さおりはあの日からずっと、もうひとりの自分に付(つ)きまとわれていた。見られているだけでも落ち着かないのに、休む間(ま)もなくしゃべりかけてくるのだ。でも、さおりはその対処法(たいしょほう)を見つけた。自分の姿(すがた)が鏡(かがみ)やガラスに映(うつ)っているとき、彼女をそこに閉(と)じ込(こ)めることができるのだ。おしゃべりも止(や)めさせることができた。
彼女の姿は他の人には見えないようだ。だから、人前(ひとまえ)では彼女を無視(むし)することにした。だって、一人でぶつぶつしゃべっていたら、変(へん)な人に思われてしまうから。会社にいるときは要注意(ようちゅうい)。もちろん、机(つくえ)の上には鏡を置いて、邪魔(じゃま)されないようにしていた。
ある日、もうひとりの自分がある提案(ていあん)をした。
「ねえ。あなた、営業(えいぎょう)の神谷(かみや)さんのこと好きなんでしょ」
「何よ、急に」さおりは動揺(どうよう)をかくせなかった。「そんなことないわよ」
「分かってるわよ。だって、私はあなたなんだもん」
「あなたには関係(かんけい)ないでしょ」さおりはそう言うと手鏡(てかがみ)を手に取った。
「もう帰ってよ。あなたのいた場所(ばしょ)に。私の前から消(き)えてちょうだい」
「いやよ」そう言うと、もうひとりの自分は楽(たの)しそうに微笑(ほほえ)んだ。「わたしが、神谷さんと付き合えるようにしてあげる。簡単(かんたん)なことよ。ちょっと足を踏(ふ)み出せばいいんだから」
<つぶやき>この話、まだ続くのでしょうか? さおりの運命(うんめい)は、どうなっちゃうの…。
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