徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:海棠尊著、『アクアマリンの神殿』(角川文庫)

2016年07月14日 | 書評ー小説:作者カ行

『アクアマリンの神殿』は『ナイチンゲールの沈黙』で5歳のレティノブラストーマ(網膜芽腫)患者として登場した佐々木アツシの中高時代を描いた物語で、『モルフェウスの領域』の続編ですが、もちろん単独でも読めるようになっています。

『アクアマリンの神殿』でアツシは過去を隠し、平凡な振りをして桜宮学園で楽しい学生生活を送ってます。部活はボクシング部で、「シャドウ王子」の異名もあります。一方で未来医学探究センターに独りきりで暮らしながら、オンディーヌと彼が呼ぶ凍眠中の女性のシステム管理の仕事をしています。『モルフェウスの領域』を読んだ人ならこの女性が誰で、なぜアツシが彼女の世話をしているのか知っているわけですが、読んでない人にとってはこの謎は物語の後半に徐々に明かされていくことになります。前半はアツシの青春物語と言っていいほど、ユーモアたっぷりに学生生活が描かれていて、思わずぷっと吹き出してしまう場面も少なくありません。

オンディーヌの目覚めが近づいてくると、アツシはスリーパーの人権と将来に関わる重大な決断を上司(?)である西野に迫られます。スリーパーの記憶を抹消し、新人格を形成する『リバース・ヒポカンパス』を使用するか(この場合、前人格は凍眠前に遡って死亡したことにし、新戸籍が作成される)、それとも元の人格を維持するか。後者の場合は凍眠の事実を公開しなければならないことになっています。彼女は凍眠する前にこの選択に関する決断をビデオに収めていたのですが、「佐々木アツシ問題が解決していたら新人格、解決していなければ前人格」という条件付だったので、「佐々木アツシ問題とは何か」を探る必要が出てきます。そしてその問題が解決したのか否かの判断も。スリーパーに関する法整備の不備を考えるというかなり高度な問題がここで突きつけられていますが、アツシは同級生の麻生夏美やマサチューセッツのゲーム理論の第一人者であるシンイチロウの助言を聞きつつ、真摯に自分の気持ちにも向き合い、この倫理的に高度な問題を解きます。

敗退した上司西野の提案に従い、アツシは東城大医学部へ飛び級モデル1号として進学し、レティノブラストーマ(網膜芽腫)の研究をする決意をします。こうして話は『医者のたまご』へと続きます。

時系列順だと『ナイチンゲールの沈黙』→『モルフェウスの領域』→『アクアマリンの神殿』→『医者のたまご』ですが、発表順は『ナイチンゲールの沈黙』→『医者のたまご』が先になっています。『医者のたまご』に登場する佐々木アツシの年齢的矛盾が発覚し、その矛盾を解消するために『モルフェウスの領域』で5年間凍眠という設定を急遽盛り込むことになったそうです。海棠・桜宮ワールドの年表に整合性を持たせるために2作書いてしまう作者のパワーには恐れ入るばかりです。

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書評:海棠尊著、『新装版 ナイチンゲールの沈黙』(宝島社文庫)

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