みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

0003「記念写真」

2024-03-03 18:26:33 | 読切物語

 とある山の頂上付近に、一本の樫の大木が立っていた。そこからは遠くまで見渡せて、なかなかの眺めである。ここは有名な観光地でもなく、ハイキングコースにもなっていなかった。
 初夏の晴れた日。樫木の前で三脚を立てている初老の男がいた。毎年、同じ日に夫婦そろってこの場所に来て、記念写真を撮っていたのだ。もう三十年以上も続けている行事で、幸いなことに<悪天候で延期>になったことはなかった。この夫婦には二人の娘がいた。娘たちが小学生の頃までは、いつも一緒に写真を撮っていた。でも、娘たちが成長するにつれ、あまりついて来なくなった。娘たちは思っていたのかもしれない。この日は両親にとって特別な日だから、二人だけにしてあげようと。そんな娘たちもいまは嫁いで、ここ数年は夫婦二人だけに戻ってしまった。
 でも、今年はいつもと違っていた。半年前に妻が亡くなってしまったのだ。一人になってしまった男は、気が抜けてしまったように見えた。父親のことを心配した娘たちは、なにかにつけて実家に顔を出すようになった。可愛い孫たちを引き連れて。その甲斐あってか、男は元気を取り戻した。遊び回っている孫たちの笑顔を見ていると、生きる力がどこからか不思議とわいてくるのだ。
 男はもう記念写真を撮るのは止めようと思っていた。でもその日になってみると、早く目が覚めてしまってどうにも落ち着かない。妻の位牌に手を合わせて、「今日はどうしようか?」と訊いてみた。そんなこんなで、やっぱり今年も来てしまったのだ。
 男はカメラを覗いて、いつもの場所にピントを合わせた。本当ならそこには妻が立っていて、あれこれと注文をつけているはずなのに…。そう考えると、男はなんとも言えない淋しさを感じた。カバンから妻の写真を取り出すと、「さあ、撮るよ。今年も良い天気になってよかったね」とつぶやいて、カメラをタイマーに切り替えた。
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして男は振り返った。見ると、娘たちがまだ小さな子供たちを連れてこちらへ登って来ていた。孫たちはおじいちゃんを見つけると手を振った。
「お前たち、どうしてここに?」やっとたどり着いた娘たちに男は声をかけた。
「やっぱり来てた」長女はそう言うと、「どう、私の言ったとおりでしょう」妹に向かって自慢気につぶやいた。
「はいはい。さすがお姉ちゃん。まいりました」妹は芝居がかった口調で答えると、姉妹二人で子供に戻ったように笑いあった。
 孫たちはあっけにとられている男に駆け寄ってきて、来る途中で摘んできた花を手渡した。男は孫たちのことを心配して、「大変だったろう。疲れやしなかったか?」
「大丈夫よ。私の娘だもの」次女はそう言うと、「私も小さい頃、ここに来てたじゃない」
「ねえ、いっしょに写真撮ろうよ。いいでしょう、お父さん」長女はそう言うと、子供たちをいつもの場所に連れて行き、並ばせ始めた。
「ちょっと、お姉ちゃん。そっちは私の場所でしょ。間違えないでよね」
 男はまるで昔に戻ったようで、しばらく二人のやりとりを見つめていたが、
「よし。じゃあ撮るぞ。今年は、良い写真が撮れそうだ」
<つぶやき>家族って、いるのが当たり前で…。だから、たまには抱きしめてあげよう。
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0002「ありがとう」

