goo blog サービス終了のお知らせ 

みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

0022「いつか、あの場所で…」

2025-07-24 19:16:15 | 連載物語

 「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)」2
 肝(きも)だめしは何十年(なんじゅうねん)も続(つづ)いているから、かなり本格的(ほんかくてき)なんだ。昔(むかし)から使(つか)っている道具(どうぐ)もちゃんと残(のこ)してあるし、今(いま)では大(おお)がかりなイベントになっている。だから父兄(ふけい)の参加(さんか)は必要(ひつよう)なんだ。道具(どうぐ)の修理(しゅうり)や、新(あたら)しい装置(そうち)を作(つく)ったり。最後(さいご)の打(う)ち上(あ)げ会(かい)の準備(じゅんび)なんかもある。これも楽(たの)しみのひとつなんだよね。外(そと)で食(た)べるご馳走(ちそう)、美味(うま)いんだから。僕(ぼく)は脅(おど)かす方(ほう)になったから、学校(がっこう)でいろんな作業(さぎょう)を手伝(てつだ)っている。どうやって脅(おど)かすか、いろいろ考(かんが)えてるんだ。これがけっこう楽(たの)しい。久美子先生(くみこせんせい)も張(は)り切(き)ってる。命(いのち)かけてるかも…。
 学校(がっこう)での作業(さぎょう)を終(お)えて帰(かえ)ってきたら、家(いえ)でゆかりが待(ま)っていた。なにか企(たくら)んでる。そんな予感(よかん)がした。ゆかりは脅(おど)かす方(ほう)をやりたかったみたい。でも、はずれを引(ひ)いてしまったから脅(おど)かされる方(ほう)だ。いちばん脅(おど)かしがいのない奴(やつ)だけど…。
「ちょっと相談(そうだん)があるんだけど、聞(き)いてくれる?」…ほらきた。
「なんだよ」「あのね、あれやりたいんだけど」「あれって?」「ほら、あれよ」
「まさか…」「だから…」「いや、それは…」「お願(ねが)い、手(て)を貸(か)して」
 ゆかりの真剣(しんけん)な顔(かお)。僕(ぼく)は背筋(せすじ)が寒(さむ)くなるのを感(かん)じた。
 結局(けっきょく)、幼(おさな)なじみの一言(ひとこと)で付(つ)き合(あ)うことになってしまった。
「それって、ほんとの話(はな)しなの?」さくらは半信半疑(はんしんはんぎ)で聞(き)き返(かえ)す。
「私(わたし)も迷(まよ)ったんだけど、知(し)らないよりは良(い)いと思(おも)って。ねえ、高太郎(こうたろう)」僕(ぼく)に振(ふ)るなよ。
「でも、戦国時代(せんごくじだい)の話(はな)しよね? 落(お)ち武者(むしゃ)なんて…」
「今(いま)は大丈夫(だいじょうぶ)だと思(おも)うけど…」
「高太郎(こうたろう)、あんたは見(み)てないからそんなことが言(い)えるのよ」ゆかり、やめようよ。
「実(じつ)はね、…ここだけの話(はな)しよ。去年(きょねん)の肝(きも)だめしの時(とき)に、見(み)た子(こ)がいたの」「うそ…」
 さくらの表情(ひょうじょう)がこわばってきた。もしかして、こういう話(はな)し苦手(にがて)なんじゃ…。
「その子(こ)、一週間(いっしゅうかん)ぐらい寝込(ねこ)んだらしいよ」そこまで言(い)うか、ゆかり…。
「でも、それは誰(だれ)かが脅(おど)かしただけで…。だって学校(がっこう)でやるんでしょう。あり得(え)ないわよ」
「信(しん)じてくれないんだ。…無理(むり)もないよね。私(わたし)だって、最初(さいしょ)は信(しん)じられなかったから」
 ゆかりは僕(ぼく)の顔(かお)を見(み)る。…分(わ)かったよ。やれば良(い)いんだろ、やれば…。
「あの、さくら…。この肝(きも)だめしには、いろんな決(き)まり事(ごと)があって。その中(なか)の一(ひと)つに、御札(おふだ)があるんだ。肝(きも)だめしのコースには必(かなら)ずこの御札(おふだ)を貼(は)ることになってる」
「もしその御札(おふだ)が一枚(いちまい)でもはがれたら、大変(たいへん)なことになるって言(い)われているの」
 ゆかりが怖(こわ)そうに話(はな)す。さくらは、ゆかりをじっと見(み)ていた。信(しん)じちゃ駄目(だめ)だ! 僕(ぼく)は思(おも)わず心(こころ)の中(なか)で叫(さけ)んだ。さくらは変(へん)な笑(わら)い方(かた)をして…、
「…やだ。もう、冗談(じょうだん)ばっかり。私(わたし)を怖(こわ)がらせようとしてるんでしょう。わ、私(わたし)、ぜんぜん怖(こわ)くなんてないわよ。へ、平気(へいき)なんだから…ハハ、ハハ」なんか引(ひ)きつってる?
「そう。なら良(い)いんだけど」ゆかりはさくらの顔色(かおいろ)をうかがいながら、「でも、気(き)をつけてね、明日(あした)の肝(きも)だめし。何(なに)が起(お)こるか分(わ)からないから」と駄目押(だめお)しをした。
<つぶやき>怖(こわ)い話(はなし)、好(す)きですか? 私(わたし)は苦手(にがて)です。もう、一人(ひとり)でトイレに行(い)けません。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1504「ドラマのような恋」

