彼女は悩(なや)んでいた。何時(いつ)からか、ナレーションの声が聞こえるようになってしまったのだ。ことあるごとに、彼女の頭(あたま)の中に鳴(な)り響(ひび)く。今日もまた、友だちから初めて紹介(しょうかい)された男性を前にして、あの忌(いま)まわしい声が始まった。
<さあ、これは運命(うんめい)の出会(であ)いだ。このチャンスを逃(のが)したら、次(つぎ)はいつ来るか分からない。彼女は、この出会いをものにすることが出来るのか? さあ、どうする、どうする>
彼女は頭の中で否定(ひてい)した。――これは、運命でも何でもないわ。だって、この人、あたしのタイプじゃないし…。もう、変なこと言わないでよ。
ナレーションは彼女をからかうようにさらに続けた。
<だって、あたしのタイプじゃないしぃ。なんて余裕(よゆう)をかましてる場合なのか? 最初(さいしょ)は誰(だれ)だってそう言うんだよ。それが定番(ていばん)ってやつなんです。しかし、何度(なんど)か会ってるうちに変わって来ちゃうんだよねぇ。さあ、君(きみ)の場合(ばあい)はどうなんだ?>
彼女はイライラしながら――もう止めなさいよ。いい加減(かげん)なこと言わないで!
彼女は、思わず声に出してしまったようだ。目の前にはさっきの男性が話しかけようとしていた。男性は戸惑(とまど)った顔をして彼女に言った。
「あっ、ごめんなさい。なんか、お邪魔(じゃま)でした、か…」
彼女は慌(あわ)てて、「いえ、違(ちが)うんです。あの…、別にあなたに言ったわけじゃ…」
<つぶやき>思っていることが、つい言葉(ことば)として出てしまう。これは要注意(ようちゅうい)であります。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。