彼女がそれに気づいたのは、つい最近(さいきん)のことだ。見えないはずのものが見えてしまう。よくある話なのだが、彼女の場合(ばあい)はちょっと違(ちが)っていた。
彼女が見えてしまうのは神(かみ)さま…。しかも、どういうわけか、神さまは彼女に愚痴(ぐち)をこぼすのだ。人間(にんげん)たちへの不満(ふまん)や憤慨(ふんがい)をぶちまける。普通(ふつう)の人なら耳(みみ)をふさぎたくなるような話しだ。でも彼女は生まれつき優(やさ)しい性格(せいかく)なので、親身(しんみ)になって聞いてあげていた。
それで気に入られてしまったのか、日を追(お)うごとに現(あらわ)れる神さまが増(ふ)えていった。ついには行列(ぎょうれつ)ができるくらいに…。仕事中(しごとちゅう)でも神さまは話しかけてくる。これでは仕事が手につかない。でも、どういうわけか彼女の仕事がどんどん他(ほか)の人にまわされていく。きっと、これは神さまの仕業(しわざ)なのだろう。
それから幾日(いくにち)も、彼女は寝(ね)る時間(じかん)を削(けず)って神さま対応(たいおう)を続(つづ)けていた。それでも、行列がなくなることはなかった。とうとう彼女は過労(かろう)で倒(たお)れてしまった。
病室(びょうしつ)で寝ていると、見知(みし)らぬ女性が見舞(みまい)にやって来た。その女性は彼女に言った。
「ごめんなさいね。あなたには迷惑(めいわく)をかけてしまったわ」
彼女は首(くび)を振(ふ)って、「いいえ。あたしは……。あの…どなたですか?」
女性はそれには答(こた)えず、「もう、あなたのところへは誰(だれ)も行かせませんから。安心(あんしん)していいわよ。このお礼(れい)は必(かなら)ずするから、ゆっくり休(やす)んでね」
<つぶやき>この女性はいったい何者なのか…。神さまの元締(もとじ)めなのかもしれませんね。
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あたしは、とあるホテルで開かれたパーティーに来ていた。こういうところはどうも苦手(にがて)なんだけど、仕事(しごと)がらみなので断(ことわ)ることができなかった。知ってる人もほとんどいないみたいだし、適当(てきとう)に切(き)り上げて帰るつもりでいた。それなのに…。
あたしは、そこにいた一人の男性に釘付(くぎづ)けになった。その人のことが気になって目を離(はな)すことができない。誤解(ごかい)のないように言っておきたいんだけど…。別に、これは一目惚(ひとめぼ)れとか…そういう類(たぐ)いのあれじゃないからね。だって、全然(ぜんぜん)、あたしのタイプじゃないし、魅力的(みりょくてき)な人には見えない。あたしの目がおかしくなったとしか思えないわ。
あたしがずっと見つめているのを、もしあの人に気づかれてしまったら? あたしはぞっとした。でも、あたしの目が勝手(かって)に追(お)いかけてる。どうしたらいいのよ。
「そうだわ。帰ればいいのよ。もう帰ってもいい時間(じかん)だわ」
あたしはすぐに行動(こうどう)に移(うつ)した。でも、どういうわけか…今度(こんど)は足が動(うご)かない。なんでよ。なんでいうこときいてくれないの? あっ、まずいわ。あの人がこっちを見たわ。あたしは思わず目を閉(と)じた。しばらくして目を開(あ)けてみると…。
なんでよ。あの人がこっちを見てる。あたしを…あたしのことを…。逃(に)げなきゃ。でも、足が動かない! あの人が、こっちに向(む)かって歩(ある)き出した。もう、だめ。もう、こうなったら…どうにでもなれよ。やってやろうじゃないの。かかってきなさいよ!