2025-07-20 19:03:48 | ブログ短編

「で、どうなったのよ。それから…」明美(あけみ)は身(み)を乗(の)り出(だ)すように訊(き)き返(かえ)した。
「それからって…。なんにもないわよ。だって、初(はじ)めて会(あ)った人(ひと)だよ」
 裕子(ゆうこ)は、まるで他人事(ひとごと)のように答(こた)えた。明美(あけみ)は納得(なっとく)いかないようで、
「あのさ。そんな出会(であ)い方(かた)をして…。あんた分(わ)かってるの。これはもう、ドラマのような恋(こい)が始(はじ)まってもいいはずよ。それなのに、なにもないなんておかしいでしょ」
「おかしくないわよ。普通(ふつう)、そんなもんでしょ。ドラマじゃないんだから…」
「もちろん、連絡先(れんらくさき)とか交換(こうかん)したんでしょうね」
「しないわよ。だって、初(はじ)めての…」
「もう、あんたなにしてるのよ。そこは、がっつかなくてどうすんのよ。相手(あいて)は、すごくイケメンで優(やさ)しそうな人(ひと)なんでしょ。ここは、行(い)くしかないじゃない」
「そ、そんなのおかしいわよ。だって、初(はじ)めて会(あ)った人(ひと)なんだよ」
「それがなに? そんなこと言(い)ってたら良(い)い人(ひと)なんかできないからね。もちろん、確(たし)かめたんでしょうね。付(つ)き合(あ)ってる人(ひと)、いるのかどうか…」
「そんなこと訊(き)けないわ。初対面(しょたいめん)で、それはムリだよ」
「こりゃダメね。いいわ、あたしがなんとかしてあげる。で、どこへ行(い)けば会(あ)えるの? もちろん、隠(かく)し撮(ど)りとかしたんでしょ。見(み)せて。あたしに隠(かく)してもムダだからね」
<つぶやき>どんな出会(であ)いをしたのでしょ。ちょっと興味(きょうみ)ありますね。あたしにも見(み)せて。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

