徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツ:ヴュルツブルク行の電車の中での凶行(ローレベルテロ)

2016年07月19日 | 社会

日本でも大分報道されていますが、フランスのニースに続き、7月18日夜ドイツのヴュルツブルク(Würzburg)行き電車の中でもISISの関与が疑われているテロが起こりました。幸い死者は今のところ出ていませんが、2人危篤状態とのことです。4人の負傷者は香港からドイツへ観光に来た家族(両親と娘)とその友人で、一緒に来ていた息子(17)は無傷で済んだようです。

犯人は17歳のアフガン人で、2015年に保護者の同伴なくドイツに入国した未成年難民で、Rias A.の名で保護されました。3月からヴュルツブルク郡の施設で過ごした後、2週間前にオクセンフルト(Ochsenfurt)の里親に引き取られて暮らしていました。彼はオクセンフルトからヴュルツブルク行きのローカル線RB 58130に乗り、21:10くらいに「アラーフ・アクバル(アラーは偉大)」と叫びながら斧で乗客を攻撃しだし、電車がヴュルツブルク市のハイディングスフェルト(Heidingsfeld)で21:15に緊急停車すると、電車から降りて街中へ逃走しようとしました。すぐに警察及び近くに待機していた特殊部隊が出動して、犯人に追いつきましたが、彼は斧で特殊部隊に襲いかかったため、特殊部隊は彼を何度も射撃し、死に至らしめました。「(射殺するより)他に選択肢がなかった」とバイエルン州内務省事務次官、ゲルハルト・エックは特殊部隊を擁護しました。しかし、犯人は銃など持っておらず、斧とナイフだけで暴れていたので、「射殺せずとも止める方法があったのではないか」と例えば緑の党のレナーテ・キューナストが批判的に事態を見ています。私自身も同様に疑問に思っています。ついこの前アメリカで起こった警官による黒人男性の射殺はビデオを見る限り必然性があるようには思えません。何せ相手は既に地面に押さえつけられていたのですから。特殊部隊とRias A.容疑者がどのように戦ったのかは知る由もありませんが、特殊部隊といえば歯まで武装しているような重装備部隊で、数人がかりで飛び道具ではなく、斧を振り回すたった一人の容疑者を射殺せずに抑えることができなかったとはあまり説得力がありません。斧を持つ腕や肩、そして逃走を避けるために足を狙っていれば十分だったのではないかと思わずにはいられません。凶行に及んだ犯人だからと言って、法治国家においてはその場で処刑していいなんてことはありません。そもそも死刑がないのですから、裁判を経て無期懲役か強制送還処分にするのが妥当なはずです。容疑者の射殺を実行した特殊部隊員らは現在この件に関して取り調べ中です。



さてこのRias A.はどうやら予告ビデオと父親に宛てた遺書を残していたようです。ビデオはISISに近い通信社Amaq News Agencyから公開されました。

ビデオの中で彼ははMuhammad Riyadと名乗り、アフガニスタンに駐屯するドイツ連邦軍を非難し、脅迫していました。記者会見での検事正エリック・オーレンシュラーガーによるとRias A.は前日に友人がアフガニスタンで死んだことを知ったそうです。

家宅捜査では手描きのISISの旗こそ出てきましたが、直接的なISISとの関わりを示すような証拠物件は見つからなかったとのことです。ISISはかねてからネットビデオを通してムスリム一人一人がいつどこでも非ムスリムを殺すよう呼びかけてきましたから、その呼びかけに感化されたものと今のところ見られています。
しかしながら、ビデオで名乗った名前がドイツで難民として登録した名前と違っていることや、 彼の話すパシュトゥー語がパキスタン訛りであることから、彼の出自が疑わしいことは確かで、彼の背後関係も調査されています。
Rias A. (またはMuhammad Riyad)は近所の人たちに特に目立っているとは認識されておらず、パン屋で実習中で、見習いとして本格的に就職する展望が開けていたので、「なぜ急に過激になったのか」と彼を世話していた青少年扶助の担当者たちは戸惑っており、バイエルン州厚生相エミリア・ミュラーも詳細な分析を求めています。

彼がテロなどの目的で素性を偽ってドイツに入国し、今まで大人しく馴染んだふりをしていたのか、それともドイツに来てから不慣れな環境で不安定になり、ISISに感化されて過激化したのか、後者ならなぜ素性を偽っていたのか、と疑問は尽きませんが、今のところすべて不明です。

この事件のような単独犯による大した計画性もないいわゆるローレベルテロあるいはローコストテロを未然に防ぐのは、いくらテロ対策を強化したところで不可能でしょう。組織的な犯行で、入念な計画があり、大掛かりな物資を調達しているような場合は前以て発覚することもあるでしょうけど。フランスで最近起こったテロに関しては、フランスの格差社会・差別社会が問題の根底にあり、チャンスのない若いムスリムたちが過激化するという経緯も見られますが、そのパターンは今回のヴュルツブルク事件の犯人にはどうも当てはまりません。正式なパンや見習の展望があったということですから、難民にしてはかなりの好待遇です。保護者なしの未成年難民だということでかなり集中的に扶助が受けられたということもあるでしょうが、通常ならば語学コースを受けられるようになるまでも人手不足のために時間がかかり、それから職を探しても言葉の壁にぶつかって、まともな職に就くチャンスは残念ながらかなり低いです。なので、希望を持ってドイツに来たはずなのに、待っていた現実は余りにも厳しかったということで、そのフラストレーションが過激化という形で昇華されるならまだそれなりに理解可能なのですが、Rias A.の場合は一見前途洋々なので、それなのに凶行に及んだという事実が言い知れぬ不気味さを醸しだしているように思います。やはり偽装難民だったという方が納得がいくくらいです。

参照記事:
ツァイト・オンライン、2016.07.18、「襲撃者は最近自分で過激化した
ZDFホイテ、2016.07.19、「アルトマイヤー:ビデオは十中八九本物