『被疑者04の神託 煙 完全版』(2009年刊)は不思議な話でした。「何か事件が起こって、その犯人なり原因なりを証拠集めや推理で究明する」というパターンのミステリーではありません。著者の初期傑作『煙』が徳間文庫 2001年刊では『伏魔殿』と改題され、またこの完全版で『被疑者04の神託』と改題されるというなんだか紆余曲折の多い作品でもあります。
「愛知県生稲市の布施宮諸肌祭りでは、厄落としの神=神人が地元より、毎年たった1人だけ選出される。今年はタバコ屋の主人、榎木康之が選ばれた。しかし、彼にはどうしても神人にならなければいけない理由があった!実は、ある娘の奇怪な振る舞いが榎木を厄難の渦に追い詰めていたのだ。二転三転する、息もつかせぬ驚天動地のストーリー!」
と言うのが商品説明ですが、まあ「息もつかせぬ」云々は大袈裟過ぎですね。でも二転三転するするのは確かで、一見榎木康之が神人に立候補する動機と言うかいきさつを過去の追憶を交えて説明していくストーリー展開なのですが、近過去の「いきさつ」に実は陰謀が働いており、それが同時に遠い過去の謎を解く手掛かりにもなっているという構成です。諸肌祭りという奇祭の裏側に触れ、田舎社会の閉鎖性・特殊性に切り込んでいくような側面もあるかと思います。
奇祭の裏側を示唆し、陰謀を解くカギとなる部分は:
「明治以前までは、罪人をひとり捕らえて儺負人(なおいびと)としていました。現在のように儺負人が神人と呼ばれるようになったのは、明治後半から昭和にかけてといわれています。また、裸男がもみ合うようになったのもそのころだそうです」
どんな罪人だったかは、触れないつもりらしい。それも当然だった。武士、女、子供、僧侶、乞食以外の罪人。それが当時の儺負人の条件だった。
というところ。そして結末も「正義は勝つ」的なクリアな勝利ではありません。裏側が表ざたになることは決してなく、裁かれるべき人が地元の名士であるがゆえに曖昧にされる、というようなグレー色が濃厚で、どちらかと言うとあまり後味のいい作品ではないかと思います。
正直、「息もつかせぬ」展開になるのは物語の大分後の方で、そこに辿り着くまでは全体的に陰鬱で倦怠感、なんとなく腑に落ちないムードが漂っており、どちらかと言えば退屈です。しかし、世間では人生の負け組という評価を受けるであろうタバコ屋店主と東京から回されてきた刑事・深澤の二人のやり取りは、物憂げで人生の疲れを漂わせつつも深みがあり、希望はなくとも絶望はしていないその年齢ならではの諦めに似た達観もくみ取れます。褒められたものじゃありませんが、≪人間とは、人生とはそんなものさ≫と思わせるだけの説得力もありますね。