0021「よりどころ」

2025-07-17 19:13:41 | 超短編戯曲

   暗闇(くらやみ)の中(なか)。どこともしれない道(みち)。男(おとこ)と女(おんな)が迷(まよ)い込(こ)んだ。
女「ねえ、どうするのよ」
男「どうするって?」
女「私(わたし)たち、どこまで行(い)けばいいの?」
男「そんなこと、俺(おれ)にわかるわけないだろ。こんな暗(くら)くて、先(さき)が見(み)えないんじゃあ」
女「あなたのせいよ。あなたが行(い)こうって言(い)ったのよ」
男「何(なん)だよ。お前(まえ)だって、のこのこついて来(き)たんだろ」
女「何(なに)よ、あなたがそそのかしたからでしょ。俺(おれ)について来(く)れば、幸(しあわ)せにしてやる…」
男「それはな、言葉(ことば)のあやだよ。そんなこともわかんないのかよ」
女「もう、こんなの耐(た)えられない。私(わたし)、帰(かえ)ります」
男「ふん、出来(でき)るもんならやってみろよ。おまえ一人(ひとり)じゃ、何(なん)にも出来(でき)ないくせに」
女「ひどい。女(おんな)だと思(おも)って、馬鹿(ばか)にしないでよ」
男「馬鹿(ばか)になんかしてないよ。俺(おれ)は事実(じじつ)を言(い)ってるだけだ」
女「よく言(い)うわよ。あなただって…。私(わたし)がいなきゃ、何(なん)にも出来(でき)ないじゃない」
男「俺(おれ)は…。お前(まえ)がいなくたって、全然平気(ぜんぜんへいき)だよ」
女「強(つよ)がり言(い)っちゃって。わかったわよ。じゃあ、さよなら。お元気(げんき)で」
      女(おんな)、男(おとこ)から離(はな)れていき、暗闇(くらやみ)に消(き)えてしまう。間(ま)。不安(ふあん)になる男(おとこ)。
男「おい。(間(ま))おーい! どこにいるんだ。戻(もど)って来(こ)いよ!」
      男(おとこ)、女(おんな)が消(き)えた方(ほう)に走(はし)り出(だ)そうとする。女(おんな)、別(べつ)の方向(ほうこう)から現(あらわ)れる。
女「呼(よ)んだ?」
男「(驚(おどろ)いて)わあ! お前(まえ)、脅(おど)かすなよ。何(なん)で、そんな方(ほう)から…」
女「知(し)らないわよ。まっすぐ歩(ある)いてたら、あなたの声(こえ)が聞(き)こえて…」
男「それで、淋(さび)しくなって引(ひ)き返(かえ)してきたのか?」
女「違(ちが)うわよ。引(ひ)き返(かえ)してなんかいないわ。私(わたし)は、まっすぐ歩(ある)いてきたの」
男「どういうことだ。まさか、俺(おれ)たち、同(おな)じところをぐるぐる回(まわ)っているのか?」
女「そんな…。じゃあ、私(わたし)たち、このままずっと…」
男「なに馬鹿(ばか)なこと言(い)ってんだよ。そんなことあるわけ…」
女「(不安(ふあん)になり)ねえ、私(わたし)たち、どっちから来(き)たのかな?」
男「どっちって、(指(ゆび)さして)あっちだよ」
女「それ、違(ちが)うわよ。(別(べつ)の方向(ほうこう)を指(ゆび)さして)むこうだったよ」
男「なに言(い)ってんだ。そっちじゃないよ。俺(おれ)たちが来(き)たのは…」
      男(おとこ)、ぐるりとあたりを見回(みまわ)す。そして、困惑(こんわく)した顔(かお)で女(おんな)を見(み)る。
女「なに? どうしたのよ」
男「わからない。俺(おれ)たち、どっちから来(き)たんだ。出口(でぐち)はどこなんだよ!」
女「落(お)ち着(つ)いて。大丈夫(だいじょうぶ)だよ。きっと、どこかにあるわ。二人(ふたり)で探(さが)しましょ」
男「なあ、俺(おれ)のそばにいてくれ。(女(おんな)にしがみつき)もう、どこへも行(い)かないでくれ」
<つぶやき>男(おとこ)にとって、女(おんな)はよりどころなのかもしれません。女(おんな)にとって、男(おとこ)は…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1503「過去からの回答」