<つぶやき>これは、もしかしたら運命(うんめい)かもしれませんよ。お話(はな)しだけでもしときましょ。
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「なんで…そんなひどいこと言うのよ。もう、知らない」
彼女は涙(なみだ)をこぼしながら彼の前から駆(か)け出した。彼は口を押(お)さえていたが思わず、
「もう二度と俺(おれ)の前に現(あらわ)れるな! このブス女!」
彼は自分が言ったことに驚(おどろ)いているようだ。そして彼は頭(あたま)をかかえてしまった。
思えば、今朝(けさ)から何か変(へん)なのだ。口の回りがムズムズして思うように動かせない。それに、思ってもいない言葉(ことば)が勝手(かって)に口から出てくるのだ。今日、彼は彼女にプロポーズするはずだった。最高(さいこう)の一日にするはずだったのに、何でこんなことに…。
彼は傷心(しょうしん)を引(ひ)きずりながら行きつけの店(みせ)に立ち寄(よ)った。そこで、子供(こども)の頃(ころ)からの親友(しんゆう)にばったり出くわした。彼は彼女とのことを打(う)ち明(あ)けた。親友は「しっかりしろよ」と励(はげ)ました。だが、そのときまた彼の口が勝手にしゃべり始めた。
「おまえさぁ、あいつのこと好(す)きだったんだろ。俺、知ってんだよ。おまえが物欲(ものほ)しそうにあいつのこと見てたの…」
彼はすぐに口を押さえた。それでも口は動こうともがくので、身体(からだ)がまるで踊(おど)っているような感じになってしまった。親友はそれを見て不機嫌(ふきげん)そうに言った。
「おまえ、ふざけてんのか? 俺が心配(しんぱい)してやってるのに…」
口は手を振(ふ)り払(はら)うと、「おまえに譲(ゆず)ってやるよ。好きにしちゃってかまわないからさ」
<つぶやき>まさかこんなことになるなんて。これが現実(げんじつ)になったら、とっても恐(こわ)いです。
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さえ子は小太郎(こたろう)と結婚(けっこん)して三年。子供(こども)はいないけど二人で仲良(なかよ)く暮(く)らしていた。彼はとっても優(やさ)しいし、気づかいのできる人だった。彼女が作った料理(りょうり)も、ちゃんと美味(おい)しいって言ってくれるし、ちょっと失敗(しっぱい)しても、つぎ頑張(がんば)ろうよってちゃんと残(のこ)さず食べてくれる。誕生日(たんじょうび)や記念日(きねんび)も忘(わす)れずに二人で…。
さえ子はとっても幸(しあわ)せだった。結婚に不満(ふまん)などなかった。不満はないはずなのに…。でも、最近(さいきん)ちょっと、あれって思うときがあるようだ。この違和感(いわかん)は何なのか…。さえ子はずっと考えていた。そして、彼女は気づいてしまった。
夫(おっと)が自分(じぶん)のことをちゃんと見ていないのだ。会話(かいわ)をしていても、ベッドの中でさえ目を合わせてくれないのだ。これはどういうことなのか…。どうしてこんなことに…。彼女は頭の中がぐるぐるしてきた。そして、思わず心の声が漏(も)れ始めた。
「そういえば、あたしが髪(かみ)を切ったときも…。買ったばかりのお気に入りの洋服(ようふく)を着たときも…。あの人、何も気づいてくれなかったわ」
そうなのだ。彼女の夫は、彼女がそばにいることがあたりまえになっていた。彼女のことを、まるで空気(くうき)のように感じているのだ。つまりは、彼女を見ているようで、実(じつ)はまったく見てない。まるで目に入っていないのだ。彼女はすべてに合点(がてん)がいった。このままではダメだと彼女は感じた。そして、打開策(だかいさく)を練(ね)り始めた。
<つぶやき>結婚したら、愛(あい)だの恋(こい)だの考えなくなっちゃうのか? もいちど恋しましょ。
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その雑貨屋(ざっかや)は古(ふる)びた感じのお店(みせ)だった。でも、知る人ぞ知る…。どんなムリな注文(ちゅうもん)でも即座(そくざ)に答(こた)えてくれる。何でも手に入るお店だ。
そこにヤバそうな感じの男たちがやって来た。そして応対(おうたい)に出た店主(てんしゅ)にこう言った。
「金を持ってきた。頼(たの)んでおいたもん用意(ようい)できてるか?」
店主は怖(こわ)がる様子(ようす)もなく答えた。「ああ、それでしたらお断(ことわ)りしたはずですが…」
「何だと、こら! この店は、何でも調達(ちょうたつ)してくれるんじゃねえのか?」
「うちはしがない雑貨屋ですよ。他(ほか)のものなら…。ちょっと待って下さいねぇ」
店主は店の奥(おく)へ入って行った。男たちが落ち着かない感じで待(ま)っていると、店の奥から別の男たちが飛(と)び出してきた。そして、店の表(おもて)にも――。彼らは刑事(けいじ)だった。ヤバそうな感じの男たちはすぐに逮捕(たいほ)されて連(つ)れて行かれた。
店主が奥から出てくると、店の隅(すみ)で震(ふる)えながら待っていた老人(ろうじん)に言った。
「悪(わる)かったねぇ。何か、お探(さが)しですか?」
老人はかすれた声で答えた。「わしは…タワシがほしいんじゃが…」
店主はにっこり微笑(ほほえ)むと、「あるよ。こっちだ」と、客を案内(あんない)する。
老人は、「あんたは商売上手(しょうばいじょうず)だね。たしいたもんだよ」
「いやいや、そんなことありませんよ。まだまだ未熟者(みじゅくもの)です」
<つぶやき>この店主、何者なのでしょうか? もしこんなお店があったら助(たす)かります。
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