日野(ひの)あまりが目を覚(さ)ますと、そこは大きな倉庫(そうこ)の中のようだ。回りはがらんとしていて何もない。あまりは椅子(いす)に縛(しば)りつけられていた。ロープが手首(てくび)に食い込んでいて、痛(いた)くて身動(みうご)きができない。倉庫の大きな扉(とびら)が音を立てて開き始めた。
黒岩(くろいわ)が数人の男たちと入って来た。突然(とつぜん)、あまりの背後(はいご)にエリスも姿(すがた)を見せた。黒岩は、あまりの前まで来ると、彼女をじっくり観察(かんさつ)して言った。
「すまないねぇ。手荒(てあら)なことをしてしまって…」
黒岩はロープをほどくように指示(しじ)をした。エリスがナイフを出してロープを切(き)る。あまりは、赤くなった手首をさすりながら胸元(むなもと)に手を持っていった。
黒岩はにこやかに言った。「君(きみ)は、人の心を読(よ)むことができるのかね?」
あまりは何も答(こた)えなかった。恐(こわ)くて、しゃべることもできないのだ。黒岩は、あまりの顔をまじまじと見つめた。あまりの顔に、恐怖(きょうふ)の表情(ひょうじょう)が表(あらわ)れた。黒岩はにやりと笑(わら)うと、
「なるほど…。私はいま、君をどうやって殺(ころ)すか考えていた。君は、私の心を読んだんだね。いいぞ。君のその能力(ちから)は、とても貴重(きちょう)だ。我々(われわれ)には必要(ひつよう)なんだよ。どうかな…、我々に協力(きょうりょく)してくれないか? なに、とても簡単(かんたん)な仕事(しごと)だよ」
あまりは、心を読むことを止(や)めた。恐くて、これ以上(いじょう)は耐(た)えられそうもなかった。
黒岩は震(ふる)えているあまりに優(やさ)しく言った。「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。我々に協力してくれるのなら、君に危害(きがい)を加えることはない。では、食事(しょくじ)でもしながら話しをしようか――」
<つぶやき>あまりはいったいどうなってしまうの? 黒岩の手駒(てごま)にされちゃうのかなぁ。
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川相琴音(かわいことね)はベッドの上で目を覚(さ)ました。彼女は飛(と)び起きると、部屋(へや)を見回(みまわ)した。部屋の中は白(しろ)一色で、ベッド以外(いがい)は何も置かれていなかった。彼女はベッドから出ると、壁(かべ)づたいに出口(でぐち)を探(さぐ)った。壁は奇妙(きみょう)な弾力(だんりょく)があり、部屋の形(かたち)もよく分からなかった。
突然(とつぜん)、壁に扉(とびら)が現れた。扉が開くと初音(はつね)が姿(すがた)を見せた。
「琴音…。あなたに訊(き)きたいことがあるの。あの娘(こ)をどこへ連(つ)れて行ったの?」
「あの娘…。そんなの知らないわよ。わたしは、あなたみたいにはならないわよ」
琴音は飛ぼうとした。だが、どういう訳(わけ)か能力(ちから)が使えなくなっている。琴音は焦(あせ)り始めた。扉はいつの間(ま)にか消(き)えていた。琴音は、初音に向かっていく。二人は互角(ごかく)のように見えた。だが、一瞬(いっしゅん)の隙(すき)をついて琴音が、初音の動きを止めて首(くび)を締(し)め上げた。
「出口はどこよ。教えないと絞(し)め殺(ころ)すわよ」
琴音は、さらに締め上げた。初音は何とか逃(のが)れようとするが、苦(くる)しさに意識(いしき)が遠(とお)のき始めた。その時、壁に出口が現れた。琴音は、初音を突(つ)き飛ばすと部屋を飛び出して行った。
別の場所(ばしょ)に扉が現れた。今度は水木涼(みずきりょう)が顔を出した。倒(たお)れている初音に駆(か)け寄ると、
「大丈夫(だいじょうぶ)か? だから一緒(いっしょ)に行くって言ったのに。前にも危(あぶ)ない目に合ってるだろ」
「琴音は…あたしの妹(いもうと)なの。あたしが何とかしないと…」
<つぶやき>妹を助(たす)けたいんですね。でも、姉(あね)の言うことを聞いてくれるんでしょうか?