2025-07-12 19:00:29 | ブログ短編

 わたしはいま、いろんな問題(もんだい)を抱(かか)えている。いくら考(かんが)えても解決(かいけつ)できそうもないものばかりだ。仕事(しごと)のこと、恋愛(れんあい)のこと…、もうため息(いき)をつくようなことだらけ…。そこでわたしは、有休(ゆうきゅう)をとって実家(じっか)へ帰省(きせい)することにした。離(はな)れたところからいろんな、もろもろを見(み)つめ直(なお)そうと思(おも)ったのだ。
 まあ、突然(とつぜん)、娘(むすめ)が帰(かえ)ってきたものだから、両親(りょうしん)は明(あき)らかにわたしに気(き)をつかっているようだ。何(なに)かを期待(きたい)しているのか、それとも…。だから、なるべく両親(りょうしん)とは顔(かお)を合(あ)わせないように、自分(じぶん)の部屋(へや)に引(ひ)きこもることにした。
 有難(ありがた)いことに部屋(へや)は家(いえ)を出(で)たときのままになっていた。そこはタイムカプセル。学生(がくせい)の頃(ころ)の匂(にお)いが充満(じゅうまん)していた。クローゼットを開(あ)けてみると、もう着(き)ることのないだろう服(ふく)がいっぱい掛(か)けてあった。下(した)にはボックスがいくつか…、何(なに)が入(はい)っているのかもう思(おも)い出(だ)せない。そのひとつを開(あ)けてみると、いろんなものが詰(つ)め込(こ)まれていた。
 その中(なか)に何(なに)も書(か)かれていない封筒(ふうとう)を見(み)つけた。封筒(ふうとう)の中(なか)には手紙(てがみ)が入(はい)っているようだ。封(ふう)がしてあって、どうしてこんなものが…。わたしは封(ふう)を開(あ)けてみた。中(なか)にはノートから破(やぶ)りとった紙(かみ)が一枚(いちまい)。これは間違(まちが)いなく自分(じぶん)で書(か)いたものだとすぐに分(わ)かった。
 そこには、今(いま)のわたしが悩(なや)んでいる問題(もんだい)の答(こた)えが書(か)かれてあった。しかも、シンプルにこれしかないという回答(かいとう)が…。わたしはこれを探(さが)しにきたのか…? でも、どうして…。あの頃(ころ)のわたしがこんなものを書(か)いたんだろう。わたしにはまったく記憶(きおく)がない。
<つぶやき>もしかしたら、未来(みらい)の自分(じぶん)からのアドバイスだったのかもしれませんよね。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

