鉄(てつ)の扉(とびら)の中は広い空間(くうかん)になっていた。削(けず)られた岩盤(がんばん)がむき出しになっていて、何台もトラックが停(と)まっている。いろんな物資(ぶっし)を運(はこ)び込んでいるようだ。
川相姉妹(かわいしまい)より先(さき)に入った月島(つきしま)しずくは、ここを通り抜(ぬ)けると別の扉の中へ消(き)えて行った。扉の先は長い通路(つうろ)になっていて、両脇(りょうわき)にはずらりと扉が並(なら)んでいる。しずくは迷(まよ)うことなく真っ直(す)ぐに進(すす)んだ。途中(とちゅう)で何人かの兵士(へいし)や白衣(はくい)を着た研究員(けんきゅういん)とすれ違(ちが)ったが、誰(だれ)もしずくには気づかない。しばらく行くと、下へ降(お)りて行く長い螺旋階段(らせんかいだん)があった。下の方から機械(きかい)の唸(うな)るような音が微(かす)かに聞こえてくる。しずくはその階段を降りて行った。
――あの場所(ばしょ)に戻(もど)ると、千鶴(ちづる)が迎(むか)えた。柊(ひいらぎ)あずみは初音(はつね)たちが戻っていないのを知ると、「まったく…。どうしてあの娘(こ)たちは勝手(かって)なことするのよ」
千鶴がなだめるように、「私の気持(きも)ち、分かったでしょ。あなたと同じことしてるだけよ」
「わ、私はそんなこと……。もう、いいわよ。きっと烏山(からすやま)に向(む)かったんだわ」
神崎(かんざき)つくねが言った。「じゃあ、あたし、テレパシーで――」
あずみはそれを止(と)めて、「そんなことをすると、敵(てき)に気づかれるかも知れないわ。私たちも装備(そうび)を調(ととの)えて烏山に行くわよ」
貴志(たかし)が言った。「じゃあ、僕(ぼく)も手伝(てつだ)わせてよ。そのために来たんだから…」
千鶴が口を挟(はさ)んだ。「用意(ようい)はできてるわよ。でも、その前に腹(はら)ごしらえをしないとね」
<つぶやき>いよいよ戦(たたか)いが始まるのか。いったいどんな敵が待っているんでしょうか?
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しばらくすると貴志(たかし)は目を覚(さ)ました。ちょうどその時、神崎(かんざき)つくねが心配(しんぱい)して覗(のぞ)き込んでいたので、貴志は思わず声を上げてしまった。つくねは納得(なっとく)できないみたいで、
「えっ、そんなに驚(おどろ)かなくてもいいじゃない。あたしは、心配して…」
貴志は、つくねの顔があまりにも近くにあったので動揺(どうよう)してしまったのだ。貴志は顔を赤くしてまごまごしながら答(こた)えた。「ご、ごめんなさい。そ、そういう…あれじゃ…」
つくねは安心(あんしん)したようで、「もういいわよ。でも、どうして戻(もど)って来たのよ」
貴志は起き上がると、「そ、それは…。父さんが…助(たす)けに行けって…」
柊(ひいらぎ)あずみが口を挟(はさ)んだ。「その話は戻ってからにしましょう。初音(はつね)たちは先に行ってるから、みんなで状況(じょうきょう)を確認(かくにん)して次の作戦(さくせん)を考えましょう」
みんなは貴志を連れてあの場所(ばしょ)に戻ることにした。その頃(ころ)、初音と琴音(ことね)は烏山(からすやま)のふもとにある検問所(けんもんじょ)の近くまで来ていた。そこへトラックがゆっくりと近づいて来る。一般道路(いっぱんどうろ)から外(はず)れた舗装(ほそう)もされていないでこぼこ道なのでスピードを出せないのだ。
二人はトラックの後ろに飛(と)びついた。そして、幌(ほろ)の隙間(すきま)から中を覗いた。荷台(にだい)には木箱(きばこ)などが積(つ)まれているだけで人の気配(けはい)はなかった。検問所に着く頃には、二人は木箱の隙間に身体(からだ)を忍(しの)ばせていた。検問はかなりゆるいものだった。ここまで侵入(しんにゅう)するものはいないとでも思っているのだろう。トラックは検問を通り、あの大きな鉄(てつ)の扉(とびら)を入って行った。
<つぶやき>鉄の扉の中には何があるのでしょうか? 貴志はしずくと再会(さいかい)できるのか。
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水木涼(みずきりょう)は倒(たお)れている男の顔を見た。自分(じぶん)とそんなに変わらない。いや、自分より若(わか)いんじゃないのか、と涼は思った。アキが男の身体(からだ)を調(しら)べ始めた。足を捻挫(ねんざ)してるだけで、他には怪我(けが)はないようだ。アキはそばに立っている涼に言った。
「ねぇ、そんなとこに突(つ)っ立ってないで、どこかに何か隠(かく)してないか探(さが)してよ」
涼は思わず、「ごめん。そ、そうだな…。分かった。探そう…」
どっちが年上(としうえ)か分からなくなっている。涼が音楽室(おんがくしつ)を探し回っている間に、アキは男の治療(ちりょう)を始めた。涼がピアノの下から大きなリュックサックを見つけるのに時間はかからなかった。その時、音楽室に柊(ひいらぎ)あずみと神崎(かんざき)つくねが駆(か)け込んで来た。
あずみは二人が無事(ぶじ)なのを見てホッとしたが、「もう、何してるのよ!」と思わず口から出てしまった。つくねが倒れている男の顔を見て呟(つぶや)いた。「貴志君(たかしくん)…? 何でここに…」
あずみも覗(のぞ)き込み、「ほんとだ。こっちに来てるなんて知らなかったわ」
アキが興味津々(きょうみしんしん)の様子(ようす)で訊(き)いた。「この人のこと、知ってるの?」
つくねがそれに答(こた)えて、「ええ。しずくの弟(おとうと)よ。で、大丈夫(だいじょうぶ)なの? 貴志君…」
アキは得意気(とくいげ)に、「もちろん。ちょっと気絶(きぜつ)させちゃったけど、問題(もんだい)ないわ」
――その頃(ころ)、川相初音(かわいはつね)と琴音(ことね)は烏山(からすやま)の近くに到着(とうちゃく)していた。しかし、登山道(とざんどう)には銃(じゅう)を持った見張(みは)りが立っていて、ここからどうするか考え込んでいるようだ。
<つぶやき>避難(ひなん)していたのに、どうして戻(もど)って来たのでしょう。姉(あね)と再会(さいかい)できるのか?