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月島(つきしま)しずくに指(ゆび)を差(さ)された女性秘書(ひしょ)は目を丸(まる)くして言った。
「ちょっと、待ってください。あたし、そんなことしてません。所長(しょちょう)、信じて…」
神崎(かんざき)は不審(ふしん)の目を向けた。しずくは立ち上がると、秘書に近づきながら言った。
「もし、私に協力(きょうりょく)してくれたら、目を瞑(つむ)ってもいいんだけど…」
しずくは、秘書の肩(かた)に手を触(ふ)れた。秘書は一瞬(いっしゅん)ふらついたが、すぐにしずくの手を払(はら)いのけると姿(すがた)を消(け)してしまった。神崎は声をあげて警備員(けいびいん)を呼んだ。
しずくは慌(あわ)てることなく言った。「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。すぐ戻(もど)って来ますから」
しずくの言葉(ことば)通り、女性秘書はまた姿を現した。どうやら、飛(と)ぶことができなかったようだ。秘書は座(すわ)り込むと、怯(おび)えたようにしずくを見つめた。しずくはにっこり微笑(ほほえ)んで、
「心配(しんぱい)しないで。あなたは自由(じゆう)よ。私が守(まも)ってあげる」
しずくが秘書の頭に手をのせると、その手が光りはじめて秘書の身体(からだ)を包(つつ)み込んだ。しずくが手をどけると、光は消えてしまった。秘書は訳(わけ)が分からず言った。
「あなたは…、いったい誰(だれ)なんですか? あたしを、どうしようと…」
しずくは秘書の前でしゃがむと、「あなたを縛(しば)りつけてたものは取り除(のぞ)いたわ。今まで辛(つら)かったよね。もう、何もしなくていいのよ」
秘書はそれを聞くと、ぼろぼろと涙(なみだ)があふれてきて泣き崩(くず)れてしまった。
<つぶやき>いったい何を取り除いたのか。きっと爆弾(ばくだん)付きのチップかもしれませんね。
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日野(ひの)あまりが拉致(らち)された頃(ころ)、月島(つきしま)しずくは神崎(かんざき)の研究所(けんきゅうじょ)に来ていた。神崎はしずくが来たことに驚(おどろ)いたが、彼女を丁重(ていちょう)に迎(むか)え入れた。応接室(おうせつしつ)で向かい合うと神崎は、
「君(きみ)から来てくれるとは思わなかったよ。連絡(れんらく)を取りたいと思っていたところだったんだ。単刀直入(たんとうちょくにゅう)にいくが、我々(われわれ)と手を組(く)まないかね? お互(たが)いにメリットはあると――」
「つくねのことは訊(き)かないのね」しずくは神崎の目を見つめて言った。
「ああ…。君のところへ戻(もど)ったんだろ。まさか記憶(きおく)が戻るとはなぁ。あの娘(こ)の能力(ちから)を見くびっていたよ。よろしく伝(つた)えてくれないか。まぁ、私を恨(うら)んでいるだろうが…」
「そうね。でも、結月(ゆづき)おばさんとのことは伝えた方がいいんじゃないかしら?」
「君は…どこまで知ってるんだ? 君の能力(ちから)を調(しら)べてみたいもんだ。だが、今は時間がない。どうかね、我々の提案(ていあん)を受(う)け入れてくれないか? 黒岩(くろいわ)が何か企(たくら)んでいるんだ。君もそのことは分かっているんだろ? 残念(ざんねん)ながら、我々には有能(ゆうのう)な能力者(のうりょくしゃ)がいないんだ。黒岩は何人も能力者を配下(はいか)に持っている。君の能力(ちから)が必要(ひつよう)なんだ。これは、この国のため、国民(こくみん)の安全(あんぜん)を守(まも)るためでもあるんだ」
しずくは一呼吸(ひとこきゅう)おいて、「いいわよ。でも、その前に、スパイを捕(つか)まえましょ」
神崎は呆気(あっけ)に取られて、「スパイだって…。我々の中にスパイがいると」
しずくは、神崎のそばに立っている秘書(ひしょ)を指差(ゆびさ)した。
<つぶやき>神崎と手を組んでいいんでしょうか? しずくには何か考えがあるのかも…。
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川相初音(かわいはつね)にはどうすることもできなかった。琴音(ことね)の相手(あいて)をするだけで手一杯(ていっぱい)なのだ。エリスは日野(ひの)あまりの首(くび)を後から締(し)め上げると、琴音に叫(さけ)んだ。
「もういい。引き揚(あ)げるよ」
エリスはあまりとともに消(き)えてしまった。琴音は、初音に一撃(いちげき)をくわえると、
「姉(ねえ)さん、次は決着(けっちゃく)をつけましょ。楽しみにしてるわ」
琴音が飛(と)ぼうとしたとき、目の前に突然(とつぜん)、神崎(かんざき)つくねが姿(すがた)を現した。そして、琴音のみぞおちに拳(こぶし)を打ち込んだ。琴音は身体(からだ)を崩(くず)して、つくねに寄(よ)りかかった。初音がよろけながら駆(か)け寄ってきて、琴音を抱(だ)き起こす。
つくねは、「大丈夫(だいじょうぶ)よ。気を失(うしな)ってるだけだから…」
その時、屋上(おくじょう)へ出る扉(とびら)が勢(いきお)いよく開いて、水木涼(みずきりょう)が息(いき)を切(き)らしながら駆け込んで来た。そして辺(あた)りを見回して、悔(くや)しそうに声をあげた。
「くそっ。もう終(お)わっちゃったの? 何でよ。もう、ずるい。私だけ飛べないなんて」
初音は二人に謝(あやま)って、「あまりちゃんが、あの女に連(つ)れて行かれた」
涼が駆け寄ってきて、「日野が…? 何でだよ。何で、日野を連れて行くんだ?」
つくねは琴音を見て、「それは、この娘(こ)に教えてもらいましょ」
初音は、琴音の髪(かみ)を直(なお)してあげながら、何か愛(いと)おしそうに見つめていた。
<つぶやき>あまりはどこへ連れて行かれたの? 初音は琴音を説得(せっとく)できるのでしょうか。
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