0018「携帯つながり」

2025-07-08 18:48:48 | 読切物語

 駅前(えきまえ)にある女神(めがみ)の銅像(どうぞう)。いつからか、ここは恋人(こいびと)たちの待(ま)ち合(あ)わせの場所(ばしょ)になっていた。今宵(こよい)も女神(めがみ)が見守(みまも)るなか、何組(なんくみ)もの恋人(こいびと)たちが夜(よる)の街(まち)に消(き)えていった。
 亜紀(あき)は駅(えき)の大時計(おおどけい)を何度(なんど)も見上(みあ)げていた。今夜(こんや)は、一週間(いっしゅうかん)ぶりに彼(かれ)に会(あ)える。この一週間(いっしゅうかん)、お互(たが)いの仕事(しごと)が忙(いそが)しくて、電話(でんわ)でちょっと話(はな)しをしただけだったのだ。
 亜紀(あき)は人混(ひとご)みの中(なか)に彼(かれ)を見(み)つけて、思(おも)わず笑(え)みがこぼれた。彼(かれ)も彼女(かのじょ)を見(み)つけたらしく、軽(かる)く手(て)を振(ふ)った。彼(かれ)がだんだん近(ちか)づいてくるにつれて、亜紀(あき)の心(こころ)はまるで初恋(はつこい)のときみたいにときめいていた。
「もう、遅(おそ)い。遅刻(ちこく)よ」と亜紀(あき)はちょっとふくれ顔(がお)で言(い)った。
「ごめん。ちょっとさ…」
「どこへ行(い)こうか? なんか美味(おい)しいもの食(た)べたいなぁ」亜紀(あき)は彼(かれ)の腕(うで)をとって言(い)った。
「それがさ」彼(かれ)は彼女(かのじょ)から一歩離(いっぽはな)れて、「さっき、携帯(けいたい)で…。なんか、急(きゅう)に、戻(もど)って来(こ)いって…。なんか、トラブルがあったみたいでさ、行(い)かないといけなくなった」
「なにそれ。トラブルってなによ。だって、そんな…」亜紀(あき)は顔(かお)をくもらせて言(い)った。
「悪(わる)いな。また、電話(でんわ)するよ。ほんと、ごめん」
 彼(かれ)は亜紀(あき)を置(お)き去(ざ)りにして、逃(に)げるように去(さ)っていった。残(のこ)された彼女(かのじょ)は、悲(かな)しい気持(きも)ちでいっぱいになった。淋(さび)しくて、気(き)がついたら彼(かれ)のことを追(お)いかけていた。
 彼(かれ)は駅(えき)ビルの中(なか)に入(はい)っていった。電車(でんしゃ)に乗(の)るのかと思(おも)ったら、改札(かいさつ)の前(まえ)を通(とお)り過(す)ぎ、駅裏(えきうら)の方(ほう)に歩(ある)いていく。会社(かいしゃ)に戻(もど)るなら、電車(でんしゃ)のほうが早(はや)いのに。亜紀(あき)はどこへ行(い)くのか、知(し)りたくなった。彼(かれ)からつかず離(はな)れずついていく。
 彼(かれ)は駅裏(えきうら)の喫茶店(きっさてん)に入(はい)っていった。店(みせ)の窓越(まどご)しに中(なか)をうかがう亜紀(あき)。彼(かれ)は若(わか)い女(おんな)が座(すわ)っているテーブルに腰掛(こしか)けた。いかにも親(した)しげで、まるで恋人(こいびと)のように微笑(ほほえ)み合(あ)う二人(ふたり)。亜紀(あき)は、若(わか)い女(おんな)の顔(かお)がよく見(み)える場所(ばしょ)に移動(いどう)した。それは、見(み)たことのない顔(かお)だった。若(わか)い女(おんな)は彼(かれ)の手(て)を取(と)り、なにか話(はな)しかけている。彼(かれ)は嬉(うれ)しそうに聞(き)いていた。彼(かれ)の楽(たの)しげな顔(かお)を見(み)たとき、亜紀(あき)は心(こころ)の中(なか)で何(なに)かが壊(こわ)れるのを感(かん)じた。
 亜紀(あき)はつかつかと喫茶店(きっさてん)に入(はい)り、彼(かれ)の前(まえ)に立(た)った。彼(かれ)が驚(おどろ)いたのは言(い)うまでもない。
「どうして…」彼(かれ)は思(おも)わず立(た)ち上(あ)がり、口(くち)をもごもごさせた。
「携帯貸(けいたいか)して」と無表情(むひょうじょう)な顔(かお)で亜紀(あき)が言(い)った。
 亜紀(あき)のこんな冷(つめ)たい目(め)を、彼(かれ)は今(いま)まで見(み)たことがなかった。彼女(かのじょ)の気迫(きはく)にけおされた彼(かれ)は、持(も)っていた携帯電話(けいたいでんわ)を彼女(かのじょ)に渡(わた)してしまった。亜紀(あき)はいくつかのボタンを押(お)してから、彼(かれ)の胸(むね)に携帯(けいたい)を押(お)しつけた。恐(おそ)る恐(おそ)る携帯(けいたい)を見(み)た彼(かれ)は、アドレスや履歴(りれき)などのデータがすべて消(け)されているのに気(き)がついた。
「あっ、仕事(しごと)のやつも消(け)すなんて…。なに考(かんが)えてんだ!」と彼(かれ)は叫(さけ)んだ。
「これで、この女(おんな)と楽(たの)しくやれるでしょ。じゃあ、さようなら」と亜紀(あき)は冷(つめ)たく言(い)うと、座(すわ)っている女(おんな)に微笑(ほほえ)みかけて、彼(かれ)に背(せ)を向(む)けて歩(ある)き出(だ)した。後(うし)ろで彼(かれ)が何(なに)かわめいていたが、亜紀(あき)の心(こころ)にはもう届(とど)かなかった。
 店(みせ)を出(で)てからも、彼女(かのじょ)は颯爽(さつそう)と歩(ある)きつづけた。でも、彼女(かのじょ)の頬(ほお)にはひとすじ、涙(なみだ)がこぼれていた。彼女(かのじょ)はそれをぬぐいもせずに、前(まえ)をしっかりと見(み)つめていた。
<つぶやき>どんな時(とき)でも、きりりとしていたい。でも、悲(かな)しい時(とき)は泣(な)いてもいいんだよ。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする