために日々努力(どりょく)しているのです。秋刀魚、食べたい!
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0632「受付嬢」

2019-08-19 18:47:26 | ブログ短編

 彼女は会社で受付業務(ぎょうむ)をしていた。彼女が受付(うけつけ)で座っていると、取引先(とりひきさき)の社員(しゃいん)が帰りがけに彼女の前に現(あらわ)れてこう言った。「君(きみ)と合併(がっぺい)したいんですが」
 いきなり真顔(まがお)で変なことを言われて、彼女は何のことだか分からなかった。その男性はたまに会社にやって来ているので、顔ぐらいは憶(おぼ)えているのだが…。彼は続けて言った。
「一応(いちおう)、月給(げっきゅう)の三か月分を考えています。それと、合併後は辞(や)めてもらうことになりますので。しかし、君に満足(まんぞく)していただけるだけの報酬(ほうしゅう)は必(かなら)ず――」
 彼女は手を上げて彼の話を止めると、「あの、失礼(しつれい)ですが…。もしかして、わたしにプロポーズされているのでしょうか?」
「もちろんです。他に何があるんですか? 僕(ぼく)はあなたと――」
「あの、それっておかしいでしょ。わたし、あなたとは付き合ってもいないのに…」
「なるほど。あなたは、僕と付き合いたいんですね」彼はポケットから手帳(てちょう)を取り出すとパラパラめくりながら、「金曜日の夜ならあいていますが、お食事(しょくじ)でもいかがですか?」
「そういうことじゃなくて…。わたし、あなたと付き合いたいなんて思ってませんから」
「それは、僕の出した提案(ていあん)が気に入らないということですね。でしたら、後日改(あらた)めて、詳細(しょうさい)を検討(けんとう)して、新(あら)たな提案をさせていただきたいと思います。では、失礼(しつれい)いたします」
 彼は一礼(いちれい)すると、そのまま玄関(げんかん)を出て行った。彼女は背筋(せすじ)に悪寒(おかん)が走った。
<つぶやき>話の咬(か)みあわない人っていますね。諦(あきら)めさせることができるといいんですが。
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0631「暗闇の怪」

2019-08-18 18:35:40 | ブログ短編

 仕事(しごと)で帰りが遅(おそ)くなった彼女は、駅(えき)を出て家路(いえじ)を急(いそ)いだ。――歩きなれた道(みち)なのだが、今日は何だかいつもと違(ちが)う。やけに暗(くら)いのだ。夜空(よぞら)を見上げると星(ほし)ひとつ見えない。そこで彼女は気がついた。街灯(がいとう)が消(き)えているのだ。それに家からもれてくる明かりも…。
 停電(ていでん)かしら? 彼女はふとそう思った。だが、それにしても暗すぎる。足元(あしもと)も見えないし、それに自分(じぶん)の手まで見えなくなった。こうなると一歩も前へ進めない。彼女は手探(てさぐ)りで辺(あた)りをさぐった。するとザラザラと固(かた)い物(もの)が手に触(ふ)れた。これは、どこかの家の塀(へい)だわ。彼女はその塀づたいに歩き出した。
 何歩(ぽ)か歩くと、突然塀が途切(とぎ)れた。次に触れたのは、とげとげした弾力(だんりょく)のあるもの。これは生(い)け垣(がき)だわ。そうか、この生け垣は川村(かわむら)さん家(ち)の…。彼女の家の隣(となり)が川村家だ。彼女はホッとした。もう少しで家にたどり着けるはず。生け垣をたどって先(さき)を急ぐ。
 生け垣は途中(とちゅう)で切れて犬(いぬ)が吠(ほ)えるはずよ。でも、いつもなら吠え立てる犬が、今日は静(しず)かだ。彼女は不安(ふあん)になった。その時、後ろから声がした。「お姉(ねえ)ちゃん、何やってんの?」
 彼女は振(ふ)り返る。暗闇(くらやみ)の中からぼーっと人の顔が浮(う)かんできた。よく見るとそれは…。
「ああ、よかった。来てくれて…。真っ暗で、何も見えないのよ」
 彼女は半(はん)べそをかいて、弟(おとうと)に抱(だ)きついた。弟は彼女を振り払い、
「なに言ってんだよ。ああ、ひょっとして寝(ね)ぼけてんじゃないのか?」
「バカ! そんなんじゃないわよ。ほんとに、何にも見えなかったのよ」
<つぶやき>狐(きつね)か狸(たぬき)、はたまた妖怪(ようかい)の仕業(しわざ)かもしれない。夜道を歩くときは気をつけて。
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0630「しずく41~切迫」

