長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

ブログ連載小説「マジックエンジェルほたる」第三章  6

2010年06月15日 08時59分08秒 | 日記
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  由香が帰宅すると、平凡な母親が台所から、「あら、由香、おかえり」と声をかけた。そして「あなた…いったい今、何時だと思ってるの?少しは早く帰って勉強するとか…」 と、小言を言った。「もぉっ、ほっといてよ!」由香は冗談めかしにそう答えるだけだった。それから、彼女は、フト、リビングでテレビを観ている父親の存在に気付いて足をとめ、「パパ、いつスケッチ旅行から帰ったの?!」と、明るい笑顔になった。
 …そう、由香は、「凡人」の母親は嫌いだったが、「天才画家」の父親は大好きだったのだ。
「あぁ、ついさっき火星のコロニー(宇宙空間に浮かぶ人口衛星巨大都市)からスペースシャトルで、ネオ成田空港に着いて帰ってきたばかりだよ」
 由香の父親。少女の誇り。憧れの父は、もの静かな口調でそう答えた。この父親の名前は赤井宝林(ほうりん)という。ルックスは由香の大好きなルノワールのようにも見える。細身、パリジャンのようなスーツ、片手にもったパイプ、そしておだやかな瞳の五十才。 宝林とは、実はペンネームだ。本当は、赤井大という。だい…じゃない。まさる…だ。日本を代表する洋画家であり「天才」と呼ばれているくらい凄いひとだ。
「じゃあ、パパ」
 由香は魅力的な笑顔を父親にみせると、自分の部屋へと駆け出した。
 ちなみに、宝林は、お馬鹿の蛍のように「アニメ番組」をみていた訳でも、アイドル歌手がよく出没する「ミュージックS」という音楽番組をみていた訳でもないし、ましてや低レベルのワイドショーをみていた訳でもない。
「週刊美術」というNHHKの教養番組をジックリみていただけである。…

  由香の部屋は、お馬鹿の蛍のような少女趣味系の部屋ではない。というよりほとんど何もない。あるのは、おおきなキャンバスの山。絵の具箱にパレット…筆…。スケッチ・ブック…それと素朴なベットだけだ。それが彼女らしい。ほんわりした空間だ。
 どこにも教科書や哲学書・参考書などないのはこの少女のイグノランス(無知)さの現れでもある。でも…本は山のようにある。しかし、それらは美術雑誌である。ルノワール特集、ドガ、マネ、アングル、シャガール、ゴヤ、ダリ…著名な作家の名前が並んでいる。「…とにかく、頑張らなくちゃ!パパに負けてられないわ」
 由香は懸命に五十号の大作に取り掛かっていた。かなりにピッチで筆がキャンバス上を踊り狂う。繊細なタッチ、表現力、絵の具の塗り方…。それは、なにか少女らしい可憐さが漂っていて印象的なきらきらと光るような絵だ。
 絵のテーマは、やはり少女である。可愛らしいパリ・ジェンヌの日常の生活と喜び・幸福と夢…。なんのことはない……ルノワール風の絵である!!
 しかし、そんな自信満々の由香も、
「……ううん」と、筆をとめてから少し不安気に瞳を閉じていた。心の中での葛藤。
「サロンで入選できるかなぁ。でも…落ちたら…どうしよう。……私には絵しか…ないのに…さぁ」
 由香は珍しく落ち込んだ口調で呟いていた。

  一方、お馬鹿さんの部屋では、なにやら怪しげな二人組(蛍とセーラ)が真剣な表情で座って話をしていた。セーラが口火をきる。
「やっぱりおかしいわよ!私の姿がみえるなんてさぁ」
「でも…あたしにだって見えたんだから…」
「それは、蛍ちゃんが伝説の戦士だったからでしょう?!」
「…ううん」蛍はそわそわと立ち上がった。そして「あのさぁ。……テレビ観たいんだけどぉ。はやくしないと『セーラ・ムフーン』(アニメ)が始まっちゃうのよねぇ」
 と、馬鹿らしい主張をした。
「………え?」セーラは何とも情なくなったるなんでいつもいつも蛍ちゃんってばこうなのかしら?妖精は深く溜め息をついてから、
「あの蛍ちゃん。あの由香ちゃんって子、気をつけた方がいいわね。もしかしたら……魔界の手先かも知れないわよ」
「あはは…まさかぁ!」蛍はふりかえりもせずに一笑すると、リビングのTVでアニメ番組を観に部屋を出ていった。…なんとも低レベルな女の子である。…

  次の日の朝。由香の自宅の玄関先。
 由香は、元気いっぱいに学校に向かって
「いってきまぁーす!」
 と駆け出した。そんな由香を呼び止めるため、「あ、待って由香」と宝林は声を出した。そして、ニコリと笑って振り返った愛娘に、
「実は、今週の金曜日に、東京銀座四丁目にある画廊で個展を開くんだ。よかったら、友達もつれてみにおいで!」と、告げた。もちろん由香は、
「はーい!」と明るく返事をしたのだった。

