とある社屋(しゃおく)の三階(かい)にその窓(まど)はあった。彼女がそれに気づいたのは偶然(ぐうぜん)のこと…。
その日、残業(ざんぎょう)をしていた彼女は、会議室(かいぎしつ)に忘(わす)れ物を取りに行った。その会議室は西側(にしがわ)に面(めん)していたので、いつもなら窓にブラインドが降(お)りているはずだった。なのに、今日は一つだけ降ろされていない。彼女が照明(しょうめい)をつけると、室内(しつない)が鏡(かがみ)のように映(うつ)り込んだ。
彼女は、残業続(つづ)きで疲(つか)れ果(は)てていた。今の時期(じき)は仕事(しごと)が忙(いそが)しくなるので仕方(しかた)のないことなのだが…。ブラインドを降ろしに窓のところへ向かうとき、たまたま友だちとハイキングしたことを思い浮(う)かべていた。窓の前に立ったとき、どういう訳(わけ)か、窓にハイキングのときのあの綺麗(きれい)な景色(けしき)が映し出された。彼女は思わず声を上げそうになった。彼女はこわごわ窓に触(ふ)れてみた。でも、それはごく普通(ふつう)の窓だった。
その日以来(いらい)、彼女は残業のたびにその窓の前に来るようになった。不思議(ふしぎ)なことに、彼女が行ったことのない場所(ばしょ)でも映し出されるようだ。彼女にとってこの場所は癒(いや)やしの場(ば)になってしまった。
今夜も彼女は来ていた。今日は何を見ようか…。彼女は彼のことを思った。最近(さいきん)、忙しくてゆっくり会うことができなかったから。すると、窓に彼の顔(かお)が映し出された。どうやら彼の自宅(じたく)のようだ。少しずつ引(ひ)きの映像(えいぞう)になっていく。彼は部屋着(へやぎ)を脱(ぬ)いでいく。そして向かった先(さき)は彼のベッド…。そこには若(わか)い女性が下着姿(したぎすがた)で――。
彼女は窓に背(せ)を向けた。そして、「今のは何なのよ。あの人、浮気(うわき)してるの?!」
<つぶやき>こんな窓を見つけたら、誰(だれ)にも教えちゃいけません。秘密(ひみつ)にしときましょ。
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