2019-08-17 18:52:52 | ブログ連載~しずく

 月島(つきしま)しずくが家へ帰ったのは、もう辺(あた)りが薄暗(うすぐら)くなりはじめた頃(ころ)だった。何時(いつ)もなら家の中には明かりが点(つ)いているはずなのだが、まだ誰(だれ)も帰っていないのか――。そんなはずはない。だって、つくねが先(さき)に帰っているはずだし、それにお母さんはこんな時間に出かけたことなんか一度もない。しずくは玄関(げんかん)の扉(とびら)に手をかけた。すると、扉が開いた。
「何だ、いるんじゃない」と、しずくは呟(つぶや)いて家の中へ入った。
 しずくは、「ただいま」と声をかけたが、家の中からは何の反応(はんのう)もなかった。しずくは玄関を上がるとリビングへ向(む)かった。暗がりのなか、目をこらしてみるが人の気配(けはい)はしなかった。しずくは部屋の明かりを点(つ)けようと、スイッチに手を伸(の)ばした。
 スイッチに触(ふ)れようとした瞬間(しゅんかん)、誰かに手をつかまれて、しずくは思わず声を上げそうになった。耳元(みみもと)で楓(かえで)の声がした。「明かりは点けないで。こっちへいらっしゃい」
 しずくは母親に手を引かれてダイニングへ――。楓は、しずくを食卓(しょくたく)の椅子(いす)に座(すわ)らせると、しずくを抱(だ)きしめて言った。「無事(ぶじ)でよかったわ。心配(しんぱい)してたのよ」
「お母さん…。ねえ、どうしたの? 何か…」
 楓は、しずくを黙(だま)らせると言った。「いい、これから言うことを、よく聞くのよ。前に、お母さんが言ったこと憶(おぼ)えてる? もし身(み)の回りで異変(いへん)が起こったら…」
 しずくは小学生の時に聞かされたことを思い出した。あの時は、あんまり怖(こわ)い話だったので本気(ほんき)にはしなかった。そんなこと、あるわけないって…。
<つぶやき>差(さ)し迫(せま)った危険(きけん)に、母親が動き出します。家族(かぞく)を守(まも)ることができるのか…。
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0629「リセット言葉」

2019-08-16 18:47:07 | ブログ短編

「僕(ぼく)たち、もうダメだよ。別れよう。もう君(きみ)とは付き合えない」
 彼女は、彼から唐突(とうとつ)に別れを切り出された。彼女にとっては青天(せいてん)の霹靂(へきれき)、雷(かみなり)に打たれた以上(いじょう)の衝撃(しょうげき)だった。彼女は絞(しぼ)り出すように言った。「ちょっと待ってよ」
 彼女の意識(いしき)が突然(とつぜん)飛んだ。時間が巻戻(まきもど)り、気づけば彼が別れ話を切り出す前に戻(もど)っていた。――最初(さいしょ)、彼女は戸惑(とまど)った。しかし何度も同じことを繰(く)り返すうち、彼女は冷静(れいせい)さを取り戻した。そして気づいたのだ。〈ちょっと待ってよ〉って言えば、時間が戻ってしまうことに。彼女は考えた。どうすれば、彼を思いとどまらせることができるのか…。
「わたし、絶対(ぜったい)別れないからね!」彼女は先制攻撃(せんせいこうげき)を仕掛(しか)けたが、これは逆効果(ぎゃくこうか)だった。
 次はしおらしく、「わたしに悪(わる)いところがあったら言って。わたし、なおすから…」
 彼は、彼女の悪いところを羅列(られつ)して…、結局(けっきょく)、別れ話に突入(とつにゅう)してしまった。
 彼女は、もう何も思いつかなかった。彼と別れたくない。彼のことこんなに大好きなのに、何で別れなきゃいけないのよ。彼女はやけくそのように言った。「結婚(けっこん)して! わたしには、あなたしかいないの!」
 これには、彼もひるんだようだ。別れようと思っていた相手(あいて)から、こんな言葉(ことば)が出るなんて…。彼は戸惑いながら言った。「僕で…、僕なんかでいいのか?」
「もちろんよ。こんなわがままで、何にもできないわたしだけど、お願(ねが)いします!」
<つぶやき>これで元通(もとどお)りになったのか…。結局、別れ話の原因(げんいん)って何だったんでしょう?
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