川相初音(かわいはつね)と月島(つきしま)しずくはつくねの部屋(へや)にいた。だが、肝心(かんじん)の神崎(かんざき)つくねはいなかった。どこかへ出かけているのか…。そこへ、父親の神崎が顔を出した。神崎は二人を見て、
「こりゃ、驚(おどろ)いた。娘(むすめ)のお友だちかな? だが、あいにくあの娘(こ)は…」
しずくが声をあげた。「すいません。突然(とつぜん)、来てしまって。私たち、これで失礼(しつれい)します」
「待(ま)ちたまえ。せっかく来てくれたんだ。このまま帰してしまったら娘に何て言われるか。ああ、どうだろ? 私の実験室(じっけんしつ)を覗(のぞ)いてみないかい? 娘が戻(もど)るまで…」
しずくは嬉(うれ)しそうに答(こた)えた。「えっ、いいんですか? 見てみたいです。ねぇ」
しずくは初音に同意(どうい)を求(もと)めた。初音はイヤだとは言えなかった。
神崎に連(つ)れられて、二人は実験室に入った。ここは、つくねが実験台(じっけんだい)にされて洗脳(せんのう)を受(う)けた場所(ばしょ)だ。初音は、しずくが何を考えているのかさっぱり分からなかった。しずくは周(まわ)りにある大きな装置(そうち)を見ながら、楽しそうに神崎を質問攻(しつもんぜ)めにした。
「君(きみ)たちにはちょっと難(むずか)しいかもしれないが、この装置で脳(のう)の働(はたら)きを調(しら)べることが――」
「すごい。そんなことができるなんて…」しずくは目を輝(かがや)かせて、「あの、試(ため)してみてもいいですか? 私、やってみたいです」
「それは、かまわんが…」神崎はほくそ笑(え)んで言った。「じゃあ、このイスに座(すわ)って――」
<つぶやき>自分からいっちゃうんだ。もし、しずくも洗脳されたらどうなっちゃうの?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
日野(ひの)あまりは、びくびくしながら水木涼(みずきりょう)の前に立った。あまりは剣道部員(けんどうぶいん)だが防具(ぼうぐ)をつけたこともなく、竹刀(しない)の持ち方もぎこちなかった。
「さぁ、打(う)ち込んできていいわよ」涼が言った。
「はい」あまりは返事(へんじ)をすると、竹刀を振(ふ)り上げながら、やけくそになって前へ突(つ)っ込んで行った。そして、竹刀を振り下ろす。竹刀は床(ゆか)に当(あ)たり、あまりの手から飛(と)び出した。
涼の声がする。「ちゃんと見なさいよ。目を閉(と)じてちゃ誰(だれ)にも当たらないわよ」
「そ、そんなこと言っても…」あまりは呟(つぶや)いた。急(いそ)いで竹刀を探(さが)し回る。面(めん)をつけているので視野(しや)が狭(せま)くなっている。這(は)いつくばって何とか見つけると、立ち上がって…。今度は涼がどこにいるのかと見回した。すると、面を軽(かる)く叩(たた)かれた。
「こっちよ。どこ見てるの?」涼が呆(あき)れた顔で声をかけた。
しばらくすると、多少(たしょう)はさまになってきた。竹刀を合わせられるようになり、涼も力が入ってきた。最後(さいご)は、あまりがへたばって倒(たお)れ込んだ。
涼は、あまりの面を外(はず)してやって言った。「どう? 楽(たの)しいでしょ」
そんなことを言われても、あまりは何と答(こた)えればいいのか分からない。涼は、
「今日は、もういいわよ。一緒(いっしょ)に帰(かえ)ろう」
涼はあまりを立たせると、剣道場(けんどうじょう)を出て行った。他(ほか)の部員たちは二人を見送りながら、どうなっているのかとささやき合った。
<つぶやき>いい汗(あせ)をかいたので、今日の晩(ばん)ご飯(はん)はきっと美味(おい)しいよ。でも、筋肉痛(きんにくつう)が…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
水木涼(みずきりょう)が剣道場(けんどうじょう)に入ると、日野(ひの)あまりはいつものように雑用(ざつよう)に追(お)われていた。涼はあまりに声をかけた。周(まわ)りの部員(ぶいん)たちは二人に注目(ちゅうもく)した。涼が他の部員に声をかけるなんて、しかも下級生(かきゅうせい)に――。でも、一番驚(おどろ)いていたのはあまりかもしれない。
ここで言っておかなければいけない。涼はこう見えて、人見知(ひとみし)りのところがある。親(した)しくなった人だといいのだが、そうでないと…。だから、他の部員たちとおしゃべりすることもできなかったのかもしれない。
部員たちは、涼が何を言い出すのか固唾(かたず)を呑(の)んで見守(みまも)った。きっと、何かヘマをして怒(おこ)られるんじゃないかと、みんなは思っていたのだろう。だが、涼の方は…。次(つぎ)の言葉(ことば)が出てこない。さて、何を話せばいいのか…。声をかけた手前(てまえ)、何か話さなければ――。