  誰にでもなんらかの特技があるものだ。どんな人間にだって平等にチャンスは与えられる。そうしたチャンスを生かせないのは努力をしないからだろう。タレント(才能)などというものはダイヤの原石と同じで、磨かなくては光らないものだ。…そうした努力を、まがりなりにも、赤井由香はしているように思う。…レイジー(怠け者)の蛍とは大違いだ!
 由香は、午後の部活の時間に、学校の美術室で静物をなにやらニヤニヤとしながらスケッチしていた。もちろん椅子に座ってだ。だけど、広い室内には誰もいなかった。
 別に美術部員が赤井由香だだひとり…という訳ではない。単に、他の部員は「無気力」なだけであり、また由香ほどの才能もないだけ。だからサボってるのだ。
 別に美術部員というものは、日本中の学校でもそうであるように五人くらいいればマシな方である。蛍と由香の学校と有紀の通う青山町学園では六人なのでかなりいい方なのだ。そしてどこでもそうなように、担任は「画家になれなかった」美術の先生であり、例によってこの先生もサボッているっていう訳である。
 孤高のアーティスト由香はたった一人で……などと書いても仕方がない。
 いつのまにか蛍が美術室に忍び込んでいて、真剣な表情で由香の背後から「絵」を覗き込んで、
「いやぁ、さすがは、天才画家”赤井たからばやし”の娘だねぇ。上手なもんだわ!」
 と、感心してほめた。
「たからばやし…じゃなくて宝林(ほうりん)よ!宝林(ほうりん)!」
 由香は少し呆れ顔でいった。蛍は、
「…そ、そんなことわかってるわよ。ジョークよ、ジョーク!」なんて言ってる。
 ちなみに蛍は部活動はなにもやってない。幼稚さを生かして「マンガ部」にでも入部すればいいのかも知れない…。
「ねぇ、蛍」由香は、フト、筆を止めて、素直な顔で横にいる親友に「あんたも描いてみる?」と笑顔をみせた。
「うん、いいよ」蛍は自信たっぷりに返事をして「まあー…みててよっ。この蛍ちゃんの才能、才能ってもんをお見せするっしょ!!」
 と、いってサラサラと何かを描きあげた。
「ーどう?」
「どれっ?」由香は絵を覗きみて、思わずズッコケてしまった。…蛍の描いたのは、何と、”トラエモン”というアニメの主人公だったからだ。しかも、随分とヘタクソである。
 ひたすら蛍という女の子は低レベルだ!
   やがて夕暮れになって、蛍と由香はオレンジ色に染まる誰もいない下校道を、自宅にむかってトボトボと歩いていた。仲良しの二人…。オレンジの雲がゆっくりと流れていた。やがて、暗い夜がくる。二人はそれを待ちたい気にもなった。
「…そうだ。今度さぁ、うちのパパの個展があんだけどさぁ。どう?みんなと一緒に行かない?!」
「…あぁ。赤井たから…じゃなくて宝林さんのこてん…?こてん…っていうと古い話の?」「それは古典っ!」由香は静かに「個展っていうのは「個人が開催する展覧会」ってところかしらね」
「へぇーっ…」蛍はなんとなく感心した。そして、「もち(ろん)、その個展にいくっしょ!」と、明るくいった。ちなみに蛍に北海道系の訛りらしきものがあるのは別に北海道に住んでいたからではなくて、『北の故郷から…94初恋』とかいうテレビドラマの再放送を熱心に観ていたら口グセになっただけである。
「でもさぁ。」蛍は少し上目遣いで甘ったるい声で「私は、由香ちゃんが羨ましいよ。だってさぁ、絵の才能ってもんがあるんだもの…」と呟くようにいった。
「あんただって才能くらいあるわよ。例えば、あんたはアニメ・ソングを二百曲暗記しててカラオケで歌えるじゃないの」
「…でも、そんなの才能じゃないもん」
「……まぁ、ね」由香は冗談めかしにうなづいた。そして「まぁ、私の才能…いいえ、天才ってもんを見ててよね!絶対にサロン…つまり官展に入選して…いつかイタリアのパリ(フランスの!)に旅立つんだからっ!!」
「…かんてん…っていうとあのブヨブヨした…」
「ーそれは食べ物の寒天っ!」由香は感情的になって続けた。「私はパリに行ってさぁ。いつかは、日本の天才描家…もしくは日本の女ルノワールって呼ばれちゃったりする訳よ!」と夢を語った。いや、叫んだ。
「……ル、ルノワール……?」蛍はきょとんとして足りない頭で考えてから、「あぁっ!」と考えが浮かんだ。なんだ!ルノワールか!!
「へえーっ、由香ちやん…喫茶店始めるんだぁっ」
「…へっ?」
「だってルノワールって喫茶店の名前のことでしょ?よく、街にあるじゃん」
「なにいってんのよ!ルノワールってのは描家の名前のことよ!!」
 由香は思わず蛍に飛び蹴りをくらわした。

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