2024-02-08 17:55:14 | 読切物語

 初夏の晴れた日。今日は大吉と涼子の結婚式当日。支度を終えた涼子は、花嫁の控え室でドキドキしながら式の始まるのを待っていた。大吉も一人、控え室で落ち着かない様子。二人が結婚を決意するまでには、いろいろなことがあったのだろう。
 大吉には一つだけ心残りがあった。それは、いちばん喜んでほしかった妹を、ここに呼ぶことができなかったこと。もう、七年も音信不通のままになっていた。
 控え室のドアをノックする音で、大吉は我に返った。もう式の始まる時間である。きっと式場の人が呼びに来たのだと思い、大吉は「どうぞ」と声をかけた。しかし、誰も入っては来なかった。大吉は誰かが悪戯でもしたのかと、ドアを開けてみた。
 「えっ…」大吉は思わず声をあげた。ドアの外には、きれいに着飾った若い女性が立っていたのだ。それも、見覚えのある。
「お兄ちゃん…」その女性は、恥ずかしそうにそう言って、「元気にしてた?」
「あゆみ…。おまえ……」あまりの驚きに、大吉は言葉が出なかった。
「お兄ちゃん、結婚するんだ」あゆみは控え室に入って、大吉の服装をチェックしながら、「なかなか、格好いいじゃない」
 大吉はたまっていた思いを吐き出すように、「おまえ、どこにいたんだ! お兄ちゃん、どれだけ心配したか。急に家、飛び出して。それで…、みんな…」
「ごめんね。勝手なことばっかりして…」
 あゆみは大吉の胸に飛び込んだ。大吉も優しく妹を抱きとめた。ひとしきり兄の胸で泣いたあゆみは、「お兄ちゃんに、言っておきたいことがあるの」
「そんなことより」大吉はあゆみの手を取り、「母さんに顔を見せてやれ。どれだけ会いたがっていたか」あゆみはその手を振りほどいて、「もう、時間がないの」
「なに言ってるんだ。じゃ、俺が呼んできてやるよ」
「待って! ねえ、聞いてよ。私の話を」
 大吉は、妹の真剣な表情に足を止めた。
「私、お兄ちゃんから、いろんなものをいっぱいもらってたんだよね。小学校の運動会のとき、一番大きな声で応援してくれた。中学で陸上部に入ったときも、お兄ちゃんが励ましてくれたから、最後まで走れたの。大学の受験を失敗したときも、ひと晩中、側にいてくれたよね。それなのに私…。でもね、ずっと帰りたかったんだ。帰りたかったけど…」
「もう、いいよ。おまえは…、ちゃんと帰って来たじゃないか」
「今まで、ありがとう。こんなダメな妹だったけど、ほんとに、ありがとう」
「なに言ってるんだよ。おまえは俺の大事な妹じゃないか。そんなことは…」
 大吉はドアのノックの音で目が覚めた。いつの間に眠ってしまったのだろう。ただ、妹のぬくもりがまだ手に残っているようで、どうしても夢だとは思えなかった。
 大吉のもとに訃報が届いたのは、結婚式から一週間後だった。妹の友人が遺品の整理をしていて、大吉の住所を見つけたのだ。重い病気にかかり入院して、結婚式のあった日に昏睡状態になり、数時間後に息を引き取ったそうである。
<つぶやき>大切な人って、知らない間に心の奥に入り込み、気づくとそこにいるんです。
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0001「バー・マイロード」

2024-01-15 18:12:15 | 読切物語

 静かなジャズが流れるバーの店内。初老のマスターとアルバイトの孫娘が働いていた。ほとんどが常連の客ばかりで、落ち着ける雰囲気のある、隠れ家のような店である。
 今日は暇なようで、孫娘の真奈がカウンターの隅の席に座って、分厚い本を読んでいた。マスターは最後の客にウーロン茶を出すと、
「そろそろ、店仕舞いにしようか」と孫娘に声をかけた。
「はーい。じゃあ、表の看板、片付けてくるねぇ」真奈はそう言うと外へ出ていった。
「ちょっと見ないうちに、ずいぶんきれいになったね」ぽつりと客がつぶやいた。
「そうですかね。まだまだ子供ですよ」マスターはそう言って微笑んだ。
「僕が最後に会ったときは、まだ高校生じゃなかったかな」
「今は大学で、小難しい勉強をしているみたいですよ」
「そうか…。もうそんなに…」客は昔のことを思い出そうとしているのか、店内をぐるりと見回して、「もう三年か…。でも、この店はちっとも変わりませんね」
「そうですね。私とおなじで、変えようがありませんから」マスターは笑いながらそう言うと、一枚の写真を客の前に差し出した。
 写真を見て客の顔色が一瞬変わった。客はそっとその写真を手に取り、「幸恵…」とつぶやいて、「この写真は、あの時の…」
「はい。最後に奥さんとお見えになったとき、記念にと、お撮りしたものです。ずっと、お渡しすることができなくて」
「いつ来るか分からないのに、残しておいてくれてたんですか?」
「ええ、記念ですから」マスターはそう言うと、「また、お二人でおいで下さい」
 客は顔をくもらせて、「幸恵は、もういないんですよ」写真のなかで微笑んでいる妻をいとおしそうに見つめながら、「病気だったんです。この日は、入院する前の日で…」
「そうだったんですか。それは、失礼しました」
「入院して、一ヶ月もたたないうちに逝ってしまいました。また、この店に来ようって、約束してたんですがね」客は、悲しそうに笑みをうかべた。
 真奈が表の片付けを終えて戻ってくると、「おじいちゃん、今夜はきれいな月が出てるよ」そう言って、屈託のない笑顔をふりまいた。マスターは困り顔で、
「お客さんの前では、マスターと呼びなさい」と注意をして、カクテルを作り始めた。
真奈は「はーい。ごめんなさーい」と言って、客に笑顔を向けて、また本を読み始めた。
 客はしばらく写真を見つめていたが、残っていたウーロン茶を飲みほすと、「そろそろ、帰ろうか」とつぶやいて、立ち上がった。マスターは「もう少しだけ」と言って客を呼び止めて、カウンターにグラスを二つ並べて、作っていたカクテルを注ぎ入れた。
「僕は、アルコールは…」客がそう言うと、
「これは、店からのサービスです。奥さんのお気に入りでしたから…。ゆっくりしていって下さい。まだ、時間はありますから」
 心地よいジャズが流れる店内で、二人ですごした思い出が、心にあふれだしていた。
<つぶやき>心にしみる思い出をいっぱい残して、逝きたいものです。
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