苦(くる)し紛(まぎ)れに出てきたのは、「相手(あいて)をしてやるから…、防具(ぼうぐ)を着(つ)けろ」
運動部(うんどうぶ)である。先輩(せんぱい)の言ったことには逆(さか)らえない。部員たちはすぐに動いた。もちろん、駆(か)け足である。あまりは部員たちに押(お)し出されながら、
「水木先輩、ちょっと待ってください。わたし、ムリです。だって、わたしなんかじゃ…」
有無(うむ)も言わせず防具を着け面(めん)をかぶせられる。こうなったら、もう覚悟(かくご)を決(き)めなければならない。あまりは心の中で呟(つぶや)いた。
「もうイヤだ~ぁ。何でわたしが…。こんなことしなきゃいけないのよ」
<つぶやき>あまりは何で剣道部に入ったのかな。強くなりたかったんじゃなかったの?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
学校(がっこう)を休んだ神崎(かんざき)つくねは、自分(じぶん)の部屋(へや)で転(うた)た寝(ね)をしていた。
彼女は、また夢(ゆめ)を見た。そこは、監獄(かんごく)のような小さな部屋がいくつも並(なら)んでいた。その中のひとつの部屋の扉(とびら)が開(あ)いていて、中を覗(のぞ)くとどこかで見覚(みおぼ)えのある感(かん)じ……。つくねは何の迷(まよ)いもなくその部屋に入ると、ベッドに座(すわ)って壁(かべ)との隙間(すきま)に手を入れた。何でそんなことをしたのか彼女にも分からない。そして、一枚の写真(しゃしん)を取り出した。
その写真に写(うつ)っていたのは、夢の中に出てきた女性だ。その横には幼(おさな)い頃(ころ)の自分の姿(すがた)が…。つくねは息(いき)を呑(の)んだ。彼女は混乱(こんらん)し、身体(からだ)が小刻(こきざ)みに震(ふる)えだした。押(お)さえがたいものが身体の奥底(おくそこ)から湧(わ)き出してきて、彼女は叫(さけ)び声をあげた。
――つくねは目を覚(さ)ました。そこは、夢で見たのと同じ場所(ばしょ)…。無意識(むいしき)に飛(と)んでしまったようだ。彼女は、わけが分からず回りを見回(みまわ)した。すると、扉の開いている部屋があった。彼女は何かに導(みちび)かれるように、その部屋に入り、同じベッドに座った。そして、夢でしたのと同じことを――。
つくねは一枚の写真を握(にぎ)りしめていた。彼女は泣(な)いていた。なぜ涙(なみだ)が出てくるのか分からない。でも、ここに写っている女性(ひと)は自分にとって大切(たいせつ)な人だということは理解(りかい)した。
――別の部屋で、つくねの行動(こうどう)を監視(かんし)している者(もの)がいた。その人物(じんぶつ)は透視能力(とうしのうりょく)があるようだ。しばらくして、その人物は消(き)えてしまった。
<つぶやき>誰が見ていたのか? つくねが記憶を取り戻すのも近いのではないのかな?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
授業(じゅぎょう)が終わって、川相初音(かわいはつね)は帰り支度(じたく)をしていた。いつもなら、水木涼(みずきりょう)が一緒(いっしょ)に帰ろうと迫(せま)ってくるはずなのだが…。今日は、違(ちが)うようだ。
初音は物足(ものた)りなさそうに訊(き)いた。「あたし、帰るけど…」
涼はあっさりと、「わるい。今日は部活(ぶかつ)に顔(かお)出すわ。何か気になって、日野(ひの)のことが…」
「ああ、今朝(けさ)の後輩(こうはい)ね。あなたも、成長(せいちょう)したわね。頭、なでであげようか?」
「やめろよ。そんなんじゃないから…。じゃあなぁ」
涼が出ていくと、初音も教室(きょうしつ)を後(あと)にした。校門(こうもん)を出てしばらく行くと、電柱(でんちゅう)の影(かげ)に見覚(みおぼ)えのある顔を発見(はっけん)した。初音は近づいて声をかけた。
「こんなとこで何してるの? まさか、ずる休(やす)みをしたんじゃないでしょうね」
そこにいたのは、月島(つきしま)しずくだ。今日は体調不良(たいちょうふりょう)ということになっていた。
「そ、そんなんじゃないわよ。何かね、昼過(ひるす)ぎから調子良(よ)くなって…」
「ほんとに?」初音は疑(うたが)いの目を向けた。「ここまで来たなら、学校はすぐ近くじゃない」
「あっ、そうだねぇ。うん…。これから、初音に付き合おうと思って…」
「あたしに? えっ、何それ…」
「だって、つくねのところに行くんでしょ。私を連(つ)れて…」
「何でも見通(みとお)しなのね。ほんとにいいの? あいつらに、何されるか分かんないわよ」
<つぶやき>自分から行っちゃうんですね。初音は、しずくたちからも離(はな)れちゃうのか…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。