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月島(つきしま)しずくの姿(すがた)は烏山(からすやま)の登山道(とざんどう)にあった。どこへ向かっているのか、しずくには分かっているようだ。そこには、日野(ひの)あまりがいるはずだ。
道の要所(ようしょ)には銃(じゅう)を持った男たちが見張(みは)りに立っていた。でも、なぜかしずくの姿が見えていないようだ。誰(だれ)も、彼女に気づく者はいなかった。山の中腹(ちゅうふく)ぐらいのところで、山が不自然(ふしぜん)に削(けず)られている場所(ばしょ)があった。しずくはその削られた岩肌(いわはだ)に手を触(ふ)れた。すると、一瞬(いっしゅん)、岩肌が鉄(てつ)の大きな扉(とびら)に変わった。しずくは、その扉に吸(す)い込まれるように姿を消(け)してしまった。
――ここは烏杜高校(からすもりこうこう)。水木涼(みずきりょう)とアキは校舎(こうしゃ)の中へ入っていた。二人は階段(かいだん)を上がり三階へ。廊下(ろうか)には誰もいない。二人は端(はし)から教室(きょうしつ)を一つずつ確認(かくにん)していく。どの教室にも異常(いじょう)はなかった。最後(さいご)に向かったのは、廊下の端にある音楽室(おんがくしつ)だ。
涼はアキに外で待つように指示(しじ)をすると、一人で音楽室の扉を開けて入って行った。中には誰もいないようだ。涼がホッとしたとき、誰かが後から身体(からだ)に抱(だ)きついてきた。突然(とつぜん)のことに涼は為(な)す術(すべ)もなかった。そのまま押(お)された涼は窓(まど)のところに押しつけられ、身動(みうご)きができなくなった。もがく涼…。その時、急(きゅう)に相手(あいて)の力が抜(ぬ)けて、その場に倒(たお)れ込んだ。涼が振(ふ)り返ると、そこにはアキが立っていた。アキはにっこり微笑(ほほえ)んで、
「もう、油断(ゆだん)しちゃダメだよ。これは貸(か)しだからね。あとで、ちゃんと返(かえ)してもらうから」
<つぶやき>アキが能力(ちから)を使ったのかなぁ。それにしても、こいつはいったい何者なのか?
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柊(ひいらぎ)あずみたちは二手(ふたて)に分かれていた。この壁(かべ)がどこまで、どう続(つづ)いているのか確(たし)かめるためだ。四人が合流(ごうりゅう)したのは国道(こくどう)の近くだった。その間にいくつもの道を横切(よこぎ)ったが市民(しみん)の姿(すがた)はなかった。
神崎(かんざき)つくねはリュックから地図(ちず)を取り出した。そこに赤ペンで壁の位置(いち)を記入(きにゅう)していく。その結果(けっか)、壁は円(えん)を描(えが)いていて、市のほぼ全域(ぜんいき)が中に入っていた。その円の中心(ちゅうしん)にあるのは烏山(からすやま)だ。市内を南北(なんぼく)に分けていて、それほど高くはないが山並(やまな)みが続いている。
あずみがひとり言のように呟(つぶや)いた。「ここに何かあるかもしれないわ」
そこへ千鶴(ちづる)からみんなにテレパシーが届(とど)いた。高校(こうこう)に男が現れて、涼(りょう)たちが調(しら)べに向かったと。あずみは千鶴に返事(へんじ)を返した。<何で二人だけで行かせたのよ>
千鶴はそれに対して、<仕方(しかた)ないでしょ。他(ほか)に誰(だれ)もいないんだから。きっと大丈夫(だいじょうぶ)よ>
あずみはつくねと学校(がっこう)へ向かうことにした。そして、初音(はつね)と琴音(ことね)には戻(もど)って待機(たいき)するように指示(しじ)を出した。あずみとつくねが飛(と)んだあと、琴音が言った。
「ねぇ、わたしたちだけで行ってみない? 烏山へ」
初音の気持(きも)ちも同じだった。「そうね。あたしたちだけで行きましょ。あまりが、そこにいるかもしれない。早く助(たす)けてあげないと…」
二人は頷(うなず)き合うと、同時(どうじ)に姿を消(け)した。風が吹(ふ)き、砂埃(すなぼこり)が舞(ま)い上がった。
<つぶやき>勝手(かって)な行動(こうどう)はしない方がいいけど…。しなきゃいけないときもあるのです。
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